八十五話 奇縁

 二人で、トクトク亭の食堂へ向かった。

 

 食堂では、同い年くらいの試験を受けてきましたー! という人たちがたくさんいて、仲間同士でアフタートークの真っ最中ってところだった。

 

 ワイワイ、ガヤガヤやっているグループ、机に突っ伏している子、ガッツポーズをきめている奴、観察しているだけでも面白い。

 

「みんな、考えることは一緒やね。テリア、この中に知り合いとかいないのか?」


「んー、スレイニアスを受ける子が二人くらいいたと思うけど、この宿に泊まるかはウチも知らないんだ」


「ちょっと探してみてくれよ。知り合いの方が話しやすいだろ? 内容的にもさ」


 メンタルも弱いことだし……。


「うん、ちょっと見て回ってくる」


「いってらー」


 


 さて、俺は俺で聞き込みでもするかな。


 まずは、すぐ近くの席の男子三人組へ、突撃インタビュー!


「あのー、ちょっといいですか?」


「はぁ? なんだお前」


 こいつは手厳しい……。

 ナンパは、中心人物から声をかけよって言うし、リーダーっぽい人に聞いてみた。


「僕も、今日試験を受けたんだけど、不安になってきてね。よかったら、試験の感想を聞かせてほしいなって思って」


「感想? 試験なら、結構うまくいったと思うぞ? お前らはどうだった?」

 

 リーダーは、上手くいったようだ。

 隣のメガネ君と、さらに隣の暗い顔をしたぽっちゃり君はどうだったかな?


「僕も、勉強していたから問題なし」


 メガネ君も、上手くいったようだ。


「……俺、ダメだった。聞かないでくれ」


 ぽっちゃり君は、テリアみたいな状態なんだろう、ドンマイ。

 こいつは参考にならない。


 リーダーとメガネ君に聞いてみるか。


「そうなんだ、僕は自信が無くってね……二人は何割くらい取れていそう?」


「何割って? そりゃあ、半分はいってるぞ? 確実にな」


 リーダーは、半分で上手くいったと。


「僕は、王国歴史が七割、後は半分くらいだったよ? しっかり勉強してきたからね」


 ん? やけに点数が低いぞ?

 メガネ君も、王国歴史はともかく、五割で上手くいったという風潮なのか……?


「お二人とも、すごいですね! そういえば、どれくらいの点数を取れば合格できるんですかね?」


「お前、そんなことも知らずに試験を受けに来たのか? あれじゃないのか、記念試験の奴。毎年いるらしいじゃないか」


 記念試験? 記念受験的なものか?

 格好つけるために「俺、スレイニアスを受けたんだ」なんて言っちゃう奴って思われているんか。

 

 まあ、せっかくなんで、その線で行くか。


「いやー、ハハハ。そうなるかもしれませんね」


「それなら、不安がることも無いぞ? どうせ、簡単には合格できないからな。だいたい、六割くらいの点数を取れていたら、筆記試験は合格できるって言うぞ? 記念のお前には無理かもしれんが」


 さり気なくディスることも忘れないという……。


「へー、六割ね。こりゃあ、厳しいですね……」

 

 ふむ、だから五割以上であれだけドヤ顔が出来たんだ。

 それでもボーダーだろうに、余裕あるじゃん、リーダーさん。


「まあ、記念試験の奴は、そうだろうな。そう落ち込まないで、本命の学校の勉強でもした方がいいんじゃないか?」


 いえ、この学園がド本命ですが。

 たぶん、総合で八割は点数を取れていると思うんですよ……なーんてことは言いません。


「そうですね、貴重な情報ありがとうございました。明日の試験も頑張ってくださいね」


「おう、お前も学園の試験を楽しんでいけよ!」


 リーダーさん、もはや自分はすでに学園側の人間って感じに変貌を遂げたみたいだ。

 少々、乗せすぎちゃったかな?


「では、この辺で」


 長居しても、マウント話を聞かされるだけなので、速やかに立ち去る。

 

 一応、裏付けもほしいので、周りの人にも何人か聞いてみたところ、だいたい同じような回答だった。


 うーむ、思っていたよりボーダーは低いと見える。

 テリアにもチャンスはまだありそうだな。



 お次は誰にしようかと、食堂を見回していると、奥の方から聞いたことのあるキャンキャン声が……まーたやっているよ。



 声の主の肩を、トントンっと。

 

「なーにやってんの? 食堂中に声が響いているぞ?」


「イ、イロハ。あのね、コイツが……」


 テリアの指し示す方を見ると、見覚えのある坊主頭が女の子を正座させている……。

 まーたコイツかよ、モルキノさんの金魚のフン。

 

 正座をしている子は青っぽい濃い紫の髪でポニーテール、真面目そうなメガネ女子だ。


「申しわけございませんでし……」


「もう! 謝らなくっていいって! こんなの言いがかりだー!」


 メガネ女子が、土下座のような感じで謝っているところに、テリアの横槍……前に立ちはだかり、両手を広げている。


 これはどういう状況何なのかと。


「おい、女! 逆らったらどうなるか、分かっているのか! さっさとそこをどけっ!」


「ここまですることないじゃん! 女の子をいじめて楽しいわけ?」


「じゃあ、どうしてくれるんだ? この濡れた服を。そいつが飲み物をこぼしたから、こうなったんじゃないか!」


 ふむ、メガネ女子が、誤ってダシム? に飲み物をこぼしたと。

 そして、土下座中にテリアがやってきて、かばっている様子。

 朝の、モルキノさんのような状態か……さすが付き人。


 しかし、モルキノさんは見当たらないな。

 じゃ、気にしなくてもいいか。


「あー、君。えっと、ダシム君だっけ?」


「なん……お、お前はっ! なんでここにいるんだ!」


 なんでって、こっちが聞きたいよ……。


「いやね、そこの子と知り合いなんだよ。それに、ここの宿にも泊まっている」


「……関係ない奴は、どっか行け!」


 おーっと、バツが悪そうな顔を見せたぞ?

 こりゃあ、付け入る隙がありそうだ。


「んー、関係ない奴ではないな。話を聞いていたのか? ダシム。この子は友達、その子は友達の友達。な、関係あるだろ?」


「ぐ……じゃあ、お前が弁償してくれるのか? この服を。それに、俺はナシムだ! ナ、シ、ム!」


 煽って、煽って……さあ、ボロを出せー! 出しやがれー!


「弁償? なんで? どこが濡れてんの? ルシム君」


「ここだよ、ここ。どうしてくれるんだ? あと俺は、ナシムだ!」


 なんかよくわからんが、ズボンの裾をアピールしている……。


「ちょこっと濡れてるね、どうやって濡れたの? 仮に、この子が濡らしたとはいえ、ナチョス君は、一切悪くないと言えるのか?」


「はぁ? お前、いいかげんにしろよ! ナシムだ! 俺は何も悪くない」


「そっか。じゃ、他の意見も聞くから、ちょっと待っててね、ナ、シ、ム君」


「……チッ」


「ねえ、メガネの君。どうやってあいつに飲み物をかけたの?」


「えっと……あの、ナシムさんが……私の椅子に当たって、私が器を落としてしまったの……」


 オドオドしているなあ、そりゃ、男子にここまで詰められたらそうなるか。

 明らかに被害者って感じが俺にもわかる。


「イロハ! ロザは悪くない! あいつが、言いがかりをつけてるだけっ!」


 ロザさんと言うのか。

 テリアの友達なんだろうな、必死に庇っている。


「分かったから、落ち着けって。ほら、冷静にな。そっちで、スーハーやっとけって」


「う、うん……」


 横で、スーハーならぬ、フガフガ言ってるよ……。


「周りの人も見ていたんだろ? どうなの?」


「……」


 周りは、だんまり。

 勇気のあるものはおらんのかね、まったく。


「あっそ。まあ、いいや。ナシム君、やっぱり君も悪いみたいだぞ?」


「はぁ? 誰が言ってんだ? おいっ! 言った奴、出てこい!」


「まあ、まあ。ナシム君さ、椅子に当たったの分かっているよね? それで器を落としたわけだけど、一方的に女の子にここまでさせたんだ、このくらいにしといたら? これ以上絡むんなら、僕にも考えがあるぞ?」


「な、なんだよ、考えって……」


 ナシム君に近づいて、必殺耳打ち!


「君さ、領主の家の者に気に入られたいんだろ? 今朝のモルキノさんを見たか? 上流ともなると、公衆の目を気にするものだ。まだ絡むなら……伝えるぞ? 全部。いいのか?」


「あ、いや、それは……」


「だろ? ここは、上手くまとめるから、なっ?」


「あ、ああ。分かった……」


 折れたな。

 子供は扱いやすいなー、可愛いもんだ。


「皆さん! お騒がせしました。少し誤解があったようなので、話し合ったら解決しましたよ。さっ、ロザさんも立って」


「は、はい!」


「おーい! テリア。いつまでフガフガやってんだ。こっちへ」


「はい、三人とも、解決ってことで握手!」


 テリアだけ、いつまで経っても手を出さない……。


「ウチは……」


「テリア、空気を読め!」


「はーい……」


 俺の、渾身の顔芸が伝わってくれてなよりだ。


 三人とも、頭にハテナを出しつつ、誰一人もして納得していない握手会を終えた。


「では、解散!」


 俺の声と同時に、ナシム君は、そそくさと去っていき、ロザさんは呆然とし、テリアは、納得がいかない様子……。

 周りは、他人事ひとごとのように散っていった。


「イロハ……ありがと。ウチ、またカッとなって……ごめん」


 謝り先が違うだろ……。


「それは、そっちのロザさんだっけ? に言うことだよ」


「ロザ、ごめんね。ウチ、またやっちゃった……」


「ううん、大丈夫。私こそ、テリアが助けに入ってくれてよかった。一人だったらどうなっていたか……」


 女子が慰めあって抱き合っている……青春してるねぇ。

 まあ、大事にならなくてよかった。


 さて、本来の目的を済ませて今日は早く寝よう。


「テリア、青春真っ盛りなところ悪いが、さっさと集めた情報を合わせるぞ。まさか、何も聞いていないってことはないんだろう?」


「あ、ははは……」


 コイツ……。


「おいおい、ここに何をしに来たんだよ!」


 ギューン! と、ポニーのテールを揺らしながらロザさんが急接近。


「す、すみません! えっと、イロハ君でいいですよね? テリアが、迷惑をかけてごめんなさい。私が、あんなことになったから……」


「あー、大丈夫。もう、今日で慣れたから。ロザさんも災難だったね。あとは、友達同士で盛り上がってくれてもいいよ。僕は、そろそろ戻るから」


「慣れたってなによ! あんただって……」


「はい、そこまで。落ち着け、ほらスーハー、な?」


「すぅーはぁぁー、すぅーはぁー」


 素直というか、なんというか……カッとなった自覚があるんだろうな。


「それでな、テリアは何も聞いていないんだろ? だから、友達と話せって言ってるの。僕の方は、数人に聞いて大体のことは分かったから」


「すぅーはぁー。だったら、イロハの情報を教えてくれてもいいじゃん! すぅーはぁー」


 すぅーはぁーよ、効果を発揮してくれ。


「なんの情報も持って来られない奴に、教える情報は無い。甘いぞ? テリア」


「ぐぅ……」


 ぐうのが出た。

 可愛そうだし、ちょっとだけ言っとくか。


「あー、テリア。一つだけ、ひょっとしたら、そう悲観することでも無さそうだったぞ? じゃ!」


「えっ? ど、どういう意味ー?」


 言いたいことだけ言って、部屋へもーどろ。



 ふぅ、水浴びも終わって、すっきりさっぱりしたので、部屋でまったりと過ごす。


 慌ただしい一日だったな……。

 試験以外は、終始トラブルに介入していたような気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る