十二話 ネイブ領:三
人が気持ちよく寝ているのに絡んできやがって……。
「ええ、イロハですけど……なにか?」
「そうか。俺はな、このネイブ領主の嫡男、アレス・ネイブだ」
ああ……やっちまった。
領主の息子かよ。
「……領主の嫡男様ですか? あ、これは申し訳ありませんでした。僕は、開拓団の団長ルーセントの長男、イロハです。横で寝ている者は、同じ村のポルタです」
「おまえら、なんでこんなところで寝ているのだ?」
「コアプレートを作りに来たのですが、受け取る前に、父親のルーセントがこちらの会議に出席しているものですから、ここで待っておりました」
「ほう、それではまだ受け取っていない、ということだな?」
「はい……」
「会議は長引いていると聞いた。そこで、父上からお前たちを迎えに行けと言われたので参ったのだ」
長引いているのか。
しょうがないなあ……今日は受け取れるのだろうか? いろいろ確認したいのに。
「そうなんですか……それで、私たちはどうすればよいのでしょうか?」
「そうだな、戻っても待つだけになろう。この付近で良いなら案内しようか?」
うぁ……これは面倒ごとの臭いがプンプンする。
断るわけにはいかないよな……ダメ元で乗り気じゃないことを匂わすか。
「案内のお話はありがたいのですが、父親と一緒に来ておりましたので、二人とも手持ちがございません。ですので、会議が終わるまでこちらで……」
「いいじゃないか。何か買いたいのであれば俺が出そう」
おいおい、話を遮るなよ……ん?
今、奢るって言った? 言ったよな。
おー!
「あ、ありがとうございます。では、早速この隣のポルタを起こしますね」
「う、うむ」
耳元で……。
「おい、ポルタ。トリファがきたぞ~」
「えっ、えっ、どこっ?」
飛び起きやがった……反応いいな。
「あ、冗談、冗談。そんなことより、アレス様がお迎えに来られたぞ」
小声で簡単に状況を説明した。
「ご、ゴサイ村のポルタです。よろしくお願いしまする……って、アレス様? 誰?」
「ポルタだな、わかった。では、行こうか」
「はい、お供します」
ポルタには、領主の息子さんって事を説明して三人で再び領都へと繰り出す……お支払いはアレス様で。
「ところで、おまえ達はどこへ行きたい?」
「実は、一度外に出たのですが、持ち合わせが少なくて、屋台の肉串を一本ずつ食べてそのまま戻ってきたのです」
「うーむ、とりあえずイロハよ。そのバカ丁寧な口調はどうにかならんのか?」
「えーっと……おかしいでしょうか?」
「そうではない、何というか……今は、もう少し砕けても良いのではないか? 俺も崩すからさ。堅苦しくてしょうがない。普段通りでいいぞ」
「アレス様がそうおっしゃるのであれば、普段に近い状態とさせていただきます」
「ポルタも、いいな?」
「は、はひっ」
「アレス様、行きたいところなんですが、もう一度肉串が食べたいです」
「お、おらも……です」
「そうか、そうか。お前たちはお腹が空いていたんだな? では行くとしようか。いくつか屋台があるんだが、俺のおすすめに連れて行くぞ」
「楽しみだね、ポルタ」
「……腹減った、です」
俺たちはしばらくアレス様について行き、ちょっとした路地裏の屋台に到着した。
すごくいい匂いがする……よだれが。
「ここだ。領都でもここが一番美味い肉串屋だぞ。ここのな、辛肉串がおすすめだ」
まさか、この赤い香辛料は……唐辛子か!
「僕、辛肉串ください!」
「お、おらも同じのを!」
「では、辛肉串を三本頂こう。支払いは私がする」
「あいよっ! 坊っちゃん、いつもありがとうなっ」
「ちょ、ちょ、坊っちゃんと呼ぶな!」
へー、アレス坊っちゃん、なかなか有名だな。
「へい! おまたせっ! 辛肉串三本だ、またよろしくな、アレス様」
「う、うむ。ほら、一本ずつだ。そこの路地を曲がったところに小さな広場があるから、そこで食べよう」
辛肉串を一本ずつ渡されて、小さな広場で三人並んでガッついてる……辛うめぇ〜!
この世界に来て初めて唐辛子を食べたよ。
やっぱりあるんだな、言葉や文化も元の世界に似ていたので、探せばいろいろ発見できそう。
「美味いだろ?」
「この、ピリリとする赤い香辛料が美味しいです」
「……辛い」
「ハハハ。ポルタは辛いの苦手であったか。それなら、甘ダレの肉串にすれば良かったな」
「それで、アレス様。この辛い香辛料は何と言うんですか?」
「これは、カラマメっていう辛い植物を干して砕いたものだ。赤と緑があって緑の方がより辛いぞ。ウエンズ領か、ここより南方の地域で採れるみたいだな」
「そうなんですね。初めて食べました」
うーん、カラマメはヤマドリに合いそうだな。
今度、手に入れよう。
「い、イロハ。これと同じのがトリファのお店に置いてあったよ。おら、辛いの苦手……が分かった」
「ふーん、じゃあ、母さんに言っとこう」
これで飯のレパートリーが増える……ぐふふ。
お酒好きは、ヤキトリとキンキンに冷えたビールが合う~! とか言ってそうだ。
以前は、全く飲めなかったため、雰囲気を味わうだけの存在でしたが。
そんなことを考えながら、黙々と食べていた時……。
「や、やめて!」
「おい、早くこっちに来やがれっ」
「放してっ!」
四十歳くらいのがっちりした人相の悪い大男が、十歳くらいの女の子の手を無理やり引っ張っている……人さらい?
僕は、そんなやり取りを遠目で見ていた。
「悪いようにはせん、おとなしく付いて来いってんだ」
あーあ、完全に捕まってしまったね。
こんな時、どうする? ポルタは、横であうあう言ってる。
まあ、だいたい男が悪人っぽいよなー。
「ああ……放して……」
誰も助けないのかな。
いや、俺は無理なんだけど、こんなの大人が介入しなきゃダメでしょ……なんか強そうだし。
ん? アレス様がスタスタ歩いて行った……ちょ、一応、慌ててついて行く……やや後めで。
「おいっ! そこの者。その子を放すんだ」
「あ? 何だお前は、関係ない奴は関わらんでくれ」
「何を言っている。関係はある、その子を放せ!」
えっ? 関係あるのか? 女の子を見ても知り合いな感じはしないぞ……。
「なんだって? じゃ、お前はこの子の兄かなんかなのか?」
「そうじゃない。私は、ネイブ領主の嫡男、アレス・ネイブだ。領内の事なら関係あるだろう?」
「りょ、領主の息子か……例えそうであっても、見逃すわけにはいかねえ」
「なんだと? 私の命が聞けぬというのか? もしそうなら、武力行使も辞さんぞ!」
おいおいおい、なんか雲行き怪しくなってない?
なんとなく、なんとなーくね、これおっさんの方が正しかったらどうすんの? って思い始めた。
「いやいや、領主様の息子が何言ってやがる。そんな横暴が許されるわけないだろうが」
「そんな態度ならば、容赦はしないぞ!」
ちょ、アレス坊ちゃん剣を抜いたよ……誰かこの特攻ボーイをどうにかしてくれ。
俺は、ポルタにこそっと領主館の警備隊を呼んできてもらうように伝えた。
「あ、アレス様! 少しお待ちを」
「なんだ? イロハ、今は取り込み中だ!」
「アレス様、まずは落ち着いて下さい。あの男の方は武器を持っていません。それに、事情も聞かずに権力や武力をふるうべきではないと思います」
「……ふむ」
「男の方は何かの最中とかではないですか? 腕に白い粉のようなものがついていますし、「見逃すわけには……」と言ってましたし。何やら事情があるのかも知れません……見た目は悪人顔ですが」
「確かに。そこの者、ひとまず女の子の手は放してやれないだろうか? 私が話を聞こう。これだけ注目が集まっているのだ、襲うにしても逃げるにしても不可能だろう」
「わかったよ。それで、領主の息子さんがどうするのだ? 弁償してくれるのか?」
「弁償? 詳しい話を聞こう。何があっ……」
ああ……いいところだったのに警備隊が来てしまった。
これは、女の子が悪いっぽいね……ん? なんか、今、睨まれたような?
「アレス様。この後は我々警備隊が引き受けますので、どうかこのままお帰りください。先程から領主様が探していらっしゃいましたよ」
うーむ、やっぱり睨まれたぞ。
なんなんだよ……あ! 逃げようとしてる。
「えっ? 父上が……そうですか。早く戻らないと」
いや、逃げてんじゃなくて……んー、わかった! 何かを草むらに隠したぞ。
よし、場所は覚えた。
「父上は、どちらにおられるのだろうか?」
警備隊の人に言った方がいいのかな……あらら、二人とも警備隊に捕まってしまったねぇ。
でも、草むらに隠したものには気づいて無さそう……なんかあの女の子の口元がニヤリとしている。
「領主様は、会議室の隣のホールで出席者の方々とご歓談中です。イロハ殿達も一緒にとおっしゃっていました」
アイツ……なんとなく不愉快だな。
俺の中で、女の子が悪は確定だ。
そうと決まったら、草むらへレッツゴーだ……何が出るかな、何が出るかな…………でたー!
ちっちゃい小瓶んー? 蓋を開けてみたら……これは! イチゴのジャムか?。
「うむ。では、私たちは戻ろう。イロハ……イロハ、お、おい」
なんでジャムなんだ?
……おっさんのところでジャム盗む、逃げる、捕まる、逃げられないと思って証拠を隠す、証拠不十分、釈放、後で取りに来る、ニヤリ…………これや。
甘いぞ、名探偵イロハの目は欺けんぞ、ジャム子さんよ。
「フッフッフ……謎は全て解けた!」
「ど、どうしたというのだ、イロハ。頭でも打ったか?」
「あ、いえ……えっと、警備の人ー! これ、そこの草むらに、さっきの女の子が隠していましたよ」
「あ、ああ。ありがとうな。あの大男は、パン屋のコンゴさんだ。おそらく、女の子がこれを盗んだんだろうな」
「あらら、腕についてた白い粉は小麦粉だったのか」
「では、我々は失礼いたします。ご協力感謝いたします」
そういって、最後の警備隊の人も去っていった。
ジャム子はこってり絞られるんだろうな……自業自得。
「では、我らも戻るとするか。ポルタもそんなところにいないで、行くぞ」
「お、おら怖くって……」
「では、戻りましょう」
一件落着したが、戻ったら酔った大人たちに、もみくちゃにされて、結局コアプレートは明日までお預けとなった。
余談だけど、あのジャム子は、町で有名な万引きの常習犯で、コンゴさんがやっと捕まえたところだったらしい。
結局、コンゴさんのパン屋で働いて返すみたいなことを警備隊の人に聞いた。
ジャム、美味そうだったなー。
寄れればコンゴパンを食べてみたい。
酔った父さんはというと……王都から来た偉い人とすごく言い争ってる。
アレス様からは憐みの目が……ラシーン様からは苦笑され、ポルタからは…………寝てる、か。
明日は、やっとスキルがわかる! 楽しみだ。
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