百三話 商業組合にて

 昨日は、久々に楽しかったな。

 王都に来て、意外と出会いにも恵まれたものだから、孤独な生活とはならずに済んでいる。


 個人的には、将来のための情報収集や訓練をやりたいところだけど、この世界の常識だけは調べるより聞いたほうが早い。


 昨日も、ウェノさんから「滞在先を探すなら、王都の商会を訪ねたほうがいいぞ?」って言われた。

 不動産屋は、商会がやっているようだね。


 商会と言えば……やっぱり、トリファのところかな。

 でもなー、前もって話していたなら行きやすいけど、すでに二年ほど連絡も取っていないし……うーむ。


 ひとまず、滞在先探しをやってみよう!

 社会人デビューの時、一人暮らしをするためにあっちこっち走り回った記憶が蘇る。


 敷金礼金の安いところを探したけど、結局出る時に結構支払う羽目になったり……この世界にもあるのかな? 敷金みたいなやつ。


 それに、予算も把握しとかなきゃいけない。

 確か……入学金二十万、宿泊代三か月十八万、生活費三か月三十万、予備に十万だったはず。


 ということは、使える滞在費はひと月あたり食費込みで十六万ソラスとなる。

 今の宿のトクトク亭の滞在費は、朝夕食付きで一日四千ソラス……ただし、入学試験シーズンのみの特別価格。


 ギリギリまで居座っても十二の月までで、滞在費もひと月あたり十二万ソラスか。


 余裕も欲しいところだし、やはり借家で自炊がベストかもしれん。

 アルバイトとかあれば別だが……いや、モーセスさんの所は考えないでおこう、勉強ができなくなりそうだ。


 よし、市場調査でもして、借家の相場を調べてみよう!

 

 


「おばちゃん、いる?」


 困った時のおばちゃん頼み、ということで受付の万能おばちゃんに聞いてみようと思う。

 

「なんだい? サクランゴの果実水かい?」


 休んでいたのかな? ちょっとテンション低めのおばちゃんがやってきた。


「いえ、試験も終わったことだし、そろそろこの宿も出なきゃいけないよね?」


「んー、そうだねぇ。でも、入学まではまだしばらくあるから、焦らなくてもいいんだよ?」


「そのつもりだったんですけど、いざ探すとなると、時間がある時の方がいいかなと思いまして。幸い、僕は家へ帰らないので十分に時間がありますし……そこで、聞きたいんですが、家を借りるにはどうしたらいいんですか?」


「そうだねぇ、家の売り買いは、商会がやっているみたいだから、詳しいことは王都の商業組合を訪ねてみたらどうかい?」


「商業組合ですね! ありがとうございます。行ってみますね」


「ところで、場所は知っているのかい?」


「あ……知らなかった。どこにあるんですか?」


「呆れた子だよ……。王都中央地区は分かるかい?」


「えーっと、王都メルクリュースの中央地域で、王城を含む一帯のことでしたっけ? 塀で囲われているんですよね」


「そうだよ。中央地区はだいたい方角で場所を言うんだよ。ちなみに、このトクトク亭やスレイニアス学園なんかは、西地区だね。王城があるところは南中央地区になるんだ。商業組合は、北東地区だね。冒険者協会を東に行けば分かると思うけど、ここからじゃ少し遠いってところかねぇ」


「大丈夫です。冒険者協会は知っているので行ってみます。おばちゃん、ありがとう!」


「気を付けて行ってきな~」


 メルクリュース領は、八つの街からなっている。

 北方の町が二つ、西のマハと東のオッタムト。

 東方の町がカークス。

 西方の町が二つ、北のカーンと南のトピカ。

 南の町がシンデリ。

 中央の町が二つ、北側がディモイ、南側が王都メルクリュース。


 王都メルクリュースは、漢字の『回』の字のような区画分けがあり、真ん中の口の部分が王都中央地区と呼ばれる人口の最も多い地域で、その外側の地域は、外郭地区と呼ばれている。

 いわゆる、王城を中心とした中央地区と、その周りの外郭地区に分かれているという造りだ。


 ……昨日、酔いが回る前のカラムさんから聞いていてよかったよ。

 

 メルクリュース領には、オッタムトとシンデリに迷宮があるらしいので、いずれは行くことになるだろうな。


 まずは冒険者組合を目指して行ってみよう!



 最近のマイブームが、身体強化ウォーク……若干歩く速度を上げるという地味な技を編み出した。

 歩きが早いことって、意外とバカにできない。

 王都で何かするにも、三十分とか一時間とかかかるわけだから、単純に歩く速度が二倍とかになれば半分の時間で済むから重宝している。

 

 ハッ! まさか、都会の人の歩く速度が速いのは……こんな理由なのか!?


 

 四十分ほどで冒険者協会へ着いた。

 うん、うん、以前より確実に早く着いたようだ。


 ここから、東に向かって行けば商業組合だったよな。

 以前は途中まで進んで、王族の客車が来たんで引き返した気がする。


 ここからは、初めて見る町並みだ。

 今日は、ゆっくり見て回ることよりも商業組合へ行く方を優先するから、サクサク進んで行く。


 確かにお店が多いかもしれん。

 食事処、宿屋、道具屋……この通りは結構お店が並んでいるようだ。

 商業組合と言えば、各領主館や地方館に必ずある施設の一つだったよな。


 商売をするなら所属するところ、開業届みたいなもんを出さないと商売できないとかだろうか……?



 おっ! 大通りに立派な建物が見えてきて『王都商業組合』という看板を発見した。

 遠かった……トクトク亭からここまで徒歩で九十分近くかかっている。

 

 よし、早速だが、中に入って聞いてみよう。


 

 入ってすぐ中央に受付がある。

 両サイドから奥へ行く造りとなっていた……役所みたいだな。


「すみません、家を借りたい場合はどうすればいいでしょうか?」


「はい。建物を借用する場合、専門の商会へ依頼するか、所有者と直接交渉することになるかと思います。商業組合では、専門の商会へお繋ぎすることもできます。また、所有者登録があるものは当組合でご紹介できます」


 要するに、不動産業をやっている商会があって、組合はそこを紹介できるってことか。

 所有者が貸したい場合は、組合に登録があるから、持ち主を紹介するような感じ……何が違うんだ?


「その二通りの違いは何でしょうか?」


「はい。前者は、商会が所有または権利を持っている物件となるため、場所や価格、建物の広さなどの融通が利くと言うところでしょうか。後者は、所有者個人が貸したい物件となるため、価格の面においてお安くなりますが、選べるほどの数はございません」


 うーん……いまいちピンとこない。

 まあ、会社がやっているか、個人がやっているかの違いかな?


「ありがとうございます。紹介してもらう場合は、どうすればよいでしょうか?」


「一階の土地建物窓口にてご相談ください。窓口は、両側の通路より奥の方となっております」


「はい。ありがとうございました」



 言われた通りに向かうと『土地建物窓口』を発見! 詳しく聞いてみることにした。


「こんにちは。家を借りたいと思っています。ここの窓口に案内されたんですが……」


「はい、こんにちは。どちらの商会へお繋ぎしましょうか?」


 おっと、すぐにそんな話になるのか……どこのって言われてもなぁ。


「あの、少しお聞きしてもいいですか? スレイニアス学園付近で一人用の家を借りたいのですが、いくら程かかるものなのでしょうか?」


「各商会によって変わります。当組合に登録のあるもので言えば、一人暮らし用でひと月あたり十万ソラス程度ではないでしょうか」


 月十万か……やはり借家の方が安いな。

 そもそも、父さんが入れてくれた月あたり六万の滞在費っていつの相場だよ……。


「ひと月あたり六万ソラス程度で、物件の登録はありませんか?」


「六万ソラスとなりますと、王都外郭地区になるかと思います。後は、各商会と交渉次第でしょうか」


 


 その後も、商会のことなどをいくつか聞いてひとまず保留とした。


「少し考えてみます。ご丁寧に、ありがとうございました」




 近くの待合室でちょっと休憩。


 まとめると、商業組合は、商会の事業をサポートするような団体……まあ、現代でも似たような団体があるもんな。

 事業とまではいかなくても、個人の不動産なんかも取り扱ってくれる。


 うーむ……まだ時間もあることだし、商売のことだからモーセスさんにでも相談してみるか、王都でも商売していたっていうし。

 上手く行けば、商業組合を通さずに紹介してもらえるかもしれない。



 …………。


 俺がいたさっきの窓口で、なにやらヒートアップしている客がいる。


 お耳を盗聴モードに……ん、周りの声も聞こえてきてうるさいなぁ。

 指向性マイクのような感じで範囲を絞れないものか……んー、こんな感じか…………おっ! 直線なら行けそうだ、ちょうど顔を横に向けたら聞こえるぞ!


 なになに……。


「……にしたものが、未だに借り手もつかない状態で、すでに半年が経っているじゃないか! 組合が勧めるから任せているのに、このままじゃ管理費ばっかりかかって損するばかりだ! だから、元にもどしてくれと言っているだろうがっ!」


「お客様、先ほども申し上げた通り、すでに組合からは手が離れておりますので、ご契約されている商会の方へお話をして頂く……」


「だから、その契約に組合も関係あるだろうが! なんで、俺が交渉しなきゃならないんだ。それにな、話したところで、頑張っておりますの一点張りだ。ひと月に数人連れては来るが、成約になったためしがない……これは、問題じゃないのか?」


「そう、おっしゃいましても……組合は、ご希望の商会へお繋ぎする団体ですので、その後の契約については、ご本人同士の問題で……」


「じゃ、なにか? 紹介まではするが、責任持ちませんってか? ふざけるなよ! 半年でいったいいくらかかっていると思っている! 管理費ばっかり取りやがって……」


「お客様、落ち着いてください。では、あちらの別室にてお話をお聞きいたしますので。どうぞ、こちらへ」


「話をするんだったら、スパック商会を読んで来い! あいつ等、管理費とか言って金ばっかり要求しやがって。組合には、責任をもって対応してもらうぞ?」


「分かりました。組合が間に入りますので、落ち着いてください。あちらの部屋でお待ちください」


「……早くしてくれ」


 なにやら、キナ臭い話が出てきたなあ。

 

 恐らく、組合を通じて個人の物件をスパック商会とやらが管理しているようだが、入居者が無い代わりに、管理費ばかり請求してくるって話のようだ。


 契約ってどうなってんだろう。

 その辺りは、さすがにちゃんとやっていそうなんだけどな……組合は。

 もしかしたら、しっかり読まなくて契約してしまった系なのかもしれんし。

 注意しておこう『スパック商会』ね。


 さてと、帰ろうかな。


 せっかく商業地区に来たんだし、この辺りのお店で物色でもして帰るか。

 どんな店があるのかな、楽しみだ。



 ◇◇



 数店舗回ってみて思ったんだけど、他領のお店とまったく違う印象だな。

 極端というか、専門性の高い店が多く、大きなお店は逆に何でもあると言う感じだ。


 言うなれば、他領では地元の物産店みたいな感じで、王都は、八百屋、魚屋、肉屋みたいに分かれていて、大きなお店は百貨店みたいになっている。


 この付近の宿の相場は、安いところで一日六千ソラスという話だった。

 たけー! 高いよ、商業地区。


 

 おっ? この通りは、いくつかの商会があるなぁ……。



 さっき、商業組合で見た商会の名簿には、十数件の名前があった。

 中でも『ビスローブ商会』というところが王都で一番大きな商会らしい。


 

 聞いたことある商会もあった。


 ひとつは、イリモメンタス商会。

 ネイブでドタキャンしやがった自称大手商会……驚くことに、大手商会というのは本当だった。


 そして、クリニア商会。

 あのカッコイイ異名、慧眼のグリフさんのところ。

 あの人が本物だったらの話ではあるが……。


 トリファパパのルブラインさんのところって、ゴサイ村では『ルブラインのお店』だったもんな……商会名までは知らない。


 

 グリフさんか……王都滞在は確定したことだし、会いに来いとも言っていた。

 名簿に名前があったってことは、物件もあるんじゃないかな? ダメ元で訪ねてみるか。


 そうと決まれば、善は急げだ……。

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