三十話 一日先生
「イロハー!」
ちょうど、飲み物をと思って取りに向かったところ、外からミルメが声をかけてきた。
慌てて飲み物を三つにする。
「どうした? ミルメ」
なんか、入り口のところで止まって入ってこないぞ?
「なにしてんだ? 入っておいでよ」
「えーっと、お話は終わった?」
あー、わかった。
レジーの相談が終わるのを外で待っていたんだ。
それで、たまたま俺が見えたから声をかけたと。
「ああ、ちょうど今終わったところ。これから勉強するぞ、一緒に僕の部屋へ行こう」
「よかったー! レジーがね、すっごい悩んでいて、あたしじゃなんもできないから……イロハに相談してって言っちゃった」
「そうだろうと思ったよ。ま、大丈夫だよ。それより、ミルメはずっと外で待ってたのか?」
「うん、終わるまで待ってよーって思って、外で走ってた」
「そうなのか? 一緒に来ればよかったのにな」
「レジーもね、そう言ったんだけどさ、あたしじゃ力になれないかなって、それに……」
「なんだよ、ミルメらしくないな。どうしたんだ?」
「うー、なんかさ、あたしが抜け駆けしてイロハから教わったみたいに思ってるんじゃないかって……」
「そう言うのは、抜け駆けって言わないさ。レジーは、最初にミルメに相談したんだぞ?」
「うん……」
「だったら、ちゃんとお姉さんをすればいいじゃないか。まったく、何を気にしているんだか」
「だって、トリファ姉も帰ってこないし、ロディなんか、出てったまんま……。あたし、またみんなに置いて行かれるって思ったら怖くなって」
あらら、ロディの影響がここにも。
まったく、罪作りなやつだよ。
「はいはい、そこまで。あのね、みんなは今まで一緒に育った。でも、学校に行くことになって、その学校は将来にかかわってくる、分かる?」
「うん」
「トリファもロディも、そんな大事な時期なんだよ。そんなもん、自分のことで精いっぱいになるに決まってるさ」
「でも……」
「ミルメをほっといたんじゃなくて、ミルメのことまで考える余裕がなくなっただけ。あの二人は、王都で一生懸命頑張っているんだよ」
「そーだね。頑張ってるんだよね」
「そうさ。そんな時、僕たちが構って、構ってって言ったらどう思う? 嫌だろ? 僕たちゴサイ村の幼なじみみんなで応援するって、そう話したよな?」
「あ……あたし、応援するって言った―!」
「まだ、頑張っているんだから、応援しなきゃな」
「うー! イロハ、ゴメン。あたし、間違ってた」
「うん、うん。そんな時は、ありがとうと言うんだよ」
「イロハ、ありがとー!」
「よし、そろそろいいかな? レジーが待ってるから」
「待ってー! あたしも行くー!」
「じゃ、この果実水持って。今日のはちょっと甘くしといたから」
「あーのど渇いてたー! 早くいこー!」
◇◇
午後のお勉強タイムは、レジーの相談から始まり、ミルメの愚痴聞いて、三人で歴史や計算をして過ごした……主に、俺が見る側で勉強できないんだけど。
そして、小一時間くらい経った頃、二人の集中力が終わりを告げた。
ここから雑談が始まるのがいつもの定番。
瞑想よ、もっと仕事をしなさい。
「ねーねー、イロハ。レジーは強くなれそう?」
ミルメが質問し、なぜか、レジーがこちらを凝視している……穴が開くからやめてくれ。
「この際だから、二人に言っておく」
「なにー?」
「……」
「あのね、僕たちが学校に行く歳って十歳だよ。強さ、強さって十歳の子供に何ができるの? 入学試験ではそこまで求められはしないさ」
「じゃあ、どうしたらいいのー?」
ミルメは直球だなー、よし、いいだろう。
俺の、お受験対策を披露してやるとするか……伊達にあの受験戦争を勝ち抜いてきたわけじゃないんだよ、と。
「学校の情報によると、基礎体力や、潜在能力を重要視しているみたいだから、将来……」
「難しいの……」
「せんざいのりょく?」
おっと、噛み砕いて……噛み砕いて、分かりやすいようにと。
「えー、二人が目指している学校は、騎士学校、普通校、専門校のどれかな?」
「普通校かなー?」
「ふ、ふつーこうなの……」
ミルメは分かってそうだが、レジーは分かっていないのが、明白である。
「行きたい学校に合格をしたい。みんなそう思うよね? だから勉強もして、訓練を頑張っている、そうだよね?」
「「うん!」」
「ただ、それだけじゃ……甘い! みんな同じことをしていると思わないか?」
「思う……」
「思うの。でも、みんなにイロハはいないの」
絶大なる信頼を、ありがとうレジー。
「そう言ってくれるのは嬉しいよ、でもさ、もっと大人の……例えば学校の先生とかに習える人だったら、その子に勝てるか?」
「それは反則ー!」
「レジーは負けないの」
「反則とかは無いよ。負けないは、僕の能力次第で変わるのでは?」
「うー!」
「のー!」
はぁ、わかりやすい説明って大変だな。
ちょっとの説明が、異常に長くなってしまう。
「さあ、ここから、さっきの難しい言葉をなるべく分かりやすく説明をするからね。質問していくから、分かったら手を上げて答えてね」
「「はーい」」
二人共、体育座りして俺の話を一生懸命に聞いている。
だいたい、小学二年生くらいか、学校の先生って凄いな、尊敬するよ。
「まず、大事なことは、目標を持つこと。それも、ハッキリしてなきゃダメ。言える人ー?」
「……」
そうなるわな。
お、ミルメが目をそらしたぞ……当てたくなるねぇ、先生ってこんな気持ちなのか。
「はい、ミルメ君」
「あたし、手を上げてないもん」
「えー、ミルメ君」
「うー、スレイニアス学園に合格すること……これじゃダメ?」
「これは、正解を言うとかじゃないから、二人とも、思ったことを素直に言おうね」
「レジーも、ミル姉と同じなの」
「では、なんでスレイニアス学園に行きたいのかな?」
おー、二人とも手を上げてる。
「じゃ、レジー君」
「みんなと一緒に王都の学校に行きたいの」
「では、ミルメ君」
「あたしは、村のみんなには凄いって思われたいから」
「なるほどね。二人とも王都の学校だったらどこでも良さそうなんだけど、そこのところは、どうなの?」
おー、考えているね。
「はいっ!」
「はい、ミルメ君」
「いい学校に行かないと、凄いってならないから。でも、あたしは騎士とか商人とかできないから、普通校で一番のスレイニアス学園がいい!」
確かに、ミルメは明確な目標と言えるか。
「レジーは、どう?」
「レジーは、ミル姉とイロハと同じことがいいの。みんなと同じくらいレジーも勉強できるの、それをわかってもらうのー!」
ほほー。
レジーはレジーで考えていたんだな。
ただ俺たちと同じところに行きたいではなく、同じくらい自分もできると言いたいわけか。
「いいね、二人とも。ハッキリとした目標が言えたね」
「「うんっ!」」
「次はちょっと難しくなるよ。さて、合格するにはどうすればよいでしょうか?」
「それは……イロハが教えてくれるって言ったー!」
「ブー! ミルメ君、手を上げて答えてね」
「うー、うー」
シャキーンとレジーが手を上げた。
「はい、レジー君」
「いっぱい勉強と訓練するの」
「いっぱいとは、どれくらい?」
今度は、ミルメが手を上げた。
「試験に点数を付ける人が、びっくりするような事をできるように練習する」
以前、俺が言ったやつだ。
よく覚えてたねー、いい記憶力だ。
「びっくりすることってなんだろうか?」
「分かんないの……」
「あたしも、分かんなーい」
うーん、ここまでか。
「それでは、ミルメが言った、試験に点数を付ける人……これは合格を決める人だね、どういうびっくりで合格にするかな?」
今度は、レジーか。
答えをどうぞと促す。
「はいなの! 勉強で全部当てるの」
「はい、はーい! あたしは、得意なスキルで誰もできないような事をするー!」
「おおー! いいよ、どっちもそれができれば合格するかもな」
「へへ〜」
「レジーは、わかってるの」
「はーい、質問終わり。今話したことをまとめるとね、試験のときに、一つでもいいから誰にも負けないような凄い何かを見せることが出来たら良いと思う」
「うー、それが難しいなー」
「僕が言いたいのは、なにか自分の得意なもの……そうだな、勉強でもスキルでも、運動でもいい、そういうものを身に着ける事が大事」
「ふぅん、そうなんだー」
「この子、十歳でこんな事ができるんだ。学校で教えたらもっと凄くなるかも知れない……と思わせたら勝ちだな」
「分かったの」
「あたしも、わかったー」
「あとは、そうだな、言葉の使い方は練習しといた方がいいかも」
「わ、分かった……の……ですの」
「あたしも、分かった……です」
「今はいいんだけど、試験に面談があるから、その時はちょっと頑張ろうなっ」
「分かったの、です」
「分かったっです」
いや、どっちも変だから……ま、いいか。
ふぅ~こりゃ疲れるわ。
ちょっと回りくどかったかもしれんが、二人にはしっかり自覚を持って、自分の力で勝ち取ってもらわないとね。
そうしないと、ずっと俺が面倒見る事になっちゃう。
「二人とも、自分のどこを伸ばしていくか考えようね」
「あたしは、足の速さー!」
「レジーは……まだないの」
「これから色々やってみような、レジー」
「うん、レジー頑張るの」
「ということで、明日は午前中に用事があるので午後からな〜」
この後も、レジーの得意分野は何だろう? とか、言葉の使い方がどーのとか、ワイワイ騒いで、俺の一日先生を終えた。
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