二十一話 訓練場で

「み、ミルメさ、スキルの事どのくらい知ってる?」


「……! え? ゴメンちょっとぼーっとしてた。スキルが何?」


 ふぅ、気まずい、気まずい。


「えっと、スキルの事どのくらい知ってるのかなー? と思って」


「えっと、スキルかー。あのね、あたしさ、年の離れた兄貴が二人いるのね」


 お、おう。

 全然関係ない話だな……。

 

「へ~、俺は知らなかったな」


「そっか。あんまり話題にもなんないし、上が十歳、下が八歳も離れてて、ほとんど話したことないんだ。上の兄貴はどっかの農家に行って帰ってこないし、下の兄貴は王都の騎士学校行ってる、確か第三だったかな」


 えー! 初耳すぎる。

 そんなこと誰も言わなかったよねー?

 一人っ子だと思ってたよ……寂しかったろうな、ミルメ。


「確かに、ミルメの家って、僕の家から少し離れているのもあるけど、お兄さんらしき人は見たことがないね」


「うん。たまーに帰ってくる時もあるけど、相手にしてもらえないんだ。それでね、父ちゃんも母ちゃんも寂しそうだったから、あたしが家にいてあげようと思ったんだ」


「そっか。優しいな、ミルメは」


「そんなんじゃないってー! もう、調子狂うなあ。それでね、母ちゃんに話したら、あなたはどうしたいのか? って言われて……すごく考えた。そしたらさ、トリファ姉のお祝いの日、イロハが言ってくれたよね?」


 ん? 何を……とは言えない空気が。

 何言ったっけ?

 えーっと……やばい、やばい、思い出せねー!


「う、うん。あの時はいろいろ話したよね……そういや、レジーもいたね」


 ごまかせて………………いないよな。


「イロハさ、思い出せていないでしょー? わかるよ。あのときね、イロハが『頑張ればミルメだって行ける。何をするためにそこへ行きたいかが大事』って言ってくれたのを思い出して、思わず母ちゃんに、あたしも王都の学校に行きたいって言っちゃった……」


 あー、思い出した。

 確かに言ったな、ロディのせいで熱くなっていた時だな。

 

「おおー! 決意表明かー! ところで、ミルメは何するために行くんだ?」


「えっ……それは、まあいろいろやりたいことが出来ちゃったんだー!」


 ん-なにやら、なんも考えていない模様ですな。


「お母さんにも言い切ったならば、勉強しなきゃな、ミルメ」


「う、うん。本当はね、そこをね、イロハに聞こうと思って今日はついてきたんだ……」


「おいおい、スキルの事が~とか言ってたのに、結局試験対策かい!」


 あらあら、しおらしくなって……まあ、どうせ俺もやんなきゃいけないし、一人も二人も一緒だろ。


「ごめん……」


「いいよ。それでな、大事なことがある。ミルメは、どの学校に行きたいのかな?」


「えっと………………スレイニアス学園」


「ほほ~、俺と一緒か。だったら、一緒に勉強ができるな、今からだと一年ちょいしかないから、結構頑張らないといけないな」


「うん! うん! イロハも手伝ってくれるの?」


「手伝うって、僕、教える程自信があるわけじゃないよ。一緒にやろうってこと。できれば現役の人から聞きたいんだけどな」

 

「一緒にやるー! あたし、絶対に頑張る。そして一緒に合格する」


「はいはい、わかったよ。とりあえずな、試験は筆記と実技とあるみたいだから、早いとこコアプレート作っといた方がいいかもしれんぞ」


「わかった。母ちゃんに言ってみる。筆記の方はどう勉強するのー?」


「筆記はさ、過去の問題とかが領都の書庫にあったのを覚えてる。そこでどんな感じの問題かの傾向を確認できればなんとかなりそうな気がする」


 傾向と対策というやつは、どこの世界でも大事なはずだ。


「問題のけーこー? イロハって時々難しい言葉使うね。けーこーって何?」


 おう……つい熱くなってしまった。

 いかんいかんぞ、冷静に。


「問題の傾向と対策、つまり、どんな感じの問題が出るのかな? ああ、こんな感じならこれを勉強すれば大丈夫だね……って意味」


「へ~、けーこーね。それは、イロハがやってね。あたしは、それを聞いて勉強するのだー!」


「おいおい、楽をしすぎだって。まあ、どっちにしろやらなきゃ僕もやばいから……やるけど」


 ……と、言いつつ俺はあまり勉強する気がなかったというか……たぶん、余裕だと思ってる。

 まあ、あのミルメがやる気を出してんだから、力になってやるか。


「ありがとう! イロハ。他の仲間には言いづらくって……あー打ち明けてよかったー!」


「他のみんなだって、力になってくれるさ」


「うん。普通だったらね。でも、今はみんな自分のことで精一杯な気がするんだよ……」


「確かに、そんな雰囲気がしてるといえばしてるな。でも、それなら、僕も同じだと思うけどな」


「いーや、イロハからは、なんとなく余裕が感じられるんだ。そう思ったら言っちゃえー! って」


 そんなに余裕見えるかなぁ?

 毎日ぼっちで、ひたすらスキルの訓練って……相当差し迫ってる感があると思うけど。


「ま、いいさ。じゃ、筆記の勉強からやらなきゃね。ミルメは……そこからだと思う。スキルを授かっていないから」


 うん、ミルメはオツムのほうがちょっと勉強に慣れていない気もするし。

 でも、あのくらいの筆記だったら大丈夫だろう。


「あー! 今、バカにしたなー! あたしが勉強できない……みたいな顔してるー!」


「思っていないって! 落ち着けって。でもさ、ちゃんと勉強したことは無いだろ?」


「うーん、そだね……タハハハ。文字をずっと見るのも嫌いだなー」


「少なくとも、歴史と簡単な計算は試験に出ると思うよ……去年の過去問題を見た限りではね」


「あー、歴史か〜。知らない時代は興味ないなー」


「よし、ここで話してても前に進まないからさ、戻ろう。それともスキル見る前に体術とかやっとく?」


「えーっと、実技はどんなのがあるのー?」


「たぶん、スキルを活かした得意なことを披露する感じじゃないかな? もちろん、体術、剣術でもいいと思うけど、確か、資本が能力開発部から出てたはずだから……」


「ちょっとー! シフォンガ? ノウリョーハツブ? 途中からイロハが何言ってるのか分かんなーい!」


「あ、ああ、ゴメン。王国からお金が出てるから、王国の目的があるはずなんだよ。それはたぶん、優秀な人を見つけて育てたいってこと。それも、スキルを研究するところからなら、スキルは重要だってことさ」


「ふぅん……じゃあ、スキルを使ってあたしがみんなの考えているより凄いってところを見せたらいいの?」


 やっぱ、ミルメは頭の回転が速い。

 これは、もしかすると……教え甲斐があるね~。


「おー! わかってるね。その通り! ただね、全力でいろいろやるんじゃなくて、見る人が見せてほしい内容を披露することが重要だと思うよ」


「難しいなー。イロハはどんなことするの?」


「例えばさ、えーっと……石をここに置いてっと。ねえ、ミルメ。この石を上から拳で叩いたらどうなると思う?」


 手ごろな空き缶くらいの石を足元に置く。

 身体強化を発動……よし、準備オッケイ!


「叩くって、石を叩いたって手が痛いだけじゃん! 怪我するよー?」


 大丈夫? みたいな顔、ありがとうよ……見てろ。


「じゃ、いくよ。……エイッ!!」


 俺は、身体強化を使い、勢いよく拳を振り下ろして石に叩きつけた!


 バキッ!!


 おおー、うまくいった。

 いやー、ミルメが目を見開いて俺と石を交互に見ている……驚き顔をありがと。


「なにー! 今の、なんで石が割れたの? イロハ、手は大丈夫ー?」


「おいおい、質問が多いって。石が割れたのは僕のスキルが関係しているせいで、手が大丈夫なのも同じだね。ぼっち修行の成果だよ」


 ビックリしてんな~、ええ気分や。

 修行の甲斐があるってもんよ。

 

「スキルで、そんなことができるんだ。凄い! イロハ、凄いねっ!」


 そんな少女の純真な目で、凄い凄いと言われると嬉しいじゃないかー!


「ま、まあね。ひとまずビックリしたろ? ここが大事で、試験の時、採点する人の想像をどれだけ超えるかが重要なわけで……」


「ねーねー、もっかいやってー!」


 おいおい、話を聞きなさいよ……もう。


「ミルメ、聞いてるのか? もう一回は、話が終わってからだ」


「聞いてる聞いてる! もっかい、ね、ね?」


 人は、返事を二回繰り返すとき、だいたい分かっていないんだよな。

 それになんか、手ごろな石を持ってきてるんだけど……ちょ、ちょっとこれ、デカい。


「はーもう、しょうがないな。じゃ、一回な」


「せーのっ……エイッ!!」


 バコッ!!


「すごーーー!! イロハってなんか弱そうに見えるけど、実は強かったんだー!」


 弱そう……弱そうってなんだよ!

 漠然と弱いみたいに言わないでくれるかなあ。

 力だけ強い奴なんか、やり方によっては負かすこともできるんだぞ、と。


「別に強いってわけじゃなくて、スキルの使い方が上手いって言ってほしいな」


「うまい、うまい! スキルがうまーい! イロハ!」


 うーん、それだとスキルが美味しいよ~になるからね。


「はいはい、そこまで。後は、帰ってから試験対策を考えようよ。スキルの話は、一旦ここまで。じゃないと、手伝わないよ?」


「うーー、わかった。その代わり、またイロハの上手いスキル見せてねー」


「わかった、わかった」


 あ、二回言っちゃった。

 さて、ガスさんとロペさんに帰る事を報告して、家に戻ろっと。


 あれ? どこにいるかなっと……。

 ん? なんか西側の奥の方から話し声が聞こえるぞ。

 ああー、あそこか……またサボっているな? そのままやんちゃ三人衆のサボり場所へ行ってみた。

 

 いたいた。


「ガスさん、ロペさん。そろそろ家に帰ります。薪づくり頑張ってください!」


「う、うわーっと! ビックリするじゃねーか!」


「こんなとこでコソコソと何やっているんですか?」


「な、なんだよ、なんもしてねーよ!」


「ふーん」

 

「も、もうお帰りかい? 二次会はしっぽりおうちの部屋でってか~? いいなー、俺もこんな薪なんてほっといて女の子と………………あ、やべ。ゴメンてイロハ。冗談だって、そんな目で見ないでくれよぉ」


 またガスさんが絡んでくる……なーんかさ、軽いと言うか謝ってないだろ、これ。

 この人は、ほんとに……どうしてくれようか。


「あー、はい。わかりました。僕ね、父さんから訓練場でどんなことがあったか、全部報告するように言われてるんですよ。えーっと、「こんな薪なんかほっといて女の子と……」でしたね? きちんと父さんに報告しておきます。では、頑張って村のために薪をいっぱい作ってくださいね~」


「な、な、なんてことを言うんだー! あの鬼団長に言うのはやめてくれ、いや、やめてください……もう、からかったりしないから、言わないから、ね? ね?」


 鬼団長ねぇ、焦って次々と弱みを増やしていくガスさんであった。

 ロペさんは、「俺は関係ねーから」みたいな顔して、チラチラ見てくる。

 あのとき、結構きつめに怒ったって言ってたっけ……父さん。


「これが最後ですよ。次、こんなこと言ってからかったら……まあ、やってみてください。どうなるかはご想像にお任せします、では僕たちはこれで……あ、そうそう、さっきのサボり場所もハチェットさんに言っときますね〜」


 そう言って、ミルメの手を引いてさっさと質の悪い大人の元を去る。

 ほんと、冗談が過ぎる。

 あー、またミルメが赤くなってる……もう。


「い、イロハ。手、もー大丈夫だから……」


 あ、手を繋いだままだったな。


「ごめん、痛かった? あんな大人達にならないようにしなきゃね。さ、帰ろうぜ」


「……うん。痛くなかったから大丈夫」


 えー!

 なんか、手を繋いだだけでこんなになるんか……やりにくいなぁ。


「じゃ、行こう」


「うん」


 訓練場からの帰り道、日もだいぶ傾いてきた。

 今日は、調子に乗ってスキルを見せたりしたけど、どうやってごまかそうかな?

 ……と考えながらトボトボと二人歩みを進める。


 そうだ!

 家に、一応試験対策用にまとめたものがあったから、今日はそれを写してミルメにあげよう!


 

 まもなく家に着き、さっとと転写して、ポイントを教えたりしていたら、あっという間に夕暮れになってしまった。

 遅くなると家族が心配するからって母さんに言われ、ミルメの家まで送っていった。

 やっと部屋で落ち着くことができたよ……。




 あー、ほんとに長い一日だった。

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