九十四話 人事を尽くして天命を待つ
トクトク亭に着いた。
帰り道に二人へ聞いたけど、試験結果が出るまではこの宿に滞在するらしい。
「それにしても、イロハ君のプレートの番号は、納得がいきません!」
怒ってくれるのはありがたいが、これはどうにもならない問題だよ、ロザ。
「そーよね、誰も壊せなかった石を壊して取った割には、百番台の数字だったねー」
まー、俺もテリアと同じ意見ではあるが……他に意味があることを願うしかないや。
「まあ、まあ。なにか学園の意図があるのかもしれないし、そもそも、数字の若い番号が高評価っていう話は、僕の推測だよ。もう、終わったことだし、いいじゃないか。あとは、待つことしかできないよ」
「それもそうね。ところで、イロハ、美味しいご飯をご馳走してくれるって話だったよね?」
う……よく覚えてんなコイツは。
「そんな話、してたっけ?」
「いいの? バラすわよ!」
すげー意地の悪い顔をするんだな君は。
まるで、追い込みをかけるヤンキーじゃないか。
「……はい。美味しいご飯をご馳走します」
「じゃ、今日の夕食ね! あー楽しみ。当然、ロザも一緒よ!」
今日ね、はいはい。
仕方がない、約束は約束だ。
チェバーリエにでも予約したらいいかな?
「え……悪いよ。私は、その、甘いお菓子を……」
ロザ……しっかり、自分の要望も盛り込むんだな。
「いいよ。二人とも招待するさ。美味しいところを予約しておくから、夜はお腹を空かせといてね!」
「やったー! じゃあ、二時間後くらいに食堂へ集合でどう?」
「いいよ、それで。五時くらいかな? それまでには予約しておく。では、解散で」
「じゃーまたね、イロハ」
「では、また後で」
ふぅ、第一班ということもあって、二時には試験が終わり、早く帰ってこられた。
実技試験で汚れたし、体を流してお昼寝といくか。
今が三時頃、二時間くらいは寝られるな……もう、何もやりたくねー。
とりあえず、宿の人にお願いしてチェバーリエに予約を入れてもらった。
こんなことも頼めるって、いい宿だ……まー、ウェノさんの真似だけど。
◇◇
……ふぁう。
いつの間にか寝ていたようだ。
今何時だろう?
待たせるのもなんだし、準備して食堂へ。
宿の人に確認したら、予約はちゃんと取れていたようだ。
……四時半、少し早めの行動だったな。
おや? すでにロザが食堂にいるようだ。
「早かったね、ロザ」
「あっ、イロハ君。私は、準備が早く終わったので降りてきました」
奇麗にまとめられた青紫色の髪のポニーテールに真面目そうなメガネ。
体を流してきたんだろうな、きっと。
「美味しい料理の店を予約したから、期待してもいいよ〜」
「はい、楽しみです。試験が終わったと思うと、お腹が空いて……」
俺も、お腹が空いたよ、しっかり寝たもんでね。
テリアとロザって対照的だな、でこぼこコンビって感じだ。
実技試験とか、一見、苦手そうなロザがなんで学園なんか受けたんだろう……。
「ロザは、なんでスレイニアス学園を志望しているのかな?」
「私は、本が好きで冒険の話とかをよく読んでいました。この学園の創設にかかわった人は、冒険者って知っていました?」
うーん、ゴサイ村で見た資料に書いてあったな。
「うん。確か、スレイさんとニアスさん? だったかな?」
「冒険者スレイとイニアスですよ! それで、その二人の冒険譚が好きなんです」
へー、意外だ。
見た目とは違って、少年が憧れるような冒険譚が好きなんだな。
「へー、じゃ、将来は冒険者になるの?」
「私じゃ無理ですね。憧れはありますが……。イロハ君はどうして学園に?」
「僕も、冒険者には興味があるから、いずれはなるつもりだよ。できれば、世界を旅してみたいと思っている。聞こえはいいけど、やりたいことが多すぎて決められないから、普通校を選んだってところかな」
言えないことも多いし、この世界は謎だらけだよ。
「ハハハ、それ、分かります。私も、専門を選ぶほど有効なスキルも無かったので、普通校を選びました。勉強だけは嫌いじゃなかったですし」
確かに、ザ勉強好きって見た目ではある。
「試験を受けて思ったが、みんな合格しようと必死な印象だったよ。嫌なやつも多かったしな」
「それは、スレイニアス学園が事実上王国の最高峰だからでしょうね。知ってました? 学園卒業者って、王国から声がかかることも多いんですよ?」
あれだろ?
王国の研究機関が、研究させろってやつ。
「……声? そんなにいい事とは思えないけど」
「すごい事ですよ! 女性なら上等民の人とのご縁が出来ますし、男性なら王国の要職に就いて上等民になれるかもしれませんしね」
職か……なるほど、いわゆる青田買いを王国がやっているのか。
「ふーん、そんなにいいもんかね、上等民って。それに、女性は要職に就けないのか?」
「スキル次第ではありますが、難しいですね。特に騎士団や軍にかかわるところは、男性にしか声をかけない印象です」
まあ、封建色の強いこの世界だからね、ジェンダーギャップみたいなものは、普通にあるんだろうな。
現代日本でも、法整備は整ってきたが、まだまだ現場では男女平等とまではいかず、残っていると聞くもんな。
差別ではなく区別だってどこかの誰かが言っていたが……。
「だから、テリアも騎士団をあきらめたのか。僕の村では、女性でも騎士団の仕事をやっていたけどな」
「王都の風潮かも知れませんね。テリアは、小さい頃からずっと騎士になりたいって言っていました。ロイヤードに行きたいって」
「ロイヤードか。確か試験は十月じゃないかな? 受ければいいのに」
「それはそうなんですが……」
「お、ま、た、せー!」
「うわっ!」
「こんなところで何話してんの?」
ビックリ娘が目の前に突然現れた。
顔が近い……こんなに間近で見るのは初めてだな。
おー、ちゃんと顔の汚れも取れて、さっぱりしている。
明るい茶髪っ子ショートカット、ちょっと毛先がクリンクリンして自然に遊ばせている……天然パーマかな?
俺もそのくらい髪を切っちゃおうか。
「テリア、近いって。いやー、君が騎士になりたいらしいって話だ。十月がロイヤードの試験だし、受けないのか?」
「えっ……そりゃあ、騎士にはなりたかったけど、家族に反対されてまでは、ねぇ」
「家族の反対ね。確かに厳しいな、それは」
「イロハは、学園落ちたらどうするの?」
聞き方にセンスがないなあ……。
「おい、落ちたとか言うなよ! まあ、その時は他の所を受けるさ。王都には、ロイヤードや総合もあるし」
「ウチ、落ちたらどうしようかな……」
「私も、落ちたらどうしましょう……」
お通夜か! なんでこんなところは似てんだよ。
「こらー! 結果も出る前に落ち込んでどうするよ。せっかく今から美味しいご飯を食べるのに、変な空気になっちゃったじゃないか!」
「あ、ごめーん!」
「そうですね、結果を見てから落ち込むことにします……」
ロザさん、それは何も変わっていませんよ……。
「それじゃ、行こうか。お店は、王都で有名なチェーバーリエだ」
「えー! って、ビックリしてみたけど知らないや」
手振りまで入れて驚いてくれてる……って知らんのかい!
なんだかんだと、ノリいいな、テリアは。
「私、知っています! すごく高いお店で、上等民の方々もよく行くとか……大丈夫ですか? イロハ君」
なんの大丈夫だよ、それ。
「お金なら大丈夫。お酒とか飲まなかったらそこまで高くならないよ」
さすがに、護衛パーティで飲み食いした時は驚く金額だったけどね。
「へー、楽しみ。いっぱい食べるぞー!」
「私も、甘い物いただきます!」
ロザの好物は、甘い物なんだ。
お二人とも、お手柔らかにお願いします……。
◇◇
チェバーリエでお腹いっぱい食べて宿へ帰ってきた。
子供三人でも結構なお値段するんだな……いい勉強になりました。
そんなわけで、解散かと思いきや俺の部屋に付いて来ようとするテリア。
「ちょっと待て。二人の部屋は、向こうの方だろう? なんで付いて来る……」
「えっ? なんでって、ご飯食べたらくつろぐよねー?」
さも、当たり前の顔をしているんだが、そんな文化が……あってたまるか!
「ええ、でも……」
かみ合わないテリアとロザの会話。
「自分の部屋でくつろげばいいだろ?」
「だって、くつろぐって言ったら、みんなで話すじゃん!」
「二人で話したらいいだろ? それになんで僕の部屋なんだよ」
「うわっ! あんた、女の子の部屋に行きたいの? うわー!」
うざっ! キモい奴みたいな扱いはやめろって!
「その、うわーって言うのやめろよ! 別に行きたいわけじゃないって。僕は、一人でくつろぐ派なの」
「うわわー、女の子二人が誘ってんのに、そんなことを言うのー?」
……余程、地元の男の子にちやほやされたんだろうな。
「あのね、すべての男の子が女の子に甘いと思ったら大間違いだぞ? 逆に、そんなテリアと一緒にいたらこんなに楽しいよってこと言ってみな? そしたら考える」
「はぁ? 普通、女の子と一緒にいたら楽しいって言うじゃん!」
「普通? 誰が言ってんの? テリアさ、十歳足らずでそんなこと言っていたら、性格の悪い大人になってしまうぞ?」
「だって……先生が言ってたもん。友達も言ってたもん」
また先生か。
こんな小さな子に、偏った教育しやがってからに。
「そりゃ、テリアもロザも顔立ちがいいから、ちやほやしてくれるかもしれないけど、人は心だぞ? 見た目だけの奴は、長く付き合えないって」
「……顔立ちがいい? それって、可愛いってことでしょ?」
よく、自分でそんなことを言えるもんだ。
恥じらいを覚えなさい!
「だからさ、見た目の話じゃないって。中身も見た目も良い方がいいに決まっている」
「うう……。じゃあ、どうしたらいい?」
知らんがな。
俺は君のパートナーじゃないから、無責任なことは言えない。
「どうって……知らん。自分が思う良い子になればいいんじゃない?」
「あの……イロハ君。私は、どうですか?」
おいおい、ロザまで。
一体どうしたってんだよ、なんか試験が終わって変なテンションになってんじゃないのか?
「えっ、ロザまで何を言ってる? もう……分かった、分かった。じゃ、僕の部屋ね。こんなところでする話じゃないって」
「じゃあさ、食堂で飲み物もらってきてよ! お願い、イロハ」
そう言って、可愛くおねだり……ガキめ、先生とやらは一体なんの先生なのかね……。
「おいおい、そういうところだぞ? そこは……まあいい、待ってな、持ってくる!」
はぁ、ゆっくりくつろぐつもりが……。
気持ちは分かる。
地元を出て、一緒に難問試験へ臨んだ仲間だし、いろいろとおしゃべりしたいんだろうけど……女の子二人は、気を遣う。
どっちかと言えば、男友達が欲しいよ。
「はい、おまたせ。サクランゴの果実水でいい?」
「いいよー」
「はい、ありがとうございます!」
さて、このおしゃべりタイムは何時まで続くのでしょうかね?
早く、ゆっくりしたいんだけど。
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