二十四話 鬼と会ったら帰れ

 三人でハチェットさんの事や、父さんの事を話しながら歩いていたら、まもなくミコタンドウ入り口へ。


 案の定、表で待ち構えていた感じの悪い団員。

 僕たちを発見したら、すぐさま話しかけてきた。


「困りますね〜、家族でもない子供を同行させるなんて勝手なことされては」


「あら、おかしいわね? 子供や家族でない同行者は立入禁止などと、どこにも表示がないわよ」


 感じの悪い団員の煽りに丁寧なお返し。

 とてもハチェットさんの妹とは思えん……これ、どうなるの?


「そ、それは、こちらの村の規則だから従ってもらわないと……そうだ! 今度から立ち入りをお断りするしかありませんねぇ〜」


 おやおや、ドヤ顔でそんなこと言って大丈夫か? こっちのバックは、団長と部長のツートップだぞ。


「あなた、名前は何と呼べばよいのかしら?」


 あなたのお名前なんてーの? は、最後通告、答えたらアウトだ。


「な、なんだよ。今、詫びを入れるなら見逃してもいいんだぞ!」


 詫びってなんだよ、もう手遅れですな。

 マーサさんは、構わずまくしたてる。


「はいはい。こちらから謝罪することはありません。あなたの所属とお名前を教えてください、ね?」


「……ヤ……スネ……。作……部だ。」


 声ちっさ、なんだって? ヤスネ? 聞こえねー。

 作部? 新設かな、俺の知らないセクションだ。


「作業部のヤブスネイさんね。覚えたわ。楽しみに待ってなさい」


 聞こえるんかいっ!

 ものすごい地獄耳だな、しかも人をきっちり詰める手法は、お見事。

 しかし、ヤブスネイさんがかわいそうになってきた。


「大丈夫ですかね、あの人」


「優しいのね、イロハ君は。でも、ヤブスネイさんの態度はいただけません。では、行きましょうか、開拓団事務所へ」


 マーサさんの怒りは収まってなさそう。

 僕の手を引いて、足早に進んでいく。


「ちょ、ちょっと待て!」


 後ろから、ちょっと待てコール!

 しかし、マーサさんは振り返らなーい。


「いいんですか? 呼んでますよ、ヤブスネイさんが」 


「いいのよ、ほっときましょう。とても会話が通じるとは思えません」


 た、確かに。

 バイバイ、ヤブさん。

 


「おい、マーサ。あれって兄さんじゃないのか?」


 グリオトさんが前方を指さす。

 ……なんにも見えん、どんな視力してんだよ。

  

「何も見えないわよ? 兄さんが来ているの?」


 だよね、普通見えないって。

 マーサさんは地獄耳、グリオトさんは遠目が利く、この二人ってお似合いだなぁ、生まれる子供はさしずめ話上手か犬並みの嗅覚とか?


「僕も見えませんね……」


 えっ? 見えない事を伝えて振り返ったら、グリオトさんの目がうっすら青く光っている!

 この人スキル使っているやんけ!

 

 そうこうしているうちに……あのずんぐりした体形は、ハチェットさんだ。

 

「あ、兄さんだ。おーい! 兄さーん!」


 マーサさんは元気よく手を振っている。

 ……忘れていらっしゃるようですが、後ろからはヤブスネイさんが来てますよー。


「待てって言っただろうが! お前ら、ミコタンドウでの事、他でいろいろ話すんじゃねーぞ! 変な噂になっても困るからな」


 あわわわ……暖かい笑顔でハチェットさんに手を振っていたのに、振り返ってヤブスネイさんを見る目は、絶対零度や。

 寒暖差が激しすぎて体調崩すわ。


「……あなた、まだいたの? いいわ。ここで話しましょうか、さっき言ったミコタンドウでの事とやらを」


 隠ぺい、ダメ。

 しかも、言わないでおく理由もなし。

 

「なんだと? 何でここで…………ああ、ハチェット部長……」


 一応、指さしで教えてあげた。

 んで、まもなく処刑人が到着。

 

「おー! マーサやっと見つけたぞ。開拓村をうろうろとし過ぎだ。ミコタンドウに向かったって聞いたから探したぞ。ああ、グリオト君だったか、ようこそゴサイ村へ」


 言いたいことを全部言っちゃうハチェットさんだった。


「兄さんだって、まだ仕事って聞いたから後で団事務所に行くところだったのよ?」


「あ、ご無沙汰しています! ハチェット兄さん」


「お疲れ様です! ハ、ハチェット部長」


 グリオトさん、ヤブスネイさんが順番に挨拶した。

 なにやら、ごちゃついてきたぞ。

 あ、持病のここに居たくない病が……。


「お、おう。ロータスさんとこの新人だな? 今日は案内か…………ん? イ、イロハ君じゃないか! なんでこんなところに?」


 ヤブスネイさんを見ながら、彼の上司と思われるロータスさんの話をした後、顔をブンと振って……俺に気が付いたみたい。


「えー、いろいろと、ほんとにいろいろとありまして……たまたまマーサさんご夫婦と出会って一緒に帰るところです」


「そうか、そうか。イロハ君、マーサは年の離れた妹なんだ、仲良くしてやってくれ」


「はいっ! 一緒に、ハチェットさんが作ったミコタンドウへ行ってきたんです」


「ハハハ、やめてくれ。あれは、団長が作ったんだ。俺は見つけただけさ」


「マーサにグリオト君、この子は団長の息子のイロハ君だ。ある意味、開拓団のご意見番ってところかな」


「あらためて、よろしくね。イロハ君」


「ご意見番なんて凄いじゃないか、よろしく、イロハ君」


 お二人によろしくされました。

 ご意見番なんて言われて、もみくちゃにされていく……へ、ヘアースタイルが。


「やめてくださいよ、ご意見番なんて」


 なんか、後ろでヤブさんが口をパクパクしているよ。

 なお、声は出ていない模様。


「いいや、うちの団員で素行の悪いヤツが、何人団長送りになっていると思っている。おかげで空いた穴を埋めるのに一苦労するんだぞ?」


 なんで、団長送りという名詞が病院送りみたいに使われているのさ。


「それは、すみません……でも、伐採部だけですよあんな感じの人は……あっ!」


 もう、それはそれは見事に揃っていました。

 俺、マーサさん、グリオトさん、ハチェットさんが同時に、俺の「あっ!」をきっかけにヤブスネイさんを見た。

 見られた方は、ガクブルで血の気が引いたような青白い顔をしていました。


「ほほう。ロータスさんとこの……なんだったか? そこの君、まさか、妹夫婦やイロハ君に失礼なことを、していないよなあ?」


「い、いえ、あ、いや、はい。大変申し訳ありませんでしたー!」


 見事なお祈りポーズですな。

 日本じゃこういう時は土下座ですけど。


「ハチェットさん、団員も増えてきていろいろな情報を共有するのも大変ですし、受付を置くよりミコタンドウの参拝に必要な内容の立札をしたらどうですか?」


「受付? 立札? そんなもん、いらん、いらん。そもそも、あそこは無人だぞ。だいたいなんで団員がいるんだ? 管轄の伐採部でもない君が」

 

「は、はい。作業部でも力が弱くて使い物にならないと言われたので、各施設の掃除をして回っていたところ、ミコタンドウの掃除の際……話しかけられたのでつい、受付をしてしまいました! 最初は来訪者のためにとやっていたけど、なんでこんなことになってしまったのかと思って、むしゃくしゃしてきて……つい」


「……わかった。ひとまず、団事務所へ行こうか。みんなもいいか? いいよな? では行こうか」


 強引にみんなを連行するハチェットさん。

 なぜに俺まで……まあ、面白そうなのでついて行くのだけれど。


 

 その後、開拓団事務所へ行き、俺、マーサさん、グリオトさん、ヤブスネイさんが座る前で、ロータス作業部長、ハチェット伐採部長が事情を聴くという恐ろしい六者面談が……。

 

 要約すると、ヤブスネイさんたち新人組の中で、いじめっぽいことがあったんだそうだ。

 それを知らずに、ロータスさんも良かれと思って清掃の仕事を与えた。

 一人だけ雑用という格好のターゲットができたことで仲間外れに拍車がかかる。

 むしゃくしゃして、さらに弱い者を叩く……が、実は強い者たちであった、という顛末だった。


 マーサさん夫妻は、意外にもヤブスネイさんの擁護に回って、体制の批判をロータスさんにぶつけていた。

 

 ヤブさん、ここで号泣です。

 

 擁護したマーサさんの気持ちもよくわかる。 

 しかし、このままでは本当に居場所がなくなってしまうんじゃないか? と心配していたら、しばらく静観していたハチェットさんが提案した「うちで預かろう!」って。

 

 ここぞという時のハチェットさんは、流石って印象だ、カッコいい。


 ロータスさんも、すぐに「お願いします!」って返事をしていたし、一番丸く収まるのかもしれない……ただし、やんちゃ三人衆というチンピラ共がいるから、どうなる事やら。

 

 ある程度話もまとまった頃、ヤブスネイさんからは何度も謝られた。

 特に気にしていなかったし「これからはよろしくね」と言って握手した。


 ロータスさんは、業務の途中だったようで仕事へ戻っていった。

 

 ハチェットさんとロータスさんの席に座り直したマーサさんは、積もる話もあるのか大いに盛り上がっている様子。


 口数がやけに少ないなと思ってみてたけど、グリオトさんにとってはアウェイなんだろうね。


 あー、帰るタイミング逃したな、と。

 

 そんな僕の目に…………鬼が、鬼が映っております。

 ハチェットさん兄妹からは死角になっている入口に、鬼が。

 横を見ると、グリオトさんも何かを察したのか、鬼を見て固まっている模様。

 ヤブさんなんて、泣いて笑って落ち着いたところで鬼が出たんだ、ハッハッと過呼吸気味。


 鬼の正体は……父さんです。


 ズカズカと入ってきて、楽しく話しているハチェットさんの後ろから首をホールドしたまま「仕事はどうした? あ?」と一言、そのままの状態で引きずられていきました。

 

 あっという間の出来事に、みんな仲良くフリーズ状態。


 これはチャンスだ。


「ではみなさん、またお会いしましょう。今日は楽しかったです!」


 そう言って、そそくさと開拓団事務所を出た。

 

 今日は、色濃い日だったなあ。



 

 後日談。

 夕食の時に、マーサさんご夫妻がうちに寄って父さんたちと談笑していた。

 なんと、ハチェットさんは、仕事をサボってマーサさんの所へ会いに行っていたそうだ。

 

 グリオトさんは、鉱夫のお仕事をしているのでなかなか休みが取れないなかでの旅行だったそうだ。

 観光がてらゴサイ村に寄って、せっかくだからと言ってミコタンドウへ行ってみた時に俺と出会ったらしい。

 ネイブ領の西の方に住んでいるらしいので、近くに来た際は「遊びにおいで」とのお誘いを受けた。


 ロータスさんは、今年から増員された団員で構成された作業部の部長で、今回の件を重く受け止め、部の掌握に力を注いでいるらしい。

 まあ、父さんが団員を集めて「しょうもないことをする奴は、本当の恐ろしさというものを俺が教えてやる」という力技で、平和になった模様。


 そして、気になるヤブさんは、見事にチンピラ……いや、やんちゃ三人衆の兄弟分として受け入れられたようだ。

 これで、問題児が増えなきゃいいけど……ハチェットさん、ファイトだ。


 父さんはというと、仕事に疲れてあっさりお休みです。

 どこに行っても大変だなぁ、人をまとめるのは。

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