強化転生 ~異世界の強化スキルは単純なほど万能で最強説!?~【第二章 完結】

遊三昧

序章

一話 序章-黒い箱-

 <某所 十二月二十九日>

 

 ……もう二十時か。

 そろそろ帰るとしよう。


 ミスをして暗い顔をした社員や、軽く声をかけてきた女性社員と会話をした後、俺は帰り支度をする。


 四十歳で起業し、五年で軌道に乗せ、二十名の従業員を抱えるコンサルタント会社……いわゆる何でも屋だ。

 会社名は、自分の名前でもある『零野れいのいろは』を由来にした名前にしている。

 

 男で平仮名の『いろは』という名前は少ないらしい。

 由来を聞けば、物事の初歩を表したり、基本を表したりと、割と深い意味があるそうだ。


 帰る準備をしながら、ホワイトボードで明日の予定を確認すると、二人ほど残業の報告があった。

 年末である繁忙期には、従業員の皆に申し訳なく思う気持ちもあるのだが、今は残業代で報いることくらいしかできない……そう、心で思いながら退社する。

 

 妻の小澄こすみは、数年前より体調を崩すことがたまにあり、その都度病院にかかっていた。

 検査はいつも良好……しかし、担当医師の勧めで精密検査を行ってみた結果、原因は不明だが一部が良くない数値を表しているらしい。


 緊急性があるわけではなく、治療を続ければ通常の生活はできると言う。

 大事を取って入院している妻も、少し疲れやすいだけで特に大事ではないと言っていた。

 

 ふぅ、心配でしかない…………。

 


 そろそろ自宅だ。

 元々家事は半々だったので、今更一人でも生活に問題ない、少々寂しいが。

 

 今日は、結婚の時以来一対一で話すことが無かった義父から「話したいことがある」と連絡があり、妙にモヤモヤしながら待っている。



 ◇◇



 モヤモヤタイム三十分、ようやく義父の小次郎こじろうさんが我が家へやってきた。

 準備していたコーヒーが乗っている机を挟む形で……いよいよ、義父とご対面である。

 

 正直、何を話していいのやら……そんな自分の心境とは裏腹に、義父は四角い箱のような物を目の前の机の上にスーッと置いた。


「これを見てほしい」


 目の前には、ティッシュ箱くらいの大きさの木でできた茶色っぽい四角い箱が置かれている……なんだろう?

 義父の思惑が解らないので、とりあえずオロオロを全面に出してみたところ、今度は、封筒のようなものを出して机に並べる。


「…………?」


 箱も封筒も見たことが無いし、何か特徴のある物でもない。

 

 いやー、部下にだったら「結論から言ってくれ」って言うんだけどな……さすがにお義父さんには言えない。

 黙っていると、義父が話し始めた。


「これは、私の父が、つまり小澄の祖父にあたるんだが、蔵を持っていてね。もし、子供に治らない病気が発症したらこれを使うように、と遺言があったのだ。そして、その封筒の中のメモがこれだ」


 義父はそう言って封筒から一枚の古びたメモを取り出す。


『原因不明の病発症時に使うべし』

 

 なんのこっちゃ……なんとツッコミ所の多いメモだろう。


 九十九つくも家……妻の実家は、お祖父さんの代から結構な資産家だと聞いたことがある。

 お祖父さん夫婦は、俺たちが結婚する前に失踪宣告を受けていると聞いているので会ったことはない。

 

「原因不明の病ですか……」


 もし、そのまま解釈するなら、これを妻に飲ませると病気は治るということになる。

 いや、飲めるのか? どう考えても賞味期限が切れてるだろ。


 うーむ……二人とも沈黙してしまった。


「この話を、直接妻にしてみようと思います。今は、中身も確認していないので危険がないか確認してからの話ですが……」


「わかった、これは君たちに託そう。私は中身を……見ていない。あとは任せるよ」


「わかりました。責任をもってお預かりします」


 そう言って、俺は義父から薬? を受け取った……いや、ややこしいので万能薬ということにしよう。

 というか、今、中身を……の所で妙な間があったよね?

 そんな思いをよそに義父が話し出す。


「私の父は、ずいぶん破天荒な人でね、周りから良くも悪くも目立つ人だった。どんなことがあっても家族を守る人で、嘘はつかない性格だったんだよ。そんな父が子や孫に害のある物を残すだろうか? 君達がどのような答えを出すかわからないが、私は父の残してくれた物を信じたいという気持ちがある。何の確証もないのだけど」


 義父は、話に満足したのか、ニヤリと若干の笑顔をこちらへ向けて玄関を出て行った。


 ひとまず、木箱の蓋を開けて中を確認する。

 中には木箱をふたまわり小さくした感じの黒い金属製の箱と一枚の古い紙が入っていた。

 紙には『本人のみ開封可、物を身に着けよ』と書いてある。

 

 なるほど、飲む薬ではなくパワーストーン的な物か、安全性さえハッキリしたら試してみる価値はあると思う。


 早速開けてみようと思ったが、開けるところが無い……と言うより境目が全く無い。

 振っても音がしないし、突いてもすごく硬くて壊せそうもない。

 本人のみ開封可とは、中身を使用する者の事なのかな?


 ん? これって、もしかしてお義父さんいろいろやってみて開かなかったから俺に託したんじゃないか?

 そういえば、去り際にニヤリとしていたような……。


 

 正月休みに入ってから考えよう。

 確か、かかりつけの病院は年末の三十一日まで面会可能だったはずだ。

 ちなみに、我が社は、年明け十日まで正月休み(公休)としているので決してブラックではないのだ……。


 まずは、仕事をしっかり納めるために、明日に備えるか。

 ということで、早めに寝るとしよう。



 ◇◇



 <某所 十二月三十一日>


 仕事始めは、十日連休明けの一月十一日からだが、一人だと仕事をしていた方がいいかなと思ってしまう。

 今日は、面会ついでに黒い箱を渡して、本当に開くかどうかを確かめてみよう。

 

 

 病院にはすぐに到着し、妻へ経緯を話すとビックリした様子を見せたが、無事受け取ってくれた。

 その後、試行錯誤……面会時間いっぱいまで粘り、そのまま病院を出て帰宅する。


 

 結果から言えば、驚いたことに黒い箱は……開いてしまった。


 妻に箱を渡したら音がしたのでテーブルの上に置いてもらうと……箱の上部が開き、中には透き通ったエメラルドグリーンのガラス板? みたいなものが入っていた。

 見た目は薄い板状で鎖のないドッグタグのような物。


 しばらくの間、妻がそのガラス板をじっと見つめていたので、何か書いてあるのかな? と俺も見ていたが、ただの色が奇麗なガラス板にしか見えなかった。


 黒い箱の仕様がいくつか分かった。

 開ける時は、妻が触れるだけ。

 閉じる時は、板を入れるか何も入れない状態にする。

 それ以外は開かないし閉じない。

 蓋が閉じてからは、外見上、境目が全く見えないという不思議な箱だ。


 呼称に困るため『エメラルド板』と『不思議ボックス』に命名した。


 その後、義父にも話したのだが「開いたのかっ! 中身は何だった? どこにある?」という感じで、すぐに病院へ特攻した模様。

 やっぱり開がなかったんだね、お義父さん。


 

 さて、もうすぐ三十一日も終わり新年を迎える。

 まさか一人で年を越す破目になるとはね、おかげで毎年こっそりやっている日課ならぬ年課のアレもやりやすい……しかし、もう十年目か。

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