百七話 手紙の行方

 父さんへ


『王都出発の夜に話していたクリニア商会の件、副会長のグリフさんと話をすることができました。先方は、開拓村の商業活動参入に興味があるとのことで、父さんとの会談を希望しています。近い内に場所と日程の調整をしたいと言われていますが、どうしましょうか? 連絡をお待ちします。商会の方には非常に良くしてもらい、王都の滞在先まで紹介して頂きました』


 十の月一日 イロハより



 

 少し文章は硬いが、仕事の話だしこんなもんかな?

 後は、冒険者を雇って特急便で送るだけだ。

 最短でも返信が届くのはひと月後……下手すりゃ入学式あたりになりそうだ。



 ◇◇



 今日は雨……テンション下がるなぁ。

 

 最近、朝のトレーニングをサボりがちだから、ちゃんと始めようと思ったのに……。

 

 ちゃんとやろうとしたのにあるあるだな。

 時には天気が悪いから、時には母さんが勉強しろと。


 ま、そんなことは置いといて、冒険者協会だな。

 上手いことネイブへ行くパーティがあればいいんだけどな。



「すみません、手紙の配達をお願いしたいんですけど」


「はい。直送便ですか? 経由便ですか?」


「えっと、直送便でお願いしたいんですが……いくらくらいかかるもんなのでしょうか?」


「どちらまでお届けですか?」


「あ、ネイブ領までなんですが……細かく言えば、その、ネイブ領の北の村になります」


「ネイブですね、少々お待ち下さい」


「はい」


 どうでもいいけど、このカウンターの位置、高すぎるだろ。

 肩くらいまである……頭しか出せねー。


「お待たせしました。ただいま、ウエンズまでの直送便しか対応できません。そこからは経由便となります。料金はウエンズまでが十万ソラス、そこからは三万ソラスとなります」


 高っ!


「わ、分かりました。少し検討してみます」



 思ったよりも高いぞ、しかも、途中から経由便……これでは意味が無い。


 うーむ、ブルさん達に相談してみるか。



 別の窓口だったな。


「すみません、青の盾の関係者なんですが、どこにいるか分かりますか?」


「登録があるかを確認致します。お名前をこちらに記載下さい」


 イロハと記入。


「イロハさんですね。青の盾の公開の対象となっております。青の盾は、現在視察団の護衛依頼中です。シンデリの街の往復となりますので、本日の午後に戻る予定です」


 へぇ、かなり詳しく教えてくれるんだな。

 もうすぐお昼だし、ご飯食べて少し待ってみるか。


「ありがとうございます。もし、戻ってきたら『イロハが会いたい』と伝えて下さい。近くの食堂か、トクトク亭にいます」


「かしこまりました」



 昼食を取って、再び冒険者協会の休憩室へ。

 こうして見ると、意外と冒険者の仕事をしている人も多いな。


 直送便、冒険者と直接交渉したら一体いくらかかるんだろうか……二十万以上はかかりそうだ。



 うーん、帰って来そうにないな。

 宿へ戻って待つか。

 


「お、イロハじゃないか? こんなところで何をしているんだ?」


 まさか……ウェノさんと出会うとは。


「ウェノさん! ブルさん達と一緒じゃなかったの?」


「ああ、俺は護衛をやらねえんだ」


 ふーん、俺の時は護衛じゃなかったのかと。

 ウェノさんのことだ、どうせ、くだらない理由に決まっている。


「そうなの? 嫌な思い出とかあるの?」


「実は……」


「なにさ、もったいつけて」


「…………面倒くさい」


 やっぱりね。


「あー、はい。そうですね」


「なんだよ、その言い方は。本当に面倒くさいんだよ」


「分かったから。そんなことより、手紙の直送便って安くて早くなることはない?」


「そんなことって……お前なぁ。手紙? そんなもん、経由便で送れば安くなるんじゃねーの?」


「早く届けたいから、どうにかならないかなって……」


「なんかあったのか?」


「父さんと大手商会を引き合わせたいなと思って」


「ほう……どこだ? イロハを唆したその商会とやらは」


 目つきが怖いって、ウェノさん。


「これは、父さんも承知の上での話。ちなみに、商会はクリニア商会だよ」


「ルーセントが? そうなのか?」


「うん。村を出るときに話したし、たまたま僕に接点があったからね」


「イロハ、クリニア商会と言えば、王都でも一番古い商会だぞ? その相手は本当にクリニア商会の者なのか?」


 まあ、そう思うのも分かる。

 俺も信じられないくらいのスピード感で、話が進んだからね。


「それは、間違いないよ。相手は、商会長と副会長だからね」


「おいおい、なんで子供が大手商会の会長やら副会長やらと話がつけられるんだよ! 騙されているぞ、それ」


 俺に、よほど信用がないのか、子供だからか……。


「人聞きの悪いこと言わないでよ! 本当のことだから、これ以上言いようがないね」


「……会わせろ。その話が本当なら、俺に会わせられるだろう? 言っとくが、副会長のグリフさんとは、面識があるからな」


 相手がどういう人か知っていたということか。

 ウェノさん、こう見えて上等民だしね。


 しかし、しつこいなあ……。

 ………………。

 …………!


 いいこと思いついた!

 よし、ウェノさんに手紙を届けてもらおうか……人を疑った罰じゃい、思い知るがいい!


 ついでに、父さんの話し相手にもなってほしい……仕事も大変そうだし対等な人もいないだろうから。


「ウェノさんは、僕のこと疑っているんだよね? もしくは、騙されていると思っている、違いますか?」


「ああ、疑っているし、騙されていると思っている」


 くぅー、信用ゼロじゃないか。


「分かりました。では、賭けをしませんか?」


「賭けだと? なんで俺がそんなこ……」


「あれれー? 自信が無いんですかぁ? 僕は自信があるんだけどなぁ……まあ、嫌ならいいですよ、そうなると、会わせることはできないですねぇー」


 完璧な煽りだ、短気で負けず嫌いなウェノさんは、必ず乗ってくる。

 俺のためを思って言ってくれてるから、申し訳ない気持ちもちょっぴりあるけど。


「なんだと……? むぅ、いいだろう、乗ってやるよ。あのグリフさんが、お前みたいな子供と取引なんかするわけがない! それで、何を賭けるんだ?」


 さすがギャンブラー、分の悪い賭けにもちゃんと乗ってくれる。


「まず、手紙の配達をウェノさんに依頼します。僕が負けたら配達は無くなる上に、報酬は二十万ソラス支払います。つまり何もせずに二十万ソラスがウェノさんの懐に入ります」


「ふむ……」


「ウェノさんが負けたら、半額の十万ソラスで受けてもらいます。どうですか?」


 こうすれば、どっちにしろ安心安全ウェノ印の直送便が使える。


「イロハ、お前金持ってんのか? それに、結局十万ソラス以上払うことになるんじゃないか?」


 やっぱり優しいね、ウェノさん。


「どうせ勝つ勝負です。無償だと、ウェノさんがかわいそうですから……」


「どこからその自信が来るのかは知らんが、あのグリフさんは、そんな大事な取引を子供とする人じゃねーぞ? 悪いことは言わねえ、早くそのふざけた野郎に会わせろ!」


 グリフさん、そんな大事な取引を子供とするようになったんだよ。

 

 俺の予想だが、クリニア商会はあまり上手くいっていないのかもしれない。

 そこへ、開拓村……ひいては、王国縦断路という王国経済に直結する事業に関われるチャンスが巡ってきた……。


 どの商会も参入のきっかけすら掴めていない……商人なら、そりゃ子供でも囲い込もうとするさ。


「じゃ、賭けは成立ってことでいい?」


「分かったから、行くぞ、イロハ!」


 んもう、せっかちなんだからーん。



 ◇◇



 所変わって、クリニア商会へ。


「こんにちは! グリフ副会長はいらっしゃいますか?」


「はい、こんにちは。イロハ君、ちょっと待っててね」


「はい」


 もう、皆さんに覚えてもらっているみたいだ。

 ウェノさんも驚いて、口パクパク状態。


「おまたせしました。副会長は、二階の商談室でお待ちです」


「ウェノさん、行きましょう!」


「あ……ああ。もしかして、本当だったのか?」


 もしかしなくてもね。


 二階の商談室へ。


「こんにちは、グリフ副会長」


「やあ、イロハ君。今日はどうしたんだい? 急に訪ねてくるなんて」


 相変わらずのいい笑顔だ。

 そうだ、一応、悪意センサーを発動してみるか。

 相手はやり手の商人、本当に騙されていたらかなわんし。


 視覚強化!


「今日は、僕の心強い保護者代わりの人を紹介しようと思いまして」


「そちらの方が、そうなのかい?」


「はい、そうです」


「ほ、本物だ……」


 ウェノさんは口パクモードから、目ギョロモードへ。


「ん? どこかでお会いしたような……。あっ! ウェノさんじゃないか! どうしてイロハ君と?」


 やはり、知り合いのようだ。


「あ、いや……その…………まさか、本当にグリフさんだったとは」


 ウェノさんはタジタジ……なかなか見られない光景だ、プッ、おもろい。


「イロハ君、説明願えるかな?」


 だよね、そうなるよね。


「はい。このウェノさんが、僕を心配して心配し過ぎて保護者としてグリフさんにご挨拶がしたいと」


「ふむ……」


「僕とグリフさんの大事な話をしたためた手紙を、父さんへ届ける大役を引き受けてくれると言うものですから」


「おお! そうだったんですか。ウェノさん、ビーツ家には長年にわたりお世話になっております。まさか、イロハ君の保護者をされているとは知らず、勝手に話を進めて申し訳ない」


 本当に、素直な人だ。

 オーラを見ても、水色オーラ。

 

 ウェノさんたちと一緒だ……見るまでもないと思っていたけど、ここまで思われていたとはね。


「いえ……こちらこそ突然押しかけて来て申し訳ない。手紙は責任を持ってルーセント殿へ届けますのでご安心下さい」


「それは心強い。しかし、ウェノさん、執事業は休暇中なのですか?」


「お恥ずかしながら、今は休職中です。冒険者の真似事でもしながら生活しております」


 やや、バツが悪そうなウェノさん。


「では、手紙の直送便の代金はこちらで持ちましょう。ネイブ領となると……三十万ソラスで足りますか?」


 なんですとぉー!

 なんか、おねだりしたようで悪いなあ。


「いえ、そんなに頂くわけには……」


「クリニア商会の命運がかかっている案件です。このくらいのことはさせて頂きましょう」


「ありがとうございます。では、責任を持ってお届けします」


 ウェノさんは代金をもらい、そそくさと帰ろうとしている。


「グリフさん、今日はありがとうございました。まさか、ウェノさんとお知り合いとは思いませんでしたよ」


 ん?

 顔が近い……。


「……イロハ君、私はこれでも長く商売をやっている。君が何をしに来たのかくらい想像もつく。どうだい、お眼鏡に叶ったかい?」


 あ、圧が。

 お見通しだったか……。


「はい。それはもう、ウェノさんが手紙を届けてくれるくらいには……」


「む……ハッハッハ! 君みたいな子は本当に初めてだよ。これからも、よろしく頼むよ、私を……クリニア商会を」


「はい。父さんとの会談、上手くいくように願っています」



 クリニア商会を後にした。



「イロハ、何をやったらああなるんだ? グリフさんは、あんな優しい顔をする人じゃなかったと思うが……」


 少々困惑気味なウェノさん。


「これには、いろいろと事情が絡み合っていて……そうだなぁ、お互いに欲しいものがあるけど、きっかけが無かった。そのきっかけが僕だったってこと」


「イロハがか? うーむ。まあ、相手はルーセントだし、別にいいか」


 いいんかいっ!


 ……まあ、確かにね。


「でも、ウェノさん。ちゃんと行ってもらいますよ? 勝ちは勝ちです」


「ああ、分かっている。こんな大事な手紙をどこぞの冒険者になんぞに任せられるか!」


 あらら……妙にやる気のある発言。

 いつの間にか保護者に目覚めてしまったのか!?


 待てよ……分かったぞ!


「ウェノさん。三十万」


「うっ……そ、それは俺の取り分だよなぁ? 開拓村まで行くんだぞ?」


「……まあ、いいでしょう。僕からも約束通り十万ソラス支払います。だから、間違いなく父さんに届けてくださいね?」


「いや、お前からは……」


「ダメですよ、賭けは賭け。そこはちゃんとしましょう。その代わり、無事に帰ってきてくださいね? 保護者ですし」


「ああ、分かった。その手紙を預かろう。ちゃんと、ルーセントへ届けるから」


 手紙を預かったウェノさんは、早速準備して向かうようだ。


 よし、ダメ元で一計を案じてみるか。


「ウェノさん、母さんにも聞こえる声で、父さんに……ゴニョゴニョゴニョリ、ゴニョゴニョリ……って伝えてくれない?」


「お前……そんなこと言えば……クククッ。悪知恵が働くガキめ!」


「道中、気をつけてくださいね?」


「俺がどれだけ旅をしたと思っている? 何の問題もない! じゃーな!」



 行っちゃったか……。


 なんだかんだと、ウェノさんと過ごすのは落ち着くんだよな。

 どこかは少年で、どこかは大人で。


 無事に帰ってきて下さいね、ウェノさん。

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