五十四話 初対面

 やっと街に着いた!

 疲れたというより、自由に歩き回れることが嬉しい。

 夜も、手足を伸ばして寝ることができる。


 門番に、警備隊を呼んでもらい、野盗を引き渡した……しれっと強化を解除しておく。

 

 少女の話をしたが、まだ共有されていないみたいで、後で『ベガ地方館』の警備隊までへ来て欲しいとのこと。

 

 正しくは『ウエンズ領ベガ地方館』と言って、各地方に領の出先機関があるって話だった。

 どうやら、領には領主館という名の県庁、地方には地方館という名の役場に近いものがあるようだ。

 

 無事、門を通過し、徐行でベガポートへ行き、客車を預けてみんなで併設のベガ地方館へ。



 ベガ地方館には、警備隊、商業組合、職人組合、冒険者協会などが入っているようで、基本、この四つはどこにでもあるようだ。

 

 裏手がベガポートなので、ここがベガの中心地なのだろう。

 ちなみに、受付で聞いてみたが、ここではコアプレートやソラスオーダーは作成できないらしい。

 あの血圧測定器みたいな魔道具は、貴重な物みたいだから領都でしか管理できないのかもしれない。


 警備隊の窓口で野盗の件を伝えると、奥の部屋に呼ばれ、ブルさんが警備隊長に詳しい事情の説明している。



 まず、野盗被害にあった者が昨日ベガに到着し、負傷者は療養中とのこと。

 次に、被害状況については、野盗の話とおおむね一致していたようだ。

 ただし、領境付近の野盗の拠点を確認してからとなるだろう。

 

 森の暴風さん、名前はアレだけど意外とここらでは有名だったらしい……ベガは、この野盗の暴風域だったと。


 少女ラムちゃんについてだが、幸いなことに父親は一命をとりとめていたことが分かった。

 本当に良かったと、心から思う……。


 そして、今なぜかその少女ラムと二人きりになっている。

 大人たちは、収監されている野盗の確認などをするため、全員で行ってしまった。

 

 横を見ると、疲れているのかうつむき気味でひたすら床を見ている娘がいる。

 黒っぽい髪のショートで前髪ぱっつん、後ろはカリアゲまでいかないうなじが見える程度の短さ。

 目はクリッとしていると思うが、表情から疲れている様子が見て取れる。

 

 緊張はするが、何か話していないと間が持たないので、勇気を出してファーストコンタクトを試みた。

 

「えーっと、ラムちゃんと呼んでもいい? 僕はイロハ」


「う、うん」


「お父さんが無事で本当に良かったね。早く連れて行ってあげたいけど、大人たちがいなくなってしまったので、少し待っててね」


「うん」


「そういえば、家はこの街にあるの?」


「……」


 家を聞いちゃまずかったか。

 こんな時は、共通の話題が良いとか言うし、なんか共通の話題……話題……。


「ああ、ごめん。えっと、ラムちゃんは、歳いくつかな? もしかしたら同じくらいかもと思って。僕は九歳だよ」


「……」


 ひえぇー!

 ファーストコンタクト失敗や。

 もはや、会話続行不可能である。


「……ごめん、おとなしく待っていよう」


 ふぅ~。

 思えば、ゴサイ村以外の子供と話したのって、このラムちゃんが最初じゃないのか?

 はぁぁ、きびしー。


「…………っしょ」


 え?

 なんか言った? しょ?

 ここで聞き返したら、二度と話してもらえないかもしれない、必死で考えるんだ、答えを導き出せ、俺。

 

 えっと「しょ」で思いつくものだよな、こんな時は漢字だ……所、書、うーん、わからん。

 こうなったら、一回きりのチャンスに賭けるか……。


「しょ? ごめん、聞き取れなかった、もう一回お願い」


「……」


 ああ、やっぱり二度目はないパターンだ。

 ハチェットさんの妹であるマーサさんの聞き取れる能力が欲しいよ……。


「こ、今度はちゃんと聞……」


「いぇ……き……っしょ」


 か、かぶったー!

 ミス、最大のミス、やっちまったー!

 

 でも、ちょっとわかったぞ「いえ」と「きっしょ」だ。


 …………家、きっしょ?

 

 家聞いて、年齢聞いて……きっしょ?

 むぅ、きしょいという奴なのか、俺は。

 こっちでも使うんだな、人を絶望させる言葉を……はぁ。


「えっと……きしょ?」


「え? そんなことない。家はこの先の街、私もいっしょと言ったの。歳が」


 先……いっしょ、か。

 はぁーよかった! もう、早く言ってくれよ。


「あはは、そうなんだ。じゃあ、同い年だね」


「うん」


「学校とかはどうするの? 僕は今ね王都に向かっているんだ。試験を受けるために」


「王都の学校って、すごい! 頭いいんだね、イ、イロハ君は」


「一生懸命に勉強したんだ。でも、合格するかは分からない。もしダメだったら他の学校に行くよ」


 世界を越えて遠い昔に一生懸命勉強しました、嘘は言っていない。


「そうなのね。私はあんまり頭が良くないから、領都の学校へ行くと思う」


「勉強はいつでも、どこでもできるから気にしない方がいいよ」


「うん。イ、イロハ君は、どこから来たの?」


「同い年だし、イロハでいいよ。僕は、ネイブ領の北、ゴサイ村という所から来たよ。ウエンズの隣の領になる」


「私も、ラ……ラムって呼んで。家族でこの先のウエンズから来たの」


「ウエンズからだと道が違うような気が……あ、聞かない方がいいか」


 しまったー!

 この話題は、チョイスミスか。


「ううん。ウエンズからベガに用事で来たんだけど、野盗に追われていつの間にかベガを通り過ぎていたみたい。みんな寝ていなくて……疲れて止まったところで襲われたの」


 おおー、かなり長く話してくれたぞ。

 踏み込んでみて正解だった。


「そうだったのか。僕も、すれ違いざまにラムの声に気づいてしまって、野盗に襲撃されたんだ」


「イロハ……に気づいてもらえてよかった。助けてくれてありがとう」


 んー、まだ固いな。

 けど、初対面でこれだけ話せたのなら御の字か。


「僕は何もしていないよ。護衛がちょっと強力すぎるというか、たまたまだよ」


「それでも、ここに戻って来られたのは、イロハたちのおかげ。危うく売られるところだったんだから」


 ……人身売買?

 そんな、ハードな世界なんか?


「売られる? 子供を売り買いしているのか、あの野盗たちは……酷いな」


「まるで映画みたいだよ。私は百万ソラスで売る予定だったって……あっ」


 ん? しまったって顔で両手で口を塞いでいる、なんだろう。

 

 しかし……そんな商売があってたまるかっての。

 それに、金額とか本人に言うか?


「そんなお金で……人の人生を何だと思っているんだ。許せない」


「あ、ありがとう。私ね、ウエンズ以外で同い年の子と話すのは、イロハが初めて。また会えたらいいね」


「実は、僕も村の子供以外は初めてだよ。王都へ行ったらしばらくいると思うから、もし来ることがあったら訪ねてきてね。すぐに帰ることは無いと思うから」


「そうなんだー。王都のどこの学校?」


「スレイニアス学園っていうとこだよ」


「すれいにあす学園ね。覚えとく」


「僕の村では、歳の近い子同士で友達になるんだ。だから、僕とラムも友達だね」


「うん! イロハと友達だね」


 握手を求めてタイミングよく手を出したら、握り返してきた、俺より温かいやん。

 

 ちょうどよいところで、大人たちの帰還である。


「イロハ、子供同士仲良くなれたようだな」


「うん。今、話していたところだよ。ウェノさんはもう終わったの?」


「おう、やっと終わった。早く宿を取らないと、泊まれなくなるぞ?」


「えー、それは困る」


「だろ? 話はそのくらいにして、そろそろ行くぞ。その子も早く家族に合わせてやらないとな」


「うん。では、またねラム!」


「またね。イロハ!」


 お互い挨拶をして、それぞれの目的地へ向かう。

 ラムは、警備隊の人によって家族の元へ送られるようだ。

 

 こうして、僕は、初めてゴサイ村以外で同い年の異性の友達ができた。



 今日の宿は、警備隊長さんが紹介してくれたらしい。

 ベガは、意外と人の出入りが多くて四件ほどの宿泊施設があり、中でも、一番いいところを取ってもらえたみたいで、すぐにチェックイン!

 ぐっすりと眠れそうだ。


 食事は、宿での提供はなく、付近に数件ある食堂か飲み屋さんと提携しているようだった。

 まさに、泊食分離だな。

 ということで、やっぱり飲み屋さんになったか。


 中は、居酒屋風で数人が円卓を囲むスタイル。

 五人なのでテーブルは一つで十分、お子ちゃま椅子も不要である。

 ちなみに、テーブルは回らなかった。


 大人たちは、じゃんじゃん酒を頼んでいる……飯を食べなさい、飯を。

 前回、前々回の食事が干し肉くらいしか食ってないのに、酒とはね。


 俺は、ちゃんと美味しい物を食べるとしよう。

 えーっと、なになに……よくわからんので、キツネウシの炙り焼きを頼んでみた。

 ウシだろうか、キツネだろうか。


 来るまで、先に届いたいろんな野菜のごちゃまぜ温野菜を食べて待っとこう。

 乾杯もせずに、各々でがぶ飲みを始める節操のない大人たち。

 まあ、昨日の働きに免じて、今日は羽目を外すなり存分に楽しむがいいさ。

 

 なんだかんだと感謝してますよ、皆さん。


 キツネウシが届いたけど、思った以上に美味い!

 普通に、オージー系の牛さんやね。

 赤身多めのお肉で、そこまで硬くもなくペパが効いている。

 できれば、ちゃんと中まで焼いてほしい派です。


 あんまり見ないが、お肉の時とかパンに挟む用で生の葉物野菜がある。

 おもむろに、オレンジ色のキャベツの葉を取り……。

 よーし、お肉で野菜を包んで……テレレレッテレー、ニクマキキャベツゥ!

 味はキャベツで見た目はニンジン色? うまうま、コレはいける。

 

 四つくらい食ったけど、お腹いっぱいになってしまった。

 子供の胃袋、ちっちゃ。

 謎の薄い塩スープを飲んで、ごちそうさまでした。


「ウェノさん、もうお腹いっぱいになったんで、体流して部屋に戻っていますね」


「なんだよ、イロハ。つれないな~」


「おい、イロハ! どういうことだ? パーッといこう、子供はもっと食べるんだ」


「あら、もう戻るの? 結局、あの紐を切ることができなかったわ、どうなってんの、ねえ、ねえ?」


「……ぷはぁ~。美味いぜ。つまみを頼むか。ん? イロハ、しっかり寝るんだぞ」


 ウェノ、ブル、ミネ、カラムと好き勝手に言って、お酒をガンガン飲んでおります。


 飲むのは良いが、ダル絡みをすなっ!

 カラムさんだけ絡まない、というややこしさ……。

 

 さて、行くか。

 


「あの、体を流したいんですが」


「はい、あちらの方から中へどうぞ」


「ありがとうございます」



 受付を済ませ、ここ数日の疲れをとるために水浴びをしてすっきりした。

 風呂に毎日入りたいとまでは言わないが、せめて体くらい毎日流したい。


 子供の身体でここまでベタベタするのに……大人になったら、これにいろんなエキサイティングな香りが加算されてしまうじゃないか。


 すっきりさっぱりして、部屋へ。

 久々にまともに寝られる。

 少し早いけど、いろいろ疲れたんでさっさと寝るぜ。


 あー、いろいろあったな、今日は。

 明日は、ソラスオーダーで買い物デビューでもしてみようかな?



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ領モサ⇒ネイブ⇒ネイブ領ペイジ⇒ウエンズ領ベガ

 次の経由地:ウエンズ領フレズ

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