七十三話 モーセスのお話

 小柄な男こと、フラボマさんを後ろに従えて、コロコロ場へ再び向かっている。

 後ろからのナビの合間に「余計なことをするなよ」とか「人との会話は無しだ」とか、いちいち俺の行動を制限しようとする。


 ただ言われた通りに歩いていると……だんだんと頭が冷えていくのが分かる。


 ……己の今の状況が。

 

 一人で向かうことになったけど、最近の俺は、スキルのせいなのか、少々無鉄砲すぎやしないかと。

 普通に考えて、この地域を牛耳っている組織の親玉に呼ばれたからといって、ホイホイ子供一人で行くものだろうか?


 ……うん、これは調子に乗っている状態、つまりハイな状態だ。

 

 親元を離れ、遠方へ旅をし、不思議な力を持ち、俺を守る者たちがかなり強い。

 思い当たる節はある……「ウェノさん、ブルさん、やっておしまいなさい!」それだけで、大抵が解決するこの状態で、その二人を俺が助けた……そりゃあ、増長もするさ。

 

 そろそろ、小心者特有の罪悪感というか、こんなことまで一人でやっていいのかというマイナスの心境に陥り始めている。


 もしかして、父さん似の血がそうさせているのか?

 ……と、まあ、誰かのせいにしたところでなんの解決もしないし、若い頃の自分もまた無鉄砲だった覚えがある。


 

 十分に罪悪感を堪能しながら、納得と後悔を繰り返していると、コロコロ場が見えてきた。

 俺は、ちゃんと後悔と反省ができる人間なはずだ。


 初心忘るべからず、もう一度この言葉をかみしめて、フラボマさんが誘導する部屋まで進んだ。


 来客用なのか、接待用なのかは知らないが、個室がちゃんと用意されていたみたい。

 中で待っていたのは……。


「ようこそ、コロコロ場へ。イロハ君」


 モーセスさんだ。

 横には、ルグロシンさんとカイリーンさんもいる。


「ええ。今日は、お招きいただきありがとうございます」


「……まさか、こんなに早く会うことになるとはね。まあいい。呼んだのは、君に相談があってね」


 あなたが言いますか? 散々もう関わりたくないムーブをして「もう、二度と来ないでくれ、悪魔め……」のお別れの言葉をもらったのにね。


「相談……?」


「まあ、警戒するのも無理はない。これは、お互いの為でもあるんだ。そうでなけりゃ、お前みたいなガキ……コホンッ、イロハ君を呼んだりしないさ」


 ガキって……心の声がダダ漏れですぜ旦那。

 でも、言っていることは本当なのかもしれない。

 なぜなら……モーセスさんのオーラは黄色なんだよな。

 他二人は、赤と橙。


「お互いの為、ね。本当にそうなら、話を聞きましょう」


「そうか。では、早速だが私の話を聞いてもらおう。まあ、座りたまえ」


 さて、何を企んでいるのでしょうか?

 

「それで、話ってのは何ですか?」


「ああ、まず、お前……イロハ君が、子供ではあるものの、パーティの中で一番正しい状況判断をしてくれる者だと思って呼ばせてもらった。つまり、君を子供扱いはしない、いいか?」


「まあ……はい」


「このコロコロ場は、とある御方からの出資で、運営を私が任されている。当然、上納金が発生するし、経営が悪化すれば私もただじゃ済まない。言葉が難しければ、聞いてくれて……」


「あ、大丈夫です。王都の上位の学校を受けるくらいは、勉強をしていますので。どうぞ、続けてください」


 上納金って……配当金の間違いじゃないのか?

 まあ、言わないけども。


「そうか……では続ける。今回の一件で店の風評がよろしくない。さらに、領からの調査が入るという話が回ってきた。我々は、これをどうにかして乗り越えなければならん」


 そんなん、知らんがな。


「調査というのは、イカサマの件ですか?」


「……はっきりと言ってくれるんだな。まあ、そう言うことだ。こちらも隠さず話すが、最初は無かったことにするつもりだった。しかし、警備隊が絡んでしまい、それはできない。次に、君等の口を封じる……つもりだったが、こちらの武力では敵わない。そうだろ?」


 サラッと口封じて……裏組織とかと繋がりがあるんじゃないか? このおじさんは。

 だから上納金だとか言っているのではないか。


「どうでしょうか? 確かに、うちのパーティは、相当強い部類だとは思いますが……」


「そこで、第三の案が君等を取り込む、だ。君を説得できたら他も協力するのではないか?」


「内容にもよりますが、そうかも知れません」


「やはりな……こんな話、聞くに値しないと蹴るのが普通だ。お前は、わざわざ危険に飛び込む性質だな。これでも評価している、私も同じだからな。危険を冒さないと、大きな成功は掴めない」


 悪党様に褒められてもねぇ、でも、言っていることは理解できる。

 つまり、ハイリスクハイリターンの精神だろ? そこは、同感だ。

 

「それで、取り込むとはどういうことですか? もう少し具体的にお願いします」


「む……そうだな、こちら側が有利になるように立ち回ってほしい。イカサマなど無かったとな。報酬はちゃんと出そう、それに加え、王都では君が有利に立ち回れるよう手を貸そう……どうだ?」


 ザ裏取引やん。

 この人、イカサマに、賄賂に、便宜に……真っ黒のロイヤルストレートフラッシュやんけ。


「なんですか、それ? もしかして、とある御方から入知恵かなんかされました?」


「ググ…………ふぅ。そうだ、お前に断る選択肢は最初から無いんだ。悪いな」


 無いんだ……。

 まあ、最初から話し合いで済むなら、多少の偽証くらいは、覚悟していたんだけどね。

 報復とかはイヤザンス。


「悪いも何も、そんなに圧力をかけなくても良かったのに」


「ん……どういうことだ?」


「こちらも少々、大事になり過ぎたと思っていたところなんですよ。報復とか、制裁とか……これから王都の学校に行くんですよ? 嫌じゃないですか、そんなの」


「そ、そんなの……」


「はい。だからその申し出、受けましょう。あなた達の組織に取り込まれるわけにはいきませんが」


 僕九歳、裏組織に所属!

 ……洒落にならんて。


「へ? いいのか……そんな簡単に言って。君は、私達を恨んでいないのか?」


 なんだ?

 イマイチ悪になりきっていない、半端者か?


「あのですね、うちのパーティの被害は三百五十万ソラス。回収は三百五十万ソラス。結果、被害は無しでしょ?」


「おいおい、感情と言うものがあるだろう? 嫌な目にあったり、騙されたり……」


 商売人としての考え方が甘い……。

 俺が言えた義理ではないが、感情が金より大事に思うくらいだから、イカサマでプライドを守ることになるんだろう。


「モーセスさん、あなた商売人でしょう。その感情とやらがいくらになるんですか? そんな事を考えている暇があるなら、もっと合法的に儲けることを考えるべきです」


「そ、それはそうなんだが……」


「それに、感情で言うなら、こちらも、あんな大金を使うまで騙される方が悪いし、イカサマをした方も被害を受けていませんか? 僕みたいな子供にお願いしなければならないって」


 あら……?

 なんか、神妙なお顔になられて……。


「…………イロハ君。私は、どうやら勘違いをしていた。目先を追うばかりでやるべきことを見失っていたようだ。言い訳になるだろうが、イカサマは、商売が低迷した時の苦肉の策だったんだ。決して大金を巻き上げるつもりはなく、負けたら経営に影響がある額の時だけ使っていた」


 やっぱり、あの三百万の大勝負の時だけしかやっていないようだ、イカサマを。

 言い訳にしか聞こえないとはいえ、雇われ社長は大変だな。


「そうなんですね。それで、この後どうするんですか? 僕も、カーンに長くは滞在できませんよ。何を協力しましょうか?」


「協力してもらえることを前提に話すと、まずは調査の対策だ。できれば、君たちパーティに立ち会ってもらい、先日のコロコロでイカサマが無かったことを証言してもらい、こちらでも通常のコロコロを実施したい」


 まあ、証言くらいならね……証拠も、もうないだろうし。


「そのくらいなら、問題ありません」


「そのうえで、よく通ってくれるお客さんを集め、大衆の面前でこれを行えば、風評もいくらかましになると考えている。問題の君らと楽しくコロコロをやっている状況を見せることでね」


「ふむ……。それはいいんですが、結局やることが以前の状態に戻ることになりませんか? そしたらまた経営が悪化したり、高額の賭け金の客がいた場合などで、イカサ……」


「いや、イカサマはもうしない。信じられないかもしれないが、一度バレてしまったのだ。周りが気付いていなくとも、やはりいずれは噂が立つ……これでよかったのだ。経営が悪化するなら、それは私の能力が低いだけの事。きっと、次の経営者が頑張ってくれるだろう……」


「「会長……」」


 ルグロシンさん、カイリーンさん、フラボマさん、三人揃っての会長コール。

 なんか、可愛そうに見える光景ではあるけど、俺とは敵対関係にあるってことを忘れていない?

 

 モーセスさんは変わらず黄オーラで、他の三人も橙オーラになっている所悪いけど……。


「まあ、分かりました。パーティには、僕から話しておきます。その調査というのは明日、可能ですか? もし、それより後なら一度王都に向かってから、調査日を教えてください」


「明日が可能かは確認する必要があるが、恐らく問題無いと思う。すでにカーンへ来ているらしいからな。しかし……本当に良いのか?」


「はぁ、良いか悪いかで言えば、悪いですよ。僕たちは敵対関係でしょうに。でも、今回に限っては、利害が一致していますよね? 僕は、この問題を終わらせたい。モーセスさんは、コロコロ場の調査と風評の対策をしたい。あくまで対等です。そちらが気に病むことではないですよ」


「わかった。すぐに確認を取り、君の宿まで使いを出そう。強引に連れてくる指示を出して、本当に悪かった。イロハ君とは、年齢は違えど対等でいたいと願う」


「対等だなんて、やめてくださいよ。普通の子供でいいです」


 本当にやめてください……。


「君は、普通じゃない。私では君をやり込める自信がないよ……これは誉め言葉だと思ってくれていい。それでは、これで失礼する。カイリーン、イロハ君を送って差し上げろ」


「はい!」


「では、またな。イロハ君」


「はい、モーセスさん。また、よろしくお願いします」

 


 カイリーンさんは、敵対時と打って変わって、子供に向ける笑顔で近づいてきた。


「では、行きましょうか、イロハ君……でいいかな?」


「ええ、何とでも呼んでください。カイリーンさん」


 さて、おかしなことになってきたが、結局は丸く収まりそうだ。

 調査というのがどの程度か気になりはするが、その辺は誰かに聞いてみるか。


 情報は、命だもんな。


 カイリーンさんに先導され、スグスグ亭へと向かった。


 


 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ⇒メルクリュース領カーン

 最終目的地:王都メルクリュース

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