七十五話 調査の後
今日は、コロコロ場へ調査が入る日。
一応、行く前に集まろうと朝食後に準備をして食堂に来たところなんだけど……。
「ちょっと、皆さん! しっかりして下さいよ。なんだか静かだし、どうしたんですか?」
青の盾のメンツは、三人とも緊張状態というか、王都から来るメルクリュース領の調査官に委縮してしまっているらしい……まだ会ってもいないのに。
ウェノさんはというと、さすがは上等民向けの高級執事、いつも通りに飄々としている。
ここは、ウェノさんに任せて頑張ってもらうしかない。
「ウェノさん、青の盾の皆さんの代表となって、調査官の対応をお願いしますね、執事仕様で」
「むぅ……分かったよ。丁寧に対応すりゃいいんだろ? 切り替えてくるから、ちょっと待ってろ」
切り替えてくるって?
まさか、へーんしんっ! 執事マン登場……とか?
「ブルさん、基本は執事仕様のウェノさんに任せて、何もしなくて大丈夫ですよ? だから、落ち着いてくださいよ」
「う、ん、ああ、分かった。ちょっと、慣れないことで、いろいろと想像して心配になっているだけだ」
あの堂々としたブルさんが見る影もない。
「ミネさんも、カラムさんも、どうしたんですか急に。いつも通りで行きましょ?」
「……」
「……んあ、ああ、分かった」
ミネさんは、もう声も出ないし、カラムさんは上の空。
大丈夫かね、これ。
そこに、服装を整えたウェノさんが戻ってきた。
いつもより、姿勢もいいし、表情も微笑というか……まるで出会った時のよう。
「初めまして、イロハ護衛パーティの代表をさせて頂いております、ウェノと申します。この度はお招きいただき感謝いたします……こんな感じでいいかー?」
おお、さすが本職!
なんか、それっぽくてイイ!
「ウェノさん! カッコいいです。その感じでお願いします! 会話や対応はすべてウェノさんにお任せします。ブルさん達がアレなもんで……」
「おう、俺に任せておけ」
「ブルさん達は、ウェノさんの指示に従ってね」
「あ、ああ。ちょっと考え過ぎただけだ。じゃ、行こう……か」
アカン、青の盾は全滅や。
「イロハ様。私たちは、行ってまいりますので、安心してお待ちください……ってことで、行ってくるぞー! あまり出歩くなよな」
陽気な執事のお供に三人のゾンビ、絵面が凄いことになっている。
ウェノさんが、いろいろとお茶らけてくれたんで、青の盾の皆さんも少しはましな表情になりつつあるけど。
まさか、ブルさんたちがここまで弱ってしまうとはね……形式張った状況が苦手なんだろうな。
まあ、冒険者だしそんな種類の人間には、あまり会うことが無いのかもね。
「いってらっしゃーい!」
俺は、見送る事しかできないので、精いっぱいエールを送る。
◇◇
そろそろ、お昼か。
みんなを見送ってから、かれこれ三時間くらい経つが……もう帰ってきてもいい頃だけどな。
出るなと言われているから、部屋でダラダラ過ごしているけど、いい加減に飽きた。
強化の訓練も一通り終えたし、コアプレートも光ってくれないし。
もうすぐ入学試験だから、格闘士としての技術を学んでおきたいところだけど、俺の実力ってホントのところはどうなんだろう。
実際、他の人が使う強化系のスキルの効果は一部だけが有効と聞いている……だとしたら、全体も一部も使える俺は、結構強いんじゃないか?
しかし、あまり目立ってもしょうがない、出る杭は打たれる理論で、余計なトラブルを招くのは困る。
やはり、可もなく不可もなく様子を見る方針で、派手なことは避ける方がよさそうだ。
ガチャガチャ!
バタン!
「帰ったぞー! イロハ、いるか?」
……なんて、デリカシーの無い執事なんだよ、ノックもせずガチャガチャと。
「はいはい、いますよ。それで、終わったんですか? 遅かったですね」
「おー! 偉いぞイロハ。ちゃんと部屋にいたな」
なんだかご機嫌ですな。
「そりゃ、部屋にいろって言うから、いるんでしょ。それで、どうだったんですか?」
「とりあえず、青の盾の皆は疲れて部屋で休んているところだ」
「そうですか。悪いことをしてしまった……三人には」
「むぅ、そうでもないぞ? 担当した調査官が、各領の視察の時に依頼するまともな護衛を探していたみたいでな、モーセスが推薦してくれて喜んでいたようだ」
「ふーん、それは分かりましたから、調査の件はどうなりましたか?」
「ん? ああ、何も問題なかったぞ。モーセスが、しっかり根回しをしていたようで、イカサマは無かったと言うくらいだったな」
「じゃあ、問題なくコロコロ場も営業ができるってことですよね?」
「それなんだが……調査の後、モーセスと少し話してな、今月で解任になりそうだと言っていた」
「えっ? どういう事!?」
「ちょっとな、俺じゃそこまで詳しくは分からないんだが、そのとある御方と言うのがそうさせてんじゃねーの? あ、そうそう、イロハに話があるってよ、モーセスが」
「カイリーンさんも言ってたね。なんだろう?」
「ここから王都まで、半日くらいだから、出発を明日にしたらどうだ? カラムも怪我が治ったばかりだし」
む……なんだ?
妙に、ウェノさんらしくない発言だなあ、うーむ。
「それはいいけど……ウェノさん、賭け事は禁止だよ?」
「む……なんだよ、少しくらいならいいだろ?」
「ダーメーでーす。なんか、機嫌がいいと思ったら、そういうことか。もし、やるんだったら、このまま乗合馬車で王都へ向かいます」
「わ、分かったよ。せっかく特別室の券をもらったのによー。なあ、酒はいいんだよな?」
特別室だって!?
危ない危ない……また不毛な戦いを強いられるところだった。
「暴れなきゃ、いいよ。幸い、ここはお酒のおつまみ料理が豊富だからね」
「おー! じゃ、ブルさん誘って飲み明かすか! イロハも、あんまり危ないことするなよ。モーセスのところに行くなら、誰かと一緒に行くんだぞ?」
「明日は、朝から出発です! これは譲れません。朝まで飲んだらダメだからね?」
「分かってるって! じゃな、食堂にいるから、出る時は声かけろよ!」
ウェノさんは、言いたいことだけ言って去っていった……。
モーセスさんからの話か。
解任の一因は、俺たちにありそうだけど、まさか「どーしてくれるんじゃい!」みたいな話じゃないよね……?
さて、誰を誘うかな……。
とりあえず、お昼過ぎているし食堂へ行くか。
食堂の光景を見て……唖然とした。
ウェノさん、青の盾のパーティ全員がすでに出来上がっている。
「ブ、ブルさん! それに、皆さんも。みんな酔っていたら、誰が僕と同行するんですか!」
「す、すまん、イロハ。ホッとしたら、つい……」
「僕は、モーセスさんに呼ばれているんですよ? そのための滞在延長でしょうに……」
「……オホン、オッホン!」
何だようるさいなー!
もう、あっちに行ってく……あれ? サモラスさん?
「あー、すまない。そこのウェノさんに呼ばれてきたんだが……今の話からすると、俺がイロハ君をモーセスの所へ連れて行くということでよいのかな?」
「えっ? ウェノさん、いつの間にそんなこと……」
「まぁな。飲んだくれても執事ってことよ。もういいだろ? 冒険者に慣れない事をさせたんだ、酒盛りくらい大目に見てやれよ、イロハ」
「もう……そうならそうと言ってくれればいいのに。じゃ、サモラスさんと行ってきます! 皆さんも、僕のわがままを聞いてくれて、今日はありがとうございました。それと、さっきはごめんなさい、ブルさん」
「ああ、モーセスさんには、なんだかんだと世話になった。イロハにどんな話があるかは分からんが、もうすぐ解任という話だ。あまり攻めてやるなよ?」
「わかりました、ブルさん。では、ごゆっくり」
「さあ、行こうか。イロハ君」
「はい、サモラスさん」
◇◇
そして、再びコロコロ場の門を叩く……たのもー!
ま、道場破りとかではないので、普通に入るのだが……中へ入ると、俺を見つけたモーセスさんがやってきた。
「来たね、イロハ君。待っていたよ」
「モーセスさん。今日は、問題なく調査も終わったみたいで何よりです」
「ああ、君たちには感謝しているよ。出会いがあのような形でなかったらよかったと、今でも思う……いろいろと申し訳なかった」
そう言って、深々と頭話下げるモーセスさん。
「頭を上げてください! もう、終わった事です。それに、言われて嬉しいのは、謝罪じゃなくて感謝ですよ」
「うむ、そうだね。イロハ君、ありがとう」
「はい。それで、話とは?」
「とりあえず、そこの部屋で話そうか。それに、サモラスは警備隊長としてではなく、ただの付き添い役と考えていいんだな?」
「ああ、イロハ君の護衛として同行を頼まれているだけだ。聞いた内容は、護衛パーテイ以外には話さないことを約束する」
「分かった。お前ともいろいろあったが、私もそろそろ……まあ、いい。では、行こうか」
モーセスさんは、疲れた表情を見せつつ俺たちを部屋へ案内する。
「はい……」
案内された部屋は、応接室っぽくない書斎のような部屋だった。
「どうぞ、二人とも掛けてくれたまえ」
促されるまま、ソファのような二人掛けの椅子に座る。
「ここは、応接室ですか?」
「いや、ここは私室だ。個人的な知り合いしか招かない。サモラスも初めてだろう?」
「ああ、ここは初めてだな……俺のことは気にしないで、イロハ君と話してくれて構わないぞ、モーセス」
「分かった、そうさせてもらおう。早速だが、イロハ君……私は、今月をもってコロコロ場の会長を退くことになった。これは、誰のせいでもない、私の能力不足だ」
サモラスさんが、驚きの表情でモーセスさんを凝視している。
聞いてはいたものの、責任を感じるなあ。
「……僕たちの件も、影響していますよね?」
「それは、きっかけに過ぎない。元々、売上の減少を理由に言われてはいたんだ。我が身可愛さに、イカサマなんぞに手を出す失態……調査はやり過ごせたが、疑惑は残り続ける。だから、気にしないでほしい」
うーん、じゃあなんで呼んだのかと。
「分かりました。そのように受け取っておきます……」
「そこで、本題だ。今日来てもらったのは、カイリーンに話したという内容が気になってな。えー、その、白熱する遊びというやつは……何か考えがあるのか?」
な、なんか前のめり気味で怖い……。
あるにはあるが……しかし、あれは地球の遊びだし、言っていいものか。
「ああ、そんな話もしましたね。さて、どうでしょうか。あると言えばありますが……モーセスさんは、引退されるんですよね?」
「フッフッフ。そう来ると思ったぞ、イロハ君。君が言ったそうじゃないか、権利を買い取ればいいと」
胡散臭い顔に磨きをかけたような微笑……。
「……まさかとは思いますが、買い取ったんですか?」
「そうだ、それこそ賭けに出たんだよ、私は。ちょうど、引退か出資の中止しか道が無くてな。それなら、出資分を返済するので買い取らせて欲しいと申し出た」
うぉ! ギャンブル会長が勝負に出やがった。
バックの大物もよく権利を渡したな……いや待てよ、出資の中止もあるってことは、手を引く予定だったわけね。
体裁よく、不良債権を処理できたと。
「なぜ、そんなことを……大丈夫なんですか? この店、結構なお金がかかってそうなんですけど」
「私はね、自分の店を持つのが夢だったんだよ。そして、みんなが楽しく遊べる場所を提供し、笑顔あふれるお店にしたかった……。それなのに、どうやって儲かろうか? どうやって売上を伸ばそうか? そんなことばかりを考えてしまっている。しかし、引退の覚悟を決めた時、聞いてしまったんだよ……とある子供の素直な意見をな」
「それが、僕だと? あれは、カイリーンさんとの雑談で適当に言っただけですよ、僕ならそうするって……」
「分かっている。君からは、どこか商人の雰囲気を感じるんだ。見た目に惑わされてやり込められた時は、悔しかったが納得もした。今、私はやっと、自分自身で歩き出したんだよ」
な、なんか、キラキラしてはる……。
出資者に金をむしられ、のん兵衛たちに絡まれ、生意気な子供にやり込められ……なんだかかわいそうになってきた。
「……そ、それじゃあ、これからですね! おめでとうございます!」
「そこで、改めて相談がある。イロハ君、私の商売を手伝ってみないか?」
………………はぁ?
【移動経路】
ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ⇒メルクリュース領カーン
最終目的地:王都メルクリュース
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