百八話 自炊とディーアイワイ

 ウェノさんが出発して一週間、これと言ってやることもなく、トレーニングを再開している。


 あの後、ブルさん達が訪ねて来てご飯をご馳走になった時、俺の近況とウェノさんの話をしたら驚いていた。


 青の盾は、モーセスさんから紹介を受けた視察団の護衛任務を定期的に受けるようになって、かなり安定しているらしい。


 戦闘があまり起こらないって、ミネさんは愚痴っていたが……。


 俺はと言うと、トクトク亭を引き払い、開拓村王都出張所……へ居を移した。

 特に持っていく物も無かったので、引っ越しはあっという間に終わり、生活用品を買い漁る毎日だ。


 んー!

 一人暮らしはいいもんだ、いつ寝ても、いつ起きても、誰も文句を言わない。

 不躾に部屋へ突入してくるどこかの娘もいない。


 一応、青の盾の皆さんには場所を伝えておいた。

 後は、モーセスさんにも手紙でお知らせしておいた……あの人の手紙、宿へ直接届く直送便だからね。

 念の為、ポストのようなものも家の前に置いた。

 

『不在時の手紙はこちらへ イロハ』


 これで大丈夫だろう。

 

 問題は、二階に住んでいるから来客が分かりにくいところか。

 インターホンとか無いだろうから……扉前に砂利でも敷くか?


 立地条件は抜群だ。

 スレイニアス学園まで、徒歩二十分程度。

 王都中央の西地区で、治安も良い。


 あ、ウェノさんには伝えていなかった。

 まあ、何とかなるでしょう。



 今日は、自炊用の道具……グリフさんにとある魔道具を注文していたので、取りに行くのだ。


 なんと、コンロのような魔道具があるらしい、話を聞いて飛びついてしまった。



「こんにちは! 注文していた魔道具を取りに来ました」


「イロハ君、いらっしゃい。魔道具は預かっているので、少し待っていてね」


「はーい」


 クリニア商会では、もう顔パス状態となってしまった。

 

 一時は、グリフさんの隠し子だとか噂されていたけど、商会長の奥さんがその噂を一掃、クリニア商会の大事な客人として扱えって通達があったらしい。

 今では、軽くブイ・アイ・ピー扱いを受けている。


「おまたせしました。こちらが調理魔道具です」


 おー!

 これは……まるで脚付きの高級な将棋盤じゃないか。

 盤面は二重丸が描かれている。


「これ、どう使うんですか?」


「魔道具は初めてお使いですか?」


「はい、ソラスオーダーを作った時以来ですね」


「あれは、特殊な魔道具ですので……。こちらは、一般の魔道具になります。使い方は、側面の穴に、この魔力塊まりょくかいを差し込んだら起動します。この魔力塊は三型となりますので、毎日調理に使用されると約ひと月ほどで効果が無くなります。効果が無くなった魔力塊をこちらへお持ちいただければ、有償で交換いたします」


 ほー、これが魔力塊、黒い鉄塊みたいなものだな。

 大きさは、よくあるカステラみたいな形で、鉄より重くない。

 

 本当だ、横に差し込み口がある。

 バッテリーのような使い方だ。


 魔力で動く魔道具、魔力って魔石から得るエネルギーってところか……ますます電気じゃないか。


 それに、魔力が無くなった魔力塊は回収……再充電ならぬ再充魔みたいなことをやっているんだろう、リサイクルも確立されている。

 

 まあ、そういう物だと思うしかない。


「分かりました。この魔力塊って予備はいただけないのでしょうか?」


「予備ですか? あまりそういうお客さんはいませんが……そうですね、ちょっとお待ちください」


「あ……」


 なんか、閃いてどっか行っちゃった……と思ったら、すぐ戻ってきた。


「こちらが、魔力を使い切った状態の魔力塊です。魔道具を使わない時は、魔力塊を抜いておきます。その時の色を見て判断してはいかがですか?」


 なるほど、黒い鉄だったものが灰色……やや白っぽくなっている。

 この色に近づいたら、変え時だってことね。


「よく分かりました。丁寧な説明をありがとうございます。あの、他にお湯を出す魔道具とかはありませんか?」


「お湯ですか……あるにはありますが、用途はどのような感じでしょうか?」


「お湯をためて体ごとつかるみたいな……」


「その量ですと、魔力塊が相当必要になりますよ? かなりのお値段となってきますし、大掛かりな魔道具が必要となりますので、あまりお勧めできません」


 ぐぬぬ……お風呂は無理か。


「……はい」


「他に何かありますか?」


「いえ、また必要な時が来たら相談します。今日はありがとうございました」


 ソラスオーダーで支払ってお店を出た。

 十五万ソラス、結構するじゃないか……まあ、必要経費だ仕方がない。


 しかも、意外と重い……身体強化っ!



 早速、調理魔道具を設置、材料やら鍋やらはすでに買ってある。

 香辛料も、ウエンズ産のいい奴をストック済み。

 水、油……その他諸々は、ある程度揃えてあるから問題無し。


 さて、クッキングといきますか。



 この世界で初めてのまともな調理だ、簡単なメニューにしようと思う。


 ……アイエイチコンロみたいな感じだ、これ。

 

 そのうち手の込んだモノでも作りたいところだけど、米が無え……。

 一体、どこで手に入るんだお米さんよ。

 


 豚肉のような物を使った野菜炒め、エビエビ出汁を取った海鮮スープに、普通のパン。


 ほう、意外と火力が高いな……おや? 火加減の調整ができない。

 もっと高いものじゃないと、いろいろできないのかもね。


 今日は、このくらいにしておこう。


 さてさてお味は……?


 

 いやー、自分で作ったら美味いね。

 味も自分好み、メニューも食べられる物ばかり、こりゃ太りそうだ。

 


 お湯を沸かしていたまま、魔力塊を抜くの忘れていた……危ない、危ない。



 さて、食後の紅茶といきますか。

 これも、ウエンズで買っといてよかった。

 本当は、コーヒーがいいんだけど……この世界にあるのかな?


 

 ふぅ、落ち着く。

 これから、生活をどう充実させていくか。

 恐らく、今から六年間は学園に通うだろう、この住居も六年間はお世話になるはずだ。


 グリフさんは、好きなようにしていいとも言っていたし、一階の店舗を使って商売をしてもいいと。

 店舗の内装は、なんとなくだが何かの道具屋さんのような雰囲気だ。

 両サイドに陳列棚があり、正面はカウンター、中央にはワゴンセールと思しき台がある。


 中央の台を取っ払って、座席と机を置いて飲食店なんかもできそうだな。


 商売か、楽しそうだな。

 元々は、飲食店をやりたかったんだよな、俺。

 喫茶店のマスター……こだわりコーヒーのお店、自家焙煎で豆は農園と直接契約。

 

 カイゼルひげを整えて、そうだな……丸メガネをかけて、一杯一杯丁寧に入れるオリジナルコーヒー。

 

 いい、すごくいい。



 ……まあ、妄想はこの辺にしてと。


 当面は、衣食住の住だ。

 ちゃんとした寝具が欲しい、良質の睡眠が何よりも大事。

 それに、机や棚、椅子などなど……家具類がほとんど無いからね。


 

 

 ◇◆◇◆十一の月一週一日◇◆◇◆



 時が経つのも早いもので、もう十一の月か。

 

 あれから、ディーアイワイを頑張った。

 ベッドの枠やら、棚やら……職人さんへ依頼するとすごく高い。

 見積もりを見てビックリしてしまったよ。


 オーダーメイドだし、高いのは分かるが、節約したかったので自分で作ることにした。


 最初は、工具が揃わなかったし諦めようとしていたけど、俺には強化スキルというありがたい能力があることを思い出した。

 それからは、文字通りサクサク進んであっさり完成、スキルの訓練にもなり一石二鳥だ。


 正直、十歳の子供が丸太を板へパワーで加工、釘みたいな鉄をパワーで打ち込み、それを二階へ運び込む……周りが見たらドン引きだろう。


 自分でもちょっと怖い。


 金槌も棒を強化すればいいし、ヤスリがけも石で強化ゴシゴシすれば綺麗になる。

 丸太を割るのなんてもっと簡単、アチョー! と何箇所か楔を打ち込めばキレイに割れる。


 ……なんか、強くなっていないかい?


 スキルの親和性というのもあるけど、基礎能力が上がったからだろうね。

 二が十倍で二十、五になったら五十だもんな。


 こりゃ、そろそろ手加減を覚えないと危険だな。



 ◇◇



 ちょっと買い出しに言っていた隙に、ポストへお手紙が届いていた。


 父さん……なわけないよな、ウェノさんが来るはずだ、あ! 家は教えてなかったか。



 遊戯指南役 イロハ殿へ

 

『最初の手紙よりふた月ほどが経過しました。そろそろ落ち着いたことでしょう。居を移し、クリニア商会の件もあるだろうとしばらく間を置きましたが、イロハ殿の学校が始まる前にはお会いしたいと思い、筆を執りました。この手紙が届いた後、王都へ向かう予定です。その際は、少しばかりお時間を頂ければと思います』

 

 遊戯場『コンコロの森』

 総責任者 モーセス



 完全に忘れていた……。


 何を提案するべきか、うーむ……モーセスさんといい、グリフさんといい、ハードルを上げてくるからなぁ。

 買いかぶり過ぎなんだよ、まったく。



 そういや、この場所の事を誰に伝えたっけ?


 えーっと、グリフさん、青の盾パーティ、モーセスさん……あれっ? 全然言ってないや。


 まあ、ウェノさんにはいずれ伝えるとして、学園関係は始まってからでいいだろう。


 ポルタ、ロディ、トリファ……この三人はどうすっかな。

 あと、アレス様やラム……いや、来ることもないだろうし、いいか。


 意外と王都に知り合いがいるもんだ。


 ゴサイ村の三人には会っておきたいんだよな。

 よし、いろいろ落ち着いたし、学校が始まる前に会いに行っとくか。



 まずは、親友のポルタ……合格したんだろうか。

 確か、商科学園の近くの宿だったな、結構遠いじゃないか。


 一時間近くかけて、以前聞いていたサクサク亭へと到着。

 あー、なんかドキドキしてきた。



「こんにちは。あの、僕と同じくらいの歳で、ポルタという子はいますか?」


「こんにちは。ポルタ君? 君は、お友達かな?」


「仲間です。同じ村の出身です!」


「そう……。残念だったわね、ポルタ君はすでに退去してここにはいないの」


 なんだ、いないのか。

 俺みたいに、滞在先を見つけたとか?

 それにしても、なんで残念なんだ……意味深な発言はやめてほしいよ。


 あっ! 確か、商科学園は宿舎があったな……そっちの方か。


「そうですか。何かあったん……いえ、どこに行ったか分かりませんか?」


 うわー、聞けねえ。

 試験に落ちたかどうか、聞けねえ。


「そうね、ちょっと分からないわ。ごめんなさいね……」


 なんか、いちいち暗いんだよ……嫌な感じだなあ。


「ありがとうございました。自分で探してみます」


 ふぅ、なんとなく察した。

 こりゃ、落ちたな。


 ということは、十の月以降の試験と言えば、騎士学校か総合学園……ポルタが騎士は無いだろう。


 総合学園の試験は、確か十一の月だったな、なら真っ最中ってことか。


 ここまで来たし、商科学園の宿舎に行ってみるか。

 もしかしたら、トリファに会えるかもしれん。



『王立商科学園宿舎』


 とうとう、ここまでたどり着いた。

 でかい建物だなあ、では行ってみよう。


「こんにちは、宿舎の窓口はここで合っていますか?」


 妙に存在感のあるおやっさんが窓口っぽいところにいる。

 宿舎の管理者ってところか。


「君は、ここの学生かい?」


「いえ、知り合いが商科学園にいるので訪ねてきました」


「そうかい? しかし、宿舎の中へは入ることができないよ? それに、まだ、授業中だからね、大半の学生は戻っていないぞ?」


 だよね。

 普通、この時間は授業中だもんな。


 でも、ここで帰ったら次回はかなり後になりそうだ。

 ここは、来るまで待とうホトトギス。


「どこかに待合室とかありませんか?」


「そうだな、君、今年の合格者でもないんだよな?」


「そうですね。僕は、スレイニアス学園に入学予定です」


「ほう、優秀なんだな。いいだろう、特別に、宿舎の待合室を使わせてやろう。ところで、誰に会いに来たんだ?」


「言って分かるもんなんですか?」


「そりゃ、印象に残る学生は分かるさ。言ってみなきゃ分かりようがないだろう? 誰なんだ?」


 確かに……。


「トリファです。ゴサイ村出身の」


「なに……トリファだって? お前、豪腕の娘に何の用だ?」


 ルブラインさん、王都ではみんな豪腕って呼ぶんだなあ。


「何の用だって言われても、会いに来た以外何もありませんね。トリファは同じ村の仲間です、なにかおかしいですか?」


「いや、悪いな。ちょっと、トロワディの周りが騒がしいん……いや、この話は必要ないな。この部屋で大人しくしていてくれ、時期に生徒も戻ると思う」


 トロワディ商会、正確にはルブラインさんの息子が所属している商会だ。


「分かりました、ありがとうございます」



 ◇◇



 あれから二時間ほどが経った。

 夕方の五時くらいか。


 遠くからザワザワと雑談の声がしだしだ……。

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