幕間五話 ルーセント:ミコタンドウ誕生秘話

 <ソラ歴九九八年 メルキル王国ネイブ領開拓村>


 ◇◆◇◆ メルキル王国ネイブ領開拓村 ◇◆◇◆

 

 (開拓団団長ルーセント視点)

 

「村長っ!」


 俺は、小屋の整理をしながら声のする方へと目を向ける。

 すると、なにやら男がこっちに走ってきている……あれは、伐採部隊長のハチェットだ。


「おいおい、そんなに急いで、どうしたんだ? ……それに、俺は団長だ」


「団長、裏山の木々を伐採していたら、小さな洞窟を見つけました」


「なにっ! 洞窟に魔物はいたのか?」


「数人で外から少しだけ中を見ましたが、特に魔物の反応は無さそうです」


「そうか、ひとまず安心だな。とりあえず皆に周知し、洞窟には入れないよう、入り口に柵を作っといてくれ。後で確認に行く」


「わかりました、では戻ります」


 ハチェットは、指示を受けるとすぐにまた走ってきた道を戻っていく。

 それにしても洞窟か……何もなければよいが。

 そう考えながら探索用の装備と道具を持って準備をする。


「ちょっと見回りに行ってくる」


「はーい、気を付けて行ってらっしゃい」


 俺は、妻のステラに挨拶をし、見つかった洞窟へと向かった。


 ネイブ領主より、メルキル王国ネイブ領開拓団の団長を仰せつかって二年と少し。

 村には、宿屋をはじめ、食堂、酒場などが出来て、徐々に人口も増え始めている。

 ありがたいことに、未開地の素材採取などを目的とした冒険者が訪れたりと活気も出始めている。

 人口も増えてきたし、いい加減に団員だけでも『団長』と呼ぶことを徹底させないと締まりがないな……。

 

 まもなく発見された洞窟だ。

 見張りは三人か、とりあえず状況を聞くとするか。


「見張りご苦労様」


「「村長、お疲れ様です」」


「俺は団長だ。ところで、発見時に何か変わったことはなかったか?」


「それが……」


 ハチェットが、何やら言いにくそうな顔をしているな。


「何があった? どちらにしろ中は調査しなければならん、いいから言ってみろ」


「はい、すみません。実は、そ、団長へ報告に行っている間、三名が洞窟の中に入ってしまいました……申し訳ありません」


「……それで?」

 

「洞窟の中へ入った者が言うには、特に分岐もなく奥に石で何かをかたどった物があると言っていました。三人はすでに戻って裏山の作業へ行っております」


「わかった。ひとまず俺が確認するのでここで待機しておけ……ああ、それと勝手に中に入った三人は呼び出しておけ」


「はいっ!」


 また、あの三人か……。


「では、行ってくる。誰も中へ入れるなよ」


 俺は、そう言って洞窟の中へ入る。

 

 洞窟の中はそんなに広くないな。

 人が三人並んで歩ける程度で、奥はほぼ直線で分岐無し、徒歩でも少し歩けば突き当り、と。

 天井は結構高い、槍を上に向けて飛んでも絶対に届かないくらいはある。

 魔物はいないようなので迷宮ではないようだ。


 奥へ進むと確かに人が二十人くらいは入れる部屋があり、確かに正面には石でできたがある。

 裏側に石彫で円が数個ある絵? みたいなものが薄っすらと見える。

 

 何かを祭る感じの物なのか。

 しかし、この地域はほとんど人が踏み込まない土地だと聞いていたんだが……古い時代の遺跡に近いのかも知れん。

 

 うーむ。

 壊したり埋め立てたるするのも忍びないし……よし、危険が無いことを確認できれば、村の名所にでもするか。

 少しきれいにして、そうだな……商売繁盛だとか、縁結びだとかそんなことを祈願できるみたいなのはどうだろうか? 後で皆に相談してみよう。

 しばらく洞窟内を探索して、ある程度の安全は確認できた。


 洞窟から戻って、勝手に入ったガス、ロペ、レクスの三人組には周囲の整備という名の草取りを申し付けた。

 他の団員には洞窟内の掃除と内部の補強計画を立ててもらうことにした。


 開拓団の構成は、団長の俺を筆頭に、山林の伐採、整地、運搬等の伐採部六名、獣や盗賊の討伐、見回り、警備等の警戒部四名、建物の設計、建築、加工等の建設部四名、総合事務、雑務等の業務部六名となっている。

 部隊は小規模だがそれぞれの部隊に部隊長を設けている。

 俺以外はすべてネイブ領騎士団より派遣されていて、この二年で一人も入れ替わりや脱退者は出ていない。


「では、各部隊ごと作業にかかれっ! 部隊長はこのまま私に付いてくるように」


「「はっ」」


 

 俺は開拓団拠点へ戻り皆が集まるのを待ち、会議の準備をする。


「皆集まったようだな。では、会議を始める。はじめに、各部隊より報告をしてくれ」


 先に手をあげたのは伐採部のハチェットだ。

 先ほどのこともあり、少々バツが悪そうだな。


「まずは、洞窟へ勝手に入った三人について、申し訳ありませんでした。伐採部より報告します。現在、ネイブ領北西部の中腹まで伐採が終わり、整地作業に入っています。特に問題は出ておりません」


 続けて、警戒部のモーリーが低い声で報告する。


「警戒部より、付近の獣はほぼ討伐完了。人口の増加による犯罪者が増加傾向にあり、引き続き見回りを強化します、以上」


 次は、建設部仕込みの力自慢のバルブか。

 こいつは、真面目で大人しい奴なんだよな。


「建設部は現在、道の整備を行っております。開拓地の範囲で柵の強化も併せて対応中です」


 最後はメガネが似合う開拓団のお財布ラミィか。

 俺と同い年の三十歳だ……おっと、女性に年齢はご法度だった。

 まぁ、昔からの知り合いでもあるしな。


「……団長、なにか?」


「いや、なにもない」


「そうですか……では、業務部からですが、事務関係の仕事が多すぎて人員が足りません。できれば、一時的に現在の開拓範囲にとどめて内務に集中させてはどうでしょうか? このままですと、住民の出入りの管理や、許認可などが滞る恐れもあります。早急に検討願います」


 さすがラミィだな、よく全体を見ている。

 こちらが考えていることもある程度わかっているのかもしれん。

 他の部隊についても、だいぶまとまってきたようだな。


「報告、ご苦労様」


「皆、楽にしてくれ。開拓団に従事し、もう二年が経つ。先ほどのラミィの報告にもあったように、開拓範囲をこのあたりで止めて村の整備に集中しようかと思っている。幸い、皆のおかげで開拓事業は順調に進み、人口も増加傾向にある。さすがにこれ以上の規模を開拓、管理することになれば、団員二十名では厳しくなるだろう。皆の意見を聞きたい」


「「賛成です」」


 おっと、声がそろっている……やはり、皆も同じことを感じていたか。

 まぁ、それぞれががむしゃらに二年間走り抜けたけど、少し余裕が出てきた今、周りがよく見えているんだろう。


「わかった。では、体制と役割を多少変えるが、今までとほとんど変わらないと考えて構わない。これより、現在の範囲を開拓村の境とし各部隊で協力して柵の設置を急ぐように。その後、今日見つかった洞窟の整備にかかってくれ。それぞれの役割で対応をするように」


「「はいっ」」


 よし、大体のことは各隊である程度やってくれるだろう。

 あまり細かいことまで言わず、懐の大きい団長さんを維持して楽ができそうだ。

 こういうことは、それぞれの役割で考えさせることが大事だもんな。


「では、これで会議を終わる。この後、軽い食事を用意しているので摘まんでいってくれ」


「「ありがとうございます」」


 会議が終わるのを待ち構えていたかのように、妻のステラが食事を運んでいる。

 パンとあれは干し肉かな? 横には果実水の入った容器が置いてある。

 木の器に果実水を注ぎ、ぼちぼち全員分が行きわたったようだ。


「まぁ、乾杯だ」


「「かんぱーい」」


 ……ふぅ。

 のどが渇いていたな、うまい。

 それぞれが軽く摘まんで雑談している。

 何気なくステラも参加しているところなど家庭的な感じがしていいな。

 

 たまに業務部の手伝いもしているみたいでラミィとは仲がいいし、開拓団のみんなが家族みたいなもんだしな。


 さて、洞窟の件を聞いてみようか。


「雑談中にすまんが、ちょっと聞いてほしい」

 

 五人とも頭に? がついている。

 まぁいいか続けよう。


「さっき話題に出た洞窟の件だが、中を確認したところ、奥に石でできた遺物のような物があってな。洞窟自体に危険は無さそうなので、ここを村の名所にしようかと考えている。何か良い案はないだろうか?」


「村長の像でも立てるんですかー?」と、ハチェットが。


「団長だ。そういう物ではなくてだな、商売繁盛とか、豊作祈願とか、縁結びとか……そんな感じのこう、訪れやすい感じで何かないか?」


「中間地点の村ですし、旅の安全祈願なんかはどうですか?」と、モーリーが話す。


「縁結び……いいですね」と、ラミィがぼそりと漏らす。


 旅の安全か、いいかもしれん。

 ……ラミィ、がんばれ! いつかいい人が現れるさ。

 そんなことを考えていたら、ステラが何か言いたそうにこっちを見ている。


「あの、私もいいかしら?」


「いいぞ、別に会議でもないし、案ならどんどん出してくれ」


「……子宝祈願とかどうでしょう?」


「「……」」

 

 おお、場の空気が一気に凍り付いてしまったぞ……。

 まぁな、結婚して五年、団員も気づいていると思うが、俺たち夫婦に子供はいない。

 当初は頑張っていたができなかった。

 皆は、たぶん気をつかって子供の話をあまりしない、ということを知っている。

 この空気は、俺が何とかしなければ凍ったままだろうな……。


「子宝祈願か、いいんじゃないか? 是非、俺も祈願するとしよう。もしかしたら第一号になるかもしれんしな。ハハハ」


 ステラは若干の笑顔を見せる。

 ここで、調子のいいハチェットに目配せする(おい、話に乗っかれ!)


「あ、そ、村、団長のお子さんはさぞ可愛いでしょうねー! 女の子だったら俺に下さい」


「おいおい、気の早い奴だなー、お前なんかにやるものか」


「「ブッハハハ」」


 よし、よーし、ナイスだハチェット。

 しかし、ひょんなことから子宝祈願に決定してしまったな……。

 ステラも気にしていたのかもしれないし、これはこれでいいのかもしれん。

 仕方ない、祈願第一号は団長自らがやって弾みをつけるか。

 あと、ついでに名前も付けとくか。


「では子宝祈願で決定だ。 早速、洞窟の整備をするぞ。呼び名は、うーむ……子……御子が誕生する洞窟…………そうだ、『御子誕洞』なんていいんじゃないか、なんか子供が生まれそうな感じするだろ?」


 なぜかしばらく皆が黙ってしまった……。


 ……ん?

 ハチェットが顔を真っ赤にして笑いをこらえている?


「……ブハ! ミコタン……ククッ…………ミコタンドウってなんかかわいいっすね……プププ」


 ハチェットが笑い出して、心なしか皆も笑いをこらえている……クッ……こいつら。


「あー、それじゃあハチェット、お前が逸話や秘話みたいなもんを考えとけよ、ちゃんとミコタンドウにまつわる話をな」


「え…………?」


 

 ――――こうして、開拓村第一の名所『ミコタンドウ』が誕生したのだった。

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