七十二話 お迎え

 朝だ。

 今日は曇りだねぇ……まるで俺の心を映すように。

 うーん、悩ましいな、モーセスさんのこと。



 さて、のん兵衛たちは絶対にまだ起きないとして、今からどうするか……。


 そうだ!

 目の部位強化だ!

 人から出るオーラが見えるようになったわけで……しかも、色によって俺に向けた敵対心が分かるという判別機能付き。

 

 遮蔽物などに隠れていても、二、三十センチ程度なら壁を越えて見えてしまう。

 俺が透視しているのではなく、オーラが遮蔽を通り抜けている感じだからか、姿が見えなくてもいることが分かる。

 

 

 部位強化を使っていて気付いた事がある……これ、目だけじゃないよなってこと。

 

 フッフッフ、天才だ俺。

 どうせなら、楽しいことを考えたいよな、空よ! さあ、晴れたまえ。


 

 腕に脚に目と来たら、耳とか鼻とか、いけるんじゃないか、と。


 要するに、筋力系の腕と脚、それに加え五感系の強化ができそうな気がする。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……味覚と触覚は、どうなるかの想像ができないから無理か。


 あと……そうだな、物理的な強化を考えると、なんとかりょくみたいなものもいけそうな気がする。

 

 例えば、握力、背筋力などはなんとなくどこの部位か分かりそうだ。

 

 体力、魅力、精神力、重力なんかは、強化の起点が曖昧すぎる。

 記憶力や免疫力は、どうなんだろう?

 パッと思いつく限りではこのくらいかな……あと、精力とかもあるな、日本にいた時に欲しかったぞ。


 部位強化って、素晴らしい。

 是非、検証を!


 まずは、聴力強化……集中して感覚を研ぎ澄ます。

 うん、だんだんと扉の外の音が聞こえてくる。

 けど、そこに寝転がっているウェノさんのイビキがうるさ過ぎてよくわからんが、できるってことが嬉しい。


 この調子で、どんどん検証を進めていく。



 結果、視覚、聴覚、握力などはスムーズにできる。

 他は、何を強化するのか想像が難しいし、効果が出ているのかよく分からん。


 中でも、昨日はずっと使っていたからか、視覚強化は発動が早い。

 外に行ってみようかな……いいよね?


 一応、同部屋のウェノさんには『起きた時に僕が…………』と、これでよし。

 念の為、書き置きしておく。



 と、言うことで、カーンの街を散策。

 空はどんより曇っているが、心はウキウキで、手当たり次第に人々を見ている。


 黄、黄、黄、緑、黄、黄、橙、黄…………おおむね、中立の黄色か。


 たまにある緑の人は、良いことがあって、心からみんなに向けて好意的な人とかかな、宝くじに当たった的な?

 逆に、橙は……心がすさんでナイフみたいに尖っているんだろう、触るもの皆傷つけそうだ。


 黄、黄、黄、黄、黄、赤、黄……ん、赤?


 赤ということは……敵?

 よく見ても分からんな、誰だろう。


 野良の赤オーラは、初めてだ。

 知らない間柄で、赤までいくことはあるのだろうか?


 ああ、確かめたい……。

 

 見てみると、相手は俺と同じくらいの身長で、深く帽子のような物を被っている。

 子供っぽいし、そこまでの危険は無いかもしれない、聞いてみ……。


「おい。坊主、そこの娘に何か用があるのか?」


 ……!

 いきなり後ろにいた誰かに肩を掴まれた!


「あ、いや……と、友達になりたいなーなんて思って」


「…………そうか。では、俺が聞こうか、いいだろう?」


 くっ、油断した。

 肩を掴まれて……体が動かせない。

 慌てて顔だけで振り向くと、見えるぞ、赤オーラを纏った熊のような大男の顔が。


 ひとまず、周りに聞こえるように……。


「よ、良くないですよ。離してください! 痛い! 痛い! いーたーいー!」


「俺もな、子供にこんな力技を使いたかねーんだ。大人しくしてくれねえか?」


 なんて悪い顔をする奴なんだ、絶対に思っていないだろ。

 さっきから、大きな声を出しても、周りはチラッと見るだけでそそくさと無関係を装っている。


「知らない人に、付いて行ったらダメって言われているからっ! 父さんに!」


「そうか、じゃあ仕方がねーな。無理矢理にでも……」


 お! 誰か来た。


「君! 子供が嫌がっているじゃないか。こ、ここは、私の顔に免じて引いてくれないか?」


 顔に擦り傷のある小柄な男性だが……うーん、見たことあるような……どこだったかな。

 しかも、この男……赤オーラやんけ。


「む……いいだろう。お前の顔に免じて、ここは引いてやろう」


 ん? んんん?

 

 なんか、おかしいぞ。

 この大男、見事に棒読み……まさに、大根役者そのものだ。

 下手な台詞を吐いて、去っていった。


 もうちょっと、こう、やり取りとかがあって、仕方がない、お前が言うなら的な話なら分かるが……素直すぎるだろ!

 

「よ、よかったな。少年」


 ええっ?

 こいつも大根さんじゃないか。

 なんか変な空気だぞ、こんな茶番劇はやっていられない、切り上げよう。


「まあ、はい。ありがとうございます。それでは、これで失礼します」


「ちょ、ちょ待てよ!」


 ……小柄な男から言われると、なんか腹立つな。


「なんでしょう?」


「俺が助けてやったんだぞ? お礼も無いのか?」


「あ、ああ。すみません。えー、助けてくれてありがとうございます。それでは、これで失礼します」


 よし、お礼も言った。

 帰ろう。


「ちょ、ちょ、待たんかい!」


「はい? まだなにか?」


「お前は子供で分からんだろうが、お礼っていうのはな、食事をごちそうするとかな、そういうものなんだぞ?」


 何だコイツ……さっきのと組んで、助けたふりして金を巻き上げようってやからか?

 それなら……。


「そうなんですか。それは、ごめんなさい。お金は持っていないんです、取ってきましょうか?」


「なんで持ってねーんだよ! あるだろ、ちょっとくらい……」


 ふぅ、何をしたいんだよこいつは。

 あーもう、誰かもわからん、敵対されている、要求が何なのかもわからん……回りくどい。


「はぁ、ちょっとくらいはありますよ。それで、あなたは僕に何を求めているんですか? もう、ハッキリ言ってください」


「そ、そうか。物分かりが良くて助かる。実はな、ちょっとついて来てほしいんだ」


「嫌です。で、他は?」


「……は? 嫌ってなんだよ! お前が言えって言っただろ!」


「ええ。だから、お断りしました。言うことを聞くとは言っていません」


「ぐぬぬ……。頼む、着いて来てくれないと、困るんだよ」


「はい、ごめんなさい。僕は困らないし、頼まれる間柄でもない。そして、さようなら」


「ぐ……コイツ、こっちが下手に出てりゃ……おい、待て、待てと言っている!」


 さっさと歩き始めるが……そこの角の塀から、高さ的にさっきの熊男っぽい赤オーラが漏れ出ている。

 そして、反対側には、やはり赤オーラ持ちが潜んでいる……囲まれたか。


「もう、なんなんですか? 親切の押し売りは、迷惑ですよ……」


「お前は、なんでそんなに余裕があるんだ? こっちは、力ずくでもいいんだぞ?」


「……もう、何が望みなんですか? お金ですか? 食事ですか?」


「どっちも違う! とにかくついて来てくれ、話はそれからだ」


「とにかくついて行かないし、話はここで言えば済むじゃないですか?」


 小柄な男は、しばらく考える素振りを見せ、渋々話し始めた。


「……ある人が、お前を呼んでいる。俺は、フラボマと言う。話だけだ、暴力は無い」


 力づくでとか言っていて、説得力は皆無ですな。

 ついでに聞いとくか、どうせ囲まれているし、逃げられない。


「ふーん。じゃ聞くけど、フラボマさん、さっきの大男とどんな関係? それに、そこにいた女の子も」


「…………え? なんで?」


 焦った表情で、キョトンとされても違和感しかない。


「なんでと言われても、それが疑問。結局、どうにかして僕を連れて行こうとしている。答えて下さい、フラボマさん」


「うぅ……さっきの大男と女の子は、確かに仲間だ。あーもう、なんでこうなるかな。分かった、モーセスさんが話をしたいそうだ、お前とな」


 ふぅ、モーセスさんか……放置もできないし。

 有無を言わさずの拉致や暴力とかではなかったわけだから、命の危険までないのかも。

 

 会いたくない俺に話ということは、状況が変わったとか?

 バックの大物にバレて、不名誉な風評を変えたいとかかな? 言葉通りなら……だけど。

 

 それに、コイツは……ウェノさんに取っ捕まったイカサマ師じゃないか。


「なるほど。思い出した、フラボマさん、イカサマの実行犯の人でしたよね? 机の下にいた」


「……そんな事はいい。来る気がないなら仲間を呼ぶ」


「はいはい、それでどこへ行けば?」


「それは、着いてくれば分かる」


「その場所に、何人います? そして、なぜ僕一人だけ?」


「それも、着いてくれば分かる」


 だいたい、着いてくれば分かる……は、言った人もわかっていないことが多い。


「じゃ、こうしませんか? 僕は、あなたの言うことを聞いて着いて行きます。だから、会う場所は指定させてください」


「は? なんでお前の意見を聞かなきゃならないんだ! いい加減にしろよ」


「分かっていませんね。恐らく、モーセスさんは、僕と交渉をしたいんですよ。だから、脅したり、暴力を使うなって言われているんじゃないですか?」


「た、確かにそうだが……それが、場所に関係あるのか?」


「場所は関係ありません。僕の要望を聞けないなら、交渉にも応じませんし、ここから全力で逃げて助けを求めます。ちなみに、あなたから逃げ切ることならできますよ。あ、動かないで下さいね」


 やがて、諦めた顔をしたフラボマさん。

 

「……わかった。着いて来るんだな? それで、どこへ行く?」


「はい。コロコロ場でいかがですか? そちらの拠点ですし、話す場所もあるでしょ?」


「ああ、分かった。先に伝えさせてもらう。おいっ! カイリーン、いるんだろ?」


 潜んでいた熊男じゃない方の赤オーラの正体は、コロコロ場の受付ことカイリーンという女性だったようだ。

 コソコソと話しているみたいだけど、甘いっ……聴覚強化っ!

 

 そして、聞こえだす。


「……に、した方がいいんじゃねーか? 暴力はダメだって言われていたし」


「そうね、会長は円満に話し合うだけ。ただ、あの暴力的な輩は連れてくるな、だったかしら?」


「まあ、今回雇った親子には、お金を渡して帰ってもらおう。じゃ、お前はすぐに会長へ伝えてくれ。俺は、この坊主を連れてコロコロ場へ向かう」


「わかったわ。どうせ、会長はいつものように圧力をかけて要求をのませるだけだわ」


 ……ほほう、円満に圧力ねぇ。

 意味深な言葉を残して、カイリーンとやらはこの場を去った。

 全部聞かれているとは知らずにね。


 どうやら、呼び出しはコロコロ場ではなかったようだ……良かったよ、俺が場所を指定できて。

 

 それにしても、あの熊男と女の子は雇われだったのか。

 あの二人、しっかりと赤オーラだったところを見ると、仕事をきっちりやるタイプ……まあ、金に目がくらんだって話だ。


「もう、いいですかね? フラボマさん」


「ああ。それじゃあ、行こうか。一応、後ろからの先導にはなるが、我慢してくれ」


 後ろからの先導とは、此れは如何に……ま、そりゃ、そうなるよね。

 はいはい、もう逃げませんよ。


 このモーセスさんとの因縁は、今回で決着をつけないと安心して王都へ行けない。



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ⇒メルクリュース領カーン

 最終目的地:王都メルクリュース

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