百五話 クリニア商会:その弐

「商会長、商談中に勝手に入ってくるのは失礼ですよ?」


 グリフさんは、冷静に商会長を諫める……。


「なにを? どうせ、秘密裏に開拓村への足掛かりでもと考えているのだろう? だから、開拓村への視察も私には伏せておいたんだな? ちゃんと分かっているんだぞ!」


 伏せていたんだ……どんな関係の親子なんだろう。


「さっきも言いましたが、まだ商談中です。もう少しお待ちください」


「イロハ少年! 君からも言ってくれ、私が話を付けたんだよな? な?」


 なぜに俺を巻き込むのだ……話に入りたいのなら、商会長権限でも何でも使えばいいのに。


「は、はい。良かったら、ご一緒……」


「商会長、ダメですよ、強要は。今はで商談中です」


 商談中って、俺はなんの商談をしているんだろうか?

 

 徐々に商会長もあきらめ顔になってきている。


「むむむ……。わかった、では昼食はいいだろう? 予約もしている、三人で頂くとしようか」


 そうだった、昨日の話では昼食でもどうか、という話だった……ちょっとおなかがすいてきたかも。


「そうですね、では後で呼びに行きますので、ご退室を」


「わかった、わかった。じゃあ、また後でな、イロハ少年」


 そんなフランクな商会長は、商談室を後にした。


「よかったのですか? ここの商会長さんなんじゃ……」


「いいんだよ。ほとんどの仕事は私が引き継いでいるし、この商会を回しているのも私だ。いわゆる世代交代というやつだよ。商会長は、私が失敗しないかを心配して関わってこようとしているんだ……悪気はない」


 ふーん、いい親父さんだなあ。

 うちの放任主義な父さんとは逆の教育方針だ。


 しかし、グリフさんってどう見ても四十代だよね?

 教育って言ってもねぇ……過保護すぎやしないか?


「では、グリフさんが事実上クリニア商会長となるんですか。それで忙しいというわけですね?」


「まあ、そうなるが……まだ、親父がやらなきゃならないことも多い。今回の開拓村進出案は、元々私が提案していた事ではあるんだが、政治的に王国へ働きかけていたのは親父なんだ。しかし、王国の統治部に話を持ちかけても、団長は言うことを聞かないとか、商人嫌いだとか……そんな状況だったから一度頓挫しているってわけさ。君との出会いが無かったら諦めていた案件だ」


 思ったよりも大事だった……。


「そんな話になっていたんですね。王都へ出てきて、父の悪名を何度となく聞いてきましたが……今はそんなこと無いと思いますよ?」


 たぶん、恐らく……だったらいいな。


「それは楽しみだな、噂のルーセントさんに会えるのが。では、そろそろ昼食に行こうか。また親父が乱入してきても困るしな」


「はい!」



 昼食の予約って……まさか出張シェフだとは思わなかった。


 ここまでの好待遇とはね。

 開拓村は思ってたよりも重要拠点と成りうる場所ということなんだろう。


 いや……父さん攻略が難しいってこともあり得るか。



 次々と美味しそうな料理が運び込まれている。


「グリフさん、こんな豪華な料理……いいんですか?」


「ん? これは、商会長が手配したようだ。いいんじゃないか? そんなに気にせずとも。これでもうちは王都で三本の指に入る商会だぞ? 進出先の団長のご子息をもてなすなら、このくらいはしないとな」


「はぁ……荷が重いですよ」


 そこへ、商会長が登場した。



「ワハハハ! 改めて、ようこそクリニア商会へ! 今日は、しっかり食べていってくれ」


「はい、ご馳走になります。ところで、開拓村はそんなに重要な場所となるのでしょうか?」


「おや? 村で話した時は、十分に理解していると思っていたんだが……」


 間髪入れずグリフさんが疑うような目を僕に向けてくる。


「グリフさん、そりゃ位置的に発展しそうな場所ってことはわかりますが……ここまでするのが、ちょっと……」


「そうか、分かった。ここは、ハッキリさせておこう。あの開拓村は、本来王国主導で進める予定だったんだ。これを知っている者は限られているため、ここだけの話しにしてほしいが……」


「分かりました、お約束します。でも、それが重要となるのですか?」


 今度は、商会長さんが話に割って入ってくるようだ。


「ふむ。グリフよ、私が説明しよう。王国は、隣接国であるマジスンガルドと少なからず因縁があるんだ。特にネイブ領関連でな」


 うーん、領土問題なんだろうな。


「それは、歴史にある、ネイブ領が元々マジスンガルドの領土だったという話のことですか?」


「そうだ。スレイニアスに合格するだけの勉強はしているんだな。つまり、隣国に不穏な動きがあったらすぐに駆けつける必要があるわけだ。しかし、ネイブ領は、山岳地帯か森林地帯に阻まれており何か起こっても対応が遅くなる」


 ……不穏な動き?


「せ、戦争が起こるんですか?」


「いや、そんな話は聞かないな……だが、起こらないとも限らない。要するに、縦断連絡路は、王国にとって長年の課題だったわけだ。軍事的にも、経済的にもな……。どうだ? 難しいか、少年」


 よくある話だ。

 確かに、戦争が起これば真っ先にネイブが狙われるだろうね。

 補給に援軍、どちらも時間がかかり対応は遅れそうだし。

 経済もまた然りってところか。


「いえ、だいたいは理解できます。ネイブ、王都間は西回りか東回りしかありませんので、縦断路ができたら南方への大きな経済効果を生むと思います」


「そうだな、だから王国が主導しようとしたんだが、前ネイブ領主が自領でやると突っぱねたんだ……その領主は亡くなられたんだが、そのまま次期領主が引継ぎ今に至る。その大役を担っているのが少年の父親のルーセントさんだ」


 ネイブ前領主は、森林地帯で獣に襲われて亡くなられたと聞いていたが……そうなってくると、何か他の理由がありそうな気がしてならない。


「そんなことが……」


「そこで、情報を得た王都の一部の商会が開拓村への進出を目指したわけだが……どこも結果を出せず、業務に集中するため、開拓村の情報は伏せられた。情報を知る者は少ないが、度々探りに行く商会は未だにあるというわけだ」


 いつだったか、開拓の報告会で父さんが愚痴っていたな。

 王国が騎士団を使って開拓するって脅されたようなことを言っていたっけ。


 案外、王国側は本気だったのかもしれない。


「その中の一つがクリニア商会ってことですね?」


「うむ。我が商会は、王国で最も古い商会だ。王国との付き合いも長いから、そんな情報も早い段階から得ていた。ただ……」


 商会長は、話し終えてから肩を落としている。


「うちの父さんに、付け入る隙が無かった……そういうことですね?」


「そこまで話が進んでいないというのが現状ではある。特定の商会以外はきっかけが無かったといったところだ。今のところ、ウォルター商会とトロワディ商会が開拓村へ入っていると聞いているが……少年、知っているか?」


 トロワディ商会?

 初めて聞く名前だな。


「うーん、ウォルターさんは分かりますが、トロワディ商会というのは聞いたことがありませんね」


「そうなのか? 確か、豪腕のルブラインが仕切っていると聞いていたんだが……」


「えっ! ルブラインさんなら開拓村にいますよ? トロワディ商会というんですか……名前までは知りませんでした」


 ルブラインのお店……だったもんな。

 しかし、豪腕って雰囲気では無さそうに見えたけど。


「そうか、やはり噂は本当のようだな。ルブラインは、伴侶を亡くした後、地位を息子に譲り隠居するような噂が出回ってすぐに王都で見かけなくなったんだ」


 ルブラインさんも王都で有名な人だったらしい、大手商会が噂を拾うくらいに。


「確かに、村へ腰を落ち着けた感はありますが、隠居という感じでは……」


「ふーむ、もしかしたらかつてのハーニック商会を復活させるつもりなのかもしれんな」


 ハーニック商会? さっきから知らない商会がやたらと出てくるな……言い回しからルブラインさんと関係がありそうだ。


「ウォルターさんも、ルブラインさんも、恐らく商会の政策として村に来た感じでは無いと思いますよ。詳しくは個人情報になりますから伏せますが……」


 ウォルターさんは、結婚してレジーが生まれて親バカ。

 ルブラインさんもまた、トリファの合格祝いにあんなお金を使うほどの親バカ……。

 二人とも商売っ気が無かったからなあ。


「ということは、やはりまともな商会はどこも参入していないということか?」


 鋭い目をした商会長さん、この人、まったく引退する気は無いんじゃないか?


「僕が知っている限りでは、そうだと思います」


「なんと! 我が商会がこんな機会に恵まれようとは……」


 うん? 天井を見つめ……いや、空を仰いでいる感じだ。


「なっ! 親父、イロハ君と接点を持って正解だっただろ?」


 如何にも俺、やったったぞ! とでも言いたげな息子の顔だ。


 話の感じから、すごく期待されているのが伝わってくる……うぅ、荷が重い。


「イロハ君。君の王都での生活に協力は惜しまない。駆け引きも無しだ。クリニア商会が開拓村で活動できるように協力をしてくれないか?」


 グリフさんが、かしこまった感じで直球の提案をしてきた。

 これが話したかったことなんだろう。


 この商会長や副会長は、商人だけど、どこか人間味があって温かい心を持っている気がする。

 この人たちになら、あの村を任せてもいいんじゃないかな? あまり、悪い人には見えないな。


「もちろん、そのつもりですよ。ただし、村の人に少しでも不利益となるようなことはやめてくださいね。あの村は、本当に鬼が出ますから」


「鬼……?」


 グリフさんは、知らないのかな?


「赤鬼のルーセント……過去に一つの商会が崩壊した事件だな。一部の冒険者もまた追放されたと聞いている」


 商会長は知っていたか。


「冗談ですよ。父さんは、村を大事に思っていますので、村の人達が困らないようにしてくださいねってことです」


「もちろん、そこは約束しよう! このネビリーの名にかけて、君の顔を潰すようなことはしない!」


「はい! よろしくお願いします」


「実際、私もグリフもその時期は王都にいなかったのでな、詳しくは知らない。関係者はすでにいないし、知っている者も口を噤んでいる……」


 むぅ、父さんについて、だいぶ誤解があるようだ。

 ここは、息子の俺が……。


「父さんは、情に厚い人です。感情的になることもありますが、受けた恩はちゃんと返す人ですよ」


 商会長さんは、やや難しい顔をしている……。

 やがて顔を上げてグリフさんに向き直った。


「グリフ、この件はお前が取り仕切るんだ」


「分かりました、商会長。後は、お任せください。イロハ君、これからよろしくな」


「よろしくお願いします!」



 ◇◇



 トクトク亭へ戻ってきた。


 結構な時間をクリニア商会で過ごしてしまった。

 なんとなくで大役を引き受けてしまったような気もするが、僕にとっても村にとっても悪い話ではないと思う。


 忘れないうちにまとめておかないとな。



 王国サイドは、とにかく縦断路の開通を急ぎたい。

 だが、ネイブ領内のことなので目立った落ち度がない限り見守るしかない。

 そこで、有能? である父さんへ白羽の矢が立った……実際、十数年かかる開拓事業を大幅に短縮している実績もある。


 もしかしたら、マジスンガルドに不穏な動きがあるのかもしれない。



 商会サイドは、情報網を持っている少数の商会がアプローチをかけるが、今のところ参入のきっかけを掴めているところは無い。


 ゴサイ村には、商業組合すら無かったもんな。

 ちゃんとした店と言っても『ルブラインの店』と『ウォルターの店』くらいしかなく、後は各々で賄う感じだったし。



 そして、開拓団サイド。

 実は、開拓団として大手商会の参入は歓迎したい……そう、父さんは言っていた。

 これは、俺だけが知っていることだと思う。

 

 父さんに対する世間の風評と、恐らくネイブ前領主の方針が影響して、手を出せないでいる……というのが現状だろう。



 父さん自ら商会に打診することは無いだろう、性格的に。

 参謀みたいな人と言えば、ラミィさんだが、ウォルター商会長の奥さんだ……こちらも攻略は難しい。

 ネイブ領主も、開拓団任せ……確かに八方塞がりではある。


 俺……意外と重要な立ち位置にいるやんけ。


 クリニア商会の好待遇も納得だ。


 しかも、この話はお互いに求めていることが見事に合致しているというイージーモード。

 王国、村、開拓団、商会……俺、という三方良しどころか五方良しじゃないか!


 子供の身でどこまで関わることができるのかは分からないが、やれるところまでやってみよう。



 次回の打ち合わせは、二日後となっている……俺の滞在先を紹介してくれるそうだ。

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