百二話 学園合格のお祝い
トクトク亭の前では、慌ただしく客車に荷物を積みながら、出発の準備をしている一行……ボチボチ準備も整いそうだ。
短い期間だったが、しばしのお別れだ。
「テリア、そろそろ出発かな?」
「イロハー! ウチ、先に家へ帰る事になったんだよね。そっちはネイブには帰ったりしないの? 遠いみたいだけど……ププッ」
コイツ……。
「笑いながら聞くなんて、悪いやっちゃなー。そうだよ、僕は帰らず王都にいるよ、遠いからね」
「だと思った。ウチも、入学前になったら戻ってくるよ。どこに住むか決まったら教えてね?」
お? ロイヤードは受けないのかな?
「あれっ? テリアは、他の学校の試験を受けないのか?」
「……それは、親次第かな。特にお父さんがね。今回は、相談するために急いで帰る事になったの」
やっぱり、騎士は諦めていないようだな。
「ふーん。まあ、自分の進路だし、思う通りになればいいな。近いかもしれんが気を付けて帰りなよ」
「分かったー。いつか、イロハもカークスへ招待するからねー!」
「はいはい。そんときゃ、よろしく」
メルクリュース領の各街を回るのも面白そうだな。
んー、さっきから、ロザがいないようだが……。
「なあ、ロザは一緒じゃないのか?」
「えっ? ロザなら、宿のおばちゃんに挨拶をしてくるって言ってたけど?」
「ちょっと見てくる」
中を覗くと、ロザとおばちゃんが談笑をしていた。
「それにしても、二人がいなくなると淋しくなるねぇ……」
「急に帰ることになって、すみません。入学式には戻ってきますので、その時はこちらにも顔を出しますね」
「うん、うん。気をつけてお帰り」
「はい! あ、イロハ君」
「話しているところ、悪い。外では、そろそろ荷造りが終わりそうだったよ?」
「あっ、それでは、そろそろ行きますね。お世話になりました」
ロザは、そそくさと暇を告げる。
「はーい、またいらっしゃい!」
表へ移ると準備が整った客車は出発を待っているようだ。
二人もすでに乗り込んでいる。
「じゃ、またな! テリア、ロザ」
「まったねー!」
「また、戻ってきますね!」
ゆっくりと進み始める客車、短いひとときではあったが、共に試験を乗り越えた仲……見送りっていうのは淋しいもんだ。
昨日は、ちゃんと話せたんだろうか?
聞けなかったけど、そんなことを思いながらもう一度客車を振り返ると、すでに小さくなっていた……。
さあ、今日は久々に護衛パーティと会うんだ、気を取り直して準備でもしておこう……っと、待ち合わせは夕方五時だったか、暇や。
◇◇
ランニングやら、筋トレやら、コアプレート確認やら、読書やら……気づいたらちょうどよい時間となった。
食堂で待つこと三十分……。
大柄な男性、小柄な男性、ベージュ系の服の女性が来店した。
「ブルさん、カラムさん、ミネさん!」
俺を見るなり、カラムさんが足音も立てずに走って来て、抱き上げられた。
反応がブルさんと一緒だよ……。
「おお! イロハっ! 合格したんだってな? おめでとう!」
「あ、ありがとう、カラ……」
「ちょっとカラム! 私にもさせなさいよ! イロハ、本当におめでとう!」
あの……俺は、物じゃないんですけど。
カラムさんから横取られ、抱き上げられた力は、ミネさんのほうが強いというね……。
「ありがとう、ミネさん。そろそろ降ろしてもらえると……」
「なーに、恥ずかしがってんの、子供のくせに」
「おい、挨拶はそのくらいにして、行くぞ!」
ブルさんから怒られた。
俺のせいじゃねーし……。
表に出ると、久々の光景が。
ウェノさんが御者席にいて、客車が待っていた。
「よー! イロハ。生意気にもスレイニアスに合格したんだって? よかったな、行きたい学校に決まって」
「はい、ウェノさんも久しぶり。生意気は余計ですって」
「これは、ルーセントに報酬を上乗せしてもらうかぁ? なぁ、ブルさん」
「いや……さすかに、なぁ?」
なんですか? みんなして俺を見てからに……。
「えーっと……じゃ、一応、それっぽい事を手紙に書いておきます」
「上手く書いといてくれよな、イロハ」
悪い顔しているわ、ウェノさん。
「それで、これからどこにいくんですか?」
「そうだな、王都でも滅多なことじゃ行けない、一番いい店に連れて行ってやるさ」
「へ〜、どこだろう……チェバーリエじゃないだろうし」
「まあ、着いてからのお楽しみだ」
王都のお城に近いところみたいだけど、高級店と思える店構えに、表には執事みたいなスタッフが待ち構えている……。
ドレスコードとか、無いよね?
ウェノさんは、入り口に立っているスタッフに声をかけている様子……。
「ブルさんは、ここに来たことがあるの?」
「あるわけがないだろう? ここは、冒険者などが普通に来られる店ではないぞ……。それこそ、王族とか上等民しか入られないと思っていたが……」
「ええー! そんなところなの? あ、そうか、ウェノさんは一応、上等民だからか……」
「「……」」
カラムさん、ミネさんは、建物を見て呆然としている。
これ、青の盾には伝えていなかったパターンか?
ん? 青の盾といえば……。
「ブルさん、ゲータスさんは呼ばなかったんですか?」
「一応な、声はかけたんだよ。しかし、まだ本調子でないと言って辞退しやがった……」
「そうですか……。残念です、会えるのを楽しみにしていたんですけどね」
それにしても、遅いな……ウェノさん、なにやってんの?
だんだん、こっちまで話し声が聞こえてきているが……。
「おいっ! それじゃ、分からないだろうが! こっちは、昨日予約を入れて時間も間違っていない。なんで、すでに埋まっているんだと聞いている!」
うぁー、ウェノさんが声を張り上げて……揉めていそうだなぁ。
「ですから、先ほど申し上げた通り……」
「それは、何度も聞いた! なぜそうなったのかを質問しているだろうが!」
「申し訳ありません……」
どうやら、予約を入れたにもかかわらず、席が埋まっているような会話がされているようだ。
高級店なのに……?
確かに納得がいかないよな、と言ってもどうしようもない気もする。
ウェノさんの気性から、絶対譲らないと思うし、どうしたものか……。
「もう、お前では話にならない! 責任者を呼んで来い!」
あーあ、上のもん呼んで来いが出てしまった……。
「し、しかし……」
「どうしたのだ? 店の前で……」
おや?
白髪オールバックのダンディおじさまが出てきたぞ?
スタッフがおじさまに耳打ちをしている。
「……」
「……」
何も聞こえない……ウェノさんも黙っている様子。
状況説明をしているんだろうけど、客の前でやる事ではないな。
これまでの流れで、俺のこの店への評価はかなり低くなっているんだけど……現代じゃ、ダブルブッキング自体がめずらしいけど、起こったとしても十分納得できるような対応をするんだけどねえ。
「……ファルタールの統括責任者を任されている、シルペウスと申します」
奇麗な九十度のお辞儀だ……腕をクロスするのがいつも違和感あるけど、ここでは最上級の敬意ってことだよね。
お店の名前がファルタールで、統括さんがシルペウスさんか。
「ああ、シルペウスさん。そこの使用人が言っていたが、俺の予約より他を優先したってことでいいか?」
「その件につきましては、まだ確認が取れていません。当店では、お客様のご予約をそのように扱うことは無いと思いますが……」
「……それで、どうするんだ? 今から大切な仲間を祝おうって時に、こんな扱いを受けたら示しがつかねえ」
「失礼ですが、お客様のお名前をお聞かせ願えますか?」
「……関係あるのか? 俺は、ウェノだ」
「当店には、どのような経緯でご予約を?」
「なんだ? まさか、客を選んでんのか? はぁ、呆れたな。家の父親が懇意にしていると言うから予約をさせてもらったが……こんな店だとは思わなかったぞ」
「……! 大変失礼をいたしました。どちらの家名の方でしょうか?」
「家の事は関係ないだろうが! 分かった、もういいぞ。こんな、家柄しか見ていないような店、こっちからお断りだ。予約を受けたくせに、見た目で判断したのか知らんが、急に手のひら返しやがって」
「いえ……申し訳ありません。ただ、ご予約の手違いは本当でございます……」
「はぁ? いまさら言い訳したところで……」
「ちょっと、ウェノさん! いい加減にしないと……シルペウスさんが困っているじゃない!」
「いや、俺はな、せっかくイロハに王都で一番の店で食べてもらいたくて……」
「うん、ウェノさん、ありがとう。すごく嬉しいよ。でも、お店にも何か事情がありそうだし、僕のことはいいからちゃんと話してあげてほしいな」
「むぅ、分かったよ……それで、シルペウスさんとやら、何があったんだ?」
「はい、正直に申し上げます。実は、王族関係者様のご予約が入り、今日の五時以降のすべての予約が取り消さざるを得なくなった次第です……」
「王族関係? はぁ……なら、早くそう言えばいいじゃないか」
「一応、本日五時以降のお客様には、すべて連絡が取れているという報告があったもので……。ウェノ様ご一行には大変ご迷惑をおかけしました」
「なるほどな。俺らを、刺客かなんかだと思ったわけか、冒険者の風貌も見えるし」
「いえ……そうとも言い辛いところではありますが……。本日は、お食事をお受けできませんが、後日改めてというわけにはいきませんか?」
「そんなことで、俺はなっと……」
「はい! 後日改めてお食事させていただきます。日取りは、このウェノさんからさせますので、その時は美味しいお料理を期待していますね」
「ありがとうございます! 本当に申し訳ありませんでした。お坊ちゃんのおかげで、私の面目も立ちます。ウェノ様、並びにお連れの方々、この度は、大変申し訳ございませんでした。次回お越しの際は、このシルペウスをご指名ください」
「分かりました。それではまた来ますね。ウェノさん、行こう」
「ああ、でも、よかったのか? 無理やり押し通すくらいはできるぞ?」
「やめてよ、そんなことされたって嬉しくないって。それよりさ、どうせみんなお酒飲んでバカ騒ぎしたいんでしょ?
「バカ騒ぎって……よし、俺の行きつけの店に行くか!」
振り返ってみると、青の盾のパーティはすでに客車に乗っており、この件については知らぬ存ぜぬを通すようだ。
確かに、王族だとかって話が出たら誰だって関わりたくないよね。
三十分ほどかけて、ウェノさん行きつけの居酒屋風のお店へ到着。
王都への道中でよく見ていた光景、座って食べる前に飲むスタイル……懐かしく思うよ。
「「かんぱーい!」」
「イロハ、合格おめでとう! まさか、予約した店があんなことになるとは思わなくてな。お前を普通じゃ行けない店へ連れて行ってあげたかったんだ」
「そんな、気にしないでよ、ウェノさん。気持ちだけでも嬉しいし、別の日にって話だったし」
「すまん! 俺たちが冒険者の格好をしていたから舐められたんだと思う……」
「違うって、ブルさん。なんか、王族の都合みたいな感じで貸し切りになってたっぽいよ? 別の日に来て下さいって言っていたから、それでいいでしょ?」
「……そうか。迷惑をかけたと思っていたよ」
「ほら、ここはお祝いでしょ? いつものようにパーっと行きましょうよ! ね、ウェノさん、ブルさん、カラムさんもミネさんも」
「よし、ブルさん! 今日は飲むぞ!」
「そうだな、ウェノさん! カラムも、今日は付き合えよ、イロハのお祝いだから」
「ああ、もちろん。イロハ、俺は嬉しいぞ、おめでとう!」
「ありがとう、カラムさん」
本当に嬉しそうで、なんか家族とはまた違った温かさがある。
おや? ミネさんがさっきからおとなしい。
「男どもは、まったく。あーあ、ファルタールの料理、楽しみにしていたのに……」
「あ、ミネさん、お楽しみはまた今度になりましたよ? 別の日に来てって言われました、あの統括さんに」
「そうなの? 私、てっきり冒険者お断りだったのかと思っていたわ。何があったのかしら」
なんと、会話を全然聞いていなかったと言う……。
「王族関係の人が、貸し切っていたようでしたよ?」
「王族ねぇ……気に入らないわね。自分たちの我がままは、なんでも通ると思って……」
「まあ、まあ。僕は、どっちかと言えば、こんな感じのお祝いの方が好きですよ」
「イロハー! こっちにも来いよ!」
「はいはい、カラムさん。今、行きます!」
やがて、いつものように各々で盛り上がっていき、珍しいことに、カラムさんからやたらと絡まれた……。
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