幕間二話 ルーセント:進捗報告会

 ◇これは、開拓進捗報告会のルーセントの話


 (ルーセント視点)


 剣の稽古中に、誤ってイロハに剣を当ててしまってからというもの、飽きもせずコアプレート作りたいと駄々をこねるし、こねまくる。

 しばらくしたら諦めるだろうなんて思って……はや二年、もういい加減にしてほしい。

 一度言い出したら、あきらめることを知らんな、コイツは。


 でも、あの時のイロハの剣撃は普通じゃなかった……危うく一撃貰うところを、とっさに避けて思わず反撃してしまった。

 イロハの使っていた木刀は、手元の部分に指の型がついているようにも見えたが……いや、落ちた拍子にたまたま付いた跡だろう。


 

 暫くして、ネイブ領主のラシーン・ネイブより、開拓進捗報告会……という名のグダグダ会議の招集がかかってしまった。

 開拓五年目まではちゃんと出ていたけれど、文官どもの机上の空論にうんざりして以降は、理由を付けて断っていた。

 さすがに今回は、王都からもうるさいのが来るらしいので、断れそうになかったが。


 領主のラシーンとは、幼少からの友人……いや腐れ縁で、若い頃にやることも無くて共に王国騎士団に入団した仲だ。

 

 まさか、ラシーンの父である豪傑カールさんが魔物の討伐で亡くなるとは……そんな理由でラシーンは、早々に騎士団を退団し、領主を継いだんだよな。


 その数年後には……まあ俺も退団して、フラフラしてたところ、悪友のラシーンに頼まれて開拓団の団長をする羽目に。

 俺もカールさんの事には思うところもあったので引き受けたんだけど。



 結局、ついでということで、イロハの要望を聞き入れて領都までやってきた、オマケのポルタも一緒に。

 

 正直、全く乗り気がしない。

 いや、イロハのコアプレートは楽しみだが、グダグダ会議に何の意味があるってんだ。

 現場にも来ない奴らが、なんだかんだ言いたいこと言って、どうでもいいことを「どうですか?」と俺に振ってくる……知るか。


 

 二人ともコアプレートの登録は終わったみたいだな。

 受け取りには時間がかかるそうだし、イロハたちには悪いが先に会議を済ませてくるか。


「父さんは、このネイブ領主館の中にいるから、何かあったら領主館の人にルーセントの息子ですって話せば俺に伝わるから。じゃ、ちょっと行ってくる」


 とりあえず、こう言っておけばイロハなら何とかするだろう。

 こんな会議さっさと済ませて、帰ってステラの手料理が食べたい。




 領主館会議室前……ああ、入りたくないな。

 

 っと、向こうから、俺のよく知る丸顔のおっさんが声をかけてきた……ちょっと痩せたか?


「お、ルーセント! よく来てくれた、ささ、中へ中へ」


 むぅ……ラシーンめ、コイツよくも俺を道連れにしてくれたなぁ。


「おいおい、領主様がそんな軽々しい態度取っていいのか……んん?」


「お前こそ……私は領主様なんだぞ、もっと敬え」


「……」


「……」


「相変わらずだな、二年ぶりか、ラシーン……様?」


「様ってお前なぁ……ほんとにな、ルーセントに会うと領主ということを忘れてしまいそうだ」


「ハハハ。まあ、会議は久々に参加するのでお手柔らかにな」


「こちらこそ、今日はよろしく。お前の大好きな文官様たちが待ってるぞ」


「うるせえ。そういや、登録所に息子を待たせているんで、長引くようだと迎えに行きたいんだが……」


「ほほう、もうそんな時期か。大きくなったな、確かイロハ君だったか」


「おう、もう七歳よ。五つ下のリアムはステラと留守番だ。アレスとセティは元気か?」


「元気だぞ、もう十四歳と九歳だ。アレスは王立ロイヤード騎士学校に行っているんだが、今はこっちに帰ってきているな」


「さて、そろそろ行くか」


「ああ、お互い頑張ろう。イロハ君は、連絡があったらこちらから迎えを手配しておくから心配するな」


「助かる。ってことは短時間じゃ終わらんということかよ」


「まあそういうことだ」


 会議室のドアを開けて、二人で入っていく……。




 会議室の中は、主だったネイブ領の人間がラシーンを除いて五名ほど、別に三名の王都から来た文官たちが座っていた。

 一人は、ついこの間会ったばかりのじじ……年配の文官がふんぞり返ってこっちを見ている。

 

 ある時は若年教育指導員、ある時は騎士団管理部調達係……その爺の正体は、王国統治部長グラームス・プロテック。

 通称、石頭グラームスという爺だ。


「では、皆も集まったところだ。ネイブ領開拓団の報告会を始める」


 タイミングを見計らって、ラシーンが威厳のある声で会議の開催を宣言する。


「では、始めにルーセント団長、開拓の進捗を述べたまえ」


「はい。まず、昨年は、業務に忙殺されたとはいえ、報告会の参加を見送らせて頂いた事、この場を借りてお詫び申し上げます」

 

 そう、心にもないことをいって下げたくもない頭を下げる。


「では、進捗を報告させて頂きます。開拓着手より近隣の伐採事業が――――」





「――――以上を持ちまして、私からの報告を終わります」


 ふう、なんとか言い切ったぞ。

 さて、どんな揚げ足をとり、どんな要求を突き付けてくることやら……。


「王国統治部より、現在停止されている開拓事業を速やかに再開して頂きたい……という要望を申し上げます」


 う……あの爺め、部下を使って軽くいやがらせをしやがって。

 王都としては、開拓予定地の開拓が終われば、王国の南側と西側……つまり国境への移動の問題が解消されると言いたいんだろう。

 

 そうだ! こんなもん領主へ丸投げすりゃいい。


「えー、開拓事業の一時中断の要因は、業務に携わる人員不足、ゴサイ村の安定を図るための資金、急拡大による犯罪対策の三点を上げております。したがって、現状のままの再開は厳しい状況かと考えております」


 さあ、どうする? 領主様。


「ルーセント団長より話があった通り、我が領としては、人的要因、資金的要因、警備施設等を鑑み、現開拓地の安定を第一優先としたい。また、開拓事業再開については、これより一年間の猶予を持ち王都までの開拓を優先して進めていきたいと考えておる」


 っく……一年か。

 これはすでに王都より通達済みか……資金も出るんだろうな? ラシーンよ。


「結構。この会議で、開拓事業の再開の目途が立たない場合は、王国騎士団を派遣してでも……と考えておったが、まあ及第点として報告しておこう」


 王国騎士団だと? そんなもん介入させて何をしようとしているんだ……脅しなのか?

 だいたい騎士団にいた時からこのじいさんとはそりが合わねえ……まあ、王国のことを一番に考えているのもこの爺ではあるが……いやただの頑固爺だな。


「ネイブ領主として命ずる。この会議で申した通りの計画で進めさせよ。詳細は日を改めて行う。よいな、ルーセントよ」


「はっ」


 まあ、この辺が落としどころだろう。


「次に、――――」





「――――以上を持ちまして、ネイブ領開拓団の報告会を終了いたします」


「この度は、わが領へ集まって頂き感謝申し上げる。この後、ささやかな料理を準備しておるのでご歓談いただきたい」


 ラシーンが、手をパンパンと叩いて執事やメイドに合図を送っている。

 皆と一緒に、ぞろぞろと会議室を出ようと……む、爺がニヤリとしてこっちを見やがった。

 この前の意趣返しってか……ほんと、性格悪いな。


 あ! そうだ、イロハを迎えに行かなければ……いや、ラシーンがやってくれるって言ってたよな?

 どこだ……いたいた。


「おい、ラシーン。ちゃんとイロハを迎えに行ってくれたんだよな?」


「ん? ああ、ちょうどな、アレスが暇そうにしてたから向かわせたぞ」


「どこにいるんだ?」


「それが、まだ戻っていないみたいなんだ……」


「なんだって? 会議は爺のせいでかなり長引いたよな? なんで戻って来ないんだ」


「まあ、アレスも一緒にいるようだしいいんじゃないか? イロハ君もしっかりした子だろ?」


「む……まあそうだな」


「初めて領都に来たんだし、アレスが案内とかしているのかもしれないぞ。積もる話もあることだし、私たちも行くぞ」


 ラシーンに背中を押されながら……別室へ移動。

 うーむ……まあ、いいか。



 この後、イロハと会えたのはしばらく時間がたってからのことだった。



 

 ◇◇

 

 


 やれやれ、開拓団の報告会に出て、やっと面倒くさいことが終わってホッとしていたら……イロハの特性が普通ではないことが分かった。


 人に聞かせる内容ではないため、家に帰ってから話すことになったが、ますます訳が分からん……。

 

 『強化』だって?


 これでも俺は、王国騎士団に所属していた経緯もあり、少なくない人とかかわってきた。

 それに、王国が保有する特性やスキルに関する情報も、知れる範囲ではあるが、他の人より多くを知っている。

 イロハの特性は、俺の知るどの特性にも当てはまらない、というか、何かの間違いでは? と疑ってしまう。


 スキルに関しては、公開する者や、使用時にほとんどの場合が声を出すので、多くのスキルは認知されている……が、『真強化』は一度も聞いたことがない。

 もしかして、身体強化の間違いでは? と考えたが、否定された。


 特性については、各国単位で様々な情報を集め、調査し、研究し、学校の教育などに活かされている。

 イロハには話さなかったが、王国では、第一種~第五種に区分されていて、その文字の構成にある程度の法則があることも分かっている。

 信じられない話だが、俺が知っている特性の法則とあまりにも違うため、つい驚いてしまった。


 我が息子を、研究材料になんかしたくない。

 そんな思いがあったためか、特性を偽る提案をしてしまった……親として情けない。

 俺のことを思ってか、イロハは快く約束してくれたが。


 こちらでも、いろいろ調べてみようと思うが、これまで知らなかったことだから、早々と出てくるわけもないだろう。

 しかし、昔の伝手を使ってでもやらなければならない。

 

 昔の伝手、か。

 

 特性のことになると、どうも昔あった『ある出来事』のことを思い出してしまう……さて、考えてもしょうがないな、もう寝るとするか。



 

 今日もステラと別室か……リアムよ、早く大きくなってくれ。

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