第二章 上京道中編

四十二話 出発

 <ソラ歴一〇〇九年 七の月>


 いよいよ王都へ出発の日である。

 

 今日は、七の月四週一日……ん-分かりにくいな、七月二十日くらいってとこか。

 これから、父さんと一緒にネイブ領へ行き、同行する商隊と合流する。

 

 なんか、ネイブ領では色々と準備があるようなので、ネイブ領からの出発は明後日くらいになるんじゃないかな。

 すでに、うちの家の前までサウロ号が到着済みだ。


 この一か月は、特に忙しかった。

 準備はともかく、ミルメとレジーに構うのが大変だった。

 まあ、寂しいのは分かるよ、俺だって寂しいさ。


 その上、俺が王都に行ってしばらく会えないことをリアムに話すと……お察しである。

 とにかく泣いたし、甘えてきたしで大変だった。


 突然、ミルメたちに交じって訓練するとか、勉強するとか……もうね、お兄ちゃんは疲れましたよ。

 やれるだけのことはやったので、後はそれぞれで頑張ってほしい。

 

 そして、今日という日が来ました。

 まるで、お通夜です……。

 

 こんなに愛されていたなんて……とでも言うか、みんなイロハ離れが出来ていない、母さんも。


 ちなみにポルタは、先月早々に出発していたことが発覚した。

 なんでも、早めに行ってトリファが通っていた勉強会の門を叩きに行ったらしい……一度失敗したからな、根性あるよ。

 滞在先とかは聞いているので、王都で合流しようと思う。


 しんみりするのは嫌なので、明るく、スマートに旅立ちたい。




「みんな、僕は王都で頑張ってきます! 見送ってくれてありがとう。では、みんなも体に気を付けて……行ってきまーす!」



 ガヤガヤと声が聞こえてくる。

 

 気を付けて―! とか、元気でなー! とか……あんまり聞いていると、つい目頭が熱くなってしまう。

 一生のお別れでもないので、そんなに気にしなくていいとも思うが、もしかしたら十年単位で会えない可能性もあるし……複雑だな。

 何が何でも開拓団の人には、王都〜ゴサイ間の開拓を頑張ってもらわねば。


 声も聞こえなくなってきたことだし、そろそろひと眠りしようかな……。


「イロハ、あれでよかったのか? みんな寂しそうだったじゃないか」


 心配そうに父さんが話しかけてきた。


「いいんだ、一生の別れでもないし、そもそも落ちたら戻ってこなきゃいけないんだよ? みんな大袈裟だって」


 そう、実は出発の日程を秘匿して、前日に皆さんへお知らせしました。

 数名は、父さんから聞いていたんだと思うけど、ほとんどが直前に知ったんで朝からうちへ人が押しかけてきてあんなことになったとさ……。

 そうしないと、お別れ会のようなものが始まってしまいそうだしね。


「まあ、イロハがいいならいいけどな。俺もしっぽりするのは好きじゃない」


「僕は父さんの息子ってことだね。ちなみに、合格しなくても帰ってくる気はないけどね」


「調子のいいこと言いやがって……まあ、帰るかどうかは自分次第だ。俺は息子の成長を見守るだけだ。でも、便りだけは忘れてくれるなよ? ステラが心配する」


 父さんは、基本的に放任主義だと思う。

 過度な干渉や強制はしないけど、見守りつつ助言は本人を尊重したうえでさり気なく行う。

 自分が親だったら、絶対にそうはならない自身がある。

 子供の立場で言うとすごく頼もしいよ。


「もちろんさ。頻繁にはしないけど、ちゃんと連絡はするよ。王都直通の陸路が開通したら、すぐ帰るかもね」


「生意気な。ありゃな、三年はかかるぞ。大きな岩山が邪魔をして時間がかかりそうだ。岩山は厄介なんだよ、貴重な鉱石なんか出てきてみろ? 調査団がたくさん来るぞ。それに、母さんのスキルも岩山には無力だしな」


 母さんのスキル?

 そういえば、母さんのスキルが活躍したとかなんとか。


「ふふ、予想通り。三年くらいかなと思ったんだよね、距離と地理的に」


「イロハは予想していたのか? 二年の予定を三年に修正したのは、つい最近だったのに。凄いな」


 二年かよっ!

 最短で三年だと思っていたよっ!

 

 あ、開拓で思い出した!

 グリフさんのこと聞いてみようかな?


「二年だったか……。そういえば父さん、クリニア商会って知ってる?」


「おお、クリニア商会か? 王都の大手商会だな、知っているぞ。王国騎士団にも武器を卸していたと思うが、そこがどうしたんだ?」


「ひと月程前にね、村の西の方で迷っていた商人と話したことがあって、その人がクリニア商会って名乗ったんだ」


「ひと月か、少し前にレクスの奴が王都の商会を対応したとかって話があったな。なんか、田舎に興味はないって言って帰ったらしいが」


 あちゃーレクスさんだったか……これは、ちゃんとチクらなければ。

 まったく、あの人達は世の中を舐めているとしか思えないよ。

 上司がすぐに見限らない父さんや、ハチェットさんだから良かったものの……果報者め。


「それ、違うよ。簡単に言うと、レクスさんは女性の紹介を条件に情報提供を持ちかけ、商会は冗談であしらわれたと判断し断念……その後、諦めて帰る時に僕と出会ったって感じ」

 

「なんだそりゃ? レクスの奴……大手の商会相手になんて失礼なことを。今は人が増え続けているから、大手商会が参入してくれたら、物資の面で大助かりなんだが……」


 あら?

 父さんは、怒りというより……残念? という顔をしている。


「うーん、王都に行ったら訪ねるように言われたので、この事を話したほうがいい?」


「そうだな、相手によるかな。大手の商会を名乗っても、下っ端の者じゃ権限もないだろうし、ましてや偽っている者だったら話にならない」


 うーん、あれは嘘を言っている感じではなかったと思うが、父さんの言うことも最もだね。


「えっと、グリフさんっていう副会長さんだったよ。たぶん本人で間違いないと思うけど。立派な服に、大きな客車だったもん」


「グリフ……ん? どっかで聞いたことあるな。副会長……副会長っ!! クリニア商会の副会長に会ったのかっ!」


 おっと!

 そんなに驚くことかな? 目を見開いて父さんが問いかけてくる。

 なんかまずいことをした、とかではないよね?


「そ、そうだね。どうしたの、父さん?」


「クリニア商会のグリフ副会長は『慧眼けいがんのグリフ』の異名で、本質を見抜く眼と、会話や所作を観る洞察力で恐れられている大物だぞ。そこらの商会とはレベルが違う」


 慧眼けいがん? かっこいい異名や。

 確かに試すような事や、人を値踏みするような感じではあったな。


「そんな大物だったんだ……」


「もし本当なら、是非ともゴサイ村に来て欲しいくらいだよ」


「そうなんだ、じゃ、王都に言ったら訪ねてみるね」


「それにしても、よくそんな大物と普通に話せたな? 父さんはその鈍感さに驚きだよ。レクスにも別の意味で驚くが」


「そんな大物だとか思っていなかったし、商人独特の雰囲気は、ルブラインさんやウォルターさんで慣れていた部分もあって、特に何も感じなかったなあ」


「もし、本物のグリフ副会長だったら、これは大きな転機になりそうだ。たまたまとはいえ、大手商会の伝手が出来たら……いや、そんなにうまくいくわけもないし……」


 なんかブツブツ言い出したぞ。

 父さんは武力には強気だけど、権力や経済に弱気な印象。


「なにさ、必要なら父さんを訪ねるように言うよ。僕も名乗ったけど、団長の息子とはまだ言っていないし、向こうは訪ねてこいと言っていたし。どちらにしろ会うことにはなるよ」


「そうか、では頼む。父親として息子に頼るのは情けないが、機会を逃したくはない。俺にできることは協力するから、よろしく頼む」


 ほら、いつもより弱気だ。

 父親のこんなところは、あんまり見たくないな。

 父さんは、言わば開拓村の社長だ、やる事やってもらわねば、部下も路頭に迷うってもんよ。

 

 ここは先輩社長として言わせてもらおう!

 

「もちろん。使えるものは使って成功に導くのが長の務めでしょ? 適材適所、そこに指示を出すのが団長の仕事。例え息子でも使えるものは使えばいい。僕は、父さんが団長ということに誇りを持ってるから!」


「イロハは凄いな。達観しているというかさ、お前幾つだよ。まあ、頑張るさ。見ておけよ、ゴサイ村を一つの領になるまで発展させて、王国の中心地にしてみせる」


 そうそう、頑張ってほしいものです。


「ゴサイ村は、位置だけ見れば王国の中心に近い。岩山や広大な森さえなんとかなれば、実現も可能じゃない?」


 王国には、未開拓地域が沢山あると言う。

 つまり、早く手を付けた者勝ちというわけだ。


「ほう、イロハもそう見るか。みんなはそこまで考えが及ばず、難しい顔していたよ。それだけ大変だと言うことでもあるわけだがね」


「二次開拓には、王国も介入しようとしたんでしょ? それだけ価値があると見えるんだけどな。これに大手商会の参入があれば、確かに間違いないね」


 ルブラインさんやウォルターさんもいることだし、流通が確保できれば強いな。


「まったく、どこで覚えたんだ? そんな難しい言葉を。そうだな、王都で商会に行くならいくらかお金を……あ! そうだ。イロハ用の『ソラスオーダー』を作らないとな」


 お、これはキャッシュレスか?

 なんとかオーダーだったよな、確か。


「なに、そのソラスオーダーって?」


「買い物する時など、お金を持たずに支払いができるものさ。それのイロハ専用をネイブで作る」


 おお、おー!

 きたきた、クレカがゲットできそうだ……いや、喜ぶのはまだ早い。

 確か、デビッドカードのような使い方だったはず、ってことは預金が必要だ。

 いくら位もらえるのだろうか?


「ああ、ソラスオーダーと言うんだね。本では読んだけど、実際にどんなものかは知らなくて。えっと、聞き辛いけど……お、お金はどのくらい入れてもらえるの?」


「そうだな、毎月十万ソラスくらいかな。別で入学金と宿泊施設代などは入れておこう。贅沢しなけりゃやっていける額だ。後は贅沢したけりゃ自分で稼ぐしかないな。団長の稼ぎなんてそんなもんさ」


 やたー!

 なーんて、お金の価値がいまいちわかんないんだよね。


「へー、送金もできるんだ。生活費がどのくらいかかるかは分からないけど、ありがとう父さん」


「いいさ、イロハはちゃんとしたところで勉強するべきだ。俺もようやく周りが言っていたようにお前が優秀だってことも分かったさ。ちなみに、これがソラスオーダーだ」


 父さんは、そう言って首から下げていたネックレスを見せてくれた。

 兵士が付けるドッグタグみたいな感じで、黒っぽい銀色の金属板に見える。

 地球で言うアイシーチップみたいなものが入っているのかな?


「これ、何も書いてないけど、どうやって自分の物って分かるの?」


「ああ、コアプレートと似たような原理でな、文字は自分にしか見えないんだ。だから、自分にしか使えないってこと。腕に巻くとか、首から下げるとか、腰につけるとかな。わかっているとは思うが、預金以上の買い物はできないぞ」


 出たよ……こちらの世界の不思議な金属こと、マージメタル。

 一体どんな原理なんだろうか。


「お金は大事に使うよ。それに、無くしたらどうしようかと思ったけど、それなら安心だね。でも、送金ができるんだったら脅されて……なんてこともあるんじゃないの?」


「まあ、本人が望んでやるんだったらどうしようもないんだが、そうでないなら後で捕まるな。管理は冒険者協会でやっているし、その背景には各国の要人も絡んでいる。そんな訳だから、怖い組織から追っかけられても逃げきる自信があるヤツくらいじゃないか? そんな奴らに目を付けられたら諦めるしかない」


「確かに。僕も首から下げるタイプにしようっと」


「ま、ネイブ領へ着くまでに考えておいてくれ」


「わかった」


「今日は中間地点に宿泊となるから、寝るなりなんなり好きにしとけ。俺はもう寝るぞ、仕事が忙しい時期に堂々と寝られるとは有難い」


「うん、僕も寝る。ボチボチ酔いそうだよ……おやすみ」

 


 酔わないスキル覚えないかな?

 なんて考えながら、いつの間にか意識は夢の中へと……そういや、やけに御者さんから見られていた気がするな……。



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒

 次の経由地:ネイブ領モサ

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