三十四話 スタコラサッサッサのサ

 身体強化した俺では抑えきれないカブトグマの力、時間が経てば抜けてしまう。

 だから、もっと深く刺す必要がある。

 クマには悪いが、できれば貫通させたい。


 深く刺すには俺の力や体重、身長も足りない。

 そこで、踏ん張るために扉の三方枠の縁に足をかけ思いっきり棒を押した。


「ぐっ、いけぇぇぇー!」


 グサリ……

 

 手に伝ってくる生々しい感覚……刺さった、貫通したぞ!


「グゥアオーォォー」

 

 カブトグマの血がボタボタと落ちて、悲鳴のような唸りを上げて暴れるから俺も血まみれになってしまった。

 貫通したと言っても、腕の肉の部分なので暴れて千切れたら抜けられてしまう。

 

 ガリガリガリ……


 ゴッゴッ!


 外では、左手で小屋の壁面を削ったり、殴ったりして暴れているようだ。

 この状況をどうにかしないと。


 そーっと、扉を開けてみると、そこには怒り狂ったカブトグマさんがこちらを見ている。

 顔に、お前だけは逃がさんぞ、と書いてあるかのようだ。

 出ようとすると、こっちの方に反対の左手を振って攻撃してくる……出られないじゃん。

 

 ムカついたので、もう一本の棒をちょっと尖らせて手のひらというか、肉球? にブッ刺した。

 

 クマさん大暴れ。


 もう一回、出るそぶりを見せると、さっきよりも殺気が増したような攻撃を仕掛けてくる。

 この野郎、俺だけ閉じ込める気だな……なんて嫌な奴なんだよ。


 知能も高そうな獣だし、どうにかして俺のことを危険と認識してくれないだろうか。

 本能で感じてくれれば、去っていくんじゃないかと思うんだけど……子供の俺じゃ無理な話か……。


 ……三発あったな、石。


 やるか。

 強化、強化、強化ッ!


 やるなら、徹底的に、だ!


「せーのっ! 石投げーっ!」


 部位強化プラス石強化で、思いっきり顔面に向けて投げた。

 あの時の野盗とは違い、至近距離なんで当てるのは簡単だ。


 ガキンッ!


「……グォ!」


 うわぁ、ちょうど角の所に当たってしまった。

 でも、角が欠けたぞ、凄く怖い顔をこちらに向けてグォーと威圧してくる。

 

 もう一丁!


「えいっ!」


 ボコッ!


 あっ! エグい音を立ててカブトグマの目に……刺さったと言うか、石が目になった状態。

 カブトグマの左目の代わりに、俺の投げた石が刺さっている。

 かわいそうだけど、ここで止めるわけにはいかない。


 もう一丁だ!


「せーのっ……ん?」


 隙間から覗くと、カブトグマさん、右腕は小屋に突っ込んだまま、角は欠け、残った左手で左目の所を押さえ、両足を前に出して座っている……どうしたんだ?

 

 恐る恐る扉を開けて出ようとしてみるが、襲ってくる気配はない……なんか、目をそらしている感じだ。


 …………まさかね。

 

 とりあえず、肩の傷を濡らした布で拭う……凄い血だ、うぁ、深そう。

 今は見ないほうがいい。


 小屋にあるもう一本の棒と、石ころを取りに行きカブトグマをもう一度見る。

 

 でかい図体でクマのぬいぐるみみたいな恰好で座って、右目の上目遣いでこっちを伺っている。

 

 でも、甘いことは言っていられない。

 石を投げる感じで、投球モーションに入ってみる。


「オウオウフォウ……」


 なんか、弱弱しいというか甘えるというか、そんな声を出してきた。

 確認のため、目を押さえている腕に向かって軽く突いてみる。


「ツンツンツーン……」


「フォウ……オウオウ」


 なんか……とても弱弱しいんですけど。

 命の危険を感じて戦意喪失……と見ていいよね?


「おい、クマ。お前、助けてほしいか?」


 賢そうだし、言葉とか分かるのかな?

 もちろん、芸術的と定評のある俺のジェスチャーも交えて、意思の疎通を試みる。


「オウオウ、フォウオウ」


 うーん、なんか言っているように聞こえないでもないが。


「お前、言葉が分かるのか?」


「オウオウ、ワフゥ」


 これ、通じてる?

 そんな賢い獣って……まあ、ここは別の世界だし、あり得るのか?

 犬だって、飼い主が怒っていることも分かるって言うし。


「おいクマ、人に攻撃するな。わかるか? 分かったら左手を地面に置け」


 華麗なジェスチャーを披露し、大げさな動きも交えながら、通じているか確認してみる。


 そしたらなんと……。


「オウオウ、オオウ」


 何か言いながら、左手を地面に置いた。

 こりゃ驚いた、コイツ知能レベルが結構高いぞ。

 スキルとかある世界だし、言葉が理解できているという考えも当たっているかもしれない。

 

「僕に攻撃をするな、分かるか? しないなら、仰向けになってお腹を見せろ」


 もちろん得意のジェスチャーも交えながら、仰向け降伏ポーズをして見せた。

 今襲われたら死ねる……。


「オウオウ、オウー」


 クマの仰向けか。

 ちなみに、俺と並んで仰向けという間抜けな構図ではある。

 見た目は凶悪な面をしている……クマゴロウって命名してあげよう、オスかは知らんけど。

 

 人間ほどの知能は無いにしても、言葉はわかる、でも理性とかは無さそう。

 今は、本能で命の危険があると思っているのかな。

 

 なんか、以前飼っていたゴールデンレトリーバーを思い出すんだよな、この状態の獣を殺すのは忍びない。


「腕を外すが、攻撃するなよ。そのまま、仰向けになっとけ」


 甘いとは思うけど、ここまでやってみせたクマゴロウの男気を買って、生かしてやることにした。

 もし、腕を外して襲ってきたら籠城戦だ、間もなく助けも来るだろうし、もう甘いことは考えない。

 幸い、こっちは小屋の中だし、なんとかなるだろう……と思う。

 

 棒の強化はすでに解けているだろう。

 最初は肉球のやつを抜いて、次に腕に刺さった棒は……足を壁で支えて一気に抜く。

 荒っぽいけど、勘弁してほしい。


「グオ、オウオオオ……オウォォ」


 たぶん、クマ語で「痛い、痛い」って言ってんだろうな、すまんが丁寧になんてできないのだよ。


 ……まだ、腕を抜こうとしない。


「おい、クマ。もう腕は抜けると思うぞ」


「オウオウフゥ、フォウオウ」


 いや、分からんて。

 

 ん-、こっちから腕を見ると……ああ、折れてるな、これ。

 ダランとした腕を、こっちから押し出すが、重っ……うー、しかも血で滑る。

 

 そうだ、さっき肩を拭った布があったな、布をグルグル巻いて……んー!

 よし、抜けた。

 

 毛は硬いし、血でベトベトやんけ、生臭いなあ……あーやだやだ。


「オーオウオウオウ」


 扉の隙間から様子を見るが、腕が戻ってきても仰向けの状態でこっちを伺っている。

 

「もう、起きてもいいぞ。そのまま森の奥か山の奥へ帰れ。そして、二度と人を襲うなよ。分かったらもう行っていいぞ」


 扉の内側で、オーバーアクション気味のジェスチャーを披露した。


「オオーウ!」


 ちょっと大きめの鳴き声? みたいな声を上げ、ゆっくりと起き上がり、右腕を押さえながら歩いて森の方へ向かって行った。

 俺は、小屋をすぐには出ずにしばらくしてから出た……獣臭っ。

 

 カブトグマが行った方向に目を向けると、遠くでこちらを見ているカブトグマが見えた。

 ん? 布……匂い嗅いでやがる。

 

 まさか、リベンジの予定なのか?

 残念だが、お前の腕が治る頃にはこの村に俺はいないのさ、ハッハー!

 

 いつでも逃げる心構えの俺だったが、襲われることもなく、スタコラサッサッサのサ……とはいかないが、カブトグマはゆっくり去っていった。


 ふと、足元を見ると、辺りは血だらけでカブトグマの毛と角の欠片が落ちている。

 

 …………。

 

 あー疲れた、なんか熱っぽいな、特に左肩。

 肩の傷がだんだんと痛くなってきた……うわ、奥が見えないほど深いな。

 傷を押さえても血がボタボタ出て止まらないし……傷周りの色も紫色になっている、ちょっとヤバいかも。

 早く治療しないと、後遺症とか残りそう……うぅ、まずは血を止めないと。

 

 ああ……でも、もう布も無いし帰る力が残って無い……。


 俺は、村に向かって歩き出そうと足を踏み出したら……ガクンと崩れ落ちた。

 あはは、力が入らん。

 傷のせいか、体力の限界なのか、緊張の糸が切れたみたいだ。


 体は、カブトグマの血と自分の血でベチャベチャ、靴はどっかに行ってしまったし、見た感じやられた感が溢れているな。


 こんなときに限って……。


「おーい! 大丈夫かー!」


 来るという。

 俺は、こんな状態で地面に寝転がっている……。


「イ、イロハ君ッッ!」


 遠目にハチェットさん、あとモーリーさんかな……もう、説明する力も出ないや。

 

 

 肩の傷を頼む……そう強く思いながら……力尽きてしまった。

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