百一話 お祝いのお約束

 昨日は、久々に夜更かしをしてしまった。

 大金をもらってしまったこと、そのために何か新しい遊戯を考えなくてはならないこと……。


 あんまり大掛かりなこともできないわけだし、サイコロで出来る何かを一晩中考えてしまった。

 ある程度の候補を絞ってみたが……採用されるかは、モーセスさん次第だな。


 もう、一層のこと、トランプみたいなカードでも作っちゃえば、いろいろ提案できるのになあ……。

 

 表面はともかく、裏面をまったく同じ模様に作り上げるには、相当な技術が必要になりそうだ。

 時計やソラスオーダーみたいなハイテクがあるんだから、どうにかならんもんかね。


 モーセスさんには、ここ数日であれば、時間があるので宿まで一報下さいと伝えてあるから、相談してみるか。



 むぅ……外を見れば、すでに日が高いから、お昼くらいかもしれない。


 この宿、昼食は有料だったよな。

 外で、肉串でも食べるか……考える事も多いし。



 近くの空き地みたいなところで肉串をゲット。

 そういや、ここはビストの子たちと出会ったところでもあったな。

 今日はいないようだが……どこかで、おのぼりさんでもひっかけているのか?


 程よい斜面の草むらで仰向けになって肉串を食べる……エエなぁ、これはこれで心が洗われる。


 ほんのり草の匂い、心地よい風、ほどよい気温……ノスタルジックな気持ちになってしまう。

 


 ……暇も無くがむしゃらに働き、子供は授かれずとも良きパートナーと出会い、幸せな結婚生活を送り、やがて社長として経営者となる。

 

 妻は、原因不明の病気となったため、生活が急変してしまったとはいうものの、そこまで不自由する事も無かった。


 馴染みの神社で、できれば妻にささやかな健康を……と願った。

 

 そして……知らない世界で、生まれる。


 すでに、夢と片付けるには、あり得ないくらいの経験をしている。

 自覚してすぐの頃は、元の世界へ戻る方法を……とも考えていたが、そもそも、この不思議な世界から抜け出す方法があるのか? きっかけすら見当たらない。


 俺のいない元の世界。

 妻はどうしているのか?

 会社はどうなったのか?

 もう、戻れないのか?


 ラムという日本に関係しそうな子がいた。

 

 少なくとも、俺以外にも同じような存在がいた、もしくは、いるという推測はできる。

 元の世界に戻れた者がいるのか? 可能性の話だが、一番知りたいことだ。


 生まれ変わりだとか、転生だとかは、これまで聞いたことがない。

 そうは言っても、言語や古代語、動植物などは、地球のものに似通っている。


 俺は、不確かなものを信じるタイプではないから、超常現象や心霊的なものはどうしても信じられない。


 しかし……。


 信じざるを得ないよな、この現実。

 

 もし、過去の何かしらの情報があるにしても、恐らくこの世界の歴史に埋もれてしまっているのではないだろうか?


 すでに十年が経過している。

 自由に動けるようになったとしても、卒業まで六年ほど。

 最短で元の世界へ戻られたとしても、以前の年齢で言えば六十歳超え……。


 妻の健康を願うだけでこんなことになるなんて……神社の神様みたいな存在がそうしたのなら、恨むぞ。


 いろいろと考えていたら、答えの無い答えを探すようで、まるでパラドックス問題を解いている時みたいな気持ちになる。


 結局こうなってしまうから、あんまり考えないようにしていたんだけど……こればっかりは、自由が利くまでは何もできん。


 ふぅ……前向きに行こう。



 俺は、見た目も外面も子供を演じてはいるが、このような思考ができるってことは、ちゃんと大人なんだろうな。

 

 初めの頃は、何かの手違いで生前の記憶を持ってしまった子供として生まれたと思っていた。

 徐々に年齢相応に収束していき、やがて以前の記憶も無くなっていくという可能性を考えていたから、イロハノートなんてものを書き記していたが……そんな事は杞憂だったようだ。

 

 久々に、のんびりした時間を過ごしたな。

 さて、宿に帰るか。




「ただいま、おばちゃん!」


「イロハ君、お帰り。さっきから、君を訪ねてきた冒険者さんがお待ちだよ」


 ……まさか!

 

「おお! イロハ、試験はどうだったか?」


 食堂の奥からこちらへ向かってくる大柄な男性……なんと、そこにはブルさんがいた。


「ブ、ブルさん! やっと会えた!」


「ああ、何度か冒険者協を訪ねてくれたようだな。受けた依頼が長引いちまってな、遅くなった」


「そうなんですね。試験は……合格したよ!」


「おおー! ほんとか! スレイニアスにか?」


「はい、スレイニアス学園に合格しました」


 すごい勢いでブルさんに抱きかかえられた。


「おめでとう! 凄いな、イロハ!」


「ちょっと、ブ、ブルさん? 分かったから……このままだと、恥ずかしいです」


「ああ、すまん。嬉しかったもんでな、つい。まさか、スレイニアスに合格するとは……ちゃんと、ルーセントさんには報告したのか?」


「はい、昨日手紙を送りました。でも、ウェノさんは連絡先が分からないので、まだですね……」


「そうか。こりゃ、お祝いしないとな! よし、青の盾とウェノさんとで……イロハ、早速で悪いが明日はどうだ?」


「いいですよ。たぶん、一の月の入学までは、滞在の準備くらいしかすることが無いので、時間はたっぷりあります」


「王都一の学校であるスレイニアスに合格しているなら、わざわざ他を受ける必要がないな。今日は、時間のあった俺だけで来たんだが、明日はみんなと会えるぞ?」


「えーっと、ウェノさんはどうしますか? 明日来られますかね?」

 

「ん? ウェノさんは、青の盾の臨時パーティだぞ? 言ってなかったか?」


 はて……? みたいなお茶目な顔、どこで覚えたんだよっ!


「そんなこと、聞いていませんよっ! 確か、アタッカーの人が療養中って言っていましたもんね」


「そうなんだよ……ゲータスも、恐らく怪我は治っているはずなんだ。上手く言えんが、心と体のつり合いが取れんというか……」


「ああ、なんとなくわかりますよ。ウェノさんが言っていました、心が死ぬって。そういう時は、冒険者を離れてのんびりと過ごしたほうがいいですね」


「ま、まあそうなんだが、そうも言ってはいられないだろう。俺たちも、いつまでも欠員状態でやるわけにもいかないし。本人も、収入が無いと生活できないだろう」


 固定パーティでやっているなら、なおさら心配だよな、いろいろな面で。


 そうだ……!


「では、明日のお祝いに誘ってみては? 僕も会いたいですし、どうせウェノさんと飲んだくれるんでしょ? 冒険者らしく」


「そ、そういういい方は、だめだぞ? 確かに、冒険者らしくってところは同感だが……」

 

「だから、ゲータスさんも、ブルさんと飲み明かしたりしたんでしょ? それを思い出してもらえば、気持ちも乗ってくるんじゃないですか?」


「うむ……。しかし、いいのか? イロハの合格祝いだろう?」


「いいに決まっている! 僕を何だと思っているんですか。イロハ護衛パーティは、ウェノさんと青の盾でしょ? ゲータスさんも一員ですよ!」


「わ、分かった。ありがとうな、イロハ。じゃ、俺はこの辺で失礼する。明日は、夕食になると思うから五時頃には迎えに来るぞ。この宿で待っていてくれ」


「はい! ゲータスさんにもよろしく伝えといてください」


「ああ、またな」



 ブルさんが帰っていった。

 思いのほか喜んでくれたなぁ、思えば、あんな笑顔って初めてじゃないか?


 ゲータスさんは、恐らく心の病……軽く言えばトラウマ、病名で言うと心的外傷後ストレス障害ってところか。

 

 冒険者という危険な商売には付き物だろうな。

 こればっかりは、自分で解決するしかないし、治らなければ最悪別の仕事をするしかない。

 パーティ単位で考えると、かなり深刻な問題になっていそうだ……上手く解決してほしいな。


 どんな人だろう、会うのが楽しみだ。




「……イロハ君」


 ん……!


「ん、ああ……ロザか、急に後ろから、びっくりしたじゃないか」


「ごめんなさい、誰かとお話中のようでしたので、待っていたんです……」


 いきなり後ろから、ボソッと話しかけないでくれるかなぁ。

 しかも、待ってたって……おや? なんか、表情が暗いような……。


「そりゃ、待たせて悪かったね。それで、どうしたの?」


「イロハ君は、滞在先はもう決めましたか? それとも、ネイブへ帰るんですか?」


 どういう意味だ? 滞在先探しは、君らもだろうと言いたいところなんだけど。


「いや、まだなんにもしていないし、帰ることは無いよ、遠いしね。いろいろとこれからだね」


「私とテリアは、明日から家へ帰る予定なんです。他校の試験は受けるんですか?」


 ふむ、王都に近い人は実家に帰る感じかな?

 入学は一の月だし、まだ半年くらいあるもんな、近けりゃコスト的には帰った方がいいか。


「そっか……それは淋しくなるな。他校? 僕は、スレイニアス学園に行く予定だったから、他は受けないよ。まさか、他も受けるのか?」


「私は、受けません。でも……テリアが迷っているみたいです、ロイヤードを受けるのかを……」


「ほう、テリアがねぇ。騎士に挑戦か……親が許してくれるならいいけどな。あ、なるほど、そういう事か」


「……はい。たぶん、早めに帰ることとなったのも、家で話し合うつもりなんだと思うんです」


 ははーん、これはヤキモキする感じの、アレか?


「なるほどね。ロザ的にはテリアに頑張ってほしいんだろ? でも、一緒にスレイニアスにも行きたい。それで、その落ち込み様なわけね」


「……複雑な気持ちなんです、テリアには言えないけど。もう、合格したからいいじゃないかって思ってしまって……。でも、昔から騎士になりたいって言っていたことも……分かるんです」


「それはさ、本人が選ぶことで、周りがとやかく言う問題ではないよ。気持ちは分かるけどね」


「はい、分かってはいるんです。ただ……少しだけとは言え、受けなきゃいいのにとか、ロイヤードに落ちたらいいのに……って思ってしまう自分が嫌になってしまって……」


 こんなに純粋な子っているのか? 初めて出会ったよ……。

 まだ、自分の思い通りにならないことがたくさんあるってことを、あまり経験していないんだろうな。

 

 それにしても、こんなことで悩めるなんて……。


「ハハハ、ロザは、真面目で正直者だな。そんなもん、言わないだけでみんな思っているさ。人は誰しも自分がかわいいという生き物なんだよ。あんまり自己嫌悪に陥らないことだね」


「……イロハ君も、そんなことを思うんですか?」


 悲しそうな顔をしているな。

 大人になったら、もっとエゲツナイ考えの奴なんかも出てくるからね。


「はぁ? そんなこと、しょっちゅう思っているって。同じ価格の肉串なのに、アイツの方が大きくない? とか、親切にしたのに、お礼も言わないのか? とかね」


「フフフ……イロハ君は、そんなことを思っているんですか? それに、ちょっと違う気もしますが……ププッ」


「もちろん、せっかく出会ったわけだし、三人で学園に通えたらいいなとも思っているよ。そんなに笑うなよなー」


「ごめんなさい、ちょっと面白かったもので。私は、みんなが真面目だって言うから、自分がだんだん悪い人になっていくような気がして……不安になったんです」


 かーっ! どこのピュアガールだよ、この子は!


「大丈夫、そのくらいの事は。さすがに言う人は少ないと思うけどね。でもさ、進路のことは、結局周りが何と言おうと自分で決めなきゃ後悔するだろうね。ロザが一生テリアの面倒を見るわけじゃないだろ?」


「そうですね……」


「やっぱさ、親友ならやりたい事を応援してあげたほうがスッキリするんじゃない? 二度と会えないってわけじゃないし。もし、別々の学校に行くとしても、同じ部屋を借りるとかさ、方法はいくらでもあるって」


「ハッ! それ、いいですね! 同じところに住めばいい……考えつかなかった。ありがとうございます、イロハ君。テリアと相談してみますねっ!」


 カッと目を見開いて、我が意を得たりとばかりに、フンスと鼻息を荒くするロザ。


「ま、まあ、二人の好きなようにすればいいさ。それよりも、せっかく王都で一番の難関校へ合格したんだから、もっと明るくなんなきゃね」


「はい! イロハ君に相談して正解でした。この事、テリアには内緒ですよ? では、行ってきますね!」


「はーい。 ところで、明日は何時頃出るの?」


「たぶん朝食後だと思います。十時くらいですかね?」


「分かった!」


 話し始めの雰囲気とは裏腹に、ロザは軽やかに走り去って行った。

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