三十一話 負けず嫌い

 俺は、日課である朝のトレーニングを終えて、朝食を済ませ自室で昨日のことを考えている。


 昨日は、ミルメとレジーにあれだけ偉そうに言ったが、正直、この国の学力や能力の判定についてはよくわかっていない。

 ただ、自分が行こうとしているスレイニアス学園の事だけは調べたので、方向性は理解しているつもりだ。


 そろそろ行くか。

 俺は家を出て、商業区域の集会場へ向かった。


 トリファの快挙のお陰や、人口の増加などが理由と思うけど、外部の資料が続々と増えてきている。

 ゴサイ村から王都の学校へ行くというサクセスストーリーを夢見る親たちの希望なのか、商業区域の集会場には学校に関する資料が置いてあるとの話だ。

 今日の午前中は、その資料の物色に勤しんでみようと思う。

 

 

 集会場に入ってすぐの側面には、管理人室みたいな小部屋があって、こちらに気付いた快活な印象の女性が出てきた。


「おはよう。今日は、どうしたの?」

 

「おはようございます。学校関係の資料を読みたいんですが、中に入ってもいいですか?」


「あら、イロハ君かな? いいわよ。今年は学校の試験だもんね。頑張ってね」


「はい、頑張ります」


 社交辞令のような応援をもらって、中へと入っていく。

 この時間、管理人? 以外にはまだ誰もいないようで、閑散とした雰囲気の中、学校関係の資料がある机へ向かった。

 

 さっきの女性はたぶん、ラミィさんの部下じゃないかな? 業務部の誰かだったと思う。


 そんなことより早速、物色を始めよう!

 手ごろな学校関係の本を数冊集めて持ってきた。

 

 ふむふむ……資料によると、騎士を目指す者の最高峰が王立ロイヤード騎士学校、王都で一番古く伝統のある学校のようだ。

 成績の上位勢は、卒業後、王国騎士団入りが約束されているって話みたい。

 

 次に、ロイヤードとあまり変わらない時期に作られた王立メルキル商科学園は、普通校だったものが名を変え、専門性を特化させて今の形になったらしい。

 

 初代国王が、冒険者の中でもトレジャーハンター寄りだった事、終盤は商人で成り上がり建国した事から、王国では商業を推奨している。

 商売をする者は、ここを卒業したかどうかで影響力が変わると言われているらしい。


 この二校が伝統のある上位校で、これに王立スレイニアス学園を加えた三校が、王国のトップ三校、通称『王立上等校』だ。


 王立スレイニアス学園は、比較的新しく出来た学校で、名前の由来は、学園の創立関係者である冒険者『スレイ』と『イニアス』から名付けられたとある。


 校風は、冒険者の考えが受け継がれているのか、個性の尊重や将来性を重要視しているらしい。

 卒業生の談話を読むと、勉強特化、身体能力特化、スキル特化など、一芸に秀でた者が目立つ。

 推察するに、潜在能力の高い者や基礎能力の高さ、あるいは特殊なスキルを持っている、というような者を集めて育てているような印象を受けた。


 さて、ミルメもレジーもスレイニアス学園に行きたいと言っている。

 俺はともかく、なんとか二人には自力で合格できるようにサポートしてあげたいとは思うけど……。


 俺からのミルメの評価は、天真爛漫で飽きっぽい、スピード特化のスキルがあってとても負けず嫌い。

 何事にもまっすぐ取り組み、素直なところが持ち味。

 

 レジーは、普段から大人しく、興味のあることには一生懸命になれるところがあり、とても我慢強い。

 母親譲りの鋭い勘のようなものがあり、スキルは瞑想という集中力を高めるような効果があるものを持っている。


 正直、この二人が周りの受験生に比べてどの程度かはわからない。


 とりあえず、スキルを伸ばすことで引き出しを増やすのが今のところ最良かな?

 勉強は、村の情報量の少なさから、たぶん王都の方が有利ではないかと見ている。


 スキル……スキルか、まだよくわかっていないんだよね。

 レジーについては、本人のカミングアウトによって、特性を俺が知ってしまったため、より細かい対応ができるかもしれない。

 ミルメについては……どうしようかな。

 特性のヒントでも聞いとくかな、そうでないと伸ばしようがないしね。


 元々、ネイブ領で調べた情報も持っていたので、ここで得る知識はもう十分だと思う。

 そろそろお昼だし、家に戻るか。


 本を戻し、集会場を出ようとする。

 一応、出るときは声をかけないといけないよな。


「えっと、そろそろ帰ります」


 側面の部屋の奥から、さっきの快活な女性が近づいて来る。


「あら、結構時間かかったわね。頑張って勉強して王都の学校に合格してね!」


「はい、えーっと……」


「私はリネアよ。業務部所属で、今はここの管理人よ。よろしくね、イロハ君」


「はい! リネアさん、ありがとうございました」


 えっ!

 顔が近い……近くで顔をまじまじと見られている、なんだろう?


「ふ~む、イロハ君は、あんまり団長のような雄々しい感じじゃないね。将来いい男になりそうな予感がするわ……これは…………いや、年齢が…………ブツブツ……」


 なんか、ブツブツ言ってて危険な香りがするので、ちゃっちゃと退散!


「では、帰りまーす!」



 ◇◇



 いやー、なんか危険な感じがする人だったな。

 ああいう人って、どこにでもいるもんだ……以前は電車の中とかで見た気がするよ。


 気を取り直して、と。

 家に入るけど、やっぱり誰もいないなあ。

 母さんとリアムは、開拓団事務所のお手伝いに行っているんだろうし、父さんも開拓地域の前線にいるって言ってたっけ。


 お、ご飯は用意してある……なるほど、午後のお勉強用のおやつもあるな。

 まあ、おやつと言っても、こちらの世界ではあんまり甘くない干した芋とかなんだよね。


 ご飯を済ませて、あの二人が来るのを待っていようかな。

 今日は、レジーに何をさせるか……うーん。


 

 しばらくして、例の二人組がやってきた。


「ミルメとレジーが来たよー! コココンコンッ」


 おー、ちゃんとノックしてる。

 偉いな〜、素直な子達だ。


「はーい、ちょっと待ってね」


 出迎えて、自室へ招く。


「今日はどうするのー?」


「色々考えてさ、二人のスキルを鍛えようと思うんだけど、どうかな?」


「あたしは、イロハに任せるー」


「レジーも頑張るの」


 うーん、あまり考えて無さそう。

 スキルのレベルアップ作戦が、上手くハマらなかった時のことも一応、考えておかないとなぁ……責任が重い。


「わかった。僕が考えた対策は、スキルを鍛える事と、新たなスキルを獲得することを目標にしようと思う」


「そんな簡単にスキルがもらえるのー?」


「実は、よく分かっていない。だから、ちゃんと勉強の方もしておいてくれたらいいかな」


「レジーは、イロハが言ったから、お父さんに言ってスキルを見てきたの。そしたら、スキルの右側には何もなかったの……」


「あ、そのことを覚えてくれてたか。そうか、何もなかったのか、わかった」


「えー? 何のこと? なになにー? 二人だけでなにか訓練してるのー?」


「いやな、コアプレートに表示される項目で、スキルの右側に丸印がついているかを見てきてもらっていたんだ」


「コアプレートかぁ。あたし、作ってから一回しか見てないや」


「ミルメもかよ。たぶんな、スキルって本人との親和性……まあ、使い慣れたというか、使えばどんどん上手になっていくのはわかるよね?」


「そーだったかも……」


「……」


 二人とも、キョトンやね。


「とにかくさ、自分のスキルの右側にちゃんと使えるようになりましたよ……っていう印みたいなのがあると思うんだ」

 

「じゃ、じゃあさ、それがあればスキルが鍛えられたことになるんだねー!」


 グイグイ来るなぁ、スキルに興味津々ってところか。


「たぶんね。それに、次のスキルが覚えられる条件かもしれないとも思っている」


「レジーも、瞑想の他のスキルがすぐに覚えられるの?」


「うーん、今話していることは、僕の予想だよ。絶対じゃないし、すぐに覚えるかは分からない。だから、ちゃんと勉強もしておくんだぞ」


「わかったー」


「わかったの」


「二人とも、今持っているスキルを鍛える……そうだな、親和性と言うらしいが、これを上げていくことで次に進めると思う」


 どこまで言うべきか……ある程度は言えるが、間違ってたりしたら問題だしな。


「レジーのスキルに印が付くのは、どうすればいいの?」


「こればっかりは、色々試してみない事には分からない。僕とは特性が違うから、人によって変わってくるのかもしれない」


「あたしも、コアプレートを確認してみようかなー。もしかしたら印がついているかもー?」


「そうだな、確認は必要だ。僕も、最近は毎日コアプレートを見ているよ。まあ、何とか頑張ってみるから、スキルの情報が変わったりしたら教えてね」


「レジーは、ちゃんとお母さんに、イロハに教えたって言ったの」


「あっ!」


 やばっ、こりゃまずいか……チラッとミルメを見てみると、「えっ?」って顔してる。


「なに? もしかして、レジー、イロハに特性を教えたのー?」


「おいおい、ミルメ。そんなにレジーに詰め寄らなくても……」


「どーなの、レジー?」


「レジーは、イロハに特訓をお願いしたから、全部教えたの」


 あちゃ~素直というかなんというか……変なことにならなきゃいいが。


「……」


「ちょっと、二人とも。いいか、コアの特性は、家族以外には言わないようにと教育で習ったよな? だから僕に言う必要はない。レジーは、一生懸命に相談をした結果、つい口を滑らせたんだ。僕も聞いていないことに……」


「あたしは、『みどりのもりのゆうげきし』だよ! イロハの特訓、あたしもするー!」


「ひ、ひとまず、お、落ち着こうか。えっと、別に特性とか言わなくても特訓はするからさ。今のは聞かなかったことに……無理か」


 聞いてしまったから、もうどうにもならないよな……はぁ。

 いや、それよりほかの人の特性って長いのばっかりだし、色が入っていたりとバリエーションが豊かだな。


「あたしも、レジーと一緒に特訓するもん」


「わかった、わかった。ありがとうな、そこまで信頼してくれて。期待に応えられるように頑張るよ」


「レジーの特性は……」


「もう、分かっているから。とにかく落ち着いて、二人とも。それにミルメ、ちゃんと両親には、僕に言ったことを話しておくんだよ……自分から言ったってね、これ大事だから」


 ほんっと、大事。

 頼むよ。


 子供って、大変だ。

 こうなるからこその若年教育だろうに……。

 二人とも、結構負けず嫌いなところもあるからなー。


「う、うん。わかった」


「落ち着いてくれたかな? それじゃあさ、今後の計画を立てようか」

 

 また、思いもよらず特性を聞いてしまった。


 また色パターンかぁ……父さんも『』じゃなくて『』だったし、推測しづらいんだよな、違いは分からんけど。

 

 みどりのもり……緑の森? 緑の杜? 翠? 碧? 色々候補はあるな。

 ゆうげきし……遊撃、士? 手? 師? 遊撃士かな。

 


 今日は、まだお昼くらいなのに、ドッと疲れが……これで、俺が知っている特性は、自分のを含まず四つとなってしまった。

 特性って、他人には話さないってことになっているけど、本当のところは、結構話している人もいそうだな。

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