百話 スレイニアス学園合格発表
九の月二週二日、いよいよ運命の日だ。
もし学園に落ちていたら、すぐさま別の学校の入学申請に行かなきゃならない。
普通校で選べば王都総合、学校のレベルで言えばロイヤード……できれば、教育は最高水準を受けておきたい。
さすがの俺も、今日は少し緊張している。
だって、先生方への印象は最悪のような気がしてならないんだよ……。
もう結果は出ているし、今更いろいろ考えても何も変わらない。
そう思ったら、スーッと気持ちも切り替わった。
「おばちゃん、おはよう。果実水を何でもいいんで、ちょうだい」
「あら、おはようさん。今日は合格発表だね。はい、果実水……サクランゴのね」
相変わらず早い。
「ありがとう。もし、落ちていたら……ここも今日までですね」
「何言ってんだい。大丈夫だ、あんたの使っている部屋は、歴代みんな合格している縁起のいい部屋なんだよ。ドーンと構えときな」
そんなことある?
まあ、リップサービスだろうけど、それでも嬉しいよ。
「ハハハ、ありがとう。元気が出たよ、二人が来たら行ってきますね」
「はいよっ」
ふぅ。
おばちゃんとの会話は、気持ちが明るくなるな。
この宿も、一次試験の合格発表からは、かなり人が減ったように思える。
五人に一人くらいしか受かっていないって言うしね。
「イロハ君、おはようございます……」
おおう……目の下のクマがさらに黒ずんでおられます。
「イロハ、おはよ……」
こっちもかよ……。
「おはよう、二人とも。いろいろ考えても今更だし、早速、合格発表を見に行こう!」
「はい……」
「うん……」
二人には悪いんだけど、俺は、早く見たいんだよ。
こんな空気感を出されてしまったら、逆にまともになってしまうよ。
無言ロード中、言葉はあえてかけず、まっすぐ学園正門へ。
一次試験ほどじゃないけど、人だかりができている。
うん……?
合格者が書かれているであろう掲示板には、布でマスキングがされていて見えない。
時間が来たら見せるパターンか……除幕式かよっ!
「まだ、見られないようだね……あっ! 職員さんが来たぞ」
副学園長だ。
「皆さんおはようございます。今年のスレイニアス学園合格者の発表です」
思ったより、あっけなくスッと布が取り去られて、本来の掲示板の姿が現れた。
スサッという布の音とともに目に飛び込んできたのは 『王立スレイニアス学園合格者受付番号』という言葉と、受付番号の一覧だった。
ああ……。
◇◇
合格発表も終わり、トクトク亭へと戻ってきた。
この世界にやってきて初めての試験、俺は、できる限りのことをやって試験に臨んだ。
そして……テリアとロザと三人で、ささやかな合格のお祝いをしている、なぜか俺の部屋で。
見事三人とも無事合格を勝ち取った。
それはもう、テリアは喜び駆け回り、ロザはそのまま崩れ落ち……合格した喜びよりも、この二人の面倒を見る事に気を取られてまったく感傷に浸る暇もない。
「イロハ? なんか、あんまり喜んでいないよね?」
「そんなことは無い。普通に嬉しいさ……あんなことさえ無かったらね」
「ごめん……ちょっと調子に乗っちゃった」
「あんなに人の多いところで、走り回ってからに……不合格の人を煽りまくってどうすんのさ!」
やったー! 合格っ! 合格っ! ねーねー、ウチ合格だったよー!
……という感じで、ガックリしている人にまで声をかけていやがった。
そりゃもう、相手は掴みかかる勢いで……なだめるのが大変だったのだ。
「だって嬉しかったんだもん! しょうがないじゃん!」
「しょうがなくない。悪いと思っていないだろ? テリアは、しとやかさというものを学ぶべきだ。少しはロザを見習ったらどうだ?」
「ウチだって、相手次第ではおしとやかになるもんねー!」
「ふーん、見たことないけど。そーんな相手はどこにいるんだろうね?」
「あんたじゃないことだけは確かよ! それに、ロザだって怒ったら怖いんだからね……」
ほう、ロザが怒る……想像がつかんな。
「へー、ロザは怒ったら怖いのか。まあ、今の寝顔を見る限りじゃ、そんな風には見えないけどね」
「そうね、ぐっすり眠っちゃってる。ウチもそろそろ眠たくなってきたよ」
ロザは、ここのところの寝不足がたたってか、乾杯後にすぐさまウトウトしだして寝てしまった。
「おいおい、部屋に戻るならロザも一緒に連れてけよ!」
「やーよ、可愛そうじゃない、せっかく眠れたんだから。気持ちわかるー!」
「分かんねーよ! 頼むから連れて行ってくれよ……」
「じゃあ、こうしよう! ウチもここで寝てあげるから! だったらいいでしょ?」
どういう原理だって話だ。
「よくねーって! だいたい、なんで僕の部屋で寝るんだよ! ちゃんと自分の部屋で寝てくれ」
「えっ! なんで? 一緒に寝ればいいじゃん。ウチ、弟とよく寝てたよ?」
俺は、てめーの弟じゃないっつーの!
「やだね。他人と一緒に寝るなんて落ち着かないから、無理。冗談言っていないでさっさとかーえーれー!」
「もー、眠たくてむーりー。ロザを起こすのもかーわーいーそー。じゃ、おやすみー」
「……こいつら。起きろ! 起きろって!」
「…………スー」
マジか。
冗談のようにコテッっと……寝た?
「……」
本気で寝やがった……。
確かに、寝不足が続いたとは思うけど……なんで俺の部屋で寝るんだよ。
二人は、俺のベッドで奇麗に並んですやすやと寝息を立てている。
仕方がない、掛布団のような薄いやつをかけてやるか。
……まあ、今日だけ特別な。
合格発表前は、結構ドキドキしてしまった。
判定の基準が分からない不安と、もしかしたら首席なんてことになったらどうしよう……という心配がね。
寝るのもなんか落ち着かないし、しょうがないから魔道具の本でも少し読み進めておこうっと。
◇◇
……む。
いつの間にか寝てしまったようだ……床に。
ベッドを見ると、未だに二人はスヤスヤリン状態。
あたたた、床が固くて体が痛い。
しかし、もういい加減に起きてくれないかな。
個人的には、風呂に入っていない状態でベッドに入って欲しくないんだけど……。
食堂の食事やら、飲み物やらを部屋に持ち込んだから、ちょっと片付けでもするか。
後始末もせずに、ひとのベッドですやすや寝やがって、まったくふてぇ奴らだ。
せっせと片付ーけ、ちゃっちゃと片付ーけ。
机をふきふーき、床もふきふーき……食べこぼしが多いじゃないか。
「あれ? ここは…………ハッ!」
ロザが目を覚ましたようだ。
「起きたか、ロザ。だいぶ疲れていたんだな」
「あ、あ、ご、ごめんなさいっ! わ、私……いつの間にか眠ってしまいました」
「ああ、いいよ。テリアも横で寝ているだろ?」
「……すみません、こんな恥ずかしい姿で」
ん、まあ、なんだ。
メガネはズレているわ、よだれの跡はあるわ、寝癖で髪がボサボサ……ロザらしからぬ恰好ではある。
「さすがに、今日は疲れているだろうし、起こすのもな……ってことでね」
「テリア……テリアっ! 起きなさーい!」
おっと、ロザが声を張り上げている……なかなか珍しい光景だな。
「……ん、なに?」
「ここ、イロハ君の部屋だから! 起きて!」
「……ロザも、寝てたじゃん」
「……」
反論できず……って、そこで折れるなロザよ。
「いやいや、テリア……また寝ようとすんなっ! さっさと起きんかい!」
「はーい。せっかく気持ちよく寝ていたのに……」
なんちゅー図々しい奴だ。
「ほらほら、今日の合格祝いは、お開きってことで。二人とも、疲れているんだから、体を流してしっかり自分の部屋で寝るんだよ」
「はい。イロハ君、本当に、ごめんなさい……」
「じゃねー、イロハ」
ふぅ、やっと帰ってくれたよ。
まったく落ち着けなかった……。
さて、俺も身体流してから、しっかり寝るとするか。
◇◇
九の月二週三日、合格発表の翌日。
不合格者は、この後に他校の入学試験の手続きを行うのが一般的……つまり滑り止めってやつね。
合格者は、さらに上位の学校を狙うか、入学の一の月まで小休暇をのんびり過ごすことなる。
俺は、合格を確認した後、特に他校の入学試験を受けるつもりも無かったため、のんびり過ごそうかと思う。
王都に来たら、会わなきゃいけない人もいるしね。
まずは、ブルさん達に合格の報告をしよう! そろそろ連絡が来ると思っていたけど何してんのかな。
あれから、ウェノさんも見ていない……。
時間もたっぷりあるし、冒険者協会へ伝言でもやっとくか。
それから、モーセスさんの件もほっとけないし、こちらも返事しなきゃ。
ポルタは、いきなり会ったところでっていうのもあるし、特に落ちていたら遊ぶどころではないだろうし……村経由で吉報を待つしかないな。
後は、ロディ、トリファ。
うーん、ロディはなんとなくだがアレス様がちらついて、気軽に行けない雰囲気が……下調べをしておくか。
トリファは、そのうちポルタと一緒に会えればいいかな。
なーんか忘れている気が……。
ひとまず、学園に入学が決まったわけだから、滞在先というのを考えないとマズイな。
トクトク亭にしばらくお世話になるっていう手もあるが、やはりここは年契約とかじゃないと、コストがかかってしまうからどうにかしないと。
一応、多少の収入はあるし、しばらくは大丈夫だと思うけど……そう言えば、モーセスさんは一体いくら入金してくれたんだろう?
確認のために、やはりここは冒険者協会だな。
朝のランニングがてら、サッと行ってしまおう!
冒険者協会は、朝のうちって結構にぎわっているんだな。
掲示板の依頼書も、午後に見た量とは明らかに違ってかなり多い。
この前聞いた手順で、青の盾への伝言を頼んだ。
ちなみに、あれからまだ帰っていないらしく、前回の伝言も見ていないと思う。
お次は、隣の建物の方でソラスを確認しますか。
冒険者協会管理部お金取引所で入金の確認をお願いした。
…………五十万ソラス。
……多すぎでしょ。
いくら何でも、十歳そこそこの人間に払う額ではない。
繁盛したからって、最初からそんなに儲かるはずがないし……次の案を
ふぅ、仕方がない、モーセスさんを優先するか。
こんなことにはならないように、契約にも俺主導ってことを盛り込んだのに。
こういうやり方をするから、商人ってのはまったく信用ならないよ……。
新しい遊戯の候補でも考えて、今度会う時は、しばらくの期間を設ける提案をしよう。
しっかり釘を刺しておかなくちゃ。
さて、後は手紙か。
実家、ゴサイ村、ラム、それにモーセスさん。
この世界の手紙の配達は、主に護衛の冒険者がやってくれる。
いわゆる、ついでに配達ってやつだ。
しばらく経由地に残っている場合もあるし、野盗に襲われて紛失なんてこともある。
いつ到着するか、ちゃんと届くかは分からず、のんびりと構えるしか無い。
もちろん、速達みたいな頼み方をすれば、到着希望日指定、手渡しなど可能だが、価格が恐ろしく高い。
後で聞いたが、ブルさん達も各経由地で、合計二十通ほど預かっていたらしい。
ちなみに、日にちやピンポイントに宿まで届いているところを見ると、モーセスさんのは速達だと思われる。
俺は、ついでに配達を使ってそれぞれに手紙を送った。
節約しなきゃね。
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