六十六話 感謝と忠言

「俺だ……カラムだ」


 入り口のドアにもたれ掛かり、やや疲れた感じのカラムさんが立っていた。

 布でぐるぐる巻きにされた痛々しい手が、目に入る……。


「カラムさんっ!!」


 俺は、心配と嬉しさが同時に込み上げてきて、思わず走り寄ってしまった。


「おい、おい。落ち着けよ、イロハ」


「だって……」


「分かったから、落ち着け」


「うん……」


 ミネさんが、落ち着けと言わんばかりに、無言で俺の両肩を持ってベッドへ導く。


 ふぅ……きっと指はくっついているはずだ。


「カラム。その指、大丈夫なの?」


 ド直球のミネさんであった。


「……この指なんだが、イロハ、この後どうすればいいんだ?」


「どうって? どういう意味?」


「いや、お前が言っただろ、任せてほしいって。隣の部屋で目が覚めたら誰もいない。隣からは、イロハとミネの声がする。話が終わるまで待とうと思ったが……お前ら、話が長すぎるんだよ!」


「あら、起きたならこっちに来ればよかったのに」


「ミネ、話はんだよ? 俺が寝ているせいで、青の盾の金が無くなり破滅だとか、護衛対象に体張ってもらった、だとか聞こえたら……どの面下げて行けるってんだ」


 あらら……。


「聞こえていたわけね。それで、待っていたけど一向に終わらない。やっと終わりそうになったかと思ったら、そのまま食事に行きそう。しょうがない、行くか……これであっているわね?」


 ちょっとミネさん、煽ってどうすんの?


「ぐ……そうだよ! でもな、俺の傷もこの後どうすればいいか聞く必要があったんだ。だから聞きに来た、どうなんだイロハ?」


「いや、その傷、僕のスキルの効果が出たならもう治っていると思いますけど……」


「……え?」


「……はぁ?」


 なに、その二人の反応……。

 そんな特効薬みたいなものが存在するという話じゃなかったか?


「いやいやいやいや、イロハよ、俺の指は完全に切断されていたんだぞっ! 四本とも! そんな傷が数日で治るなんて聞いたことがねーよ!」


 あ、いつも冷静なカラムさんの口調が……壊れ始めている。

 逆にミネさんは、静観に見えるが、実はフリーズしているという……。


「とにかく、カラムさん。そのグルグル巻きを取ってください。もし治っていなかったら……僕が未熟だったという事です。でも、痛くは無いんですよね? 自然と目が覚めたんですよね?」


「ん、ああ、そうだな。痛くもないし、自然に起きた。分かったよ、言うとおりに布を取ってみる……」


 カラムさんは、ゆっくりとグルグル巻きの布を外していく……。

 途中にオレンジ色っぽい血の跡もあって、あの泡ボコが出たんだと思い俺は確信した、治っているはずだと。

 仮に指がくっつかずに治った場合、二日も寝ないはず。

 

 再起動したミネさんは、心配そうに見守り、外れた布を無言で預かっている。

 まさに阿吽の呼吸だ。

 

 あら? もしかして、ミネさんとカラムさんって……。


「……ああ、動く。指が……動く、今まで通りに。痛くもないし、違和感もない」


 カラムさんは、目に涙を溜めながら、自分の指を見て動きを確かめている。

 僕も、ミネさんも……その嬉し涙を見て、しばらく無言で目頭を熱くさせた。

 


「う……ぅ……良かった。動く、動くぞぉぉー!」


 カラムさんは珍しく、吠えた……。



 

 落ち着いた頃を見計らって、傷跡を見せてもらった。

 ちゃんと、切断の跡があり、指を一周するラインが入っている。

 俺の細胞活性スキルは、欠損ではなく超深い切り傷だと判定してくれたのかな?

 上手くいって本当に良かった。


「カラム、よかったわね。私、もう心配で……」


 ミネさんらしくない顔で、未だ目に涙を貯めているご様子。

 まあ、あまり見ないようにしようかな。


「イロハっ! ありがとう。感謝する、本当にありがとう!」


 カラムさんから、最大の感謝を受けた。


「いえ、元々は、僕を守ってカラムさんは怪我をしたの……」


「イロハ、それを言ってはダメよ。さっきも言ったように、護衛が護衛対象を守るのは当たり前の事。怪我をしようと、命を落とそうとね。だから、ちゃんとカラムの感謝を受け取りなさい」


 ミネさんに怒られた……確かに、あまり踏み込み過ぎると嫌味になるよな。


「はい、カラムさん。どういたしまして。治って良かったですね」


 カラムさんは笑顔で、ミネさんは安心した顔で頷いてくれた。


「それじゃ、二人とも寝ていてお腹が空いているようだから食堂へ行きましょう」


「はーい!」



 ◇◇



 朝食と思っていたら、昼食だった。

 午後は何をしようかな?


 ガチャッ!


「イロハ、いるか?」


 ……! ああ、カラムさんか。

 この世界、ノックする文化が皆無やな……まあ、鍵をかけていない俺も悪いけどさ。


「どうしました?」


「ちょっとな、二人で話をしたい」


 なんだろう、改まって。

 まさか、お金の件じゃないよね?


「いいですよ、ちょうど何をしようかと考えていたところです」


 そう答えたら、さっさと鍵を閉めに行くカラムさん。

 そんなに深刻な話かよ……。


「悪いな、鍵をかけさせてもらった。あまり聞かれたくないからな」


「な、なんか怖いですね。どうしたんですか、急に」


「別に、急な話ではないんだ。話ってのはな……イロハのスキルの事だ」


 ……確かにやりすぎた感は、否めない。

 でも、後悔はしていない。


「僕の?」


「そうだ。まずは、俺の不注意で負った怪我を治してくれて感謝している。まさか、気配を消すのがあそこまで上手い犯罪者だとは思わなかった……。 その上で、あえて言わせてもらう。イロハのスキルはあまりにも価値が高すぎる。つまり何が言いたいかというのはだな……ちょっと待ってくれ、整理する」


 あのブンガロって犯罪者は、特別に能力が高かったのかもしれん。

 気配を消すということは、カラムさんと同系統だったとかで……じゃないと、あんな怪我をするとは思えないし。

 

 ふぅ……たぶん、父さんや母さんが言ってたことと同じことを言いたいんだろう。

 カラムさんも優しい人だからね。


「僕のスキル、人前で使わない方がいい、とか?」


「う……いや、そ……そうだな。誤解しないでほしいんだ。イロハは、まだ子供だから知らないかもしれんが、世の中には、悪いことを考える大人もいるんだよ」


 そう、俺はまだ子供……見た目はね。


「うん……」


「その大人は、イロハにとって良い人であろうとし、上手く利用しようと考える者もいる。難しいことを言うようだけど、ちゃんと人を見て、付き合い方……いや、そのスキルを明かすかを考えてほしい」


 なんていい人なんだ、カラムさんは。

 やっぱり、リスク覚悟でスキルを使って正解だった。


「分かりました。でも、僕もちゃんと人を見ていますから。誰にでもはしませんよ。カラムさんだから、危険をを承知で頑張ったんです」


 例えるなら、プロボクサーが、自分の彼女を助けるために拳を振るうような覚悟に似ていると思う。


「あ、ありがとうな、イロハ。たぶん、この指が無くなっていたら、俺は冒険者を引退していた。お前は恩人だ。困ったら絶対に相談するんだぞ、いいな?」


「はい! もちろんです、カラムさんは仲間ですからね」


「実はな……この話は、イロハが野盗の拘束を手伝ってくれた時、みんなで共有していたんだ」


 あの、最初の領境を超えた時の野盗か……確か、無生物強化を付与したんだっけ。


「そうなんですか。両親にも、あまり人には話すなと言われていましたし、学校では特に気を付けろと念を押されましたね」


「そうだろうな。青の盾のパーティやウェノさんは、この事を外部に漏らすことは無い。だから信じていいぞ、と伝えたかったんだ」


「もちろん、信じていますよ。それに、簡単に教えるようなこともしませんし、人は選びます。差し当たって、学校に入学したらどうごまかそうかということが課題なんですよ……」


「イロハよ、もう入学した気でいるようだが、スレイニアス学園は、簡単じゃないと聞くぞ? 王国の上等民連中の子供や、ある種の天才だけが行くところだって」


 うーん、そんなお貴族様みたいな奴らがいる学校は、ちょっと嫌だなあ。


「まあ、なるようにしかならないですからね、今更ですよ」


「一応、ルーセントさんからは、試験に合格しなかった場合、イロハが行きたいところへ送るまで護衛することになっているんだ」

 

 言えばいいのに、しれーっと保険をかけている、そんな父さんの不器用な所、嫌いじゃない……ありがとう。

 実際、どうなるか分からなかったので助かる。


「それなら、心配せずに試験へ臨めますね。もしもの時はお願いします」


「その、試験に……そのスキルはやめておいた方がいい。合格しても、他の所から目を付けられかねないぞ?」


「ああ、研究機関とかいうところですか?」


「それもあるが、なんというか、偉い人に目を付けられると、余計なトラブルを招いたりする。理不尽なこととかな」


 うーむ、能力を高く評価してもらい利用される……くらいには考えていたけど、甘かったようだ。


「学校では、スキルは封印というか、違った使い方を考えてはいるんですけど……ちょっと聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「特性に、素手の格闘系の職って聞いたことあります?」


「素手の格闘……そうだな、何とかの格闘士とか拳士は、冒険者にいたような気がする。小手やグラブという素手用の武器を着けて近接戦闘をする感じだったな」


「ほー、やっぱりいるんだ。拳士はこぶしかな? どっちにしようかな……」


「おいおい、イロハは格闘士とかじゃないだろ? まさか、ごまかすって……そういう事か? スキルはどうするんだよ、最低でも身体強化や体術ができないと格闘士なんか名乗れないぞ」


 ふふふ、実は学生時代、柔道を少々かじった事あるんだよね。

 今のパワーとスキルで、相手が同い年なら絶対に負けない。

 社会に出てからは、ジムの代わりに健康ボクシングも通っていたんで打撃も多少はいける……軽くスパーリングくらいしか経験はないが。


「身体強化ならありますよ。それに、体術も少々できます。武器を扱う方が厳しいので、格闘士で行こうかと思います」


「なにっ! 身体強化スキルを持っているのか! それなら……でも、腕力か脚力じゃないとキツイかも知れんが、そこのところ、どうなんだ?」


 腕力? 脚力? どういうことだ……?


「えっと、普通の身体強化ですね。どこでもいけますよ? 腕力でも脚力でも」


「何を言っているんだ? 身体強化の効果範囲のことだよ! 後ろにあるだろう?」


 後ろって(真)のことかな?

 でも、効果範囲って全身を底上げする感じだし、部位強化で一部も可能だしな。

 

 えっと、右腕……よし、右足……うん、いける。

 全身の身体強化っ……よし、なんか気のようなものが全身を巡っているのが分かる。

 

 おや? カラムさんの周りにうっすらモヤのようなものが出ている……スキルを使う時に見えるやつとも違う? こんなの見えたことが無かったけどな。


 まあ、いいか。


「うん、やっぱりどこでも身体強化できますね」


「イロハは、まだ分かって無さそうだから言うが、身体強化ってのはどこか一箇所しかできないぞ。稀に、二種類の身体強化を持っている者もいるにはいるが……」


 …………。

 

 ……ようやく分かった。

 

 そういう事か、普通の身体強化は、後ろのカッコ内が腕とかになっている限定的能力なのか。

 俺のはだから、まあ、特別なんだろう。


「あ、すみません、勘違いしてしまいました。腕力です!」


「そうか。なら、腕力の身体強化ができて、体術が多少できるなら格闘士と言えなくもないな」


「よかった。後は合格するだけですね!」


「よく言うよ、合格は厳しいって。記念に試験を受ける気持ちでいたほうがいい」


「そうですね。今日はありがとうございました。学校での悩みが解決しました」


「へいへい。ま、せいぜい頑張るんだな」


 身体強化について、事前に知ることができてよかった。

 もしかすると、他のスキルも同様に普通とは違う可能性が出てきたな。

 

 だって、全部に(真)が付いているし。

 迂闊なことを言わないように気を付けないと。


 その後は、せっかくなので、体術のコツとかをカラムさんに習いながら夜まで過ごした。



 ◇◇



 夕食を終えて、部屋に戻ってすぐの事だった。

 

 俺が身体強化の基礎トレーニング中に、またもやノックも無しでなだれ込んできた……モヤを纏ったミネさんとカラムさん。


 血相を変えてやってきて「お金を貸してほしい」と。


 

 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ⇒メルクリュース領カーン

 最終目的地:王都メルクリュース

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