五十話 危険なエリア

 早起きした俺は、身体を伸ばして休める環境を惜しみつつ、部屋を出る。

 ウェノさんは、まだしっかり寝ている。


 時間もありそうなので、ちょっとだけ朝のトレーニングをしようと外へ。

 今日は、晴れ空だ。


「スーッ! ハァー!」


 深呼吸をして、この辺りをくるっと走ってみるか。

 タッタッとランニングしながら流し見ているが、朝市みたいに並んで野菜類を売っているようだ。


 昨日のブルさんとの会話で思った、冒険者も面白そうだなと。

 でも、パーティがなぁ、数人集まると揉めそうだし、ギクシャクしたくないしな。

 異性も入ると、もっとややこしいことになりそうだ。

 

 例えば、仕事と割り切ったらどうだろうか?

 いや、命がかかっているからこそ、感情が勝つ時はきっと来るだろう。

 対等な関係性で目標を共有できる仲間か、一人のカリスマリーダーが引っ張るか……。


 そんな事を考えていたら、いつの間にかもう宿の前だ、汗を流しに行くか。



 戻ったら、食堂にミネさんがいる。

 朝食はビュッフェスタイルなんで、適当に取ってミネさんのところへ。


「おはようございます」


「あら、おはよう」


 少々、お肌が荒れていらっしゃる模様。


「昨日は遅かったんですか?」


「あの後、しばらくして戻ったわよ。次は領境だから、しっかり寝ておかないと。男共は知らないけど」


「領境って、何かあるんですか?」


「そうね、野盗とか多いわよ。どちらの領都からも遠いから犯罪者の拠点になりやすいのよ」


「なるほど。じゃあ、戦闘になるかもしれないわけですね?」


「どうかな? 日が高いうちに抜けられたら、危険は少ないと思うわ」


 冒険者になると、こんな知識も身につくんだろう。

 生き抜くためにも見習わないとな。


「ミネさんって、冒険者になって長いんですか?」


「私は、五年くらいかな。前は、食堂とか転々として働いていたわ」


 食堂……似合わねー!

 どっちかって言うと、焼き鳥屋の店長さんってイメージ、手ぬぐいを頭に巻き「ヘイ、ラッシャイ」って。

 

「手ぬぐ……いや、荒々しい男どもが多い中、よく冒険者になりましたね」


「そうね、最初のうちは大変だったわ……野宿とか。でも、私の場合は、スキルのお陰で重宝されるのよね。旅に欠かせない水を出せるの」


 なんと、母さんと同じタイプか。

 意外と水関係ってポピュラーなのかね?


「水ですか。近くに川とか無かったら、確かに貴重ですね。何かを生み出すスキルって凄いんじゃないですか?」


 水が出せる……どこから来て、その水は現実として残り続けるものなのか?

 んもー!

 気になってしょうがない。


「残念ながら、陸路の護衛とかでは、あまり力になれないわ。川があるし、街に泊まれば水はあるわ」


 ってことは、生活用水……だよな?


「その水って飲めるんですか?」


「飲めるわよっ、失礼ね!」


 おっと、地雷を踏んでしまった。

 でも、人が生み出した水って、大丈夫なの?

 ちゃんと水として、体に取り込めるのだろうか……。


「あ、ごめんなさい。でも、陸路以外ってどこで使うんですか?」


「迷宮よ。迷宮の中では、川や湖の水を迂闊に飲めないの」


「迷宮? 洞窟みたいなところ?」


「洞窟型、塔型、空間型……いろいろあるわよ。迷宮は、世界各地に点在しているそうよ。私は、王国の迷宮にしか行ったことはないけど」


「凄いなあ。そんなものがあるんだ……世界は広いね」


「王都にも迷宮があるわよ。まあ、パーティで五級以上じゃないと入ってもあまり稼げないわね。クラス外の仕事になっちゃうから」

 

 この世界で不思議な事といえば、だいたい迷宮が関わっている……冒険者にならない手はないな。

 しかし、五級か。


「クラス外ってことは、五級に満たない冒険者は、迷宮に立ち入れないわけではないんですね?」


「そうね。正しくは、が受けられない、かな」


 そうか、ブルさんも言っていたな、クラスに応じて仕事が選べると。

 

「なるほどね。ところて、ミネさんは五級なんですか?」


「私とカラムは六級よ。うちのパーティでは、ブルさんとゲータスさんが五級になるわ」


 となると、パーティで五級あればいいのか……クラスが個人とパーティとあるのはややこしいな。


「パーティクラスは、個人クラスの平均で考えるんですか?」


「まあ、平均とって……いろいろあって、うちは五級よ」


 ミネさん、計算が苦手そうだ。

 五級が一人でもいればいいのか、平均の端数は切り捨てみたいなものなのか……まあ、いずれ分かるか。


「迷宮かー、行ってみたいな」


「学校を卒業して、冒険者になって、六級くらいになったら連れて行ってあげるわよ」


「遠い……先は遠いですよ」


「たまに、学生パーティでも迷宮にいるわよ? でもあれね、ロイヤードとかスレイニアスの連中だったと思うから、普通は無理ね」


 ほほう、学生パーティとな。

 どっかで五級の人を見つけりゃなんとかなるかも。


「一応、僕、スレイニアス志望です」


「えっ! ほんとに?」


 そんなに驚かなくても……阿呆っぽいですかねぇ? 俺は。


「はい。そのために、王都に向かっているんです」


「スレイニアスって言えば、名門中の名門で、王都名門三校の中でも一番難易度が高いって噂よ?」


 えっ? なんか話が違うぞ。

 確か資料には、頭脳はメルキル商科学園、身体能力はロイヤード騎士学校、どちらも平均的なのがスレイニアス学園と書いてあったんだけど。

 

「資料と違いますね……」


「あちゃー、古い資料で来た口か。王都は日々状況も変わっているからね、遠いとそのせいで情報が遅れるのはよくある事なのよ」


 そだね。

 ネイブは王都から一番遠いし、ゴサイ村はさらに奥だ。


「そうなんですね。まあ、大丈夫とは思いますが」


「なに? どっからそんな余裕が出てくるのよ」


 余裕というか、正直、分からないからどうしようもない、だね。

 

「え? なんとなくです。今から焦ってもどうにもならないですし」


「呆れた……大物だよ。イロハが合格してくれたら、私もスレイニアスに知り合いができるわね」


 今気づいたけど、ミネさんの後ろの方に、頭を抱えた深酒コンビがスープだけの朝食を飲んでいた。


「ねえ、ミネさん。後ろ」


 指さしで教えてあげる。


「あらら。飲みすぎだね、まったく……」


「カラムさんがいないようですが、もう食事を終えているんですかね?」


「イロハが来るちょっと前に戻ったわよ。そろそろ、私も準備してくるわ、では」


「はーい」


 さてと、僕も準備するかな。

 人の親の悪口で盛り上がったんだ、二日酔いという名の苦痛をとくと味わうがよい。



 気を取り直して、宿の前に全員集合し、ペイジポートへ。

 二日酔いコンビは、一言もしゃべらず……トボトボトボ。


 ベガを目指して出発!



 領境と聞いて、テンションが上がったものの、すぐさま退屈な風景が姿を表す。


 今日のブルさんは、先頭の客車でたぶんすやすやタイムだ。

 今は、俺だけが乗っているので、話し相手がいない。


 元々、ペイジは領境の街として作られた背景があるので、領境は近い。


 問題は、ウエンズ側だね。

 速やかに抜けたいものだ。



 トイレットを一回挟みつつ、領境に差しかかる。

 遠目に小屋が見えてきた、あれかな?


「検問があるから起きてくれ……」


 ウェノさんのダルさマックスの声が届く。


 領境へ到着。

 検問は、結構念入りに見るんだな。


 しばらくして、門番さんより行ってよしを頂く。


 去り際に「ここからは、野盗に注意してくれ」とのこと。


 いよいよ、危険なゾーンに突入する。

 何かあったらいけないので、一応、スキルをチェックしておこう。


 コア:強化

 ■■■□□□

 スキル:真強化

 身体強化(真)○

 部位強化(真)○

 無生物強化(真)

 スキル:真活性

 細胞活性(真)

 スキル:真付与

 無生物付与(真)○

 生物付与(真)


 うん。

 無生物強化は、まだ完全に理解したわけではなさそうだ。

 もう少し、何かに使えそうな気はするんだけど……今は、そのものの強度を上げる感じでやっているので、硬くなるだけ。


 細胞活性は、使う機会がそんなにないため、親和性がなかなか上がらない。

 そもそも、細胞活性や生物付与なんか、検証するにはリスクが大きすぎる。

 

 やはり、メインは身体強化だな。

 あとは、武器を強化して使うとか、部位強化で一目散に逃げるとかかな。

 そうだ、今度の街で投げられる物を準備しておこう。



 ◇◇


 

 ……少し、眠っていたようだ。

 今回の昼食場所は、あえて一つ飛ばして先の方になると言っていた。

 領境に近いと危険だからとのこと。


 止まらないと言われたら、だんだんトイレに行きたくなってくるのはなぜですか……?

 我慢、我慢。


 気をそらすために外を見ていた……が、なんだろう、特に何もなく普通の景色だけど、空気感が異様というか。

 考え過ぎだろうけど、こんなところで休憩なんてできない。


 安心して寝られないので、ずっと外の景色を眺めている。



 しばらく進んだところに、休憩地点があった。

 しかし、先客がいたようで一台の客車が止まっている。

 客車を引く動物はいないので、奥かな?


 こんな時、どうするのかな?

 どこの誰とも分からないし、盗賊とかかも知れないし、トイレには行きたいし。


「一度、止まってすぐに出るぞ。トイレは俺と一緒に済ませる」


「はい! ウェノさんについて行くね」


 速度を落とし、休憩場所へ止まる。


 なんだか険しい顔のブルさんがこっちへ来て、客車の御者席へ。


「ウェノさんと、さっさと行ってこい」


「はーい」


 ブルさんは、客車を見ていてくれるらしい。

 前方では、カラムさんが先に行っているようだ。

 

 俺と、ウェノさんは近くの木陰で用を足し、すぐに戻ってきた。

 ブルさんは何も言わずに、ウェノさんと交代し前に走っていき、ミネさんを連れて奥へ入っていった。


 そこで気になるのが、この客車の持ち主だよな。

 いまだに、一人も見当たらないし近くで煙も上がっていない。

 

 ウェノさんに聞こうかとも思ったが、渋い顔をしてブルさんの方をじっと見つめているのを見れば、何も言えない。


 何とも言えぬ、肌を刺す感覚がヒリヒリと。


 あ、ブルさんとミネさんが戻ってきた。

 ここからは、ブルさんがこっちへ乗るみたい。


 結局、客車の持ち主は分からず、そのまま出発し、しばらく客車内は無言空間となる。



 痺れを切らしたのは……俺です、沈黙は耐えられまへん。

 

「ブ、ブルさん。さっきのは何だったんですか?」


「あの客車か?」


「うん、何と言うか、異様というか……」


「恐らくは、すでに襲われた客車だろう。御者台に血痕があった」


「は……?」


 人が死んでいるの?

 

 マジか、急に身近に感じられる。

 あの、野盗襲撃やイッカクグマの時みたいに、命が軽くなる感覚。


「だから、野盗の襲撃があったんじゃないか?」


「じゃ、なんで止まったんだよ! 危ないじゃん」


 危ねー!

 下手すりゃ死ぬとこだった。


「おい、どうした急に。落ち着け」


「なんで危険を冒す必要があるのさ!」


 おトイレ中に丸出しで死ぬなんて、ヤダヤダ!


「ちょっと待て。危なくもないし、危険も冒していない。むしろ、あれが正しいんだ」


「えっ?」


「まず、襲撃して戦利品があると、見張りを必ず立てる。その後、証拠を隠滅する。ただし、それが難しい場合は、他の場所へと速やかに移る」


「うん……」


「今回は、客車が残っていて、襲撃の証拠もある。しかし、見張りはいない。このことから、付近に野盗の類はいないってことだ」


 なんでよ?

 いない確率が高いだけでは?


「絶対とは言い切れないよね?」


「もちろん、絶対じゃないがそれ以外の場所だと逆に危ないんだ。遠方から監視している場合と、まだ追っかけている場合。それこそ、休憩どころではない」


 ああ、そうか。

 証拠を残しているから、あっても監視程度。

 殺人現場に犯人はいない、誰か来てもソイツがどうするのかを遠くから見ている……だから現場は安全だと。


「う……そうだね」


「でも、安心はできないぞ。本当に危険な領域はここからだ。確実にいるということも分かったし、あの客車も見た感じで長くて一日程度しか経っていないようだから、出会うかもしれない。走獣そうじゅうは恐らくコリトーで、どこにもいなかった」


 サウロ君『走獣そうじゅう』って言うんだね。

 ウェノさん、走獣そうじゅう操縦そうじゅうしてたんだ……とか、すぐに考えてしまう。

 

 ……ふぅ、落ち着いた。


「はい……少し落ち着いた。ありがとう、ブルさん」


「よし、しばらくは集中するぞ」



 緊張感がヒシヒシと伝わってくる。

 

 今まで、気にもしなかったサウロの足音が、うるさいくらい鳴り響く。


 

 しばらく進むと、前方にゆっくりめの客車が走っているのが見えてきた……。



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ領モサ⇒ネイブ⇒ネイブ領ペイジ⇒

 次の経由地:ウエンズ領ベガ

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