七十七話 王都メルクリュース到着

 店を出たら、外はすっかり日が暮れていた。

 実質、五、六時間くらいいたんじゃないかな?

 

 帰りもサモラスさんに送ってもらい、ほんとうに待たせ過ぎて申し訳なく思ってしまった……。

 当の本人は「ん? 仕事だしな。周りの動きとかを見ていたら時間もすぐに経つ」と、謎の回答があった。

 真面目なのか、変わった人なのか……。


 まあ、報告がてら宿の食堂を一瞬見て、すぐに扉を閉めて帰って行ったサモラスさんはこう思ったはずだ、ダメだこりゃ……と。

 うちの知り合いと思わしき人物が、未だにどんちゃん騒ぎ、いつまで飲んでんだよ!


 もう、今日は疲れたし、体を流して休もう。



 ◇◇



 まだ、薄暗い時間帯の朝だ。

 昨日は早く寝すぎて、こんな早朝に起きてしまった。


 外を見ると、すごくきれいな青というか紫というか、空の色とは思えないようなグラデーションが続いている。


 さて、今日の出発は朝食後だったはず。

 十分に寝たし準備だけはしておくか。



 

 かなり待たされはしたけど、時間にして午前十時頃、スグスグ亭前にみんな集合した。

 思えば、この宿が道中で一番長くお世話になったな。

 

 ゴール直前のカーンでもいろいろあったが、いよいよ王都へ出発だ。


 カーンポートを出るところで、二人組が待ち構えていた。

 モーセスさんとサモラスさんだ。


「もう出発と聞いて、サモラスと待たせてもらったよ、イロハ君」


「あ、モーセスさん。昨日は、楽しかったですね。あの後も、遅くまでやってたんでしょ?」


「……ん、ああ、そうだな。おかげさまで、新規開店の準備で大忙しだよ」


「開店準備、頑張ってくださいね。王都に着いたら必ず連絡しますので」


「もちろんだ。我が店、我がコンコロの森。絶対に、流行らせて見せる! 君との出会いでは、失ったものもあるが得たものはもっと大きかった。本当に、ありがとう」


 確か店の名前は、遊戯の役にちなんで『コンコロの森』になったんだよな。

 見上げて手を広げたり、うつむきつつ拳を握ったり、まるで演説のようだ。

 相変わらず、胡散臭いよ……。


「こちらこそ、お世話になりました。そして、貴重な経験をありがとうございました、モーセスさん、サモラスさん」


 黙って見守るつもりのようだから、サモラス警備隊長にも話を振ってみた。

 この人には、この町で一番お世話になった気がする。


「お、俺もか? いや、カーンが君たちにとって嫌な思い出とならず……良かったと思う。試験を頑張ってな、君なら合格する! では、また会うことを楽しみにしている」


「では、お二人とも、行ってきます!」


 サモラスさんは、上げていた手をすぐに下ろし腕組し、モーセスさんは一礼してこちらを見続けている。

 俺は、ずっと手を振っていた。


 いろいろ、あったけど楽しかったな。

 これからいよいよ王都だし、気を引き締めて調子に乗らないようにしないと。


 カーンを出発して、徐々に客車は速度が乗っていく。


 

 二、三時間くらい走ってから、昼食をはさみつつさらに進む。


「ウェノさん、カーンから王都へ向かうのって……こんなに多いの?」


「まあ、そうだな。この道が王国西回りの最後の路線だから、たくさんの道から集中するんだ」


 カーンを出て、昼食後あたりから周りの客車が増え始めた。

 スピードが落ちているわけでもないから、ここはゆっくり寝させてもらうとするか。


「王都へ到着する前に、必ず起こしてよ! じゃ、ひと眠りするねー!」


「おう」




 ◇◇



「イロハ、そろそろ到着するぞー」


「……ふぁぅ」


「王都にもうすぐ着くから起こしたんだぞ? 寝ぼけてないで、さっさと起きろ!」


「ふぁーい……」


「もう起こさないからな!」


 ふぅ、ん……?

 なんだ、この客車の多さは……。


 外には、たくさんの客車が集まってきている、すごい!

 連休のインターチェンジのような混雑だなあ、優に百台は超えている。


 正面の方に目を向けると、巨大な門があり、大勢が押し寄せている……一体何人いるんだよ。

 左右に伸びる外壁も、ここからじゃ終わりが見えない。

 遠くに大きく立派な建物がうっすらと見えるが、あれが王城かな? その周りに城下町があるってところか。

 ここに、十万人とも二十万人とも言われている人が集まっているってわけだな。

 

 さすが王都、巨大すぎて全く把握できん。


 あら……向こうには豪華な客車が。


 ふーん、そうゆう事ね。

 あっちは、お偉いさん専用口、こっちは庶民の入口。

 ほんでもって俺は庶民口である。


「ウェノさん、向こうの入口はやっぱり……?」


「ん? 向こうって、あっちの入口か? あれは、王族とか政府の専用口だな」


「僕たちは、入れないんだよね?」


「入れるぞ? 税金をたっぷり払っていたらなー。まあ、頑張るこった」


 ほう、王族に公務員と高額納税者の特権ってところか。


 しかし、二十人くらい門番さんがいるから、結構なペースで進んでいるなあ。


「ねえ、王都に着いたら何するの?」


「そんなもん、お前の滞在先を探すに決まっているだろう。その後は、冒険者協会で青の盾の護衛完了届けだな」


「……そっか。ブルさんたちとは、これでお別れかぁ」


「なんだ? 寂しいのか? お前、意外とそういうところがあるんだな……ププッ」


 わ、笑いやがった……くぅー!


「何だよ、感傷に浸ったら悪い? 半月以上も共に過ごせば、ちょっとは寂しくもなるさ……」


「ああ、すまん。お前はもっと冷静というか、こんな場面でもあまり表に出さない奴だと思っていたもんでな」


「……人を、冷たい人間みたいに言ってくれるね」


「おいおい、怒るなよ。悪かった、まだ子供だもんな。それに、何よりも学校に合格しないとなっ!」


 なんだよ、露骨に話題を変えてからに。


「……そうだね。後で、学校の場所とか教えてね」


「分かった。お! そろそろ、うちの番だぞ。降りる準備をしておけよ」



 ネイブ領ゴサイ村から出発し、実に二十数日間、ようやく終点の王都メルクリュースへ到着した。

 

 えーと、出発が七月二十日頃で、今日が八月十二日………………二十三日間っ!


 王都、遠いよ。



 ◇◇



 メルクリュースポートに客車を返却し、先に一番近い王都冒険者協会へ行くこととなった。

 今は、夕方ほどでもないくらいなので、午後三時か四時くらいか?

 日が暮れる前に、手続きは済ませといたほうが良いそうだ。



 王都ともなれば、各領の領主館規模ではなく、冒険者協会自体があるのか。

 建物もデカいし、二つ入口があって中はつながっていないようだ。

 こちらの方は、真っ先に目に入ってきたのが金取引所。

 意外と人が少ないので、冒険者って人たちが仕事を受けるところは、隣の建物なのかもしれない。


 手続き関係はウェノさんがやってくれるみたいで、見ているだけなんだけど。



 あまり動き回らずに待っていると、みんなが戻ってきた。

 つつがなく手続きが終わったようで、よかったよ。

 

 ん? ブルさんが、寄ってきて何か言うようだ……。


「イロハ。長旅、ご苦労だったな。最初はルーセントさんの子供と聞いて、どうなる事かと思ったが、楽しかったぞ。お前と歩んだ王都への旅は、忘れることができないくらい濃い日々だった。この度は、青の盾を指名してくれて、感謝する! 学校へ行き、たくさんのことを学んで立派になった姿をまた見せてくれ」


 なに、なに?

 なんか、もうお別れのような雰囲気なんだけど……。


 今度は、ミネさん……。


「イロハ、あなたみたいな子供は初めてだったわ。好奇心旺盛で、賢くて、どこか大人びて……生意気で。でも、この旅で私も少しは成長できたと思う。一緒に旅が出来て良かった。もし、学校に合格できなかったら、冒険者協会に来なさい、好きなところへ送ってあげる。だから、気楽に頑張ってね!」

 

 ……こういうの、困るなぁ。


 後は、カラムさん……。


「俺は、依頼者と馴れ合うことなんてしないんだ、本来はな。それが、旅が始まってからというもの、事あるごとにいろいろ話しかけてきて……おかげで、馴れ合っちまったじゃねーか。スカウトの俺がしっかりしていなかったから、危険な目に合わせて悪かったな。それと……これだ、指を治してくれて本当に感謝している。お前は仲間で恩人だ、何かあったら絶対に言うんだぞ、今度は俺が力になってやるから。あと、スキルは注意して使えよ!」


 ……ダメだ。

 

 もう……涙が…………。


「うぅ……す、すみ……ません。ちょっと……なんだか、急……だったから、ちょっと…………」


 なんで涙が止まらないんだろう……声にならないよ。

 はぁ、こんな時は、深呼吸だ。

 

 ブルさんが心配そうな目でオロオロしている……。


「お、おい。どうした? イロハ」


「すぅ~、はぁぁぁ~、すぅぅ~、はぁぁ~。よし、もう大丈夫です!」


「あ、ああ。ならいいんだ」


「ブルさん、ミネさん、カラムさん、おまけのウェノさんも。王都まで守って頂きありがとうございました。この旅のことは一生忘れません。そして、イロハ護衛パーティは、これからも仲間だと思っています! だから、さよならではなく、また会いましょう!」


 ふぅ。

 噛まずに言った、言い切ってやった……これでいいんだ。


「おい! なんで俺はおまけなんだよ! あとな、なんか勘違いしているようだけど、ここでお別れじゃないぞ? まだ、宿も取っていないしな。一応、冒険者との契約が完了したら区切りをつけるのが通例なんだ。おや、おやおや? 泣いてんのかぁ……クックック」


 なんだ……と?

 チラッとブルさんを横目で見たが……逸らされた。


 まさか。


 ぎゃぁぁー!

 やっちまった、オラやっちまっただ……恥ずぅ。


「イロハ……すまんな。そういう事だから、ちょっと早めの挨拶にはなったが、飯でも食って元気を出そうな。俺たちも、滞在先を確保しないといけないから、これまでのようにずっといるわけじゃないが、試験までは付き合うぞ?」


「ブルさん……」


「そうと決まったら、みんなで宿を決めて親睦会と行こうぜ! 仲間だろ? な、イロハ」


「おまけのウェノさん……」


「おい! おまけって言うな! 王都は俺の庭だぞ? いい店をたくさん知っている。いいのか、そんなこと言ってて、んー?」


「はいはい、ウェノさんに任せますよ。美味しい店をお願いしますね、親睦会なんだから」


「俺に任せろ。よーし、じゃ行くか!」


「「おー!」」




 スレイニアス学園の試験までの滞在先は決まった。

 学園まで徒歩で三十分ほどの場所にある宿『トクトク亭』。

 この時期に、試験を受ける者たちがよく利用しているリーズナブルな宿らしい。

 すでに、予約がたくさん入っており、残りがあと二名だったのでギリギリセーフだった。


 青の盾のみんなは、冒険者協会に近い宿へ泊まるとのこと。

 まあ、学生御用達には泊まれないよな……ウェノさんは、実家の別宅を使っているみたいでそこに滞在するらしい。

 

 必要なことは終えたので、これからウェノさん推薦で、個室ありの美味しい店へとみんなで向かっている所だ。

 

 

 ちょうど、宵の口ってところだ、お腹もすいたし、レッツ飯ー!




 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ⇒メルクリュース領カーン⇒王都メルクリュース

 最終目的地:王都へ到着(出発より二十三日目)

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