二十二話 忍び寄る者
<ソラ歴一〇〇八年 六の月>
最後のこども会議から、かれこれ二か月ほどが経った。
あれから、ちょくちょくミルメが訓練場についてくるようになったんだけど……まあ、スキルを見たいのが主な理由だと思う。
その後、うちでお勉強というか、分からないところを俺が教えるという感じがここのところのルーティンになっている。
悪くない、悪くはないけど、秘密を抱えた身としては、なかなか寛げない。
それに、子供の行動が読めないし、お兄ちゃんと思って慕ってくれているのか、ミルメはよく話す……よくそんなに話すことがあるな、と言うくらい話す。
ロディは、勉強に剣術の稽古。
ポルタは、ひたすら勉強に勉強を重ねてる……だいぶ良くなってきているらしいが、少し瘦せたみたい、心配だな。
ミルメは、訓練場かうちに来ていることが多い。
そうなんだよ、今も朝から基礎トレーニングを庭でやっているんだけど……いる、いる、庭の柵の横に金髪ショートボブのストーカーが……。
チラチラこっちを見ては隠れている。
呼ぼうかと向かうと、すぐにどこかに行ってしまう。
確かに、幼なじみ五人組がそれぞれ勉強で忙しくなってきたら、一番下の子は寂しくなるだろうな、気が付かなかったよ。
レジーは、今六歳だっけ?
まだ勉強には早い気もするし、訓練もスキルとか言っちゃいそうだし、そもそも王都の学校とかにラミィさんが出すとは思えん……。
ちなみに、基礎トレーニングは、少しの筋トレとストレッチ、ランニングは訓練場でやっている。
もうそろそろ終わるんだけど、今日こそレジーと話してみるか。
「おーい! レジー! 丸見えだぞ~!」
「…………」
「いや、もう見えてるから。ここ四日くらい朝来てたろ? こっちへおいで」
そろ〜っと柵の脇からレジーが姿を現す。
「……レジーはたまたまここを通っただけなの。お母さんの所に行っただけなの」
これまた無茶な言い訳やね。
確かにうちの傍が開拓団の事務所だけど、今の時間、ラミィさんは建設部の合同会議に出ていて確実にいない。
これまではいたのかもしれないけど、最近、開拓が再開されたので、建物と周辺の柵や設備の予算が下りて続々と建築物が出来始めているのだ。
ということで、その話は通りません。
「ふーん、ラミィさんはいたのか? 行ったんだろ?」
「……うん。ちょっと話して今帰るとこなの」
「へー、レジーはいつからそんなウソつきっ子になったんだろうな……僕は、悲しいよ」
「あ、えとね、お母さんは……いなかったの……ごめんなさい」
「うん、うん。それで、そこで何をしているのかな? 四日間も」
下向いちゃったか、ちょっと追い詰め過ぎたかな……?
「………………イロハがいじめるの」
「いじめていないよ。聞いているだけ。いじめないし、怒らないから、ね」
「……ロディは忙しいの。……ポルタも、ミルメも忙しいの。イロハは忙しいの?」
なるほど、みんなの所も見回っていたんだ……それで、遠目から見て構ってくれそうな隙を窺っていたってところか。
ところが、誰も余裕がないから構ってもらえない、と。
さらに、ミルメと同じ理由で俺には余裕がありそうだから張り込んでた、と。
「忙しくはないよ。みんなは学校の勉強で大変そうだもんな。ゴメンな、レジーがせっかく会いに来てくれてたのに気がつかなくて……」
「…………ふぇ」
「ふえ?」
「…………ふぇぇぇ……ぇ……ぇ……ズズズ」
あちゃー泣いちゃったか、とりあえず頭をよしよしして落ち着かせよう。
レジーは、「ふぇぇぇ」と泣くのか……ちょっと我慢した感じが心の強さを物語っている。
「……落ち着こうか、ね、レジー」
「……ぇっぐ、うん」
少し俺のほうが背が高いんで、膝をついて目線を合わせてっと。
「なあ、レジー。今度から僕と一緒に遊ぼうか。ミルメも来ると思うけどさ」
目が、目がキラキラしてはる……子供の純粋な目ってなんでこんなに奇麗なのかな。
「え、いいの? レジーも一緒にいていいの?」
「いいぞ、ちょっとだけ勉強もするけど、その時は我慢して付き合ってくれよ」
「うん! レジー、お勉強もするの」
ええ子や、ここで突き放したら……ラミィさんにどんな目にあわされることやら。
頼むから、俺に泣かされたとか言わないでね。
「おおー、いい子だ」
「レジーは、みんなが頑張ってるときは応援するの」
「わかった。お父さんのウォルターさんには言ってきてるのか?」
「うん、お母さんの所に行くって言っていつも出てきてたの」
うあ~、そんじゃ一日ずっと俺ら四人の所をちょこちょこ回ってたのか……ほんと悪いことしたな。
気がついたのも四日前とかだったもんな、多分もっと前からかも知れん。
「それは……レジー、お父さんにもお母さんにも嘘をついたらダメだぞ。ちゃんと、イロハの所に行くって言っておいで。僕はまだ家にいるからさ」
「わかったの! 行ってくるの~」
そう言うとレジーは、タッタッタッと駆けて行ってしまった。
「ふぅ……」
ロディはこんな子供たちの面倒をよく見ていたものだ……俺には一人でもおなかいっぱいだというのに。
実を言うと、今、村では開拓団の人たちが落ち着いたので、結婚ブームの後の出産ラッシュが始まっている。
俺らの下の世代がどんどん生まれてきているんだ。
リアムも、今は三歳だけど、俺が王都に行く頃には、このあたりの子供たちと同世代の絆を結んだりとか……確か同い年でも四、五人いたっけ。
王国でなのか、この村でなのかはわからないけど、あんまり小さい子は外に出さないんから、どのくらい生まれたかは噂によるものでしかない。
さてと、朝食をとって準備しておこう。
部屋に戻ったら、母さんから呼ばれた、なんだろう?
「なに? 母さん」
「あなたに、手紙が来ているわよ」
そう言って、スッと手紙を渡された。
「あ! アレス様からだ。返事が来たんだ」
早速封を切って中身を読む。
四月終わりくらいに出した手紙か……だいぶ時間がかかったなあ。
アレス様からの手紙は、要約するとこんな感じだった。
――五の月、六の月は遠征演習、七の月は実習があるので時間が取れない。
――八の月か九の月ならば力になれると思う、ただし王都でしか関われない。
――ロディ君とやらは、王都に滞在できるのか?
――約ひと月ほど、空いた時間になら教えることができる。
――もし王都に来る事ができるのであれば、ロイヤードへ直接足を運んで私を訪ねてくれればよい。
とてもありがたい内容だった。
このことをロディにも伝えなくちゃ。
「母さん、ちょっと僕ロディの所に行ってくる。もし、ミルメとレジーが来たら待ってもらってて」
「あら、そうなの? わかったわ、行ってらっしゃい」
僕は急いでロディの家へ向かった。
まもなく到着。
「コンコンコン……ロディ、いる?」
「……なんだ? イロハか、どうしたんだ今日は?」
なんか、疲れているな……と言ってもかける言葉もないしね。
「ああ、疲れているところ悪いんだけどさ、アレス様から返事が来たんだ」
「なにっ! そ、それを早く言ってくれよ……さ、中へ中へ」
凄く調子が上がったね、現金な子だ。
書いてあることや王都行きの件、ひと月の滞在など……一人では決められないので、今日、両親と話すみたいなこと言ってた。
返事は、両親の回答を待たずして「お世話になります!」と今すぐに送ってくれって……熱意の強さが感じられるし、権力への弱さも感じられる。
……と言うことを考えながら歩いていると、家についてしまった。
ミルメとレジーと母さんの声が外まで響いてる。
「ただいまー!」
「おかえり、ロディ君はどうだった?」
「うん、王都に行くって。今日は家族会議だってさ」
「ロディ君も本気みたいね。カルネちゃんも心配していたみたいだけど、カラックさんが凄く期待しているみたいで……」
ん? カルネちゃん……ああ、ロディの母さんか。
やんちゃ三人衆のインパクトが強すぎて、伐採部の人って感じがしないんだよなー。
夫婦で伐採部だから、ロディの両親は社内恋愛か。
同じ職場ってやりにくくないんだろうか……むぅ、下種の勘繰りだな。
「ロディは大変だな。両親の期待を背負って、王都へか~」
「さあ、二人が待っているわ」
「あ、ミルメ、レジー。おはよう! 待たせてゴメン」
「どうだったの? あたし、最近疲れた顔のロディしか見てないよ、なんか言ってたー?」
真っ先にミルメが心配してくれる、幸せもんだぞ、ロディ。
「まあ、王都に行くのは決定事項みたいだな」
「ロディは王都に行くの? 来年じゃないの? 疲れてないの?」
レジーに至っては、しょっちゅう一方的に観察してたし、気になるんだろうな。
「うん、勉強しに王都へひと月ほど行くみたいだ。これも、学校に行くためだ、みんなで優しく見守って応援しよう!」
「「うんっ!」」
二人とも、いい返事だ!
今日もだいたいいつも通りのスケジュールをこなそうと思う。
午前中は、訓練場で身体づくりと、基礎トレーニング、あとランニングも。
スキルの練習は、イメージトレーニングにとどめて、あれから石砕きのパフォーマンスは数回しかやっていない。
イメージトレーニングと言っても馬鹿にできない。
今は、かなり細部にわたって調整ができる。
例えば、パンチを打った時に拳と関節を傷めないように必要個所を強化するとかね。
速度と質量と筋力に保護するための強化がポイント……と言うのはイメージトレーニングでわかった事。
午後は、自室で勉強会。
意外と言ったら悪いけど、レジーは勉強が好きみたい。
なの、なの、なの?
……と結構聞いてくるけど、同じようなミスをしないところが、素晴らしい……まあ、飽きっぽいところあるけど。
ミルメは相変わらずだけど、こちらは頭の回転が速いから、一度覚えたことはサクサクと進む……けど、簡単なミスをよくする、見直しなさい、と。
こんな感じで、夕方までのお勉強タイム(おやつ付)を三人でこなした。
こうして、今日のルーティンを終え、二人を送って家に帰り、ホッとした時間を過ごすのがいまのマイブーム。
「は~、今日も疲れたな~」
……って俺、ぜんぜん勉強してない気がする。
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