六十五話 ミネトーク

小澄こすみ、今日の調子はどうだ?」


「うーん、七十パー……ちょっとキツイかな」


「七十って、七割もキツイってことじゃないか……」


「家事なんか俺がやるから、ソファでゆっくりしてテレビでも見ておいで」


「でも……」


「大丈夫だって、なんなら、俺が細胞活性のスキルを…………あ、あれ?」




 …………。

 

 ………………夢?


 ふぅ……なんて夢だ。

 

 こんな夢を見るってことは、俺の深層心理がなにかを訴えかけて……ま、ただの夢だよな。


 ……。


 そうだ!

 カラムさんはどうなった?


「誰か、誰かいませんか?」


 カチャッ!


 ミネさんが、入ってきた。

 ここはシオナミ亭…………じゃない! どこだ?


「目が覚めたのね。時折うなされていたようだけど……大丈夫?」


「あ、大丈夫です。ちょっと昔の夢を見ていました」


「えっ? 昔って、あなた九歳でしょ? フフフ、面白いことを言うわね。怖い夢でも見て、ごまかしているの?」


 しまった、つい本音を言ってしまった……が、勘違いしてくれたようだ。


「え、ええ。昔の住んでいた人が具合悪くて……みたいな夢を」


 うう、咄嗟に上手く適当なことが言えない自分に腹が立つ……。


「なにそれ、住んでいた人がって、ご両親が具合悪いの?」


「いえ……ところで、カラムさんはどうなりました?」


「……まだよ。まだ目を覚ましていないわ」


「そうなんですか……あの、それで、ここはどこですか?」


「イロハとカラムには悪いけど、ホグからはに出発して、ここはメルクリュース領カーンよ」


「一つ進んだんですか? ってことは……何日経ってます?」


「あれから、二日経っているわね」


「げ……そんなに寝ていたんだ」


「うん。本当は、今日にも王都に到着している予定だったけど、二人が起きてからにしようということになったわ」


「ハハハ、そうですか。疲れていたのかも……」


「イロハ、あなたね……ならず者にさらわれて、ほとんど寝ていなかった状態で、スキルを限界まで使ったでしょう?」


 ミネさんの心配怒り顔とでも言おうか、複雑な表情で詰められてしまった。


「……いや、まあ、はい」


 そして、真剣な顔でまっすぐ見つめられる……。


「カラムのためにやってくれたことは感謝しているわ。でもね、それでも冒険者が護衛対象に体を張られたら……いえ、なんでもないわ」


 言いたいことは分かるし、逆の立場だったら俺も言うと思うけど……。


「ごめんなさい。でも、僕は護衛する、護衛されるだけの関係とは思っていません。仲間だと思っています! また同じことがあっても、同じことをするだけです」


「……そうね。イロハはそんな子だったわね。ありがとう、感謝しているし、私も仲間だと思っているわ。だからもう……絶対に危険なことはしないで」


「はい。気を付けます」


「よろしい。話は変わるけど……今ね、ウェノさんとブルさんは、お金を稼ぎに行っているの」


 ん……困り顔? 呆れ顔?


「なんで? お金に困っているとか? なんだったら……」


「違うわ。あの二人、イロハとカラムが起きないことをいいことに、滞在を伸ばした途端、お酒と賭け事で旅費の全部を使ってしまったの、この二日間でっ!」


 怒り顔であった。

 ……とうとうあの不良執事と、のん兵衛親父がやりやがったか!


「そんな阿保な大人がいますか?」


「この集団に二人いるわ。幸い、ここの滞在費と、王都までの食糧くらいはあるんだけど、後は、ぜーんぶ無くなっていたの。やっぱりカラムがいないと青の盾も危ういわね……」


 カラムさん、しっかり者で、縁の下の力持ちだったもんな、苦労人気質の雰囲気が出ていたし。


「カラムさんは、青の盾の鍵だったか」


「私もうかつだった。カラムの交換用の布切れを買いに行った時にはもうすでに二人は出た後だったの。次に帰ってきた時には、全財産を無くして……あー、頭にくる、あの盾おやじ!」


 素が出てますって、ミネさん。


「それじゃあ、まだ滞在は長引きそうですか? カラムさんも起きていないし」


「そうね、あの二人が二倍の資金をためるまではここに滞在しようかしら? ここからでも試験を受けに行けるわよ」


「えー! そんなに大金を使っちゃったんですか?」


「ええ、破滅よ。イロハの護衛代に残りのお金まで全部……こんなことなら、お金をブルさんにまとめとくんじゃ無かった」


 宵越しの金は持たねえ……の奴や。

 いっそのことホグの人身バイヤーことステリグマとやらに……。


「もう、売り飛ばしましょう。冒険者クラス五級と四級ですよ、結構な値が付くんじゃないですか?」


 ミネさんはびっくりした表情を見せ……。


「プ……プハハハー! いいね、それ。イロハ、あなたも言うじゃない!」


 爆笑である。

 いや、こっちは割とマジっすよ。


「あの二人のせいで、僕が試験を受けられなかったらどうするんですか……まったく」


「まあ、大丈夫よ。ブルさんは、アタッカーと一緒だったら強いし。しかも、相方がウェノさんでしょ? たぶん今頃、迷宮で無双しているわよ」


 なんとなく、想像できるのがまた……ん? 迷宮だって?


「迷宮があるの? この近くに?」


「……ダメよ、イロハ。迷宮には連れて行けない」


 そんなに強く言わなくても……はい、行きません。

 もう、これ以上は迷惑をかけられないや。


「うん、分かってる。興味はあるけど、僕が危険なことをしたら、ろくなことにならないから。ただ、聞きたかっただけ」


「ふぅん、そうなの? 目が行きたいって言ってるわよ。でも、もし行くなら、私たちの手を離れてからにしてちょうだいね」


「さすがに入学試験の方が大事だよ。行くなら、ちゃんと冒険者になって正々堂々と行きます」


「はいはい。ところで、イロハは、移動中や滞在先でも全く勉強しているように見えないけど、そんなことでスレイニアス学園に入れるの?」


 あの、試験直前まで勉強のようなことをやるのって、どれくらいの効果があるんだろう?

 二週間前くらいから体調を整えしっかり寝るし無理もしない、カンニングを疑われるのも嫌だから、試験会場には筆記用具しか持ち込まない主義だなー。


「事前にできることは全部やってきたからね、今更頑張っても一緒だよ」


「へー、意外と割り切っているのね。王都の学校へ行くような人たちは、ギリギリまで勉強していると思っていたわ」


「そうしてもいいんだけど、ほら、村だったからさ、情報が遅れていると聞いて、こりゃどうしようもないなって……」


「うん、うん。もし落ちた時は、どっかの学校まで、お姉さんが護衛を引き受けてあげるわよ」


「落ちた……ってねぇ。ま、その時はお願いします、とだけ」


「冗談よ、フフ。なんとなくだけど、イロハは合格するんじゃないかと思っているわ。女の勘よ」


 ミネさん、サバサバしていて、話も早いから楽だなあ。

 せっかくだから、あの事を聞いとくか。


「応援と受け取っておきますよ。ところで、気になる事があるんですが……」


「何? 気になる事って」


「あの、人さらいの獣人? 獣の牙だっけ、なんでみんな同じような恰好をしていたのかなって」


「ああ、あれね。あんまりおもしろい話じゃないわ……」


「確か、ミッドロウ地区にもいたんですよ、同じ格好の人が」


「そっか。イロハは、子供だけど分別はつくわよね? 今から話すことは、あまり教育にいい話じゃないの」


 はい、中身は子供でもないんで、問題無し。


「そうなの? 僕は大丈夫、教えてください」


「あのね、私たちは人、つまりヒュームという種族ね。で、あの獣人たちは、と言われる種族なの」


「ビスト……種族が違うってこと?」


「そうよ。ヒュームの国メルキル王国は、他種族に寛容ではあるのだけど、やはり見た目があの通りだから……どうしても差別的になる人がいるのよ。悲しいことだけどね」


 人種差別か……どこに行ってもあるもんだな。


「そうなんだ。じゃあなんで……あっ!」


「そう、外見を少しでも隠すために、ね。でもね、悪い人ばっかりじゃないの。王都に行けば、もっと他の種族もいるし、イロハには、そんなふうに見た目だけで差別をする人にはなって欲しくないの……」


 そこはね、結局、人の価値は中身ですよ……中身。


「はい、分かりました。僕は大丈夫ですよ。それに、ミッドロウでは取引もしたし」


「ふぅん、特に偏見は無いんだ。あなた、いい男になるわよ……フフフ」


 ふむ……なんでだろ、妙に肩を持っている気がする。


「悪い者は悪い、人も獣人も同じです。でも、なんでミネさんは、その……獣人側を擁護するような感じなんです?」


「私ね、以前スキルが使えない子だったって話したわよね? その時に、親身になって教えてくれたのが、獣人の冒険者さんだったのよ」


「そんなことが……それに、冒険者にもいるのか。じゃあ、迫害されているとかではないんですよね?」


「もちろん、そんなことは無い……無いと言いたいんだけど、そういう人もいるのよ。その被害を受けた者が絶望して、盗賊や人さらいなどをして暮らしているというわけね。特に、獣の特徴が強く出ている獣人に多いと聞くわ……ミッドロウ地区の獣人も、絶望したけど犯罪まではしたくない、そんな者たちでしょうね」


 獣の特徴に個人差みたいなものがあるのか。

 もしかしたら、ミッドロウのヒルムシロさんも、獣人だったかもしれない……言われてみれば、ちょっと毛深かったし。

 

「特徴って、人と変わらない見た目の人もいるんだんね。あの、フード被った全身布みたいな恰好をホグでも見かけたので、流行っているのかと思ってびっくりでした」


「ああ、デールね。顔を隠せるし体の線も出ないから、正体を隠したりするときには便利よ」


「デールって言うのか。じゃあ、デールを着ている人は要注意ですね」


「そうかもね。まあ、イロハもこれから王都に行くんだから、いろいろな人と出会ってほしい。偏見を持たずにね」


「うん! 僕も楽しみです、どんな種族と出会うんだろうな……」


 本当にワクワクするな。

 地球でも人種差別は未だに続いていたし、それはこの世界でも同じなんだろう。

 元々海に囲まれていた日本では、あまり実感がなかったが。


「私が知っているのは、獣人族、妖精族くらいで、東の遠い国には、他国とあまり交流を持たない種族がいるとか聞いたことがあるわね」


 ネタバレするんかい!

 そこは……楽しみをとっておくとこでしょうよ、もう。


「そ、そんなにいるんですね。ところで、お腹が空いたんですが……」

 

「そうね、そろそろお昼だし、宿のご飯に行こうかしら」


「行きましょう!」


 ガタンッ!


 俺が立ち上がった瞬間だった。

 ミネさんと俺が入口に目を向ける……。


「誰っ?」



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ⇒メルクリュース領カーン

 最終目的地:王都メルクリュース

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