三話 序章-ルーセント

 <ソラ歴九九九年 二の月>

 

 (ルーセント視点)


 ここはメルキル王国南西部に位置するネイブ領。

 

 ネイブ領北部の山林を開拓するためにネイブ領主より、メルキル王国ネイブ領開拓団の団長を仰せつかってから、かれこれ三年が経つ。

 大事業のため、余計な軋轢をなくそうと付き合いやすい雰囲気を出していたら、いつからか住民たちからは開拓村の長で通称『村長』と呼ばれ親しまれている……ほんとは団長なんだがね。

 

 この開拓村には、ネイブ領騎士団より二十名が派遣されており、当初は野営状態で非常に住みにくく開拓事業以外何もすることが無かった。

 半年ほど経ったころから徐々に人が増え始め、三年経った今では住民が百名を超えている。

 もちろん、各領より住民を募ることもあれば、派遣された者の家族を呼び寄せる場合もある。

 俺もその一人なのだが。


 元々、王都で騎士団に所属していながら出世欲もあんまり無かったし、いろいろあって……それなら故郷に戻って身を固めるかと考え、退団しネイブ領へと戻ってきた。

 妻のステラと出会ってから、ちょうど職探しをしていた時に、以前より面識のあったネイブ領主より『開拓団の団長』を押し付……拝命した。

 騎士団では『赤槍のルーセント』と言えば少しは有名だったんだけどな……それが開拓団の団長とはね。


 今日は、開拓中に見つかった洞窟を村の名所にするため、不本意ながら俺が最初の生贄となるべく妻のステラとこれから出向く予定だ。


 大木の木陰に作られた家の窓には、色彩豊かな葉の隙間からの光が差し込んでいる。

 外を見ていた妻のステラは、そよ風を浴びながら薄い水色の髪をなびかせこちらに向き直った。


「おはよう、ルーセント。今日は風が気持ちいいわ」

 

「おはよう、ステラ。今日はいよいよ開拓村の名所の解禁だ、そろそろ準備をしよう」


「洞窟が発見されてから、いろいろと大変だったものね」


「ああ……」


 ステラが、すごくいい笑顔でこちらを見ている。

 

 はぁ……本当に『ミコタンドウ』が出来上がってしまったか。

 

 元々は、ただの小さい洞窟の奥に、社のような物があっただけの遺跡だったが、それなら村の名所みたいな感じにしようと開拓団の皆で考えた。

 結果『ミコタンドウ』とういう子宝祈願の名所ができあがってしまった。

 

 祈願内容は妻、命名は俺、逸話は部下のハチェット……今更ながら調子に乗ってとんとん拍子に進んでしまったな。

 ちなみに、妻のステラは、三年の間に子供ができないことを気にして純粋に意見したんだと思うが。

 

 これは、何が何でも結果を出さなければ後が続かない……祈願するのはいいんだが、今更すぐにできるものなのかね……使命感が半端ない。


「では、向かうとするか」


「はい……」


 


 俺たちは、一応、正装に着替えて祈願第一号となるべく洞窟へ向かった……と言っても、そんなに遠くはないので、少しの雑談をしていたら到着した。


 洞窟の入り口には、多くの住民が集まっていて、俺たちが中に入るのを待ち構えている。

 まぁ一応、挨拶でもしておくか。


「今日は、集まって頂きありがとう! 皆も知っての通りこれから村の名所となるミコタンドウの解禁だ。ハチェット、お前からも一言どうだ?」


 ハチェットが、困り顔でこちらを見て、前に向き直し話し始める。


「ご紹介いただきました、開拓団伐採部長ハチェットです。この洞窟は、開拓の際にたまたま発見されました。洞窟の奥にある社は、『ミコタン様』と称し、この洞窟をミコタンドウと呼びます」


「「ミコタンさまー」」


 妙な合いの手が入る……ハチェットの部下の奴らだな。


「どうも、どうも。えー、資料によると、この奥にあるミコタン様の祭壇で願掛けを行えば、子を授かりやすくなるという言い伝えがあり、えー、とても神聖な場所です。是非、皆さまも、ご夫婦で御祈願ください」


 ハチェットの奴、結局何の逸話も考えていないじゃないか、まったく。


「子宝に恵まれ、村の発展を願って、輝く第一号を、開拓村代表として村長さん、お願いします」


 パチパチパチ、と拍手が起こる。


「僭越ではあるが、開拓団を代表して『団長』の私が先に祈願させて頂く。では、失礼して……」


 皆が見守る中洞窟の奥へとステラを連れて進んでいく。

 洞窟独特のひんやりとした湿った空気の中、ゆっくり歩いていくと、奇麗に整備された祭壇が見えてき…………ん?


 これは……祭壇の右側に木を削って作った板に焼き付けた文字で『ミコタン様』と書いてある。

 非常におどろおどろしい字になってしまっている。

 前の床には、膝をついて祈願ができるように板の上にござが敷いてあり、その前には上が開いた木箱を置いてある。

 ござの左側には、祈願の手順を示してある……手が込んでるな。


 なになに……『膝をつき、前の木箱に供え物を入れ、子宝を宿す母体のおなかに触れて目をつぶりしばらく祈る。お祈り中は、絶対に目を開けてはならない』と説明書きがある。

 隣に補足で『おなかの辺りが温かくなってきたら、ミコタン様が子を宿す準備を整えられましたので、静かに目を開けること』とある。


 そりゃあさ、二人でおなかを触っていれば温かくなるだろうよ。

 上手いこと考えやがったな、ハチェットよ。

 

 うーむ、まあいい。

 さっきから、ステラがワクワクしているので、早速だが手順通り祈願するとしよう。

 

「では、手順通りにやるぞ」


「はい……」


 二人で膝をついて、準備してきたお金を箱に入れてステラのおなかの辺りに触れて目をつぶる。


「「ミコタン様、どうか私たちに子を授けてください、お願いします……」」


 見事に言葉が重なったな、練習した甲斐があったというものだ。


 お……ほんわかとステラのおなかの辺りが温かくなってきた、まぁ、二人で触っているからそうなるのだろう。

 

「………………」


 ステラも同じように感じてるようだな、そろそろ切り上げるか。


「では、戻ろうか」


「ええ……おなかの辺りがすごく温かくなっているわよ」


「そうだな、楽しみにしておこう」

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