四十話 王都の商会

 南下してしばらく先に行くと、サウロ号じゃない客車が通っている……なんだ? 背中が丸いアーマー付きのカンガルーみたいなのは、初めて見た。

 客車と荷車を引っ張てるから、どっかの商人さんかな?


「こんにちはー!」


「おや、こんにちは。君はここの村の子かい?」


 彫の深い顔で、作ったような笑顔ではあるけど、身なりも良いし服も高そうだ。

 見たところ四十歳くらいのナイスミドルなおじさま系だ。

 まあ、どっかの商人だろな、これが商団とかかな。


「そうですよ。おじさんは、商人の方ですか?」


「ああ、よく分かったね。王都で商売をやっている。開拓が再開されるって聞いたんで様子を見に来たんだ」


「そうなんですね。でも、町の中心はもう少し東の方ですよ?」


「そう……ネイブの方からそのまま北へ向かって来たんだが、少し方向がズレたのかもしれん」


 ネイブをそのまま北へ?

 そんな道あったかな……。


「この道沿いをまっすぐ行くと、時計台が見えます。そこだと開拓団の人も数名いるので、分からないことがあったらそこで聞いてください」


「おお! 少年、親切にありがとう。私は、グリフという者だ。失礼だが名前を聞かせてもらえないだろうか?」


「グリフさんですね。僕は、イロハと言います」


「よろしくな、イロハ君。見たところ十歳くらいかな。ふむ……学校へはまだ行っていないが、体づくりをしている。となると、どこかの試験を受けに行くのかな? もしそうなら、取得したスキルの底上げか、新たなスキルを得ようとしている、そんなところかな?」


 なんだ?

 ぶつぶつ言いながら、いきなり考察を述べ始めたぞ……?

 

 まあ、間違っては無いし、このグリフという人、なかなかの洞察力である。

 こういうやり取りをする相手はあまりいないので面白そうだな。


「はい、その通りです。今年、王都の学校の試験を受ける予定です。グリフさんは、この開拓村が発展する前の……下見とか?」


 さて、ご返杯。

 俺も、商売人ならこの村に唾つけとくね。


「……む、よくわかったなあ。まあ、そんなところだ。イロハくん、君から見てこの村は発展すると思うかね?」


 うーん、どう答えるか……。

 まあ、そんなに気にしなくてもいいか。

 ここは素直に答えてみよう。


「そうですね。確実に今より発展はすると思います」


「ほう。それはなぜか聞いてもいいかな?」


 探るような目で見られてる。

 フフフ、こんなやり取りは懐かしくて楽しいな。


「もちろん、いいですよ。今の二次開拓が終わる頃には、王都と直接行き来できる道ができるかもしれません。また、他領との中継地点にも都合が良い場所ですからね」


「なんだって? 確かに開拓は王都方面とは聞いていたが、まだかなりの時間がかかるんじゃないか?」


「三年以内ってところじゃないですか?」


 だって、母さんブーストって聞いたし、人員も増えたようだしね。


「そ、そんなに早く……それは、この村の当たり前の認識なのか? あ、認識とはみんな知っていることかなという意味だ」


 ありゃ?

 けっこう重要な情報だったかな……。


「僕が思っているだけですよ。この村生まれのこの村育ちです、そうなってほしいに決まっていますよ」


「むむむ……確かに。でもな、さっきイロハ君が言ったことって一部の人間しか知らないことだぞ?」


 あちゃー、父さんに聞いていた事の一部は周知されていないのか……気にする者がいない、が正解だろうけど。

 しょうがない、確かにそんな事を考えて開拓している人は現場の責任者クラスしかいないだろうね。


「僕は、領内地図を見たんです。王都行きが決まってからは、ここを通れたら王都も近いのになあと思いました。そしたらなんと、その場所で開拓が再開したので、そう思ったんです」


 どうだ、それっぽい理由を用意してみたけど、どうかな?

 そう思ったことも嘘じゃないし、納得行くと思うけどな。


「うーむ。イロハ君、十歳に満たない年齢だよね? 家族に王国の機関の者がいるんじゃないのかい……? いや、これは聞かなかったことにしてくれ」


「いないですよ。僕はただの村人です」


 うわー、すごいセリフが出てしまったよ……ただの村人ですって……ププ。

 心の中で失笑していたら、グリフさんが真剣な顔でなにか考え事をしている。


 なんとなくインサイダーな匂いがしないでもないんで、父さんのことは伏せておいた方がよさそうだ。


「……イロハ君、貴重な意見をありがとう。もう少し村を見てから考えようと思ったけど、心は決まったよ」


「えっ?」


 なになに?

 怖いんですけど。


「いやね、王都ではまだここの村のことをあまり知られていないんだ。いち早く情報を掴むためにあちこち走り回ったけど、ろくな情報が無くてもう帰るところだったんだよ」


 へ〜。

 やっぱり商人って本音は言わずに相手の情報を引き出そうとすんだな。

 ルブラインさんやウォルターさんと同じ種類の人間だ……おー怖い怖い。


「まあ、田舎ですし結束は強い方ですから、外から来た人に警戒するのはしょうがないんじゃないですか?」


「そうだね。やっと会えた開拓団の方も、女性を紹介したら教える……なんて冗談ではぐらかされるし、ハハハ」


 あ…………それは、本音だと思います。

 たぶん、やんちゃ三人衆の誰かだな、恥や、ゴサイ村の恥や。


「そ、それは災難でしたね……すみません。僕は、王都を始め、他領にも興味がありますので気にしませんよ」


 つ、つい謝ってしまった。

 

 まあ、商人が目を付けてくれるというのは、村の発展にプラスに働くと思うんだけどな。


「ありがとう。ところで、イロハ君は商売に興味はないかい?」


 む、なんだ?

 誰かを紹介しろとかかな?


 こんな子供を捕まえて……でも、興味はあるけど今じゃないんだよなぁ。


「興味が無いわけじゃないけど、今は学校に行くことが目標なので……」


「いや、こりゃ失礼。イロハ君なら合格して王都に来るかと思ったんでな、興味があるなら学校に通いながらでもうちに来てみないかっていうつもりだったんだ」


 勧誘か……ん、通いながら?

 そんなこともできるのか、悪くない話かもしれない。


「ああ、そういう事でしたら、検討してみます。どちらにしろ、合格しないと王都へは行けないし、学校がどういう感じなのかも分かりませんので」


「いいね。その、甘い言葉に簡単に乗らない慎重さといい、将来を見据えたような考え方も。ますます気に入ったよ。商才は、先を見通す目と人を見る目が大事だからね」


 気に入られた、のか?

 俺だったら、こんな生意気なガキはお断りなんだけど。

 

 この人、徐々に大物の風格というか、会社大手の幹部みたいな特有の雰囲気を出してきている。

 お近づきになっておくのも、いいかもしれん。


「グリフさんは、何という商会の方なんですか?」


「ああ、自己紹介が遅れてすまない。商人というのは、まず人を観る事から始めるので回りくどくてね、どうか悪く思わないでくれたらありがたい。私は、王都を拠点としている『クリニア商会』の副会長グリフだ」


 ふ、副会長だと!

 クリニア商会は知らないけど、結構なお偉いさんじゃないのか?

 失礼なこと言ってないよな……。


「丁寧にありがとうございます。もし、王都の学校に合格したら探して訪ねてみますね」

 

「まあ、自分で言うのもなんだが結構有名な商会なんでな、たぶん聞けばすぐわかると思うぞ? もし訪ねることがあれば、グリフの友人だと言ってくれたら話は早いはずだ」


 有名な商会ね。

 なるほど、目ざとく発展しそうな開拓地域に自ら出向いたというわけか。

 経験から、かなりのやり手だと見た。


 ルブライン組とウォルター組がしのぎを削っている中、中央より大手組織の幹部が地方進出を指揮し……いかんいかん、変な想像をしてしまった。


「友人だなんて……王都の商会の副会長さんと僕とでは釣り合いませんよ」


「ああ、言葉の綾というか。まあ、気軽に訪ねてくれて構わんよ。紹介でも、知り合いでも、もちろん友人でもね」


「わかりました。機会がありましたら、訪ねさせてもらいますね」


「良い出会いだったな。イロハ君、また今度は王都で」


「はい、では道中お気をつけて」


 こちらとしても、有名な商会の副会長と知り合えるとは、ラッキーだった。


 ふぅ……久々だったが、腹の探り合いは本当に面白い。

 もう会うこともないつもりで結構なことを話したんだけど、大丈夫だったかな?

 クリニア商会のグリフさんだっけ?

 また会うことになるのかな……。


 グリフさんの商隊もだんだんと小さくなっていった。

 よし、復路のランニングだ。


 ランニング中、ふと無生物強化って、何にでも効果があるのか? 大きなものはどの程度の範囲で有効なのか?

 ……という素朴な疑問が湧いてきて、いろいろな物に対してスキルの検証をしながら帰った。


 

 帰りの道中では、特に誰かと会うこともなく村の中心である集会場へ着いた。

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