二十五話 野盗-以心伝心?-

 <ソラ歴一〇〇八年 八の月>


 レジーが試験勉強に参加しだしてから、もう二か月が過ぎた。

 日差しが強くなり夏を感じさせる。


 ロディは、約束の八の月に間に合わせるため、七の月の中旬には王都へ旅立っていった。

 聞いた話によると、ゴサイ村からだと王都まで約半月ほどはかかるらしい……遠い。

 

 出発の時に、「王立ロイヤード騎士学校の試験は十月なので、そのまま試験まで受けて帰ってくる」と、意気込みを見せた。

 往復入れたら約三か月ほどかけることに……さすが情熱の男、ロディだ、頑張ってほしいものだ。


 ポルタはさらに痩せながら、過酷な勉強を続けているようだ……愛に生きる男よ、こちらも頑張れ。


 

 俺は相変わらず、朝から庭で筋トレをやっている。

 やっぱり体が資本だから、強化という特性ならなおさらベースを上げておかないとね。


 筋トレの合間はぼーっとして脱力……緊張と緩和や。


 お、ミルメとレジーがやってきたな。


「イロハ、おはよー!」


「イロハ、汗だくなの」

 

 朝から、元気いっぱいだなあ。


「二人とも、おはよう」


「もう、昨日から緊張してあんまり眠れなかったー」


 あらら、ミルメは空元気だったか。

 二人ともいつもと違ってよそ行きのいい服着ているようだ。


「今日は、領都に行くんだろ? いよいよコアの特性がわかるな……良いスキルに巡り合うと良いなあ」


「「うんっ!」」


 二人とも、眉をハの字にして笑顔を作っている……ワクワク半分ドキドキ半分ってとこか。


「今日の引率はラミィさんかな? コアプレートを作るのは一日がかりだからね、僕の時はできるまでに結構かかったよ」


「いんそつ? 連れて行ってくれるのはウォルターさんだよー! イロハの言葉難しい」


 引率は分からんか……にしても意味はわかるんだな。


「ウォルターさんか。ラミィさんは、最近忙しそうだもんね。開拓始まってから団員の人たちも慌ただしいし」


 いや……たぶん、ウォルターさんの過保護が出ている気がする。

 まさか、お店を休みにして行くんじゃないだろうか……うーん、あり得る話だ。


 ウォルターさんのレジーに対する過保護っぷりは、最近加速しているんだよな。

 俺の家に入り浸っているレジーに根掘り葉掘り何があったかを聞いているって話だ。

 おまけに、俺には「レジーがイロハ君の事を好きだと言っているようだが、どういうことかね?」なんて言ってくる始末……構ってあげているからのライクでしょ? それに、俺はまだ八歳の子供なんですけど。


 と、最近の出来事を考えていたら、ウォルターさんがやってきた。


「おはよう、イロハ君」


「お、おはようございます、ウォルターさん」


「いつも、レジーの面倒を見てくれて……ありがとう。今日は、レジーには少し早いが、ちょっとネイブ領の方へコアプレートを作りに行くところだ」


「はい、二人から聞いています。良いスキルを授かればいいですね」

 

「ミルメちゃんも一緒に行くと言うことで、私が連れていくことになったんだけど……まさか、イロハ君まで来るのかな?」


 なにを……白々しい。

 真相は、元々ミルメが七歳になったんで、コアプレートを作りに行くって事になったのをレジーに聞いて、俺とレジーが二人きりになるのを阻止したいがために急遽企画したんですよね?


「いえいえ、僕はもう作ったので大丈夫です。ちょっと試験勉強もしたいですし」


「えー! イロハも行こうよ、ねー?」


 ミルメ、余計なことを言うんじゃないよ。


「イロハいかないの? 図書館で『かこもん』一緒に見るのー」


 レジーまで……やめてくれって。

 ウォルターさんの目つきが鋭くなっていく……勘弁してくれよ。


「過去問は、もう覚えているから大丈夫だよ。ほら、僕のことはいいから。早く出発しないと遅くなっちゃうよ」


「そうか、イロハ君は行かないのか。それは残念だな。美味しい肉串の店を教えようと思ったのだけどね……」


 まったく残念そうにないウォルターさんは、なんとなく満足そうであった。


「あ! 辛肉串屋さんですか? 僕が行った時に、領主の息子さんにおごってもらいました」


「ほほう、あの肉串屋を知っていたか。さすがはイロハ君。実はね、あそこの香辛料のカラマメは、私の商会が最初に卸していたんだよ」


「へ~、そうなんですか。凄くお客さんが並んでて繁盛していましたよ」


 なにがさすがなんだよ。

 ウォルターさんは、元王都商会でのやり手って聞いたし……まあ、今は過保護のおっさんだな。


「さて、レジーにミルメちゃん。そろそろ出発の時間だ。先ほど客車の準備もできたようだから、行こうかね」


 向こうで御者さんらしき人が合図送ってる。


 遠目に停まって見えるのは……サウロの客車かな? 俺の時より豪華な客室が付いているぞ。

 ふ〜む、さすがはウォルター商会だね。

 

「ウォルターさん、ミルメ、レジー、行ってらっしゃい!」


「「いってきま――す!」」


 ふぅ。

 やっと行ったか、ウォルターさんのあの『うちの娘には男を近づけさせん!』っていうオーラが凄い。

 ミルメも、レジーも、なんとなく空気を読んでるのか、ウォルターさんの前では大人しめなんだよな。


 まあ、そのうち慣れてくるでしょ、どっちかが。


 領都と言えば、サウロ酔いを思い出すよ……二人とも大丈夫かな?

 まあ、道中にそこまで危険はないんで、ずっと話しているか寝ているかだろうな。


 そんなことより、今日は久々に一人で訓練が出来るので、検証の日としよう。

 

 前々から、二人がいるとできないことが多いので、ソロ訓練の時にやろうと思っていたことが色々とあるんだよな。

 そうと決まったら、準備、準備。


 朝食を食べ終えてから、早速、いつもの訓練場へ向かった。


 

 ◇◇


 

 訓練場に着いて、まず開拓団の人がいるかを確認する。

 日課となっているので、団員の人のスケジュールも大体わかってきた。

 伐採部は持ち回りで薪集めだと言っていたんで、たぶん今日はロディの母さんのカルネさんだったような?


 少し奥に行ったあのあたりに……いたいた! 木陰から背中が見える。


「おはようございます、カルネさーん」


「……」


 あれ? 聞こえていないのかなあ……。


「カルネさ…………!!」


「…………うぅ」


 えっ?

 何かただならぬ雰囲気があったので、俺は様子を見ようと咄嗟に草陰へ隠れた。

 そんなに近くないので、声は聞こえ辛いが、もう一人誰かがいることが分かった……誰だろう。


「……これでわか……だろう……余計なことは…………るな」


 男の声がする。

 カルネさんは、男に対して膝をついた状態のようだ。


 あっ! カルネさんの足から血が出ているぞ!

 これは……相手の男は良く見えないけど、声の感じじゃこの村の人ではない気がする。

 野盗の類か……体が硬直して、心臓の鼓動が外にも聞こえる程にバクバクと鳴っている。


「分かりま………………おねがいし……」


 カルネさんのつらそうな声が、聞こえてくる。

 急にこんな……どうすれば!?


 そうだ、訓練場の反対側に、団員の休憩所があったな。

 この時間、確かハチェットさんが資材のチェックをやっていた気がする。

 急がなきゃ!

 俺は、ゆっくり下がり始める……音を出さずに……ゆっくり……そーっと……………………。


 ペキッ


「……!!」


「おいっ!! 誰かいるのか!」


 しまった! 小枝を踏んでしまった。


 逃げなきゃ!


 っと、走りだそうとしたら、男が前に立ちはだかる。

 手には短刀みたいなものを持っている。


「イロハ君っ!」


「おいおい、坊主。何で逃げようとしているんだ? ちょっとこっちへ来てもらおうか」


 俺は首根っこつかまれた状態で、捕まってしまった。

 ヤバいな……四人組じゃないか。

 見たところ、やはり野盗っぽいぞ? どうにかして団員さんに伝えなきゃ……。


「坊主、こんなところで何してたんだ?」


「やめて、子供は関係ないじゃない! 家に返してあげて!」


「おまえは、黙ってろっ!!」


 カルネさんが、野盗に食ってかかる。

 

 そんなことを言っても逆効果になりそうだ……ふぅ、落ち着こう。

 よし、こんな時は相手をしっかり見て対処しなきゃな。

 

「あの……ぼ、僕はそこの広場で遊ぼうと思って……」


「坊主一人でか?」


「……はい」


 なるほど、他の人間がいないかはよくわかっていないようだ。

 どうやら、この話している大男が親分で、他三人が子分っぽい。

 

 ここからハチェットさんの小屋まで、直線距離で約五百メートルはあるな。

 この時間、開拓団員の交代はお昼まで来ない……相手は大人の男四人、こちらは大人の女性一人と子供一人、人数差よ……。

 

「親や友達は来ていないのか?」


「はい」


 なんか、子分っぽい奴が親分に耳打ちしている。

 マズイな、どうしようか。

 カルネさんは、さっきから具合が悪そうな顔をしながら、心配そうな顔でこっちを見ている……失血か毒か、そんなところだ。

 

「坊主はこの村の人間か?」


「この子は関係ないじゃない! 解放しなさい!」


「お前は黙ってろって言っただろ!!!」


 バコッ!


「ぐぅ……」


 うあっ! こん棒のようなものでカルネさんが殴られた……やばいやばいやばい。

 めちゃくちゃ血が出てるし、意識ももうろうとしている。

 ああ、グッタリしたカルネさんが、子分に奥へと連れて行かれた……。


 落ち着け……俺。

 まずは刺激をせずに、時間を稼ぐ、そして交代要員の団員が来る、戦闘開始……あぁ、俺が人質になりそうや。

 例え交代が来ても、一人か二人なので人数差で負ける。

 いきなり走って逃げる……すぐ捕まるか。

 大声で叫ぶ、誰かが来る確率は低そう。

 むむむ……情報が足りんな。


「あ、あの。僕はこの村の人間です」


「そうか。お前の親はこの村にいるんだな?」


「はい……」


 そうだ! 父さんだったら四人相手でも戦える気がする、なんてったって、赤槍のなんちゃららしいし。

 そうなると、僕とカルネさんが足手まといになる、か。

 なんとか逃げる方法を考えないとな。

 西は森の中、東はハチェットさんのいる小屋、南は訓練場、北側は野盗四人を抜けても川がありその先は山が立ちはだかっている……。


 ………………。

 ………………………………!!


 これだ!

 今日、検証しようと思ってた物を強化できるスキルを使って……身体強化を使って……部位強化をかけて……よし、これで『ハチェット小屋』までは行ける。

 

 立てこもりは何とかなるにしても、このままじゃカルネさんもヤバいし、父さんに伝える方法が……ん?

 俺は、西側に目を向けた。


 あれは……やんちゃ三人衆のレクスさん? 何してんだ??

 ぶっ! 小便してる……こっちにも気づいていないし。

 うーん……四対二と子供も分が悪い。

 

 よしっ、こうなったら、ぶっつけ本番だけど……。

 頼むぞ、女好きのレクスさん。

 

「と、父さんはっっ! ここの開拓団の団長をしていますっっ!!」


「ぅお! 坊主、いきなり声を張り上げてビックリしたじゃねぇか!」


 親分は、周りに聞こえたか少し確認したが、レクスさんは隠れるようにお出しになっているので、こちらの木々の隙間からしか見えない。

 あそこは、やんちゃ三人衆のサボり場所だからね。

 たぶん、団長ってワードが野盗に刺さったのか、四人でお話タイムに入ったようだ。

 

 位置関係は、僕一人、少し奥に親分と子分二人、その少し東に子分一人がカルネさんに付いてる……。


 お! レクスさんがこっちを見ている。

 ダメダメ、こっちに来ちゃ……僕はジェスチャーで両手の張り手ポーズをとる。

 よし、止まってくれた。

 

 野盗はまだお話し中だ……今のうちに。

 ジェスチャーゲームか、分かってくれよ、レクスさん。

 まずは、口元にペケ印サイン……うんうん、わかってくれたようだ。

 次に、四人いる……えっと、左手で指を四本立てて右手で野盗の方をこっそり指差す。


 ……。


 おおー! レクスさんから丸印が来た!

 それじゃ、少しかがむ感じで手を開いて小さく上下に抑えて抑えてポーズを送る……口元は人差し指を立てた後、腕で駆け出すポーズ、訓練場の方を指差す。

 そーっとゆっくり小走りでこの場を離れてと……伝わったかな?


 おお!

 レクスさんはジェスチャーで返してきた!

 なになに……手を腰にグーで上下? 鼻と口を手で覆って……走るポーズで、手をグーで目に当てる……いや、手の望遠鏡か!


 ……なるほど! 静かに立ち去って誰かを見つけてくるってことか!

 手信号で丸印を送る。

 ついでに、父さん……うーん、どう伝えるか……そうだ! 槍だ! 槍を持つ仕草でちょいちょい突いて、後ろ髪を束ねる仕草を見せる。


 確認か? 返事が来たが、えーっと、ん……鬼?

 あ、あぁーなるほど。

 レクスさんは、鬼の角を指で表し、槍を突く感じで伝えてきたぞ、たぶん父さんのことだ……鬼団長とか言っていたし。

 

 よしっ! 僕は小さくガッツポーズ。

 伝わっている……と思う。

 僕は、再び丸印の手信号を送る。


 レクスさんも丸印を送ってきて、手で口元を隠し中腰で訓練場の方へ去っていった……まるで、教室の後ろ扉からエスケープする不良生徒のように。


 後は、父さんが来るまでなんとか時間を稼ぐだけ……大丈夫だ、気づかれてはいない、四人はまだ話し込んでいる。


 


 さて、俺も準備をするかな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る