幕間十一話 モーセス:胸中吐露(きょうちゅうとろ)

 ◇これは、イロハたちと揉めたところから、新遊戯が出来上がるまでのモーセス側の話


(モーセス視点)


 このコロコロ場のモーセス会長と呼ばれ、運営し始めてはや五年。

 田舎の小さな街から出て来て二十余年をかけて、ここまで成り上がった。


 その私が……。

 

 まさか、不測の事態用に準備していたアレを使うことになるとは……。


 ここ二日くらい通い詰めている冒険者が、三百万ソラスという大金を賭けてきたという報告が。

 これで負ければ、私は……月末に用意していた上納金を失ってしまう。

 それは、つまり事実上の失脚だ。


 ……なるべく使わないようにしていたが、やむを得ない。

 私は、部下に指示を出した。



 ◇◇



 上納金を守るためとはいえ、無茶なことをしてしまった……。

 

 確信はないのだろうが、二人の冒険者がイカサマを指摘し、を開けようと暴れ出した。


 見つかることは無いと思うが、このままでは、風評がよろしくない。

 直ちに、警備隊のサモラスへ使いを出し捕縛してもらうことにする。



「サモラス、コロコロ場で暴れている輩がいる。捕らえて、賠償を請求したいが、任せて良いか?」


「モーセス……これは、客の方が悪いのか? それとも……」


「うちの店で暴れ、言いがかり、暴言などをはかれた。容疑は十分だ、警備隊として見逃せないはずだろう?」


「まあ、そうなんだが……」


「私が、店を守るために警備隊を頼った。協力しないとなれば、あの御方も黙っていないぞ?」


「あ、ああ……そうだな。警備隊も無闇に目を付けられたくはないが、自分で判断したい。関係者に話を聞くのは構わないだろ?」


 どうせ、何もわからないだろう。

 それに、警備隊として、と言うものが必要ならやるがいいさ。


「警備隊のやる事に、口を出すつもりは無い。ただし、うちの客は冒険者も多い。賠償が払えないなら、管理下に置いてここで働いてもらうか、鉱山送りが望ましい。変な噂を吹聴されたくはないからな」


「そうだな。では、俺も行ってくる」



 ◇◇



 ……どうしてこうなった。


 あの、イロハとか言うガキが、イカサマを暴きやがった。

 正確には、イカサマの疑いだが……あんなところに従業員が隠れていたら、言い逃れはできないだろう。

 

 幸い、客の前でバレたわけではなかったが、昨日の騒ぎに今日の臨時休業、警備隊が集まっているという状況……事実であろうとなかろうと、客の噂は広がってしまうだろう。


 この件は、金を払うことで一応の解決はした……不本意だが。

 サモラスも、何故かガキの肩を持っているような気がするし、こういう話はどんどん広がって、やがて風評の被害を招く。

 あのガキは、いずれ痛い目を見せてやるとして、今後の対応を……。

 

「会長!」


「……どうした? ルグロシン」


「あの、使いの方からですが、領より調査が入るという話です」


「な、何だと……?」


「ですから、早々に担当調査官へ根回しをするようにとの事です。調査官は、すでにカーン入りしているという話だそうですが、どうしますか?」


 根回し……あの御方からの指示か。

 結局、私は何一つ自分の意志でこの店の経営をすることができない。


 これも、庇護を受けるために選んだ結果というわけか……。


「……分かった。お前は、すぐに先方へ打診をしておけ。私は、あの冒険者たちに証言をさせる手筈を整える。時間が無い……すぐに向かってくれ」


「あの、大丈夫なんでしょうか、あの冒険者たちは……」


 あそこまで追い込んだんだ……冒険者の方は、無理だろうな。

 しかし、あのイロハとか言う子供は、目的や恩恵によって話を聞くはずだ。

 あれは、だ。


「お前が気にすることでは無い。私に考えがあるから、そっちは任せたぞ?」


「は、はい、会長」



 ◇◇



 やはり私の思った通りだった。

 あの、イロハという子供は話に応じたようだ。


 しかし、カイリーンと話したという内容を聞いて、とても信じられないという思いが湧き上がってきた。 


 儲かっても、儲からなくても持っていかれる、と。

 権利を買い取る……できないなら、ただの雇われ。


 確かに、そうだ。


 だが、それなりに恩恵を受けていたこともまた事実。

 この状況に甘んじていたと言うのか……私が。


 何時いつからだ?


 会長という地位か?


 この地域を牛耳る権力か?


 なんで、首輪の付いたタダの会長で満足してしまったのだ?

 

 …………これまで築いてきたと思っていた立場が、滑稽こっけいに思える。



 私は、商売人になりたかった。

 人の生活に必要とされる人間になりたかった。

 ありがとうと、言われたかった。

 偉くなったら、後に続く者を育てたかった。


 王都で一旗揚げると言って故郷を出てから十年、駆けずり回って人脈を作り、さらに十年かけてやっとのことで今の立場を築いた……そこで満足してしまっていた。


 まだだ。


 まだ、私の望んだ場所へは辿り着いていない。

 それに、あのイロハという者の話には先があった「もっと白熱するような遊び」とな。

 もしかすると、ここが分岐点なのかもしれない。


 カイリーンも言っていたが、あの子供は見た目と中身が違う、そういう種族なんじゃないか? とね。

 それならば納得ができる。

 この大陸のどこかは分からないが、そういう種族が存在することを聞いたことがある。


 なんと言ったか……確か、見た目が子供みたいなまま長い年月を生きている、といった種族だったと記憶している。

 噂話程度に聞いていたので、すぐに気づくことが出来ず、敵対してしまったかもしれん……。

 

 生きた十数年分の経験があるのなら、あのような話ができるのも分かる。

 あの落ち着き、あの物腰、知識量、すでに私と変わらない、あるいは年上という可能性も捨てきれない。

 もし、そうであれば、一から教えを請いたいくらいだ……ただ、そう簡単に正体を明かしてくれるとは思えない、何とかうまく協力を取り付けられないものだろうか?

 

 そうだ! 提携みたいな形で、協力をお願いするというのは……?

 いや、なんで子供と提携? という疑問が出るだろう。


 こちらがある程度の覚悟を見せないと、恐らく話しすら聞いてもらえない可能性もある。

 

 さっき分かったじゃないか、まだ夢の途中だと。

 まだ、踏み出していないじゃないか、上に登るための一歩を。

 

 自らが危険に飛び込まないで、何が上を目指すだ。


 そうと決まれば、早いに越したことは無い。

 運がいいのか悪いのか、出資者であるジョジーニ様も、このカーン領へ来ておられる……理由は簡単だ、私を解任するためだろう。


 手続きなどは後回しにして、話だけは通しておこうと思う。



 ジョジーニ様は、意外なほどあっさりと、経営権の買い取りを了承して下さった。

 

 やはり、解任の話は出た。

 しかし、ありがたいことに、別の領の何かを手伝うような話が出たが、今の自分には他の商売に興味はない。

 

 買い取り金額は、私がここで五年かけて貯めた分に相当する額ではあったので、安い買い物ではなかったが……。

 

 勢いに任せた行動をとってみたものの、本当にこれでよかったのか? という不安が顔をのぞかせる。

 名実ともに自分の店となったわけだから、もう前を向いて行くしかない。

 

 さあ行くか、そろそろ調査の時間だしな。


 

 ◇◇



 領からの調査は、簡単な聞き取りと書類の確認程度で済んだ。

 特に、問題はないとのお達しで、そのまま接待のような流れに……。

 根回しをしておいて言うのもなんだが、すんなりと話も通ったので、若干肩透かしな気分を感じている。


 これも、例の冒険者が協力してくれたおかげと言えよう。

 あれだけのことがあったにもかかわらず、まるで執事のごとく丁寧な対応をし、調査官を納得させていく手腕は見事だった。

 思わず、私は本当にイカサマなんてしていないのでは? と思ってしまうほどに……。

 

 他の三名の冒険者に至っては、執事然とした冒険者に従うべく、余計なことを言わず、ただただ肯定をするという徹底っぷりだ、こちらも見事としか言いようがない。


 私は、この冒険者たちの対応に、こうべを垂れるばかりである。

 

 イロハ少年は来なかったようだが、恐らく自分の容姿が与える影響を考えて引いてくれたのだと思う。

 こんなにすごい従者たちをまとめ、先を見越しての行動、やはり……本当に、そういう種族なのかもしれない。



 これから話すわけだし、いろいろなところを見極めながら考えよう。

 最悪、このままの状態で営業しても、そうマイナスになることは無いだろうし、足りないとすれば後ろ盾くらいか。



 ◇◇



 イロハ君との話し合いを終えた。

 結果から言えば、こんなに有意義な話し合いなど今までに経験したことが無い、数年分の運営計画が立つほどだ。

 あの子供は、私が考えているよりずっと先の方を見ていたと感じる。

 間違いなく私の年齢を優に超えている存在だと確信した。


 少し探ってみたものの、上手くごまかされてしまったので、恐らくあまり知られたくない事情というのがあるのだろう。

 こういう時は、知らないふりをしてうまく付き合っていく方がよい。


 それにしても、画期的な遊戯だったな……。

 もう、聞いているだけで楽しくなるし、自分もやってみたいという気になった。

 さらに、店側の手続きの改善や、分かりやすい説明、売り上げの管理など、多岐にわたって指南を受けることとなり、本当に何者だ? と言いたい。

 

 最後は、一緒になってそれぞれの名前を考えていたのだが、イロハ君は、古代語にも精通しているようだった。


 あろうことか、彼は、こんなに貴重な情報にいくら出すかを聞いてきた……。

 そこは、せめて共同経営権を主張するべきだろう。

 欲を言えば、売り上げの半分とどちらが良いかを選ばせる、とか。


 まるで、売り切って自分は今後関わらないとでも言うような口ぶりだ。

 

 どこだ?

 

 ……どこに罠がある?

 

 …………何かがあるはずだ。

 

 私にとって、人生の分岐点というのは分かっている。

 そのきっかけを与えてくれた上に、運営の方向性まで指南されて……ハッ!?


 そうか! まだ、ここの運営は始まっていない、つまり何もない状態だ。

 獲物は肥え太ってからと言うからな、それに、私の手腕を見ているという期間でもある。

 これは、試練なのか……そうだな、そんなに美味い話はない。

 

 ひとまず、売り切りで本当に手を引かれても困るので、ここは毎月払いでしっかり接点を持っておこう。

 権利買い取りのおかげでお金が無いと言えば、通りやすくないか? いや、通して見せる!

 

 そして、利益の一割程度に設定しておき、多めに入金すれば、そこから逆算した時には儲かっているように見える……これで何も言わずに頑張っていると伝わる、完璧だ。

 できれば、早い段階で他の遊戯の案や、運営の指南も欲しいからな……これは頑張らねば。


 まずは、認めてもらう事。

 そして、利用価値があり、付き合うに値する人間と思ってもらう事。


 必ずやって見せる、これまで培ってきた経験を活用する時だ。

 


 フフフ、楽しかったなあ。

 こんなに集中して店のことを考えたのは、いつ以来だろうか?

 私には思いつけない画期的な遊戯、コンコロール。


 もう、今からでも楽しくなってきた。

 時間をかけて、たくさんの説明板を作らないとな。

 街の皆さん、もう少し待っていてくれ、面白い遊戯を提供するよ。



 その翌日に、イロハ君とその護衛達は、カーンを発った。

 

 

 数日後、私は覚悟を決め、これまでに蓄財した全財産を手に、出資してくれていた王都の大商会であるメンタマイアー家を訪れ、権利買い取りの手続きを正式に終えた。

 

 

 これから始まる、私の遊戯場『コンコロの森』、きっと凄いことになるだろうと、私の勘が言っている……。

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