三十五話 くまちがい

 ……ハッ!

 

 ここは、どこだ?

 知らないところで目が覚めた。


 起き上がろうとするも、強烈な筋肉痛のようなものが襲ってくる。

 イタタ……。


 周りを見ると……ミルメ、レジー、それに父さん、母さん。


「父さん……」


「起きたか? 体の方は大丈夫か、イロハ?」


「イロハ……母さん、心配したのよ!」


「ごめんなさい……」


「ううん、無事ならいいのよ……あんまり危ないことはしないでね」


「イロハ、ミルメちゃんに状況は聞いた。開拓事業を急ぐあまり、獣の討伐が追いついていなかったようだ……すまない」


 父さん、母さんにこってり絞られたんだね……疲弊感が凄い。


「イロハ……大丈夫なの?」


「ああ、レジーか。無事に逃げられたんだな、よかった」


「イロハ、あたし……」


「ミルメ、ありがとうな。レジーを連れて行ってくれて、助かった」


「ううん、もっと早く帰って来たかったけど……遅くなってゴメン」


「いいよ、ミルメはよくやったよ」


「今日は、その辺にして、みんなも少し休むんだ。大怪我はなかったが、イッカクグマ相手に立ち回ったんだ、体を休めておけ。それから、少しイロハと二人にしてくれないか?」


 父さんがそう言うと、母さんがみんなを連れて部屋を出て行ってくれた。

 

 イッカクグマ……?


「父さん、あれはカブトグマじゃないの?」


「ああ、聞く限りは、カブトグマではないな。見た目が黒で、大きさも引っかき傷の高さや傷の深さを見た感じではカブトグマほど大きくない、イッカクグマだ」


「そうなんだ、どっちも見たことがないから……」


「そもそも、カブトグマは全体的に茶色で、もっと大きく、自分より大きいものには角で攻撃をする。角を使うから、先端が丸いんだよ。小屋にも角の跡がなかったし、そもそも生息域はもっと北だ」


「角か。あのクマ、けっこう賢かったよ」


「イッカクグマは、非常に頭の良い獣だ。人のように手足を使ったり、教えればある程度の言葉も覚えるらしい」


「そうなんだ。確かに、僕の言葉を分かっている感じだった」


「子供のイッカクグマを飼う……みたいな事が王都で流行った時期もあったんだ。結局、維持費がかかり過ぎて手放したり、成獣になったので持て余して森に帰したという者もいたようだ」


 どこの世界にも、似たようなことがあるもんだ。


「なんで村の方まで来たんだろう……」


「北の森は、王都に近いし、そっちから流れてきたのかもな。人に飼われていたなら、人が集まるところに餌があると考えたのかも知れん」


「うーん、そんなに賢いんだったら、扉を壊して入ってくるとかもあったんじゃないかな?」


「そうだな、もし大人のイッカクグマが本気だったなら、あんな小屋に籠城したところでそんなにもたなかっただろうな」


「ふーん、じゃあもしかして、イッカクグマは襲ってきた訳ではない、とか?」


「当たり前だろ、さっきも言った通り、お前たち子どもが何人いても本気のイッカクグマには勝てんぞ」


「そっか……」


「だからと言って安全ではないからな。たぶん、餌目当てか、飼われていたなら遊ぼうとしていたのか……そんなところじゃないのか?」


「そんな風には……いや、小屋の周りを回って、扉は壊してこなかったし……そうかも知れない」


「それに、開拓団であの付近の危険な獣はほとんど討伐が終わっていたんだよ。見落としはあるかもしれんが、イッカクグマなんて大きな獣だったら、まず見落とさないと思う。そういうスキルを持っている者がいるからな」


「なるほど、そういう事か。じゃあ、今回のは……」


「そうだ。飼い主が無責任に手放した可能性もある」


「そっか、獣の事を考えるとちょっとかわいそうだね」


「まあな。王都側の森で飼っていたのが逃げ出したとか、飼い主がいなくなったなど、そういう要因でこちらの森に迷い込んだんだろう」


「なんか悪いことしたかな? イッカクグマを傷つけてしまったよ……」


「自分も傷ついているじゃないか。手段や相手はどうであれ、女の子二人を逃がし、一人でイッカクグマを撃退したんだ。お前は自慢の息子だよ……母さんには内緒だがね」


 父さんに褒められて、つい嬉しくてウルッときた……母さんには弱いけど。


「うん……」


「しかし……お前のスキル、どうなってんだ? この前の野盗の時もそうだが、かなり強力な攻撃力を持っているよな?」


 そりゃ、気づくよね……こっちも必死だったし。

 できればあんまり明かしたくはないんだけど、父さんの質問をかわせる自信がない。


「そうかなあ? 強化でちょっと強くなるだけなんだけど……」


「俺はお前の父親で開拓団の団長でもある。野盗撃退にイッカクグマ撃退、報告書を作る際にいろいろと検証しているさ。お前の強さは、ちょっとじゃないな」


「夢中で頑張って戦ったんだよ。僕も分からな……」


「まあ、そんなに警戒するな。ただな、俺に気づかれる程度ってことは、もし学校へ行くことになったら……分かるだろ? もう少し自覚してくれってことだ」


 なるほどね。

 学校に行く場合、スキルはごまかすことになっていたんだっけ。

 父さんとしても色々と心配してくれているんだな。


「うん、分かった。自分の命の危険や、近しい者に危険がない限りは無茶しないよ」


「まあ、父親として、そのスキルを間違ったことに使ってくれるなよってこった」


「わかった。父さん、ありがとう」

 

「ここは開拓団の休憩室だ。わかったなら、さっさと寝るんだな。それじゃあな」


 そう言って、父さんはすぐに出て行った。

 家族って暖かいな。

 心配かけたかと思ったら、褒めてくれたり、将来を案じてくれたり……。

 

「ふぅ〜」

 

 イッカクグマのクマゴロウが本気じゃなくて良かった。

 アイツは、遊んで欲しかったのかもしれないな……じゃれたりしたら、大怪我は必至だが。

 あんなに賢い獣がいるなんて、サーカス団もびっくりや。


 ……今も、手に残るクマゴロウの腕に棒がグサリと刺さっていく感覚、相手が知的動物だと、余計に罪悪感が沸き起こってしまうよ。

 

 人の善悪の考え方は、環境でだいぶ変わってくると思う。

 俺は、日本での生活が長いから、まだ適応できていないのかもしれない。

 相手が人の場合……ここが一番覚悟のしどころだろうな。

 躊躇していたら、たぶん搾取されるか早死しそうだ。

 

 圧倒的な防衛能力か、高火力の抑止力が必要……頼む、よ。

 

 小さな頃からこんなに命の危険があるなんて、日本じゃ考えられなかったな。

 

 さすがに、父さんは色々と感づいていそうだ。

 いずれ、全部話すことになるのかもしれないけど……父さんは、どう思うんだろうか。

 さすがに今日は疲れた。

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