二十三話 ミコタンドウの番人

 『ストーカー事件』解決より三日が経過した。

 

 レジーは父親のウォルターさんとお出かけ、ミルメは家の手伝いらしくて、久々にお一人様となりました。


 せっかくなんで、午前中はダラダラとのんびり過ごした。

 

「ふぃ~、久々に一人の時間が取れそうだ。午後は散歩がてらランニングでもするかな」


 北の訓練場の方はいつも行っているので、今日は南方へ行ってみよう!

 確か、開拓団宿舎や、少し東に行けばミコタンドウがあったはず。

 

 ミコタンドウは、この世界での自分のルーツでもあると思っている。

 何か神聖な場所かも知れない。


 今日は、一人だしちょうどいいので寄ってみようかな。

 

 そんな軽い思いで、ミコタンドウへと向かった……。



 まさに洞穴だな。

 父さんは、『迷宮』じゃなくてよかったとか言っていた。

 

 迷宮とは、様々な資源が眠る場所だと聞いた。

 その反面、不思議な現象がおこったり、危険な魔性ませい生物がたくさん生息しているらしい。

 この世界の金属類などの資源も、ほとんどが迷宮産だという。

 でも、父さんは迷宮に興味を持ってほしくなさそうで、そのくらいしか教えてもらえなかった。


 まだまだ、この世の中には知らないことがいっぱいありそうだ。



 意外にも、ミコタンドウは盛況のようだ。

 見るからに子供のいない夫婦が参列していて、縋るようなまなざしで順番を待っている様子。


 入り口には、俺の知らない団員さんが立っていて受付をしているようだ。

 以前は無人だったけど、ちゃんと繁盛しているってことだな。


 一日八時間稼働として一組あたり二十分……途切れなければ、およそ二十組から三十組くらいが訪れる。

 二百人くらいの村に、四十人から六十人の観光客……ちょっとした名所じゃないか、大人気だなミコタン様は。


 見たところ五組くらいが並んでいる。

 自分が生まれたことをきっかけにミコタンドウが流行っていると思えば、複雑な気分ではある。


 どの世界でも授かりものとはいえ、同じような悩みを抱える夫婦っているもんだな。

 ま、俺も願掛けしてたし、気持ちはわかるなあ。

 願わくは、みんな授かってほしいよ……ミコタン様、お願いします。


 今は、順番待ちなので気軽に立ち入れなさそうだ。

 開拓団宿舎の方へ行ってみるか。

 


 開拓団宿舎に近づくと、建物のすぐ目の前に川が流れている……よく見ると魚もいるようだ。


 小学生の頃は、近所のドブ川でよくザリガニとか取ってたな〜。

 大人になるにつれて、気軽にカエルやサカナをさわれなくなってしまった、なんでたろうな?

 

 あ!

 大きなカエルがいる……身も心も少年になった今、久々にとってみるか。

 短パン半袖なんで、靴を脱げばいける!


 川に入って、そーっと近づき……後ろから……エイッ!


 つ、捕まえたぞー!

 

 ……。

 ………………。


 捕まえたんだけど、これは……カエル?

 なんか尻尾が長いんですけど。


 キモッ!


 カエルのお尻からヘビの胴体が生えているような体型だ。

 うん、尻尾はザラザラとしたヘビの質感で、見た感じ頭が大人のオタマジャクシ。


 ゲッゲッと鳴いている……リリースで。

 

 仮称ヘビガエル君は、にょろにょろしながら泳いでいった。

 なんと気持ちの悪い生き物だろうか。


 おや?

 あれはザリガニじゃないか〜!

 おったおった、さてさて……逃げ道を塞いでと、そーっと……はいっ!


 ゲットー! ザリゲットー!


 ……む…………むむむ。


 これは、俺の知っているザリガニではない。

 ザリガニを上から抑え込んで捕まえたんだけど、動きがあんまりないから持ち上げようとしたら……埋まっていた。


 ザリガニのお腹あたりから泥砂の中へ長いナマコのような何かが埋まっていた、根付いていると言った方がいいか。

 うーん、命名するならザリナマコやな……リリースで。


 仮称ザリナマコは、動きを見せずにそのまま川に流されていった。


 

 ……カメのような生き物を見つけた。

 でも、背中の甲羅が透過していて後ろと両サイドにビロンビロンと触手のようなものが出ている……あれはクラゲっぽい。

 仮称クラゲガメは、触れたらまずい気がするので取るのはやめておこう。


 川の生物をよく見ていると、変な生き物が沢山いる。

 他にも、頭が二つのエビやヒトデにカニのはさみがついているとか……。


 もう萎えた。


 やーめた。

 キモいのばっかりやんけ。


 はぁ、この世界の生物って地球の生物同士が混ざっている感じで気持ちが悪い。

 ザリガニでテンション下がったのは初めてだよ。

 

 川から出て開拓団宿舎の方を見たが団員の人はいないみたいだ、仕事かシフトで寝ているかだろうね。

 そういえば、開拓事業が再開されるってことで増員したんじゃなかったかな?


 濡れた手足を乾かすついでに、ミコタンドウへと歩いて行った。


 

 さて、戻ってきたんだけど、まだあと一組待っているなぁ。

 

 並んでみるか。


 ……。

 なんか入り口の団員さんっぽい人が近づいて来た。


「君、こんなところで何してるんだい?」


「あ、はい。ミコタンドウの見学です」


 あら、妙な顔されたぞ……しかし、俺の知らない団員さんだな。

 細めのスラっとした感じの男性で、とても力仕事に向いてるとは思えないが。

 いや、決めつけはダメだな、スキルとかがすごいかもしれないし、事務のエキスパートかもしれない。


「はあ? ここは、子供が遊びに来るところじゃない! さっさと帰りな」


 えー? ガラ悪いな。


「並んでもダメなんですか? ミコタン様にお祈りをしたいんですけど」


「ダメダメ、ここは子供が来るところじゃない」


 おいおい、そんなルールじゃなかったと思うが。


「お兄さんは、開拓団の人ですか?」


「ああ? だったらどうしたというんだ、仕事の邪魔をするようなら力尽くで追い出すぞ!」


 なんとまあ、理不尽な。


「開拓団では、子供はミコタンドウへ入ってはいけないということになっているんですか?」


 そんなルールは無いはず。

 親と一緒に来たこともあるし。


「ッチ。うるせーな、ここは子供が来るようなところじゃないと言っているだろうが!」


 この人は大丈夫なんだろうか、まるで自分が番人のように振舞って。

 こんな物腰で対応していたら、父さんとか絶対に許さないと思うんだけど……。


「あの、お兄さんは、最近開拓団へ入団された方ですか?」


「おい、さっきから質問ばかり……仕事の邪魔だからあっちへ行け、このクソガキが」


 シッシッっというジェスチャーで、並んでいた場所から追い出されてしまう……くっ、横暴だー。

 

「…………」


「なんだ、その目は。文句でもあるのか? あ?」


 くー!

 コイツ、ムカッとくるなぁ……たぶん、新人の団員さんだな。


「……他の団員さんはいないんですか?」


「なんだぁ? おい、ガキ。殴られたいんか!」


 うわぁ、話が通じないぞこの人。

 

 諦めて帰ろうかと思ったら、並んでいた最後の一組の奥さん? が話しかけてきた。


「あの、すみません。前の方が出てこられたので、中へ入ってもよろしいでしょうか?」


「へっ? あ、ああ、はい。どうぞ、中のへ入ってもいいですよ、手順に沿ってご祈願ください」


 もう、説明もしどろもどろだなあ、おい。


 うん?

 女性がこっちを見て笑……いや、微笑んだぞ、なんだ?


「ねえ、君も一緒に行きましょう? お参りしたいんでしょ?」


 突然のお誘いを受けた。

 なるほど、こっちのやり取りを聞いていたのかな。


「あ、えっと、いいんですか?」


「もちろん、いいわよ。夫もいいって言ってるわ。団員さんも、これならいいでしょ?」


 奥の方では、夫と思われる大柄の男性が頷いていた。

 サラッと嫌味のない嫌味を言い放った女性は、感じの悪い団員に見事な作り笑いを見せる。


「な……」


 唖然とする団員さん……こりゃ一本取られたねぇ。


「では、ごきげんよう」


 女性はそう言って、俺の手を掴んでミコタンドウへと入って行く。

 旦那さんもその後からついてきた。


「あの受付の団員さん、感じ悪かったわね。君みたいな小さな子供にあんな暴力的な言葉で……」


 入口少し入ったところで、慰めのお言葉を頂いた。

 よく見ると二十代後半くらいかな? 気の強そうな目つきに小柄な体系のお姉さんって雰囲気だ。


「いえ、大丈夫です」


「それに、ここは子供を授かりたい人が訪れるところよ。子供にあんな態度をとるなんて、呆れるわね」


 あらら、姉さんオコですね。


「あ、なんかすみません。僕も興味本位でここに来たんで……」


「いいのよ、気にしないで。それより、君はこの村の子なの?」


「はい、僕はイロハと言います。さっきはありがとうございました」


「私はマーサよ。こちらが夫のグリオト」


 マーサさんは、後ろにいる大柄の男性を紹介してくれた。

 こう見ると、身長が三十センチくらい差のある夫婦だな。


「よろしくな、イロハ君」


 グリオトさんは、大柄に似合う野太い声だ。

 夫婦で観光かな?


「はい。よろしくお願いします。お二人は、ゴサイ村は初めてですか?」


「そうね、私は開拓村ができたばっかりの時に一度来たことがあるわ」


「俺は今回が初めてだな。なんでも、子宝祈願で有名なところがあるって噂だったのでな」


 なるほど、マーサさんは、開拓村の初期に来たってことなら、ここの関係者っぽいな。

 それにしても、子宝祈願……こうして名所というものが生まれるのか。


「もしかして、開拓団の関係者さんですか?」


「あら? イロハ君、察しがいいわね。どうしてわかったの?」


「先ほどの団員さんへの対応や、開拓村ができた当初は、団員かその関係者しかいなかったらしいので、そうなのかなって……」


「ほー、こりゃ驚いた。俺たちも君みたいな子供を授かりたいものだ、なんてな、ハッハッハ~」


「ちょっとあなた、初対面でなんてことを。でも、確かにかわいいわね……攫っちゃいましょうか、フフフ」


「え……」


「冗談よ。ところでイロハ君は、開拓団に知り合いがいるのかな?」


 うーん、こうなってくると団長の息子なんて、なんか言い辛いな。


「えーっと、はい」


「私はね、ここの発見者の妹なのよ」


 げ……ということは、よりにもよってハチェットさんか。


「ハ、ハチェットさんの妹さんですか?」


「えっ……兄を知っているの?」


「はい。ハチェットさんには、すごく良くしてもらっています」


「な~んだ、知り合いだったのかぁ。残念……ここの発見者の妹だぞ~って驚かせようと思ったのに」


 ふぅ……これは、早めに団長の息子と告げたほうが良さそうだ、気まずいけど。


「いえ……あの、十分驚いています。それで、いずれ分かると思いますので、えっと……」


「なに、なに?」


「ぼ、僕は、ルーセントの息子です……隠していたわけじゃないけど、なんかごめんなさい」


「…………」


 フリーズ! そうなるよね。


「ハハハ。こりゃ、イロハ君の方が一枚上手だったようだな」


「私が驚いたじゃないの! えー、ほんとにルーセントさんの息子なの?」


「はい……なんか、すみません」


「そっか。ルーセントさんとステラさんの子供、こんなに大きくなったんだね」


 マーサさんは、すごく優しい笑顔で見てくる……これが母性というやつか。


「えっと、何と言えばいいか……はい」


「あー! そうそう、ルーセントさんと言えば、ここの第一号じゃない?」


「たぶん、そうだと思います……」


「これはいい流れが来たんじゃない? ねえ、あなた」


「ほんとにそうだな。ありがたや、ありがたや」


 そう言ってグリオトさんは、本当に俺を拝みだす始末……たっけて。

 冗談は置いといて、これいつまで続けるんじゃい。


「なんか、恥ずかしいです……もう、早く奥へ行きましょうよ」



 中は、リアムが生まれる前に来たときのままほとんど変わっていなかった。

 

 今、マーサさんたちが祈願をしているところ……やっぱりここは何故か落ち着くなあ。

 

 やがて、お腹に手を当てて祈願も終盤に差し掛かる……と、不意に生暖かい風が吹いた。


 前回もこんな風が吹いたような……。

 まあ、洞穴だからどこか外へ通じる小穴があるんだろうけど。

 案外、ミコタン様が子を宿してくれたのかもね。


「終わったわ。なんか、授かれそうな気がするわ!」


「そうだな、こんなに静かな雰囲気だとは思わなかったぞ。ご利益がありそうだ」


 二人は祈願が終わってホッとしたのか、アフタートークを始めた。


「あら、ごめんなさい。イロハ君もいたんだったわね。祈願でもする?」


「いえいえ、ここの雰囲気が好きで来ただけですから、お気になさらず」


「そう? では、そろそろ戻りましょうか」


 

 俺は特に祈願することもなく、二人も満足したようなので、三人でミコタンドウの入り口まで歩いて行く。

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