三十六話 友悌(ゆうてい)

 開拓団の休憩室で目を覚ました。

 

 外は真っ暗、たぶん真夜中じゃないかな?

 開拓団の建物内からも全く声がしないし、外からも音がしない。

 こんな時、時計が無いと不便だな~。


 今から家に帰るわけにもいかないし……。


 それにしても、今日は大変な一日だった。

 二人の女の子相手に先生の真似事をしたり、クマ相手に大立ち回り……とても九歳の子供の日常じゃないよ。


 話した感じだと、父さんは俺のことで何か違和感を持っているように思えた。

 俺自身も、いつの間にか年齢不相応な言動や行動をとってしまった気がする。


 そりゃ、命がかかればしょうがないとは思うけど、少し軽率な面は反省しないといけないな。


 俺の精神、スキルのこと、以前の記憶……。

 他の人と比べて明らかに違うと言える。

 やはり、俺という存在はこの世界で特異な形となっている気がする。


 精神は日本人、生まれはメルキル人……だから、特性も中途半端で他と違うような表現なのかもしれない。

 父さん、母さん、ミルメ、レジーの四人と自分の特性があまりにも違うということも、別世界から来た事による影響なのか?


 あの願掛けの神社から、俺の精神とか魂みたいな中身だけがこの世界のイロハに移ったのかな。

 神社で飛ばされ、ミコタンドウに移り、母さんのお腹に吸い込まれたという記憶……たぶんあれは、父さんと母さんだったと思う。

 

 そもそも、生まれる前の記憶があるって事がおかしいもんな。

 これが実体験なのか、想像上のものなのか、記憶だけなのか、魂とやらが実在するのか、現実なのか、長い夢なのか…………考えれば考えるほど自分というものがわからなくなる。


 そう言えば、肩があんまり痛くないし熱も引いたか?

 包帯をめくってみると、腫れは無く紫色だったのもなくなって、ただの擦り傷みたいになっている。

 この世界には特効薬みたいな物でもあるのか?


 いろいろあったが、疲れた体を癒やすためにもう一度寝ることにした。



 ◇◇



 朝、目を覚ますと、両親とリアムが揃っていた。

 家族に見守られながら起きるのは、不吉な感じがして落ち着かない。


「父さん、母さん、おはよう……もう大丈夫」


「起きたか? 体の方も大丈夫そうだな」


「うん」


「なんだか、剣術の訓練の時を思い出すわね……」


「おいおい、ステラ……昔の事を引き合いに出すのは勘弁してくれよ」


 なんだか、二人であーだこーだ言い合ってる……仲がいいな。


「リアム、父さんと母さんは口喧嘩で忙しいみたいだから、二人で帰ろうな」


 弟のリアムが、母さんの後ろでモジモジしながら前に出てきた。

 ここのところ全然構ってなかったからね。


「兄ちゃん、大丈夫なの?」


「大丈夫だぞ〜、今日は遊んでやるからね」


「やたー!」


 さてと、帰ろうかね。

 リアムと手を繋いですぐ近くの自宅へと向かう。


「おーい! イロハ、リアムどこへ行くんだー」


 父さんがなんか言っているが、痴話喧嘩中は基本的に関わらないようにしている。


「さっ、行こうか」


「うんっ!」


「リアム、最近は母さんと外に出ているようだけど、お友達はできたか?」


「……うん。セグ君とアルテちゃん」


 二人とも、団員の誰かの子だろうな。

 男の子の方は最近良く見る子かな? 女の子の方は初めて聞いたな。


「そっか。セグ君って業務部によくいる子だよな? アルテちゃんは知らないなあ」


「うん、二人ともぼくと同じ歳で仲良くなった!」


「兄ちゃんも、同じ歳の仲間がいるからね、友達は大事にしないといけないよ」


「うん、大事にする!」


「今度、兄ちゃんにも紹介してね」


「うん……ねえ、兄ちゃんは、仲間を守るためにクマと戦ったの?」


「うーん、戦ったというか、なんとか耐えて逃げてきた感じかな」


「怖くなかったの?」


「そりゃあ怖かったさ。死ぬかと思ったよ。でも、みんなを逃さないといけなかったからね」


「ぼくも、兄ちゃんみたいに強くなりたい」


「ハハハ。兄ちゃんは、そんなに強くないよ」


「だって、お父さんが言ってたもん」


「なんて言ってたの?」

 

「兄ちゃんは、勉強と剣の訓練を頑張って強くなっているから、リアムも見習わないとなって」


 ふーむ、父さん……俺をダシに使ってリアムに勉強と稽古をさせようってつもりか。


「リアムは、強くなってどうするの?」


「一番になりたい!」


「一番になるのは大変だけど、ずっと一番でいるのはもっと大変だぞ」


「そうなの?」


「そうだと思うぞ、リアムが一番になったら、一番になりたい人からずっと狙われるなぁ、たぶん」


「ぼく、負けないもん」


「それじゃ、負けないように強くならなきゃね」


「うん、頑張る」


 そんな、他愛もない話を家の前でしてたら、父さんたちが帰ってきた。


「二人とも、家の前で何してんだ?」


「最近、リアムと話をしていなかったから、ちょっとね」


「なんだ、なんだ? 父さんには内緒か?」


「いや、僕を引き合いにして、リアムに稽古をさせようとして……」


「待て待て、そもそもお前はいつも頑張っているじゃないか」


「僕が稽古を辞めたから、リアムに剣術を仕込み……」


「イロハ! 分かった。父さんの負けだ、もう勘弁してくれ」


 言葉をかぶせてまで暴露を避けたいという父さんの思惑は見え見えだ。

 母さんの鋭い眼差しが突き刺さっている……これは、第二ラウンドがありそうだな〜。

 そそくさと退散っ。


「ルーセント! あなた、リアムが自分から稽古を…………言って……だから………………」


 あらら、次のラウンドのゴングが鳴ったか。

 遠ざかる声……頑張って、父さん。

 


「リアム、中へ入ろうか」


「お父さんとお母さんは、大丈夫なの?」


「ああ、仲がいいんだよ、二人は」


「ふぅん」

 

 そのまま、二人で自室に向かった。

 今日は俺の部屋で、お話でもするかな。


「リアムは、剣の稽古をしたいの?」


「お父さんが、ぼくには剣術が合ってるって言ったから……」


 あー、やっぱり父さん発信のやつだ。

 俺ん時も言ってたな「イロハは剣術の才能があるぞ」って。

 

「そうか〜、色々やってみて好きなものを見つけたらいいと思うぞ」


「兄ちゃんは、何が得意?」


「僕はね、前に出て戦うより、戦術って分かるかな? 考えて、後ろからなんだかんだ言う係の方が好きだね」


「戦術は、この前の稽古でお父さんに聞いたよ。相手を倒す方法……だった?」


「そうそう、そういうのを考える役目が、兄ちゃんはやりたいな」


「それは、強い人なの?」


「難しいなぁ、一人では弱いかも知れないけど、沢山いると強いとも言えるな」


「じゃあ、兄ちゃんは、友達をいっぱい作らなきゃね」


「そうだね〜。でも、なんでリアムは強くて一番になりたいの?」


「一番強いと、かっこいいから」


「そっか。まあ、強さっていうものは色々あると思っていたほうがいいぞ」


「剣が強いとか、槍が強いとか?」


「そういう武器の違いとかもあるけど、例えばリアムが一対一で僕に勝ったとしよう。でも、仲間をいっぱい連れてきた僕が相手だったら、どうする?」


「全部に勝てるように強くなるもん」


「じゃあさ、僕には勝てるとしても、僕がリアムより強い人を連れてきたら?」


「……兄ちゃんのいじわる」


「そういう事。一番強いと言っても、それはやってはいけない事が守られた中での話」


「でも、強くなりたい……」


「ダメじゃないよ、ただ、強さというのは色々あるって事を、兄ちゃんは言いたかったんだよ」


「じゃあ、兄ちゃんはどんな人が強いと思うの?」


「うーん……難しいな。戦わないで勝てる人は強いと思うな。あと、心が強い人というのもあるかな」


「戦わなかったら強いかが分からないよぉ……」


「まあね。でも、弱いとも言えないだろ? 戦ってもいないんだし」


「うん……」


「しかも、それで勝つって凄くない?」


「凄いけど、凄さが分かんないや」


「そうだね。僕は、そういう人が本当に強いと思うよ」


「ふーん、なんだか難しくてよく分かんないや」


「リアムは、強くなるためにどんな強さが必要なのかをこれから勉強していけば良いよ」


「わかったー」

 


 それからと、久々にリアムと雑談に花を咲かせた。

 なんだか、リアムはとにかく一番になりたい子のようだ、弟やな〜。


 しばらくして、こってり絞られた父さんと母さんが戻ってきて、夕飯となった。

 


 夕飯後に、父さんから、何やら二人で話したいとお誘いがあった……。

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