第一章 ゴサイ村編

四話 五年後

 <ソラ歴一〇〇五年 一の月>


 ◇◆◇◆ 五年後 ◇◆◇◆


 剣の稽古中に、父さんの打撃を避けきれず頭に直撃を受けてしまった。

 そこまで強打ではなかったが、頭がクラクラしてきたので、そこで稽古を中断、今日は安全を取ってそのまま自室へ戻って休むこととなった。

 

 目が覚めた時は夜中だった。

 少しめまいが残っているけど、意識はハッキリとしている。


 

 

 その時にすべてを思い出してしまった……自分が別世界の人間の『いろは』だったことに。

 

 


 記憶があると言った方が正しいか。

 不思議な感覚だけど、しっかりとした記憶がある。


 日本で過ごした四十五歳までの記憶。

 この世界で過ごした五歳までの記憶……と言っても五歳なので大した量ではない。


 たしかに、つい先日五歳の誕生日を迎えたばっかりだという覚えはある。

 

 記憶なのか経験なのか、少し前まではバリバリ仕事をしていた実感もある。

 

 俺は死んでしまったのだろうか……家族はどうなったのか……。

 

 


 色々ありすぎて混乱している反面、元々の性格が影響しているのか、どことなく冷静でいる。

 折角なので、落ち着いて状況を整理してみようかな。


 まずはこの世界についてだ。

 五歳までの記憶でわかっていることは、ここはメルキル王国のネイブ領という所で、父さんが開拓団を率いる団長である。

 ネイブ領都より北方の森を開拓しており、いわゆる開拓村と呼ばれている。

 

 そして俺は、開拓村ができて三年後に生まれた。

 何の因果なのか、この世界でも俺は『イロハ』と名付けられた。

 開拓団の拠点で団長の住まいがある中心地に『五彩樹ごさいじゅ』と呼ばれる大木があり、一年で五回ほど葉の色を変えるらしい。

 この五彩樹の別名が色々な葉を付けることで『色葉の木いろはのき』と呼ばれており、この木にちなんでイロハと名付けられた。

 

 開拓村も大きくなり、数年前には呼び名を統一するため、五彩樹にちなんで『ゴサイ村』と名付けられた。

 村の規模は、住民が約百人ほどで、これ以上の開拓は一時止めている状態だ。

 移住希望者や来訪者も多く、各施設も徐々に増えてきているため、そろそろ再開発の話も出ていると言う。


 次に、地球と大きく違っているのが、どうやら人間という生き物が地球でいう人間と似て非なるもののようだ。

 こちらでは、通称人間や人という種を厳密には『ヒューム』と呼ぶらしい。

 人間と何が違うのか……この辺りは後で詳しく調べたいと思う。

 

 暦については、一年は一月~十二月があり、全てひと月が三十日となる。

 六日間で一週間とカウントし、五週間でひと月が終わる。

 

 ちなみに、呼び名は一月(いちがつ)ではなく、一の月(いちのつき)と呼ばれている。

 日にちは、一日から始まり三十日となり、週は、一週一日から一週六日、二週一日から二週六日……五週六日で月が終わる。

 週で話すのをあんまり聞いたことないので、あんまり使わないんじゃないかな? 数回しか聞いたことがない。

 

 一年は三百六十日となるのだが、一年の終わりである十二の月が終わると、次の年の一の月が始まるまでに一週間のお休みがある。

 つまり、正確に言えば一年は三百六十日と六日間ということになる。

 この国では、一年の終わりの一週間を『水神様すいじん安息あんそく』と言い、次の年への準備として仕事が休みになったり、感謝祭などのお祭りをするところもあるらしい……この村ではただの休みだが。

 

 寒暖はそこまで激しくないが、一応四季のような考え方もあり、暦の感じからして日本に似た環境のようで馴染みやすい。

 

 時間は、一日二十四時間と思われるが、いまの所この村で小型の時計というものを見たことがない。

 

 開拓村では、『商業区域』と言う場所があり、商業、宿泊業、その他商売に関する者が利用している。

 その中央に二階建ての『集会場』があり、建物の壁に大きな時計がある。

 俺が確認できた時計はこれ一つだった。

 

 言葉についても、五歳までにある程度の読み書き会話はできるようになっていた。

 平仮名、漢字などの日本語が主体で、意味や表現も非常に似ている。

 日本語にもあるカタカナ語は、外来語ではなくこちらで言う古代語が元となっているみたい。

 たまに出てくる『ヒューム』とか『ネイブ』などのカタカナ語を聞いたら、古代語が由来と言っていた。

 もしかしたら『各フェーズごとにセグメントしている』とか言う者がいるんじゃなかろうか? と以前参加した異業種交流会を思い出してみる。


 百歩譲って、日本語ベースなのはありがたいから良しとしよう、でも、なんで固有名詞である個人の名前がカタカナなんだ? と思ってしまう。

 

 父さんに聞いてみたら、大陸では、古代文明からの名称や所以のあるものはカタカナ名を使うのが普通みたいなことを言ってた……まぁ、なんで日本語か? というそもそもの話をなんだけど、これは考えだしたらキリがないやつだ。

 

 もう、漢字平仮名は日本語と同じ、カタカナは外来語的な感じ、名前は基本カタカナ……と思うことにする。


 お金については、通貨単位がソラスとなる。

 メルキル王国がある大陸はソラ大陸と呼ばれ、数か国が存在し、共通通貨単位としてソラスが使われている。

 実際は、金貨、銀貨、銅貨の三種のみで金貨より上は各国で独自に発行しているらしい……詳しいことはよくわからない。

 今のところ、銀貨と銅貨しか見たことがないが、日本円にすると銅貨が百円、銀貨が千円という感覚で、おそらく金貨も一万円くらいの価値ではないだろうか。

 

 大陸通貨にすると、銅貨は百ソラス、銀貨は千ソラスなので、ソラスは円と同等と考えればわかりやすいと思った。

 

 最も、日本でいうキャッシュレス決済のようなツールがあるようなので、あまり現物の金貨を見る機会はないと村に訪れた商人が話していた。


 文明や文化については、開拓村しか見ていないのであまりよくわかっていない。

 車や飛行機などを見たことはないし、科学的な話も聞かないので、おそらく地球より進んでいるということはないだろうと思う。


 この世界の移動手段は、各拠点に『ポート』と呼ばれる駅みたいな場所があり、そこから馬車のような乗り物で移動するのが一般的のようだ。

 もちろん、開拓村の商業区域に『ゴサイポート』があるんだけど、なんか……馬じゃなくて恐竜みたいな動物がいた。

 俺が目撃したのは、ずんぐりしたオオトカゲみたいな動物二頭に、客室や荷台を引かせていた。

 呼び方も、馬車ではなく『客車』、『旅車』、『荷車』などと呼ばれている。

 

 王国国民には、『階級』があって普通は二等民となるらしい。

 おそらく、一等民は偉い人なんじゃないかな? その辺のところは詳しくわからない。


 頭は冷静でいるけど、実際に五歳の体という実感がわかない。

 自分が記憶を持ったまま生まれ変わったようだ、と言うことは薄々感じているが。

 

 詳しくはないが、宗教的に言えば輪廻転生……これだと死んでいることになり、記憶があるのはおかしい。

 存在するのかわからないけど、魂だけ別世界へ移って記憶を持ったまま生まれ変わった、言わば『転魂社長』ってところか……ハハハ、笑えない。

 

 うーん、わからん。

 もう、元の世界には戻れないのだろうか……俺は、お参りをしながら死んでしまったのだろうか。


 そうだ!

 そう言えば、願掛けをしていたことがきっかけで、意識を失う前に何か不思議な声が聞こえていたな。

 えっと、何だったかな……。


 別の世界で……願いは叶う……なんかそんな感じの内容だった気がするぞ。

 確か、妻の健康を願ったような覚えがあるけど……うーむ。

 妻の健康がこの世界で叶う?

 

 焦ってもしょうがない、前向きに考えよう。

 

 最良のパターンは、日本での自分は死んでおらず、魂だけ? 無事に元の世界の自分へ戻ることができる……こと。

 最悪のパターンは、日本での自分は何らかの理由で死亡または消滅しており、元の世界には二度と戻れないこと。

 極端な話だが、余程の悪運が重ならない限りは、この範囲で落ち着くはず……よ、よし落ち着いてきたぞ。

 

 次に目標だ。

 この世界で『イロハ』として生きる。

 そして、妻の健康につながる何かを探す。

 恐らくこれが元の世界に戻るきっかけのような気がする。

 

 その後、元の世界に戻る方法を探す。

 どうしても戻ることが叶わないならば、あきらめてこの世界での人生送る、こんなところか。

 

 幸い、約半世紀に及ぶ人生経験と、大人の知識というアドバンテージを持っているので、そこまで苦労はしないだろう……と考えよう。

 どこまで通用するかは分からないが、こうなった以上、割り切るしかないだろう。

 外見は五歳なので、これから言葉遣いや立ち居振る舞いには注意をしなければならないなあ。

 

 それにしても、とんでもない事になってしまったよ。

 頭の中を整理することに没頭していたので、一息つこうと外を見ると、うっすらと夜が明けてきている。

 

「さてと、もうひと眠りするか」


 そう呟いて、俺は再び瞼を閉じた。

 夢なら覚めて、と。


 


「おはよう、もう朝よ、昨日の稽古の傷は大丈夫?」


 心地よい母さんの声で目が覚める……夢じゃなかったようだ。

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