五話 初日

「ううん……」

 

 目が覚めた俺は、少し伸びをして起き上がる。

 目の前には心配そうな母さんがこちらを窺っているようだ。


「おはよう……ございます、母さん。昨日の打撲は、まだ少し痛いけど大丈夫だよ」


「そう、よかったわ。あなたはまだ五歳なのよ、剣の稽古もいいけどほどほどにね」


「うん、わかったよ」


「じゃあ、朝ごはんにするから準備したらみんなで食べるわよ」


「はーい」


 は~、なんか緊張した。

 以前の記憶とこちらの記憶がごちゃごちゃして、目の前にいた母さんが他人でいて他人じゃないような……困惑するなあ。

 

 気を取り直して、準備準備。

 と言っても、顔洗って、着替えてっと、そのくらいしかないや。

 この世界には、以前使っていたような匂いがいい泡泡しい石鹸やシャンプーが無いみたい。

 うー、記憶がよみがえったと言うことは、どうしても日本での生活が恋しくなってしまう。

 

 今日がこの世界で俺にとっての最初の日だ。

 いろいろ思う所はあるが、何事も全力でいくか……よし! 気合を入れなおして、食事に向かおう。

 


 

 ◇◇

 

 

 

 父さんと母さんはすでに来ており、遅れて食卓に座る。

 我が家の朝は、家族でそろって食事をとることが多い。

 できるだけ、これまで通りに接して、別の世界の人間だということは気づかれないように過ごしたいと思う。


「いただきますっ」


 こちらの世界でも、食事は『いただきます、ごちそうさま』と言う。

 こうして改めて見ると、両親ともに顔立ちがいいな、確か、父さんが三十五歳で母さんが二十九歳だったな。

 

 父さんのルーセントは、赤い髪を後ろで束ね、右目尻からこめかみに向けて傷跡があり、体は百八十センチほどのがっちり系レスラー体形だ。

 若干日焼けした感じで、茶色の瞳の少し濃いめな顔つき……男らしいイケメンじゃないか。


 母さんのステラは、薄い水色の髪で肩下あたりまでのミディアムストレート、色白で切れ長な青い瞳の細めな美人さんだ。

 百七十センチくらいありそうだった……もはや、モデルだな。


 その息子である俺、イロハ。

 鏡に映る自分を見た感じでは、黒い髪に母さん似の切れ長奥二重で黒い目、中性的な感じで、スポーティなさわやか系マッシュカット……なんとなく、ええとこの坊ちゃんだな。

 この両親からだったら、どちらに似ても将来性を感じてしまう。

 なんとなく前世というか、以前の自分の面影も見えるけど、ハーフっぽくていいんじゃないかな。

 

「ごちそうさまでした」


 食事も終わったことだし、日課の剣術という流れになる。

 軽く走ってから、父さんと剣術の訓練だ。

 昨日は、頭に直撃を食らってしまったから、今日はそうならないように避ける事を重点的に考えよう。

 また記憶を失ったら大変だしな。


 訓練場という名の我が家の庭へと向かった。


「お願いします」


「よし、今日はお前が打ってこい、こちらからは手を出さない」


 父さんも、昨日のことを気にして、攻めさせては防御するような段取りを促してくる……気をつかわせてしまったようだ。


「はいっ」


「やー! とぅー!」


「まだまだ、腰が入っていないぞ」


「っく、えいっ!」


 三十分くらい一方的に攻めたが、父さんの鉄壁の防御には成すすべがなかった。


「では、休憩の後、素振りと型をやっておくように」


「はい……」


 正直、素振りとかやりたくないんだけど……しょうがない、さっさと終わらせよう。

 早く終わらせて、この世界の本を読んで知識を深めたいというのが本音だ。


 昼までに、自主トレも終わり、自由時間となる。

 まだ、本格的な勉強を始める年齢ではないのか、好きなようにやりなさいと言われたので、本を読むことにした。

 ちなみに、剣術は午前か午後のどちらか、父さんが時間の取れる時にやっている。

 剣術とは、この世界の日課なのかな?


 昼ごはんまで少し時間があるようなので、汗を流してから、開拓団の執務室で本でも借りようかと思い、寄ってみることにする。

 

 開拓団の事務所を新設したため、以前の団長宅兼開拓団事務所は、団長宅となり、目印である村のシンボルの五彩樹もだいぶ大きくなってきている。

 新設した開拓団事務所は、我が家と併設されているのですぐ隣にある。



 

 ◇◇

 

 

 

 勝手に入るとまずいので、ノックしてから入る。


「コンコン」


「……はい」


 中から、不機嫌そうな女性の声が……これは恐らくラミィさんだ。

 

 父さんとはずいぶんと長い付き合いだと聞いている。

 なんでも、お互いにネイブ育ちで幼いころからの知り合いらしい。

 ラミィさんは、開拓団の事務全般をやっているらしいが、実質、団のお財布を握っている立場なので、誰も頭が上がらない……。

 

「こんにちは、ラミィさん」


「……あら、イロハ君、今日はどうしたの?」


 少し低めの声だが、不機嫌さは出ていないぞ……よかった、不機嫌の矛先はこちらに向かわなかったようだ。


「あの、開拓団にある本をお借りしたいなと思って」


「本ね、どんな本がいいのかしら?」


「周辺の地図とか、歴史の本ってありますか?」


「そうね、地図はネイブ領内地図ならあるわよ。歴史の本は、領都の図書館とかに行かないとないわね」


「そうですか。それでは領内地図の本を貸してもらえませんか?」


「えーっと、どこだったかしら……」


 そう言ってラミィさんは奥の書棚の方へ向かって探してくれている。

 

 スレンダー体形で、髪は茶色っぽい金髪を長めのポニーテールで奇麗にまとめている。

 少し釣り目の感じに細めの眼鏡がとても似合っているなあ。


「あったわ、どうぞ。読んだら早めにこちらへ戻してね」


「わかりました。ありがとうございます」


「そうそう、本は貴重だから、傷つけないように気を付けてね」


「はい! では、失礼します」


 ふぅ、ちょっと緊張したな。

 ラミィさんって忙しい時、近寄りがたいオーラが出ている気がするよ。


 この村で生まれて村外に出たこともないので、外の世界にも大いに興味がある。

 領内ではあるけど、地図が手に入ったので自室に戻って周辺地域を把握しておこうかな。

 


 

 ◇◇

 

 

 

 自室に戻り、おもむろに領内地図が記されている書物を開いてみた。


 おおー、想像していたものと違っていた。

 地図は領内しか書かれていないみたいだけど、最初のページに大陸の周辺国などは名前が書かれている。

 

 なるほど、メルキル王国は大陸の中心という感じのようだ。

 隣接国は、北西にエナス、北東にモア、南西にマジスンガルド、東にエルダーダム……か、他にもいくつかの国があるみたいだけど詳しくは載っていない。

 

 メルキル王国は王都のメルクリュースの他に九つの領地があるようだ。

 それぞれに領地を治める領主がいて、おそらくこの領主たちは貴族とか大名みたいな感じなんだろうな。


 こうしてみてみると、ネイブ領は隣の国のマジスンガルドにかなり近いな。

 しかも、他の領地へ行くには森林地帯や山岳地帯などを抜けるか、迂回していく方法しかない……だから森林地帯を開拓しているんだろうな。

 この地域を開拓することで、北東の王都メルクリュースへの交通の便が改善すると予想されるし、北西のウエンズ領へもアクセスが容易になるんだろうな。


 父さんは、結構重要な役目を担っていたんだなと思う。

 元は王国騎士団に所属していたと言っていたし、経歴は伊達じゃなかったということだろう。


 この国では、だいたい十歳になると、自分の適正と将来を見据えて、学校へ入学することが一般的だと聞いた。

 いわゆる小学校だとか中学校みたいな感じだろうな。

 そこで、数年学んで卒業後様々な方向へと進んでいく……という流れか。

 

 結構おなかもすいてきたし、そろそろお昼ご飯の時間になりそうだ。

 昼はだいたい母さんと二人の時が多いので、今日もそうなのだろう。


 日本の食事と違ってパンがメインだし、だいたい野菜スープみたいなものがセットで出てくる。

 不味いことはないけど、味付けが全般的に薄いのでもう少しパンチが欲しいところ……カップラーメンとかが恋しいよ。


 以前は普通に食べていたジャンクフードを思い浮かべながら昼食へ向かった。


 昼食は、野菜とベーコンみたいなもののサンドイッチと、野菜スープだった。

 味は悪くないんだけど、パンが固い……フランスパンとはまた違った歯ごたえが新鮮ではある。

 こちらの人はスープにつけて食べるようで、真似てみるけど……なんか抵抗があるなあ。


 母さんには、地図の本を借りたことなどを話しておいた。

 ついでに、歴史の本を持っていないか聞いてみたところ、それっぽい本があるといって後で用意してくれるそうだ。


 いやー、自身の中身と外見のギャップに上手く馴染めない……会話をするのがとても大変で、ところどころ迂闊に『俺』とか言いそうで会話が止まってしまう。

 人と話すときは、年相応を心がけて一人称を『僕』で通している。

 さらに、変な言葉を使わないようにできるだけ丁寧な口調も心がけている……ストレスがたまりそうだけど、変な子扱いは受けたくない。


 とりあえず、歴史の本は楽しみだな。

 世界の常識、この国の歴史など、基礎的なことは知っておくべきだと思う、情報は命だ。

 学問について、歴史以外は共通点もあるだろうからなんとかなるかなと思っている。

 

 領内地図の本の続きを読もうと思って自室に戻ろうとしたところで、家の入口の方から声が聞こえてくる、どうやら小さな来客のようだ、俺に……。

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