百六話 クリニア商会:その参

 今日は、グリフさんとの約束の日、そして俺の滞在先を決める日。


 正直、楽しみだ。

 しかし、相手はやり手の商人……上手く乗せられないように気をつけないとな。




「イロハ君! 迎えに来たよ」


 すごくいい笑顔のグリフさんだ。

 ご丁寧に、客車でのお出迎え……過剰すぎる。


「おはようございます、グリフ副会長」


「おいおい、これから長い付き合いになると言うのに、もう少し砕けてくれてもいいんだぞ? さあ、乗ってくれ」


 うーん、本音はどうなんだろう。

 ひとまず言われた通り、客車に乗りグリフさんとのマンツーマンがスタート。


「はぁ、年齢差もあるし、グリフさんは大手商会の副会長ですよ? そんなに簡単にはいきませんよ」


「むぅ……まあ、二人の時くらいはいいだろう? 私は、ルーセントさんの息子だからではなく、君という人と友人になりたいんだ。こう見えて人を見る目には自信がある、なっ?」


 この人、話に聞いていた人物像と違うような気がするんだけど……。


「なんてったって、慧眼のグリフさんですもんね?」


「やめてくれよ、その呼び名は……私は、周りに恵まれていただけなんだよ」


「でも、本質を見抜く眼と、会話や所作を観る洞察力で商会を大きくしたんですよね? 皆さんからは恐れられているとかなんとか……」


「よしてくれ、確かに自信はあるが、親父には敵わないさ。仕事の時は厳しくもなるが、これでも公私はちゃんと区別をつけているつもりだよ。今は私用だし、気楽にいこう」


 案外、気さくな人かもしれん。

 人懐っこい笑顔を見ていると、そう思えてならない……こりゃうまく乗せられてしまいそうだ。


「グリフさんがそう言うなら、物件探しを楽しみますね」


「子供は、それでいいんだよ。余計なことは考えないで、甘えてくれていい。もし、開拓村の件が上手くいかなくたって、君という人と繋がりができたことに満足しているんだ」


 この高評価が怖いんだよ……。


「ずいぶんと高く買ってくれるんですね」


「イロハ君は、あまり自分のことを客観的に見ないのかい? 十歳程度の子供が、大手商会の会長や副会長と対等な会話で渡り合える……しかも、内容は相当難しいものだ。推察、想定、両者の思惑……君は、ちゃんと理解して受け答えをしていたよな?」


 うーん、またやり過ぎた。

 でも、商人と話す時って楽し過ぎてつい熱くなってしまう……腹の探り合いは楽しいんだよなあ。


「いや、そんなこと……」


「それに、我欲をしっかり抑えているところも魅力的だ。それこそ同年代の商人とやりとりをしている気分だよ……一体君は何者なんだい? の種族なのか?」


 そりゃそうだろう、俺の知識経験レベルは四十半ばだし、我欲なんて表に出した日には足元見られることくらい当然知っている。


 そして、また見た目が若い種族か……いるんだろうな、本当に。


「何を言っているんですか! 僕は普通の子供で、十歳です。知識は、勉強や本から得たり、周りに大人たちが多かったせいで少し生意気に育っただけですよ」


「ああ、すまんな。別に本気で言っているわけじゃない、冗談だよ、アハハハ」


「もう……勘弁してください。同じような事を言われたことがありますが、そんな種族が本当にいるんですか?」


「実在はするらしいが、出会っても分からないだろうな。恐らく隠して生活をしているんじゃないか?」


「へぇ、不思議な種族もいるんですね」


 おっ?

 急に真面目な顔になったぞ?


「なあ、イロハ君。同じような事を言われたって……もしかしてモーセスのことか?」

 

「あれっ? なんでグリフさんがモーセスさんを知っているんですか? 話しましたっけ?」


「いや、悪く思わないでくれ。一応な、君の身辺調査はさせてもらったんだ。それに、彼からもイロハ君の力になってほしいと言われている」


 モーセスさん……そういう事は、ギャンブル案の事よりも、ちゃんと話していてほしかったなあ。


「……どういうことですか?」


「そうだな、私とモーセスは商科学園時代の同期だ。お互いに希望を抱いて立派な商人を目指していたんだが、彼はうちの敵方に当たる商会の傘下に入り、接点もなくなってしまったんだ」


 二人にそんな過去が……。


「そうなんですか……」


「ところが、十年ぶりに訪ねてきて、子供に助けてもらっただとか、商会の傘下を脱退しただとか……それはもう、信じられない話を延々とな」


 いろいろと話してしまっているじゃないか、モーセスさん。


「……」


「まあ、そこまで言うならってことで、詳しく聞くことにしたんだ。そして、その人物がイロハ君だったわけさ。私も、開拓村での話をしたところ、久々に意気投合して……と、こんなところだ」


 おじさん二人に持ち上げられる……中身おじさん。


「なんか、複雑な気分ですよ……」


「モーセスは、有能な奴だ。彼が手放しで褒める君のこと、私の目も曇ってはいなかったと確信したよ」


 なんか……恥ずかしくなってきた。

 二人は、なんだかんだと、良きライバルだったのかもしれないな。


「もう、分かりましたから。早く、物件探しをしましょうよ!」


「ああ、言っていなかったが、紹介する滞在先はもう決まっているんだ。君にはそこへ住んでもらおうと思っている」


「えー! もう決まっているんですか?」


「大丈夫だ、どうしても気に入らなきゃ他を探すから、とりあえず見てほしい」


「分かりました。こちらもお世話になる身分です、贅沢は言いません。よろしくお願いします」



 そうして、僕の王都での滞在先となるであろう建物へ到着した。



「……グリフさん、なんですかこれは? 冗談じゃないんですよね?」


「ん? もちろん本気だぞ。どうだい、いい物件だろう?」


 と、意気揚々と答えるグリフさん。


「これ、僕は二階に住む感じですよね? でも、一階は……誰か来るんですか? それに、まだ何の話も進んでいないというのに、どうするんですか?」


「二階は住居でいいんじゃないか? もし上手くいかなかったら、それはそれで何かやればいいさ」


「……」


 看板がある……。

 仮称『開拓村王都出張所』。


 一階が店舗で後方が倉庫のようになっていて、二階が住居っぽい。


 仕事が早いどころじゃない……いつ用意したって言うんだ。

 それに、見た感じ俺に何かの役目をさせようとしている……開拓村とつなぐパイプ役の長とか?


 しかも、デメリットがほとんど見当たらない、俺が適任というね。


 商人怖い……。


「その顔を見るに、察してくれたようだね、やはり話が早い。交渉が進んでからにはなるが、ここを当面の開拓村との窓口にしようと思う。イロハくんは、住んでいてくれるだけでいい」


 おっと、住むだけで良いとは……なんて好待遇だ。


「えっ? 僕はてっきりここでつなぎ役とかを頼まれるかと思っていました」


「なんだって? 君には学校があるだろう? 勉強を頑張りなさい。商売を学びたいなら、もちろん相談には乗るぞ?」


 商売か……楽しそうだけど、今のところは手を出す時間がないや。


「はい、ありがとうございます。この建物って、何かのお店だったんですよね? 一階が店舗みたいになっているし……」


「ここは、以前うちの系列の店舗だったんだが、諸事情があって王都から撤退して空き家となっていたんだ。君が何かの商売を始めたいならやってみてもいいぞ? 倉庫の方は、開拓村への物資置き場になるから使えないけどな」


 倉庫の方はかなり大きいな。

 参入が決まり、連絡路が開通した暁にはこの倉庫もフル稼働することになるんだろう。


 あ、肝心な話をしていなかった……。


「魅力的なお話ですけど、やっぱり学校がありますから……。ところで、家賃はどれくらいお支払いすればいいでしょうか?」


「そうだね、価格は私に一任されている……ひと月あたり八万ソラスでいかがかな? 相場より安くしておいたよ」


 八万とは、ありがたい。

 このあたりの相場て言うなら十万越えは確実って話だし、外郭地区並みのお値段だ。


 裏は……無いよね?


「本当にいいんですか? こちらとしては、ありがたいんですが……なにか条件とかありますか?」


「フフフ、だいぶ警戒するね。私との仲だ……と言っても疑いは残るだろう。もちろん、この話は開拓団への紹介者として動いてもらうことが前提条件だ。見事にクリニア商会の参入が決まれば、家賃は無償でいい。これは、成功報酬というわけだ」


 乗せ方が上手い。

 断る理由も、頑張らない理由も無い……やる気しか出ないじゃないか。


「……」


「どうだ? これで、やる気も出るだろう。それに、うちの商会が本気だってことも分かってくれたかい?」


「はい、十分に。ここまでして頂くからには、僕も上手くいくように頑張ってみます!」


「よし、交渉成立だ! 今日はめでたい日となったな」


 無償かー! こりゃ、頑張るしかないな。

 あっ、父さんにはバレないようにしなきゃいけない、予算を削られたら話にならん。


「ええ。僕も急いで父へ手紙を書く必要が出てきましたね」


「イロハ君がやる気になってくれたなら、こっちもいろいろと頑張った甲斐があったな、フッフッフ」


「どう持っていきましょうかね、フフフ……」


 なんか、越後屋と悪代官みたいな図が出来上がってしまった……お主も悪よのぉ。


「あ、そうだ。一応、倉庫の管理者を商会から派遣するので、仲良くしてやってくれ。住むわけじゃないから、いつもいるってことは無いがね。そのうち紹介しよう」


 どんな人が来るのかな?


「はい、分かりました。それで、ここはいつから入れるのでしょうか?」


「もちろん、いつでもいいぞ? すでに内装は整えてある。君の好きな時にどうぞ」


「分かりました。近い内にトクトク亭をチェックアウトしますね」


「ちぇっく……なんだって? 古代語かい?」


 ……しまった!

 つい、気が緩んでチェックアウトって言ってしまった。


「いえ、あの、宿を出ますねってことです」


「モーセスから、イロハ君は古代語に詳しいって聞いたんだが、どこで学んだんだい?」


 うっ……適当に話を逸らさないと。


「えっと、本……ですかね。古い本が好きなんです」


「ほう、古い本か。もしかしたら……アレを解読できる…………いや、なんでもない。まあ、古代語は若者にも人気だもんな」


 おや?

 解読……古い文献でも持っているのかな?


 古代語が、若者に人気って言うのもまた皮肉なもんだ。


「そうなんですね。僕の場合は、本を読んでいるうちに覚えちゃっただけなんで……」


 特に違和感を持たれたわけでもなさそうで良かった。


「さて、店舗の方の鍵は君に渡しておこう。好きな時に住むといい」


 店舗の鍵を手に入れた。

 なんか、ロールプレイングゲームみたいな展開だ。


「お預かりします! できるだけ早いうちに越して来るつもりです」


「うむ。さて、戻るとしようか。今日は、いい休日となったよ」


「こちらこそ、いい物件をありがとうございました」



 その後は、客車で移動し、軽く食事をして宿まで送ってもらった。


 

 有意義な一日だった。


 滞在先が決まったことは、これからの学園生活にお金の心配が減ったわけで、非常に幸先が良い。


 さて、父さんへの紹介をどう持っていこうかな?

 一番いいのは、二人を直接引き合わせ、そこに同席する……ちょっと厳しいか。


 やはり、グリフさんが開拓村入りする……こちらが現実的だ。


 せめて、どこかの中間地点で落ち合うとかできないものか。

 父さん、王都に来る用事でもないかな?


 手紙にもいくつかの案を書いておくか。

 さらに、冒険者特急便を使って確実に送ろう。

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