七十一話 オーラの根拠
ひとまず、スグスグ亭に戻ってきた俺らは、夕飯時だったので、食事をとることにした。
緊張感が続いたので、ちょっとした打ち上げも兼ねてパーッとね。
警備隊のサモラスさんにも声をかけてみたら、ちょうど日勤だったようで、仕事が終わり次第来てくれた。
とりあえずエール、ということで、席に着いたら人数分の飲み物を頼み、続々と運ばれてくる。
「カンパーイ!」
ウェノさんとブルさんは相変わらず、秒で一杯飲んでしまい、おかわりの注文をしている。
ボチボチ居酒屋メニューが届き始めたので、頃合いを見てサモラスさんに話しかけてみた。
「サモラスさん、今日はお世話になりました」
「ん? どういう意味だ? 俺たち警備隊は、仕事をしただけだ、公平にな」
そう言って、両眉を上げて両手のひらをこちらに見せる仕草……欧米人か! とでも言いたくなる。
じゃ、早速聞いてみましょうか。
「ところで、サモラスさんは、モーセスさんとどんな関係があるんですか? ここだけの話にしますから」
「あー、そこか。まあ聞いてくるだろうとは思っていたけどな。モーセスの店は、王都のある大物が出資しているんだよ。俺たち警備隊の活動資金の一部もその御方が出している。こちらは応援金みたいなもんだ。別に、モーセスに加担して悪さをしているわけじゃないぞ? その人物に目を付けられたくないだけだ」
王都の大物……何者だ?
これって、後で報復的な事はないよね、大丈夫だよね?
「そうなんですか。最初に出会った時は、悪徳警備隊と詐欺師に騙されたんだな……と思っていましたよ。そこの二人、腕っぷしは抜群なんだけど、純粋すぎるから」
「ハッハッハ、言うね。まあ、モーセスの方は、仲間と思っていたかもな。警備隊からすりゃ、証拠がなけりゃ目の前で暴れていた方を捕まえるしかないわけだし」
「お金を預かるとか、現地拘束のまま一泊とか……怪しさ満点でしょ?」
「そりゃあ、不当な金額だったら、モーセスを説得して一部返金するつもりだったし、そもそも暴れた者が、移送できるほど大人しくなかったということだよ」
うーん、微妙に辻褄が合っていない。だって、最初から赤オーラだったし、手際があまりにも良すぎた。
「なるほど、そういう事ですか……でも、最初は僕達をかなり怪しんでたでしょ?」
「当然だ。警備隊は、通報を受けて動く。どちらも疑うのは普通だと……」
「それだけじゃないでしょ。間違いなく、モーセスさんとのやり取りがあったはずです。ただでさえ対応時に違和感があったのに、一泊を伴う現地の拘束に、お金を預かる、警備隊事務所ではなく現地で交渉……こんなおかしな話、あり得ませんよ」
「なあ……イロハ君。君は一体何者なんだね? 確か、学校の試験と言ったね、これだと十歳に満たない。それこそ、そこに違和感しかないんだが……」
はぐらかすか……やっぱり何かある。
そんな手には乗らないよっと。
「そりゃすいませんね、生意気なもので。僕は、何者でもない、ただの子供ですよ。そんなことより、やり取りの……」
「ああ、わかった。白状するよ。モーセスとの事前会話があった。だが、金額の大きさと、被害の曖昧さに疑問を感じたから、お金は一時預かり、現地にて直接目視で確認しようと思った。これでいいか?」
まあ、それなら一応は納得できるが、赤オーラがなぁ……。
「はい。ただ、警備隊での態度と言動……この辺りが少し納得いっていませんが」
「あのな、イロハ君。悪いが君らは最初から印象が悪かった……すぐに来なかったからな。それに、君には必要なかったのかもしれないが、こちらが力になろうといろいろ手を尽くしているのに、疑って、煽って、しまいには共犯扱いをして脅してくる……そりゃ対応も渋くなるってもんだ……俺も人間なんだよ」
そうだったのか……それは悪いことをした。
最初からの赤オーラは、印象が悪い事も敵対扱いになるのかもしれない。
考えを改める必要がある……。
「……ごめんなさい。僕は、二人が拘束されたと聞いて……カーッ! となってしまって、見えるものをすべて疑ってかかろう、ダマした奴は絶対に許さない……そんな気持ちだった気がします」
「調子狂うなあ。いいんだよ。子供相手に、同じ土俵でイライラした大人の方が悪い。どんなに頭が回ろうと、君は、俺たちが守るべき子供だ。あんな態度をとって、すまなかった」
もはや、サモラスさんのオーラは緑から青になりつつある。
こんな生意気な子供に頭下げるなんて……優しい人だったんだな、サモラスさん。
「いえ……。あの、そんな大物が絡んでいるんだったら、警備隊に悪い影響が出てきませんか?」
「それこそ、いらぬ心配だ。応援金など無くてもやっていける。それに、どの道、あのコロコロ場は、そろそろ目を付けられるところだっ……おっと、これはこっちの話だ。それよりも、君らが心配だぞ」
「遺恨が残らないように、やり過ぎには注意したつもりだったんですけどね……そういう意味での三百五十万ですし。やっぱり、報復的なことがあるんですかね? その大物さんから」
ウェノさんのように、六百万も取ってしまったら相当恨まれそうだし、引き際もわきまえないと泥仕合になっちゃうよ。
「どうかな、そこは大丈夫だと思うが、モーセスがな……」
「モーセスさんですか? コロコロ場って、そんなに儲からないんですか? こちらが二日間で使った分を回収しただけで、特にお金的な被害はないかと……」
「あのな、イロハ君。大人には周りから見た印象ってのがあるんだ。あのモーセスさんがよそ者にやり込められた……という風にな。本人はもちろん、部下も黙っていないと思う。早々にカーンを発った方がいいのかもしれん。悪い印象の街になってしまって残念だが」
はぁ、下手なプライドは厄介だもんな。
そんなもん、何の役にも立たないのに、上昇志向の強い意識高い系の奴らほどメンツというものにこだわる。
はー、やだやだ。
「確かにそうかもしれませんね。ちょっと考えてみます」
「君のパーティにも相談しておいた方が良いかもしれ……」
「なーに、深刻な話をしているんだ? イロハ! 今回の立役者がそんなしっぽりやっててどうすんだ? 今宵は、俺の剛拳が火を吹くぜっ!」
「そうだぞ、イロハ。このブルーシス、本当に感謝している。青の盾を救ってくれてありがとう! さぁ、ウェノさん、今日は飲むぞー!」
ここで、その日暮らしの意識低い系中年こと、ウェノ、ブルが乱入……あなた達は、もっとプライドを持ちなさいと。
「おう! ミネ、カラム、お前らもほら、ほらっ」
「あ、ああ。深刻だった空気が一瞬で解決したんで、ちょっと飲んだら……俺、やっぱ今日は休むわ」
「あら? カラムは小心者だねぇ。私は飲むわよ、今日は。だって、パーティ崩壊の危機だったのよ? いつ終わってしまうか……それが冒険者よ、今楽しんどかなきゃ!」
「いいぞー! いいぞー!」
「ヒューヒュー!」
ふぅ、能天気な人たちだ。
まともなのはカラムさんくらいじゃん、さすが青の盾の良心。
サモラスさんも、唖然としている……なんかすんません、うちのパーティが。
「サ、サモラスさん。うちはこんな感じのパーティなんで、その、あんまり気にしなくても良いかもしれません。腕っぷしだけは強いので」
「……そ、そうかもな。まあ、早いうちにここを発った方が良いのは、変わらんが。でも、俺から見ても、仲間想いのいいパーティだよ」
「それは、間違いありませんね。こんなんでも、何かあったら、真っ先に守ってくれるんですよ」
「いいな。仲間か……もう随分とそんな付き合いをしなくなってしまったよ。これでも、若い頃は迷宮攻略の冒険者をやっていたんだ」
「ええー! じゃ、サモラスさんのパーティは五級以上ですか?」
「ん、そうだぞ。よく知っているな。俺自身も五級になってすぐに辞めちまったがな。仲間が、迷宮で命を落として解散したんだ」
おおぅ……ヘビーな話だったよ。
元冒険者や、幽霊部員ならぬ幽霊冒険者は、結構あちこちにいるようだな。
「そ、そうなんですか……」
「ま、昔の話だ。その経験のお陰で、警備隊長なんてやっているからな。さて、そろそろ戻るとするか。今日は、刺激があって楽しかったな、イロハ君。またカーンに寄ることがあったら、必ず顔を出すんだぞ?」
「はい! サモラスさんも、お元気で。たぶん、またここに来ると思いますよ!」
「じゃ、またな」
ウェノさん達の飲め飲めコールを断りながら、ほろ酔い気分でサモラスさんが帰って行った。
相変わらず、ウェノ、ブル、ミネの三人は、どんちゃん騒ぎである。
カラムさんは、疲れたのか隙を見て部屋に戻ったみたいだ。
さて、俺も体流してもーどろっと。
その後は、部屋で横になって今日のことを考えていたら、眠たくなった。
あー、病み上がりで疲れたわい。
そういえば、ウェノさんたち、支払いどうすんだろ?
金はまだ俺が持ってんのに。
【移動経路】
ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ⇒メルクリュース領カーン
最終目的地:王都メルクリュース
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