七十四話 書き置きが・・・

 コロコロ場を出て、スグスグ亭へ向かう途中で、カイリーンさんに話しかけられた。


「イロハ君、君は見た目と年齢が違う種族の子なの?」


「はい? 何ですかその種族は。僕は、ただの九歳の子供ですよ。学校の試験を受けるって言いましたよね?」


「そうだよね……見た目と話している内容があまりにも違うから疑っちゃうよ! あの会長が、対等に付き合いたいなんて言った相手、大人でも二人くらいしか知らないよ?」


 俺は一人も知らんがな。

 こんな感じで、急に距離を詰めてくる女性……苦手だなあ。


「やめてください。そんな話に舞い上がったりしませんから。それに、僕達は一応、敵対関係にあるんですよ?」


「もう、それは無くなったじゃない! うちに協力してくれるんでしょ?」


「するけど……それはあくまでも、利害が一致していて……」


「うん、分かった。でも、聞いてほしい。会長ね、本当はちゃんとした商売をしたいっていつも言っているの。でも、上納金ってのがあってね、出資者に毎月支払う必要があるんだ。分かる?」


「まぁ、さっき言っていましたし、分かりますけど。お金を出してもらうなら、そんなの普通じゃないですか?」


「そうなんだけどね、そのお金が……いつも足りないのよ。それに、今回はその、あなたのパーティの人が、一気に取り返すために、三百万ソラスも賭けちゃったから……」


「だから、負けたら上納金が無くなると思って、イカサマをやったと」


 ウェノさん、倍プッシュしたんだ。

 嫌いじゃないけど、資金力がないとその作戦では、ほぼ勝てない。


 親と子のゲームなら、堅実にやったほうが勝てそうだけどな。


「うん……」


「そんな大勝負を、受けなきゃ済む話なんじゃないんですか? 結局、お金欲しさにイカサマへ走ったことに変わりはない」


「そ、そうだけど……」


 落ち込まないでほしい。

 あなた達の悪いところは、やって後悔しているところ、半端は良くない。


「でも、もう終わったことでしょ? イカサマもしないって言っていたし、過去は過去ってことで」


「うん。でも、今後、どうなるんだろう……」


「部外者の僕が言うのもなんだけど、人にお金を出してもらっているうちは、厳しいんじゃないですか?」


「そうなの?」


「だって、儲かっても持っていかれ、儲からなくても持っていかれる。結局、安全圏から搾取する人が関わる以上、手元にはそんなに残らない」


「えー! 損してるじゃん!」


 別に、損ってわけでも無い。

 安全に安定したお給料か、リスクを承知でドカンと稼ぐかって話だよ。

 サラリーマンか経営者かの違いに似ているかな?


「いや、普通はある程度の期間で買い取るでしょ、権利を。それができないなら、ただ雇われているだけと変わらないのでは? それに、コロコロをもっと白熱するような遊びに使えばいいのに……まあ、僕には関係ないですけど」


 今のルールじゃゲーム性もないし、熱くなれない。

 店側の負けるリスクも半々に見える。


「うーん……うーん……よく分かんないや」


「そろそろ、宿に着きますので。送ってくれてありがとうございます」


「あ……もう着いたんだ。じゃあ、私はここで! またねー!」


「はい、どうも」


 なんか……モーセスさんが、不憫に思えてきた。

 それに、とある御方とやらが、ちょくちょく出てくるな。

 裏で街を牛耳るフィクサー的なもんか?



「ただいまー!」


 ……いない。


 ウェノさん、どこに行った?

 水浴びかなー、二日酔いで目を覚ますためとか。


 そういや、だいぶチェックしてなかったな、コアプレート。

 久々に、見てみようか……。


 確か、この辺に置いてた……ん?

 なんだ、このクシャクシャの紙は……あっ!

 

 しまった!

 ウェノさんへの書き置きだ……すっかり忘れていた!

 クシャクシャを開いて見ると……。

 

 ウェノさんへ

『起きた時に僕が宿にいなかったら、たぶんコロコロ場にいると思う。お昼までに戻らない場合、捕まっているかも』


 と、書いてある。


 …………マズい。

 

 何かあった時の保険のために書き置きをしていたんだった。

 こちらで行き先を指定したまでは良かったが、想定していたことと違い過ぎて忘れていたよ……。


 今は、お昼過ぎ。

 ウェノさんは、いない。


 コロコロ場へ行かなきゃ!

 大変なことになってしまう!


 俺は、急いで向かった。


 


 あ……ウェノさん、それにブルさん、カラムさん、ミネさんも、勢揃いで武器を構えてコロコロ場の前にいる、今にも突入しそうな勢いで。


 と、止めなきゃ。


「おーい! ウェノさん! 待って、待ってー!」


「…………! 無事だったのか! しかし、なんでイロハがここにいるんだ?」


「はぁ、はぁ……ご、ごめんなさい。ちょっと行き違いで、ひとまず説明するので、宿へ……」


「お、おう。無事なら、いいか」


 みんなで再びスグスグ亭へ戻る。



「で、どういうことだ? イロハ!」


 うう……宿の食堂へ着いてすぐに語気を強めるブルさん。


「順を追って説明を……。朝、ちょっと外へ出た時に、モーセスさんの部下の人からついてきてくれって言われて、コロコロ場に行きました……」


「なんでそんな危険なことを……それに、なんでイロハみたいな子供が一人で呼ばれるんだ? おかしいじゃないか!」


 ブルさんだって、そりゃ怒るよね……。

 俺だって、最初は拉致されると思っていたし。


「それは、交渉したいからって……」


「だから、なんでイロハなんだよ? それに、あの書き置きはなんだ?」


 ああ、ウェノさんまで……。

 まさか、パーティの中で一番正しい状況判断をしてくれる者として、俺が指名された……なんて言えない。


「ウェノさん……ごめんなさい。あの書き置きは、可能性として報復とかがあったらいけないから、念のために」


「呆れた……あなたねぇ、狙われていると分かっていて外に出たってこと?」


 正確には、目の部位強化の検証をしたい、その気持が勝ってしまって……それだけでした。


「ミネさん……ごめんなさい」


「ま、まあ、無事だったからいいじゃないか。戻ってきたってことは、その交渉を頑張ってくれたんだろ?」


 カラムさんは、擁護してくれている……俺のイケナイ好奇心のせいなんです。


「……はい。交渉で、モーセスさんから、領の調査に協力してくれって相談されたんだ」


「何だって? なんでそんな事をしなくちゃならない! もちろん、断ったんだろ? ブルさんもそう思うよな!」


 ウェノさん……。

 気持ちは分かるが、ここで後顧の憂いを断っておきたいんだよ、ここは譲れない。


「いえ、ウェノさん。モーセスさんとの問題は、ちゃんと解決してから王都に行きたいと思っています。今回だけ、僕のわがままを聞いてください……」


「……」


 ブルさんは、納得がいってない様子。


「……まあ、イロハがそう言うなら、いいか。青の盾のみんなも、それでいいだろ?」


 ウェノさん……理解はしてくれているようだが、しょうがないって感じだ。


「そうだな。恨みを買ったままだと、この後イロハが困るかもしれないしな」


「わかったわ。何をすればいいか、教えてちょうだい?」


「……俺は、納得いかねえが、皆がそう言うなら、仕方がない」


 カラムさんも、ミネさんも……ブルさんも、分かってくれた。


「皆さん、聞き入れてくれて、ありがとう。ここで、モーセスさんに恩を売ることで、その後ろにいる大物に目をつけられずに済むと思うんです」


「そんな者がいるのか、一体何者だ?」


「ブルさんは、聞いていないと思うけど、なんでも、コロコロ場への出資者で、警備隊の活動資金の一部を支援しているらしいです」


「そうか。そんな者がいるのなら、話は別だ。協力すればいいんだな?」


「はい。では、流れを説明します。調査が入っている間、モーセスさんとコロコロ勝負を行います。場合によっては、聞き取りもありますので、イカサマは無かったと証言してください。できれば、見ている者たちにもみたいに思われることが重要です」


「そんなことでいいのか? 俺とウェノさんがあれだけ揉めたのに……」

 

「はい。恐らく、今回の調査は風評の確認だと思いますので、当事者が証言すれば、一応はやり過ごせるかと。後は、コロコロ場の努力次第ですね」


「それはいいが、モーセスとの交渉と言うのはどうなったんだ?」


「交渉ですか? ウェノさん。今、話したことを協力してほしい、報酬は出す……と、言われましたが……」


「あのな、ああいう賭け事をする所には、あまり子供が行くものではないんだ。イロハの同行は、条件じゃないんだな?」


「えっ? ダメなんですか? 行こうと思っていたけど……」


「目的が外部の調査対策なら、ダメだな。調査官がどう見るかは分からないが、お前が行くなら良くない結果を招くかも知れん」


 そうか、俺は子供だった。

 確かにウェノさんの言う通りだ、残念だけど。


「……分かりました。僕は、ここで大人しく待っています。早ければ明日ということなんで、皆さん、よろしくお願いします」


「いいだろう。では、今日は連絡を待つというこ……」


 ウェノさんの話を遮るように、明るい声が……。


「イロハ君、いるー?」


「あ、カイリーンさん。どうしたんですか?」


「いたいた、会長からの伝言ね。領からの調査は、明日の朝の十時頃と決まったので、明日は早めにいらして下さい……だそーです」


「はい、分かりましたとお伝えください」


「ところで、イロハ君も……来るわよね? 会長が、後で聞きたいことがあると言ってたんだ」


「僕は、子供なので行きませんよ。特に、調査の人たちに悪く映るかもしれないですし」


「えー! 来ないんだ……だったら、どうしよっか…………」


「あの、何かあるんでしたら、カーンを発つ前に寄りましょうか? どちらにしろ、明日か明後日には出発する予定ですよ」


「うん、それでお願いね。じゃあ、私は会長へ報告に行くよ。では、皆さま、明日はよろしくお願いします」


 カイリーンさんは、相変わらず元気な感じで出て行ってしまった。

 台風とまでは行かないが、突風的な感じの人だね。


「明日は、お留守番をしておきます。調査の協力、よろしくお願いします。あと、報酬みたいな話があったと思うけど、これは断ってきてください。あまりそういう属性のお金は受け取りたくないですからね」


「ああ、分かっている。俺も、もらうつもりはない……。でもよぉ、俺もブルさんも、賭ける金がもう無いんだ……あと酒代も」


 あ!

 すっかり忘れていた……無一文の飲んだくれを、ギャンブル場へ行かせるところだった。


「そうだった! モーセスさんから取り返したお金、全部僕が持ったままだったね。全部返しますが、次は知りませんよ……二人とも」


「やったぞ! ありがとう、イロハ! 助かったー!」


 ウェノさん……この人、絶対懲りてない。


「……すまない、イロハ。それに……カラムとミネも、すまない」


 逆にブルさん……落ち込みすぎる、ドンマイ。


「じゃ、早速、金取引所へ行きましょう!」



 この後、みんなで金取引所に行き、それぞれにお金を送金し、俺のソラスオーダーの中は、カーンへ着いた時の状態へと戻った。

 

 儲かったわけでもないウェノ、ブル両名から、みんなへご馳走をしたいとのことで、宿の飯ではなくちょっとだけ良いお店での夕食をいただいた。

 

 みんな、明日は上手くやってくれるのだろうか……。




 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ⇒メルクリュース領カーン

 最終目的地:王都メルクリュース 

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