四十三話 ドタキャン

 ゴサイ村とネイブ領の間にある中継地『モサ』の宿に一泊し、朝の早い時間から出発した。

 以前にも宿泊したことがあるけど、モサって名前だったんだ、ここって。



「そろそろ着きますよ、ご準備願います」


 まもなくネイブに到着するらしい、御者さんに起こされてしまった。

 父さんはすでに起きているようだ。


「んー! やっと到着か……先は長いなあ」


「起きたか、イロハ。今日はやることが沢山あるから、出る準備をしておけよ」


「はーい。荷物はそのままでいいの?」


「客車は変えないから、荷物はそのままでいいぞ」


 そう言って、父さんはスタスタと領主館の方へ歩いて行った。


「御者さん、荷物をよろしくお願いします」


「これはご丁寧に。御者をやっております、ウェノと申します。長旅になりますが、よろしくお願いします」


 ウェノさんだね。

 長身だけど、御者をやっているからなのか異様に腕が太い、腕相撲が強そう。

 見た目は、ハンチング帽にうっすらと口ひげがあり日に焼けた感じだ、父さんと同じくらいの歳に見える。

 

「僕はイロハといいます。ウェノさん、長距離の移動は初めてですので、色々と教えていただければ助かります」


「はい、お任せください。ルーセント様とは、昔ながらの知人で御贔屓にさせていただいております。ご安心ください」


 なんだよ、父さんの知り合いだったんかい、どうりで愛想もなくサッサと行ったわけだ。

 それに、チラチラ見ていたのも、ちゃんと気づいているからね、ウェノさん。


「はい! こちらこそよろしくお願いします、ウェノさん。では行ってきます」


 腕の太さがなけりゃ、ザ執事って感じの人だ。


「行ってらっしゃいませ」


 あーもう、父さんはさっさと領主館に入ってしまった……走るか。



 領主館の入口前。


 表に停まっている客車からも想像していたが、結構な人数になりそうだな。


 正面玄関を入ると、エントランスに数名の人が集まっている。

 革製の鎧、軽装のプロテクター、フード付きの外套を着た者など、バラエティに富んだ光景だ。

 たぶん、あれが護衛の冒険者なんだろう。


 えーっと、父さんはどこかな?

 領主館って広いんだよな、部屋割りがある二階建ての役場って感じだよ。

 

 正面左に受付がある……うーん、難しいところだ。

 聞くのは簡単だけど、自分で歩き回って探したいという探検願望がフツフツと湧き上がってくる。

 子供だからとか?

 

 前回来たときは、自由に歩き回らなかったもんな。

 よし、決めた。

 受付の場所は覚えたから、せっかくなので自分で回ってみよう!

 

 正面玄関の右手に二階へ上がる階段、正面左に受付。

 中央廊下を抜けて本館へ、ここまでは前回と同じ。


 本館に入って正面が領民登録所、ここでコアプレート作ったもんな。

 左手が待合室、ここでポルタと寝てたらアレス様に起こされたんだったな。


 待合室を越えて左奥が『職人組合ネイブ支店』か。

 右奥が『商業組合ネイブ支店』とあるな。


 新館一階の主な施設はこれだけか。

 商隊に同行させてもらうわけだし、商業組合のほうかな?

 

 ところで、ソラスオーダーってどこで作るのかな? 銀行とか見当たらないので、右手の方へ行ってみる。

 父さんいないなあ。

 お、商業組合の横に抜けられる通路がある、その先は何かな?



 通路を行くと、父さんがいた。

 何やら、受付? をしているみたい。


「父さん! さっさと行くからどこに行ったか分からなかったよ」


 俺が声を掛けたら、父さんがこっちを振り返った。


「ああ、すまないな。同行する団体を待たせていたようなので急いだんだ。イロハも見たろ? 表の客車」


「うん、沢山停まっていたね。あんな大所帯になるなんて思っていなかったよ。じゃあ、今手続き中?」


「そういう事だ。しばらく、そこの待合室の所で待っていてくれ」


 父さんはそう言って、奥の待合室らしきところを指さした。


「はーい。中で待ってます」


「一応言っとくが、あまり歩き回るなよ」


 む、あわよくば二階を探検しようと思ったが、釘を刺されてしまった。

 俺は、大人しく待合室に入ると、同じように待っている人が二人いた。


「し、失礼しまーす」


 見たところ、高そうな服を着たおじさんと、ややスリムな服を着た妙齢の女性の組み合わせ。

 ズバリ、社長と秘書という感じがピッタリだ。


 まあ、実際はどこぞの商人かな。

 もしかしたら、俺が同行する商会の人かもしれないし、失礼の無いようにと。


「こんにちは。ここで待たせていただいてもいいですか?」


 秘書さんは、社長の方を向いて、頷くのを見てから答える。


「こんにちは。私達も待っているところだから、ご自由にどうぞ」


「はい、ありがとうございます……」


 つれないなぁ、社長さんに至っては一言も喋らないという悲しい結果に。

 なんとも言えない空気感に、居心地の悪さを感じてしまう。


 やることがないので、やることをまとめようと思う。

 

 まず、ソラスオーダーを作って、できればお金も入れてもらい使ってみたい。

 次に、同行させてもらう商会の人にご挨拶をする。

 そして、同行する全員との顔合わせなど。


 後、何かあるかな?

 意外と何もなさそうな気がするんだけど。

 あ、ウェノさんにどんなところを経由するか聞いておきたいな。

 できれば地図とかあれば有り難いんだけど。


 うーん、やることが無い。

 

 ……ところで、さっきから社長と秘書がボソボソ話していらっしゃる。


「急……断る………………かわい……うじゃ…………ですか」


「そんな……私……知った……とじゃない」


「見た……ま……子供…………言う…………なんとか……ないで…………か?」


「くどいぞっ!」


 びっくりしたー!

 別の方向いて、シラコイ顔して聞いていたら、社長が急に怒鳴った。

 なんかわからんけど、謝っとこう。


「す、すみません」


「いや、こっちの話だ、驚かせたようだな」


 そして社長からの自白。

 だいたい、このタイプは謝らないんだよな。

 ありがとうと、ごめんなさいを言えない大人は、社会人失格だぞ?


「いえ、びっくりしただけですので……」


 あー、父さんの手続き、早く終わらないかな。

 そう思っていたら、だんだんと眠くなってきた……。


 

 ウトウトしていたら、父さんが待合室に入ってきてすぐに秘書っぽい人のところへ詰め寄った。


「話が違うではないですか! 事前に打診した時は、受けていただくことで話はついていたというのに」


「ええ、ですから当商会への同行は、お断りさせていただくと冒険者協会の方へはお伝えしたと思うのですが……」


「それは、さっき聞きましたが、当日に断られたらこちらも困ります。なんとか二名だけ加えていただけませんか?」


「いえ……あの、こちらとしても、予約金の方は色を付けてお返ししております。それに、直接の交渉はあまりなさらない方が良いかと。抗議はどうぞ冒険者協会へお話し下さい」


「……そうですか。大手の商会だからと安心していたんだが、子供の一人すら面倒を見られないとは、落ちたもんだな、イリモメンタス商会も」


 ん! 黙って聞いていたが、これって俺の事じゃない?

 なんとなくだが、同行の予約をしていた『イリモメンタス商会』が、ドタキャンして父さんが激おこという流れかな?


「なんだと……? 貴様、我が商会をバカにしているのか?」


 おーっと、ここで社長が参戦!

 たぶん、さっきの社長と秘書のボソボソがそんな内容だったんだろう。

 俺のことだけど、ここは空気になり事の成り行きを見守ってみよう。

 

「バカにしているだと? 違うね。呆れているんだよ、その常識の無さと心の狭さに」


「ああ? ふざけたことを言いやがって、なんで私が田舎村のガキを連れていく必要があるんだ?」


「い、田舎村だと……?」


 あ、父さんがかなり怒っている時の目だ。

 これは、止めたほうがいいのか?


「そうだ、田舎村だ。騎士崩れが調子に乗って開拓なんかするから発展しないんだよ、ハッハッハ」

 

 あちゃー、この社長さん怖くないのかね。

 さすがに、止めなきゃ父さんが捕まっちゃうよ。


「と、父さんっ!」


「ああ、イロハ。大丈夫だ、ちょっとそこで待ってろ」


 ああ、もう俺じゃどうにもできないや……まだ、旅が始まってもいないのに。


「うちの息子をバカにし、村を侮辱し……。覚悟はできているんだろうな?」


「ほう、元騎士団の者が暴力行為に出るとは、野蛮だなあ。おい、ベケッティ、護衛の冒険者を呼んで来い」


 マズいんじゃないの? 秘書ことベケッティさんが護衛を呼びに行ってしまった。


「あのな、なにも暴力がすべての解決策というわけでもないぞ? 望むなら徹底的にやってもいいんだがな……そもそも護衛がかわいそうだろうが。悪いのはお前なのに護衛を痛めつけてどうするんだ?」


「ふざけるなっ! 貴様こそ、おとなしく引き下がるなら今のうちだぞ?」


「おいおい、俺が息子の前でそんな恥ずかしいことをするわけがないだろうが」


 と、そこへベケッティさんが、さっきのエントランスの冒険者を連れてきた。


「ミギーノ様、護衛の方をお連れしました」


「ご苦労。さて、どうするんだね、ん?」


 護衛の冒険者たちは、ミギーノさんの気持ちと裏腹に「ルーセントがでだー!」だとか「こんなの契約に無かった……」などと言う始末。

 

 父さん、冒険者に恐れられていない?

 虎の威を借れないことになっているミギーノさんは、前を向いているので気づいていないようだが……。


「冒険者風情に、俺からその似非商人が守れるかな? まあいいさ、今回の件、ネイブ領主の方には伝えさせて頂く」


 確かに、父さんの方がよっぽど強そうだ、人睨みしただけで冒険者たちは戦意喪失している。

 なんなら、やんちゃ三人衆ですら冒険者に勝てそうだもんな。


「貴様のような村人が何か言ったところで痛くもないわっ!」


「そうかな? あいにく領主とは懇意にさせていただいてな、もちろん俺の可愛い息子も面識がある」


「…………勝手にするがいいさ」


 あ、ちょっとダメージが入ったみたいだ。


「まだあるぞ。今後一切、開拓村ではイリモメンタス商会との取引はしない」


「クックック……田舎村と取引する商会なんてあるはずがない。こっちからお断りだ、なにも困らんよ」


「ウォルターとルブラインは、開拓村の発展に協力してくれているぞ?」


「ウォルター商会っ! なんでウォルター商会が協力なんて……。それに、ルブラインって……あのルブラインか。王都で見ないと思ったらそんな所で燻っていたとはな」


 えぇー!

 話の流れから言ってウォルターさんって凄い人なのかも……?

 ルブラインさんは、王都の商会って言ってたし。


「だから、取引する商会が無いわけではないんだよ、残念ながらね」


「もういいわっ! どうせ大手商会からは声がかからないだろうからな。業界二位と言われているうちの商会が口をきいてやってもいいんだぞ?」


「ああ、そう言うのはもういいんだ。息子がね、もしかしたら大手商会との話をまとめてきてくれるかもしれんからな」


 ちょっ……大手ってグリフさんの事?

 それにまとめるってなんだよ、責任が重くなるから勘弁してよ、もう。


「なんだと? もう、開拓村に入った大手商会がいるのかっ! まだ噂の段階だったのに……」


「何の噂だよ。そういう訳で、弱い護衛に囲まれて、さっさとネイブから出て行ってくれ。もう来るなよ」


「くーっ! 貴様、覚えておけよ!」


「おう、やるなら、もっと強い奴を連れてこい!」


 

 ミギーノと呼ばれる社長は、秘書と護衛を連れてそそくさと出て行った。

 父さんって、物理的に戦う場合は、好戦的で負ける想定が一切ないな。

 口論については……人のふんどしで相撲を取るタイプだね。

 

 あらためて考えてみると、開拓団の団員ってみんな強いんじゃなかろうか……?



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ領モサ⇒ネイブ

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