三十三話 ある日森の中

 レジーの傷は、そんなに深い物ではなく擦り傷程度だったので、布で巻いておけばいいだろう。

 この水、腐っていたりしないよな?


「これで大丈夫だな。この後、どうしようかな?」


「あたし、棒を投げる訓練がしたい!」


「えっ? さっきのやつ?」


「うん。さっきね、投げた時シューってなって、思ったように飛んだんだー」


 それ、さっき聞いたんだけどね。

 言いたいことがよく分からんけど、ミルメ的に何かを感じたとか、そういうことかな?


「ミルメ、それは俊足のスキルを使う時みたいな感じと言いたいのか?」


「どうかなー? なんか、思った通りのところに飛んだなーって」


 なるほど。

 たぶん、意識して投げたことで何かを感じ取ったというところかな?

 ミルメは、感性豊かな方だからやりたいようにしたほうが伸びる気がするな。


「それじゃさ、もっと違う方法で試してみよう! もしかしたら新たなスキルを覚えるかも知れないし」


「うんっ! もっかいやるー!」


「レジーもスキル覚えたいの……」


「どこで、どんなきっかけでスキルを覚えるかは、人によって違うそうだから、レジーも何か感じたら遠慮なく言うんだよ?」


「わかったの」


「今日は、レジーが怪我をしているので五彩樹のあたり……」


 ガタガタ……


 ん? さっきから外が騒がしいな……風じゃない?

 扉の近くにいたミルメが振り返って青ざめた顔でこっちを見ている。


「ど、どうしたミルメ?」


「イ、イロハ、外に……」


「なに、なに、レジーも見るのー」


「どうしたんだ? ごめん、ちょっと、レジーは下がってて」


 そーっと扉の隙間から外を見てみると……黒い、毛むくじゃらの、大きな獣が……クマや、クマがおる。

 とりあえず二人は小屋の奥に下がってもらおう。


「ミルメ、レジー、危ないからこっちの方へ下がって」


 二人は急いで奥の方へ下がる。

 俺は、扉の隙間から覗いてクマを観察する。

 あれは、クマ……か?

 クマに角とかあったかな、いや、無いわ……。


「あたし、知ってる。あれはカブトグマ、すごく怖い獣って父ちゃんが言ってた」


 カブトグマね……確かに角が頭の中央に一本生えているかなり大きいクマではある。

 

 こんな時は、すーっと深呼吸。

 落ち着かないといけない。

 

「あのカブトグマって、危ないんだよね?」


「うん、あたしの父ちゃんの知り合いが食べられたんだって……」


 うぁー。

 また急にこの展開が来たなあ、いきなり命が軽くなるという。

 この世界は、治安が悪いというか危険が多いというか……日本と比べてもあれなんだけど。

 むぅ……どう乗り切るか。


「二人とも、奥にいてね、絶対こっちに来ちゃだめだよ」


「うん、大丈夫?」


「レジー怖いの……」


「何とかする。だから、僕の言う事を聞いてね」


 ……とは言ったものの、武器も無いし、何かに使えそうなものは無いかな?

 周りを見る限り、水瓶、柄杓、麻袋みたいなやつ、薪、薪になる前の木、薪の元となる丸太……薪ばっかりやんけ。

 

 手元にはさっき模擬戦した時の棒、手に巻いた布の余り……せめて金属製の武器とか無いのか?


「イロハ、レジーはぴらみっどの石ころを持っているの」


 そう言ってレジーは、ポケットみたいなところから卓球ボールくらいの石ころを三つ出した。


「ありがとう、レジー」

 

 棒切れ三本と、石ころ三発、薪、薪、薪……これで、カブトグマに勝てるっ! わけないやろ。

 それでも対策を考えていると……。


 ガン、ガン、ガガーン!


 ゴン、ゴーン、バリバリバリ!


 カブトグマさんが、小屋に打撃を与えて壊しにかかっている。

 この小屋は、二番目の子豚さんくらいには強度があるはずだ……ああ、末っ子豚のレンガであってほしかった。


 何度か、ガンガン叩いていたが、簡単に壊れないことを悟ったのか、静かになった。

 

 ……と思っていたら、裏側に回ってまたガンガンやり始めた。

 グルグル回って恐怖を煽っているのか?


「そろそろ、小屋がヤバいかもしれん。今度は、奥が危ないから扉の辺りまでおいで」


 シーンと静まる……。

 

 …………ザッザッザッ


「ヤバイっ! カブトグマが戻ってくる」


「二人とも、小屋の真ん中へ集まって」


 くそー、カブトグマの野郎、賢いじゃねーか。

 中の音? を確認しながら、攻撃個所を変えているぞ。


「このままだと危ないから、ちょっと準備するよ」


 麻袋を防空頭巾のように頭に被せて、二人とも装着。

 ここを飛び出すときに強化をかければ、少しはましか。

 

「これ、チクチクして痛いのー」


「今は我慢してくれ。カブトグマを何とかしないと三人とも食べられてしまう」


「わかったのー」


「その頭巾は、簡単に破れたりしないから、安全のためにな」


 切ったり刺したりの攻撃には少し耐えられると思うけど、打撃は……厳しいな。

 とりあえず、考え中に棒の先でも尖らせとくか……水瓶の壁面がザラザラしてるので擦ればなんとか……ズリズリ。


 作戦……作戦…………。

 俺が囮になる、二人は逃げる……俺、死ぬかも……これはダメ。

 立てこもる、建物を強化しながら耐える……建物全部を強化できるかは分からないし長くも持たない、助けは期待できないだろうな。


 うーん、やっぱり戦うしかないのか?


 二人には、扉の前で声を上げてもらって、カブトグマが来たらミルメに扉を開けてもらって、俺の渾身の石投げ三発……デカいから当たるだろうけどダメージがどのくらいかは分からない。


 尖らせた棒で、さっきの投げをミルメにやってもらうか?

 そんなに尖っていないし、カブトグマに刺さるかどうかで最悪な結果もあるな……ダメだ。

 

 ドカッ! ドーン!


「キャー!」


「うぁっ! 危ないっ!」


「……ふぇっ……っぐ……ふぇぇ」


 カブトグマの腕が壁を突き破った!

 二人とも半べそになって寄り添っている。


 パラパラと丸太小屋の壁だった木片が散らばる。

 カブトグマは、突き破った手で中を探っている……。


 ガサゴソ、ゴソゴソ


 ゴソゴソ………………グググッ

 

 なんか、動きが探っているというより……ん? あっ! コイツ、手が抜けないのかっ!

 

 チャンス到来!

 咄嗟に、身体強化! そして、少し尖らせた棒を強化。

 

 今だっ!

 俺は、思いっきり力を込めてカブトグマの腕の部分に尖らせた棒を突き刺す。


「おりゃー!」

 

 グサッ!


 さ、刺さった……が、腕の半分くらいまでか。

 できれば貫通させたかったが、棒がストッパーの役目をして簡単には抜けないはずだ。


 ガン、ガンッ!


 カブトグマが、腕から血を流して痛がっている様子。

 

 逃げるなら今しかない!

 

 しかし、穴の横が扉なので、普通に出るのは厳しいか。

 この力で扉を攻撃されなくて本当によかった。

 

 腕に刺さった棒がいつ抜けるかも分からないし、穴をこじ開けられるかも知れない。


 やるしかない……二人の麻袋頭巾を強化。


「ミルメ、レジー、聞いてくれ。今から、僕がカブトグマの腕を押さえておくから二人は一気に逃げてくれ。たぶん、気を取られている間に扉から急いで出れば、逃げられるはずだ」


「そ、そんな……イロハはどーすんのよっ!」


「僕は大丈夫だ。なんとかここで耐えきって見せる。だから、開拓団の人を呼んできてくれ」


「ふぇぇ……ダメなの……イロハが食べられちゃうの……」


「レジー、今は俺を信じてミルメと行ってくれ。大丈夫だ、考えはあるから」


「ほんとに? ほんとに、大丈夫?」


「ああ、ミルメ。時間が惜しい、早く行かないとどうしようもなくなる。俺がカブトグマの腕の棒を掴んだら合図するから、二人で扉を開けて村の方へ一気に走るんだ」


「……わかった。レジー! あたしと手をつないで」


「ふぇぇ……ミル姉ぇ…………」


 分かってくれたか。

 もうこれしかない、頼むぞミルメ。


 俺は、カブトグマに刺さった棒を強化し、身体強化した力で握りしめて声を張り上げて叫んだ。


「じゃ、行くぞ! ぐっ……おりゃー!」


 ガサッ!


 ドンッ!


 うわっ!

 カブトグマの力が強すぎて、俺は振りほどかれてしまった。

 幸い、棒は抜けなかったが、左肩のあたりを爪で引っかかれ壁に激突してしまった。

 

 っぐ……肩の傷を見ると、爪で抉られていて深さが分からないほどだった。

 くそー! たぶん、今は興奮して痛みまではそこまで感じていない……後が怖いな。


「ふぇぇ……イロハ、血が出てるの……」


 カブトグマは、振りほどこうと必死だが今度はそうはさせない。

 棒を脇の下でしっかり固定して、力を込めて両手で握る。


「もう一丁行くぞっ! おりゃぁ! 今だ、行けぇぇー!」

 

 俺は、腹の底から大声で合図を送る。


「イロハ……行くね、大人の人呼んでくるから、絶対、絶対、死んじゃダメよー!」


 ミルメは、扉を開けて少し外を見てから、レジーの手を取り縁起でもない言葉を叫びながらカブトグマの横を抜けていった。

 よし、何とか二人は脱出成功だ。

 

 

 後は何とか凌ぐしかない……急いでくれよミルメ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る