二話 序章-御隠様-
<某所 一月一日>
今日は元旦、いつの間にか眠っていたようだが、初日の出とともに起きることができた。
妻に内緒で、新年の元旦、国内に数か所ある無病息災、病気平癒、子宝祈願を祭る神社へ十年間一度も欠かさずにお参りをしている。
最初のうちは、子宝祈願をしていたが、今は病気平癒での願掛けにスライドしている。
俺の故郷に『ととせねがう』という願掛けの伝承があって、漢字では『十年願う』と書く。
願掛けの神社は、通称
神社の名前はそれぞれ違うけれど、同一傘下なのか全国で十数か所あると聞くが、実際に今まで二か所しか見たことがない。
幼少の頃、祖父母と参拝した時、すごく印象的だった事を覚えている。
特に印象に残っている逸話があって、たしか……数百年前だったかな?
御隠の神社が『お堂』と呼ばれていたころの話。
ある村の勇気ある青年の『
村に戻れば迷惑がかかる。
時の村長の配慮で、お堂の中で弥助を匿うよう村人に指示し、奥が洞窟状になっているお堂の中へ潜んだ。
皆の願いが叶ったのか、うまく役人をやり過ごすことはできたが、お堂の中に弥助はおらず、代わりに村民が五年は食べていける程の穀物が置いてあったという。
村人達は、弥助が見つからなかったことで、神様が弥助をどこか別のところへ隠し、貧しい村へは食べ物を授けてくれた……と解釈した。
弥助を隠す事から自身を隠すとなり、身隠が『御隠様』へと転じたのではないかと言われている。
神様と祭り上げ、身隠様と弥助に感謝し、お堂を大きくして皆で毎年元旦にお参りをした。
こんな感じの話が神社の由来だったと思う。
余談だが、村人は、弥助の生まれ変わりを願って生まれた子へ、皆が挙って弥助と命名したらしい……当の弥助はどこへ? と突っ込みどころの多い話だ。
願掛けだが『この神社で新年の元旦に十年間毎年続けてお参りすれば願いが叶う』という感じの単純な伝承だ。
そして、今年でちょうど十年目になる。
迷信といえばそれまでなのだが、信じる者は救われる精神で、いつものように気合いの願掛けに挑むところだ。
大きな神社ではないが、元旦と言えば初詣客も結構多いな。
まあ、有名な某天満宮だとか、某神宮などと比べると特に並ぶこともなくお参りできるのでありがたい。
俺は、毎年恒例のお参りをするためにゆっくりと歩を進める。
一度止まり、お賽銭を入れ、二礼二拍一礼……。
「どうか、妻にささやかな健康をプレゼントしてください……
人によっては、お願い事を二礼の時や二拍の時にする人もいると思うが、俺は最後の一礼の時にやる派。
お賽銭は昔から百のご縁、飛躍縁にあやかって百円にしている。
ちなみに、この神社にはガランガランする鈴は無い。
あれ、鳴ったり鳴らなかったりで緊張するからあんまり好きではない。
しかし、とうとう十回目がきてしまったか……。
伝承を信じていたわけではないが、続けていくうちになんとなく希望を持ってしまった自分がいる。
もしかしたら、達成すると何か変わる的な。
十年目だからな、今度は二十年目に期待……という保険をかけ、心を落ち着かせる。
少し長めの最後の一礼から顔を上げ……。
まあね、実際、何も起きないのは分かっている。
そう、思っていた。
あれ? やけに静かだな……神社は、初詣客でいっぱいだった………………はず?
「……!」
ゆっくりと目を開けると、一瞬まばゆい光が目に入ってきたかと思うと、景色に色がなくなっている……まるで古い映画を見ているようだ。
周りが異常に静かだ……それもそのはず、周りの人たちは、見渡す限り時が止まっているように動かない。
モノトーンの世界で、マネキンのように動かない人たち。
「…………」
やばい、声が出ない!
全身も、立ったまま金縛りにあったように動けない。
なんとか体を前に向き直すと、ふと、正面の扉がうっすら光っているのに気がついた。
呼ばれているような気がして、気がついたらフラフラと扉に手をかけてしまっていた。
扉の前に上がってはダメだったような気もするが、まるで腕の周りの空気からサポートされているような感覚で扉を開けてしまった……。
真っ白だ。
体験したこともない白い光が空間を埋尽くしている……ある意味何も見えない。
ここは本殿の中だろうか、手足は動くが声は出ないし、地面に足がついている感覚もない。
正直に言って、すごく怖い。
いろいろと可能性を考えていたら、突然誰かの声が響いてきた。
――――ね……がい。
――――聞き届け……た。
――――そなたが……望む。
――――ここ……とは
低音ではあるものの女性とも男性とも言えない声で頭の中に響く感じだ。
こちらから話すことができないので何も返せない。
――――そこで手にす……るがいい。
――――すべては……己の信念のままに。
――――道は開か……れ。
――――願いは……叶う。
――――〇〇〇〇〇〇〇〇。
最後に知らない外国語のような何とも例えようのない言葉が聞こえた途端、柔道技で絞め落とされているような感覚で、だんだんと意識が遠のいていった。
◇◇
意識を失ったと思った後、どれくらい経ったのだろうか……。
どこかの洞窟の奥みたいな場所で宙に浮いている状態の自分がいる。
洞窟の入り口と思われる方から若い夫婦っぽい二人がこちらへ向かってくる。
「…………」
声をかけようとするが、声は出ないし、足が祭壇? みたいな物に縛り付けられているような状態で動くこともできない。
まるで自分の事は見えていないような雰囲気で、目の前に正座をし始めた。
今気づいたが、自分の手が……透けている、幽体離脱? のような感じなのか、なった覚えは無いのだけど。
目の前の夫婦は、女性のおなかを触り何やらお願いをしている……?
「「ミコタン様、どうか私たちに子を授けてください、お願いします……」」
目をつぶったままの二人からそんな声が聞こえてきた……ミコタン様?
そのまましばらく若い夫婦を見ていたら、二人が触っている女性のおなかの辺りが小さく光り始めてきた……大丈夫なのか?
光が強くなり始めたかと思うと、その光がこちらの方へまっすぐ向かってくる!
危なっ……うぁっ!?
その場所を動けない俺は避けることもできずに、光を浴びてしまった。
そのまま自分自身が光を帯びて、女性のおなかの方へと吸い込まれていく……。
ああ……またあれだ、あの感覚だ……意識がだんだんと……………………。
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