二十八話 日常
<ソラ歴一〇〇九年 六の月>
俺も九歳になり、スキルの訓練を始めてから二年を超える。
最初は、元の世界の常識が邪魔をしてなかなか理解が進まなかったが、訓練や検証を経てだいぶ使いこなせるようになってきたと思う。
分かったことも多く、謎が増えたこともまた多い。
そう言えば、ロディが去年の七月に出発してから帰って来ることは無かったが。
試験を終えて、一度帰ってくるかと思いきや、合否をそのまま確認したいからとの理由で滞在延長。
見事合格したようで、今度は生活に慣れるために住む場所を決めたらしいが、結局帰ってこなかった。
村のみんなも、トリファの時と同じように……と思っていたけど、誰も「おめでとう」を直接言えていない。
単独で帰ってきたロディのお父さんからもらった、俺宛の手紙を見ている。
――イロハ、俺は合格したぜ。次はお前の番だ。王都では、アレス様に世話になりっぱなしで何も返せていない。そのせいもあって、色々と王都でやることが出来てしまった。来年は、王都で会おうな。村のみんなには上手く言ってくれ。またな! イロハ。
上手くって……どう言えと。
楽しいなら何よりだが……幼馴染達は、この事にあんまり触れないので、気になっている。
どうせ、俺も九月には王都へ行くのだから、そこでたっぷり聞くとしよう。
無生物強化というものを覚えてからというもの、ほぼ毎日という頻度でコアプレートを見てしまう。
コア:強化
■□□□□□
スキル:真強化
身体強化(真)○
部位強化(真)○
無生物強化(真)
光らない……うーん、内容は更新されていないか。
無生物強化の右の丸印は付かないまま、それからずっと更新無し。
丸印は、『普通に使えるようになった』みたいな認識であってそうだ、つまり、スキルとの親和性ってところかな。
となると、コアの下の四角は何なのか……これが謎。
当初の推測はおおむね正しかったことも今なら分かる。
オートマ系とマニュアル系。
自分のスキルで言う所の、身体強化と無生物強化がオートマ系、部位強化はマニュアル系。
ただし、無生物強化については、対象がどのくらいの硬さを持っているかを理解していなければ効果が発揮できない場合もある。
あの時は、石に対して強度を上げようと思ってスキルを使ったつもりだったから、たまたまうまく行ったんだと思う。
石に対しては単純に硬い物と認識していたため、硬さが強化されたという結果だろう。
木にめり込んだ三投目の原因は、渾身の投げを意識して部位強化で上書きしてしまったために起こった事だと思う。
走って帰った時、妙に体が重いと思ったら、身体強化が無い状態での速度だったので気づけた。
硬くなったこぶし大の石を部位強化のかかった腕力で全力の一投……当たっていなくてよかった。
手錠の代わりに使用した蔓状の草は、結んだ状態が固定されるのではなく、剣や腕力では簡単に切れない程度の強度くらいと言うのが分かった。
もちろん、無生物なだけに草は切り離さないと効果は無い。
後で見た限りでは、もう少しで切れるところまでは切れ目が入っていた。
ちなみに、強化の効果時間は数分くらいのようである。
部位強化に関しては、自分の身体ということもあるし、現代日本の知識もあって意識することはもう少し細かくなったりする。
今日は、早起きしてしまって、ぼーっと考え事しちゃった。
さて、朝のランニングでもするか。
◇◇
暖かくなってきたので、汗は水で流し、少し落ち着いてから朝食をとる。
この後、訓練場にスキルの訓練をしに行くのだが……。
おそらく来るよな、あの二人。
「イーローハー!」
来た来た。
元気娘と金色チビッコが。
「はいはい、今行くよ」
急いで準備して外に出る。
「おはよう。じゃ、今日も行こうか。ミルメ、レジー」
「訓練場まで、かけっこ勝負するー?」
「かけっこ、嫌なの……」
「しないよ。それに……まあ、やめとく」
「イロハのけちー! 負けたくないんだー」
そうだよ。
なんで、相手の土俵で勝負しなきゃならんのだ。
俺は、負ける戦いなどしない主義なのだ。
「ケチとかじゃない。レジーが置いてけぼりになるじゃないか」
「そーだった。ゴメン、レジー」
「うん。ミル姉がおんぶしてくれたらいいの」
「おお! そりゃいいな、そうするか?」
「うー、やめとく」
「じゃ、歩いて行こうな」
「「は〜い」」
そんな感じで、いつものように話しながら訓練場へと向かった。
ミルメは、コアプレートを作ってから、一生懸命に練習していた。
練習過程でスキルを聞いたので、自分の経験上で色々とアドバイスをしていたら、凄く足が速くなった。
今では、身体強化中の俺より少し速いくらいになったのでこんな事を言うんだろうな。
さすが、スキル『俊足』だな。
本気を出せば勝てないこともないけど、わざわざ部位強化をしてまでやる理由はないし、奥の手は隠してこそ奥の手だ。
ちなみにレジーのスキルは『瞑想』らしい。
効果がよくわからず、本人も瞑想の意味がよくわかっていないので扱いが難しい。
アドバイスというか検証に近いが、瞑想を使った後お勉強をさせてみたところ、いつもはニ、三問程度で飽き飽きしていたが、十問まで飽きずにやってみせた。
気が付いた点で言えば、集中力が上がるとか、そんなところではないかと思う。
ということで、ミルメはダッシュ&ランニング、レジーは小石をピラミッド状に積み上げるという訓練? をさせている。
合間には、棒で打ち合いとかもやって、あわよくば剣のスキルをもらえないかな? という欲望丸出しで訓練メニューをこなす。
俺はというと、真強化のスキル三つを自在に操れるように、日々検証の毎日である……けっこう飽き気味。
最近の開拓団は、本格的に開拓事業を進め出したため、この辺りに団員の姿はない。
たまに見かけるくらいで挨拶を交わす程度になってしまった。
なし崩し的に保護者がいなくても訓練場が使える事になっているので、悪い大人にからかわれることも無くなったというわけだ。
そろそろお昼かな?
「おーい、二人とも」
俊足のミルメがシュタッと寄ってきた。
なんか高校野球にありがちな表現になっちゃった……。
「なーに?」
「だいぶ速くなったね」
「へへへ〜、イロハには負けないよーだ」
生意気な……。
トコトコと、レジーもやって来る。
「あと三個でぴらみんどができるとこだったの」
「レジー。ピラミッド、な」
「ねー、ねー、イロハ。ぴらみっどって何?」
うーん、迂闊に地球の名称を言ってしまったもんだから覚えたんだろうな、何と説明するか……。
勉強を頑張りだしてからのミルメは、疑問をよくぶつけてくるようになった。
「ピラミッドとは……昔の偉い人のお墓」
「誰のー?」
やっぱりか……何? 誰? どこ? が始まった。
「昔の王様のお墓。それ以上はわかんないよ」
「ふーん、そんなのよく知ってるねー」
そりゃあ、君らの四倍以上は生きているからねぇ。
「レジーは、お墓を作っているの?」
はぁ……レジーまで。
これではキリがないぞ、話題を変えなきゃな。
「いや、そうじゃなくて……あ! そろそろお昼ご飯の時間じゃない? 家に帰ろうな」
「レジーは、お墓作っててお腹すいたの」
「さ、さあ、帰ろうな〜」
うん、ごまかせたかな?
ミルメはジーッとこっちを見てるんだけど……確かに、この世界には無いよな、ピラミッド。
「置いてくよー!」
俺は、さっさと訓練場を後にする。
間もなく二人もやってきた……フフフ、作戦成功。
◇◇
家の前のスペースで軽くストレッチをして家の中へ。
身体づくりは、運動前と運動後に必ずストレッチを取り入れている。
効率よく運動したいからね。
「ご飯食べてくるねー!」
「お腹空いたの」
とりあえず、うちの前で解散ということに。
まあ、ご飯食べたらまた勉強しに来るんだろうけどね。
嫌じゃないけど、こう、毎日毎日来られると、なかなか心休まる時間が取れん。
母さんは、ここのところよく開拓団の手伝いに行っているみたいで、お昼は一人飯の時間。
貴重なひとりの時間になるので、サクッといただいて自室でぼーっと過すのが最近の日課。
晴れた日の昼食後、静かな木陰にハンモック吊ってのんびりと推理小説とか読みたいよ。
うわぁ、コーヒー飲みたい……今まで忘れてたー! 食後のコーヒー。
こっちの世界では、お茶や紅茶っぽい飲み物とか、果実系の飲み物は見るけど、コーヒーは見ていないな、あるのかな?
ミルメたちが来るのはまだかかるだろうし、いつものように部屋でだらっと過ごす……。
一人の時間になると、日本のことを思い出すんだよな。
妻は元気にしているだろうか?
会社はどうなったんだろうか?
日本の俺の親は元気かな?
……俺がいなくなったことで、どうなっているのだろうか?
答えの出ない疑問が次々と出てくる。
記憶が戻ってすぐは、夢というか現実味が無くて受け入れられなかったが、今は意外と充実していて楽しい時が多くなってきた。
そろそろ試験の準備に入る時期が来ているので、その辺のこともやらないとな。
確か、スレイニアス学園は試験が九月だったな。
どんな試験かと、以前ネイブ領の図書館で調べたことがあったけど、筆記は簡単な計算問題と歴史の文章題みたいなもの? くらいで、後はほとんど面談と実技試験らしい。
この世界って、十歳の普通の子供は計算とかができないのが当たり前だし、広く言えば大人もできない人が結構いる。
勉強を必要とする人たちが限定されていると考えれば、分かる気はするが……。
まあ、ミルメとレジーには、簡単な計算を教えてあげたので大丈夫だろう。
ということで、試験の重要ポイントは、面談と実技試験だと見ている。
午後は勉強だったな。
なんかもう、勉強って必要なさそうな気が……。
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