五十一話 焦眉の急(しょうびのきゅう)

 緊張感が高まっている状況で、前方にゆっくりめの客車。

 この状況では、如何にもって感じがしないでもない。


 速度が違うため、カラムさんの方がそろそろ追いつきそう。


 何もなければいいんだけど……。


 嫌な予感はする、でもどうすることもできない。


 俺は、自然と食い入るようにカラムさんの客車を見続けていた……。


 カラムさんの客車は、遅い客車を追い越す際に荷台がズレたのか、黄色い布が落ちそうになっている。

 

 次はこっちの客車の番。


 客車が側面に差しかかった……黒塗りの大きな客車、御者はオオトカゲのような走獣を操り、チラッとこっちを見た。


「……ぅ」


 ……!


 一瞬、ほんの一瞬、聞こえた……子供か女性っぽい声。


 客車の横をあっさり通り過ぎ、少しずつ距離を引き離していく。


 何だったんだ?

 

 客車の窓は閉まっていた。

 窓と言っても木製の内開きで、顔が出せるくらいの小さな窓。


「ブルさん、さっきの客車……」


「イロハ、これだけは言っておくぞ。俺たちは、護衛だ。イロハを王都まで安全に送り届けるため、最善を尽さなければならない」


 余計なことをするなとばかりに厳しい口調で言葉を遮られた。

 もしかしたらブルさんも聞こえたのか?


「う、うん。分かってる」


「何を見たかは知らないが、イロハを危険に巻き込むことはできない」


 見た?

 何かを見たのか?


「あ、はい……でも」


「不満か? その態度を見りゃなんとなくわかる。だが、やり過ごせるならそれでいい」


 この世界ではそれが当たり前で、そう考えることが普通。

 俺が、平和ボケした元日本人だから、手の届く命なら助けたいっていう博愛的で甘い考えがあるんだろう。

 

「……」


「……イロハ、すまない。俺は冒険者として護衛契約をしているんだ。余計なもめごとを抱え込むことはできない」


 それでも、俺は……。


「それは、人命がかかっていてもですか?」


「そうだ。俺が守るのは、イロハ一人だ。他の誰かを助ける余裕はない」


「すれ違う時に、子供か女性の呻く声のようなものが聞こえました。ほんの一瞬ですが」


 ブルさんの目が見開かれたように見えたが……すぐに元に戻った。


「……そうだとしても、こちらから助けたりすることは無い」


 俺は、守られている身だ。

 余計な事をしたらみんなが傷つく事にもなりかねない。

 

 確かに、俺が甘すぎたのかもしれん。

 法や警察なんかが行き届かない地域で、野盗にちょっかいを出そうなんて、でも……。


「わ、分かりました。ちょっと気になったもので、つい……」


「……ただな、そうなってくるとこのままやり過ごすことは難しいかもしれん」


「えっ! なんで、助けないって言ったよね?」


「イロハが聞いたことを、相手が聞かれたと思った場合、どちらにしろ襲ってくる可能性がある」


 まただ……急に命が危険にさらされる感覚。

 さっきまでは、安全なところから、助けてあげようなどと偉そうなこと考えていた。

 いざ、狙われる側になれば、何とか逃げきれないものかと自分の事しか考えられなくなってしまう。


「そんな……」


「ちょっと待っててくれ」

 


 ブルさんは、御者席のウェノさんへ話しかけている。


「ウェノさん、さっきの見ましたか?」


「ああ、あれはその前にあった客車のやつだろ」


「手綱の部分の切れ方から、剣ですか」


「剣か短剣か。それに、客車にあった穴は弓だろうな」


「足跡から人数にして、多くて六名程度かと」


「そうだな、せいぜい五、六ってとこだな」


「次の休憩地で……待ちますか?」


「ああ、様子を見るしかない。何もなければそれでいいが……仕掛けてくるなら次だろうな。待ち伏せがいないことを願うよ」


「もしそうなった場合は、迂回して道順を変えましょう、待ち伏せは厄介だ」


「そうだな、奴らが単独だといいんだが……」


「カラムも気づいています。何かあった場合、黄布を垂らせと言ってあるので」


「確かに、黄布が出ているな」


「これより、休憩地が近づいたらカラムは減速します。その時に並走してください」


「わかった。では、減速する時にまた声をかけよう」


「では、よろしくお願いします」


 怒涛の展開に、何も言えず心臓がバクバクしている。

 俺が、気づいたことなんて小さなことで、すでにこうなることを予想して立ち回っていた青の盾のメンバーとウェノさん。


 俺にできることが何も無い……スキルとか持っていても、何も思いつかない。

 圧倒的に経験が足りないし、未だに現実味を感じない……。

 

 これは学びだ。

 中身はともかく、まだ九歳。

 思いっきり大人に頼って、恥も外聞もなく助けてもらおう。

 俺がそちら側になった時は、その分、子供をたくさん助けよう。

 

 頼むから、誰も死なないでくれ、お願いします、お願いします。

 祈る事しかできないけど、お願いします。


 両頬を、パンッと両手のひらで叩いて活を入れる。

 


「ブルさん、僕はこのままここに乗っていた方がいいんですよね、休憩地に着いても」


「絶対に外へ出るな。この客車だけは死んでも守る。青の盾とウェノさんの中で二人以上が同時に声をかけない限り開けるな」


 脅された時の対応か、想定に隙がない。

 外は見えないから、外から声をかけられたら……可能性はあるか。


「はい。絶対に死なないでね。もし危なかったら逃げて、立て直して助けに来てください」


「逃げる選択肢は持っとらんよ。大丈夫だ、策はある」


「……はい」


 

 無情にも、カラムさんの客車の速度が落ちてきたように見える。

 いよいよ、危ない橋を渡るんだ……。



「速度を落とす。手短にな」


 ウェノさんが合図した。


 こちらの客車も速度が落ち始め、やがてカラムさんとの並走状態になる。


「この先の休憩所で止まって待機。さっきのも止まるだろう。その時は……分かっているな?」


「わかった。先に行って周りも確認しておく、では」


 その会話だけで、カラムさんの客車はスピードを上げる。

 再び縦並びで行くかと思いきや、ぐんぐんスピードを上げて先に行ってしまった。


 大丈夫だろうか、心配でならない。



 休憩所らしき場所が見えてきて、すでにカラムさんの客車が止まっている。


「先の休憩所に止める、後は手はず通りに」


 ウェノさんの声に、ドキッとしてしまう。



 徐々に客車が止まる。

 二台平行に止めて、ブルさんは一人で降り「大人しく待ってろ」とだけ言われ小窓も閉められた。


 一人だけの客車……外の話し声は聞こえるが、声が小さく聞き辛い。


「カラム、周りはどうだ?」


「周りに人の気配は……だ、他は誰もいない」


「ミネにはすまんが、敵が………………で頼む。やむを得ない場合は、自分で…………」


「カラムは、合図したら短剣を…………で、後は…………」


「ウェノさん、速い………………を、お願いしても?」


「ああ、問題ない。ミネ…………時………………で終わりだ」


「カラムとミネは前の客車、ウェノさんは後方、俺はこの客車入口前で待機。会話は俺がする」


 小声の打ち合わせ? は終わったようだ。


「俺も、念のためにこの客車を守らせてもらおう。ルーセントとの約束でな」


「わかった、では配置に」


 ガサガサっと人の足音がして、配置についたようだ。


 

 やがて、周りは静かになった……。



 しばらく待って、音沙汰がなさそうだと思った時、客車の止まる音がする。


 き、来た、やっぱり止まった!


「やあ、こんにちは」


 何者かが、思いとは裏腹に人懐っこい声で話しかけている。

 見たい……が、我慢や。


「ああ、こんにちは」


 ブルさん、いつもより警戒声の低いトーンだ。


「どちらに行かれますか?」


「ウエンズへ行くところだ」


「そうですか。私は、コノート申します。この辺りは、危険も多いと聞く。どうだろうか、行動を共にしないか?」


「コノート殿、申し訳ない。今、仕事を請け負っている身でな、失礼だがあなたの客車では時間がかかってしまいそうだ」


「これは、失礼した。サウロが二台の客車ですか、余程大切なものでも運ばれているのでしょう」


「これから仕事に行くのだ。積み荷はそこで……」


「それはないでしょう。こう見えて、積み荷の重さとスピードを見るのは慣れているんです」


 ん? 『コノート』という人の声色が……変わった。


「そうか……」


「さあ……何を運んでいるのかな?」


「言う必要があるか?」


「……そういう態度ですか。こちらは四人、後詰めに二人。黙って渡せば何もしない」


「ハッ、何を言うかと思えば、そんなもの交渉でも何でもない」


「命が惜しくないのですか?」


「ただの野盗風情にやられるほど落ちちゃいねーよ!」


 ザッザッザ……

 タッタッ……


 何か、人が降りてきている音がする。


「カラム! いいぞ!」


 ヒュッ!

 カキン!

 カーン!


 なんか金属音がするけど、見えないから分からない。


「おいおい、こっちにもいるぞ、ほーら拳だ!」


 ゴカッ!

 ドッドッ!

 ズザー!


 これは、ウェノさんか?


「こ、こいつら。弓だ、後ろからやれっ!」


「大盾ッ!」


 キンッ!

 キンッ!

 キンッ!!


「キャー!」


 あ、ミネさんの声。

 なんかマズいんじゃない?


「ミネッ! 後詰めかっ」


「こっちは、俺が、そっちを頼むブルさん。カラム大丈夫か?」


 いや、ミネさんがヤバいんじゃ……?

 

「スナイプッ!」


「ぐあー!」


「火炎剣っ!」


 なんか、スキルの応酬が……小窓を少し開けて覗いてみよう。


「剛拳!」


 ドガッ!


 おお、凄い立ち回り。

 というか、ウェノさんが凄い、パンチだけで圧倒している。


 ブルさんは、小さな盾だったのがバリアみたいに大きくなって、弓を防いでいる。

 カラムさんは、肩を負傷しているみたいだ。


 あれ?

 ミネさんがいない、この小窓からは見えないけど、大丈夫かな?


「そこまでだ!」


 さっき話をしていた悪い奴こと、コノートだ。

 後ろには、ミネさんを捕まえて首に短剣を突きつけている奴もいる。

 でも、他の四人は倒されて地面に寝転がっている。

 

 人質に、後二人か……。


「人質とは見下げた野盗だな」


 ん?

 今、ブルさんが一瞬、ウェノさんに目配せしたような……?


「そんなことは、褒め言葉にしかならない」


「私に人質の価値はないわっ!」


「それは、あなたが決める事ではない」


「……何が望みだ?」


「そこの客車の中のガキ、出てこい!」


「……そうか、やはり知っていたか。子供は渡せない」


「じゃあ、この女を殺すぞ?」


「待て。後詰めがいると言ったが、その二人だけか?」


「そうだが? もう、こちらが有利な状況は変わらないぞ」


「……」


 野盗って、そんなに強いのか?

 四対六とはいえ、こんなにあっさりミネさんが捕まるとは……。


 

 まだ、二人同時に声がかかっていない。

 ブルさんの言いつけは守るべきだよな、どうしよう……。

 

 

 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ領モサ⇒ネイブ⇒ネイブ領ペイジ⇒

 次の経由地:ウエンズ領ベガ

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