八十三話 ゲインな効果

「あのー、モルキノさんでしたっけ?」


「……なんだ貴様は?」


 おいおい、さっき会ったばかりなのに、初めて会った顔をするなよな、モルキノさんよ。


「学園の入学試験を受けるんでしたよね? 先ほど正門前でお会いしましたが……」


「あー! あの時の! お前、またモルキノ様に無礼を働く気かっ!」


 子分の方が気づいてくれたか。

 確か……ダシムとか、ルシムとかそんな腕が伸びそうな名前だった付き人だ。


「えっと、あの時は失礼しました。僕たちも受付時間が分からず、焦っていたんです。そこで、新しい情報が手に入ったのでお知らせしようかと思い、モルキノさんを探していたんですよ」


 別に、探していたわけではないけどね。


「ほう、いい心がけじゃないか。して、新しい情報とはなんだ?」


 さて、上手く乗ってくれるだろうか……。


「その前に、この周りの状況をどうにかしないと、警備隊とか来ちゃいますよ?」


「ん? ああ、そこの女、早く弁償し……」


 俺は、言葉を遮り、モルキノの傍へ寄り、小声で耳打ちする。


「ちょっと、いいですか? 遠目から話を聞いていましたが、こんなに貧しい女性から弁償代金なんか受け取ったら、モルキノさんの品位を問われますよ? ここは、寛大な心で許してやると宣言すれば、これだけ集まった皆さんも称賛してくれるのではないでしょうか? 服なんかいくらでも買えるでしょう? 上流の方だったら」


「も、もちろん。私は、モルキノ•オンダーグだ。金が必要なわけではない、そこの子供が私の……」


 オンダーグ……げ、本物の領主の血縁やんけ。

 王都の北側に隣接するオンダーグ領主の息子か孫か……同じ領主の息子でも、ネイブ領のアレス様とはえらい違いだな。


 様付けしなくてもいいのだろうか……?

 これまで、さん付けだったし……関わりもあまり無いし、何も言ってこないなら、いいか。


「だから、そこを逆手に取るんですよ。見て下さい、周りを。半数以上の人間が、やり過ぎ感を持っていますよ、そう見えませんか?」


 こう言うと、不思議とそう見えてくるという、ね。

 思い当たる節がある人間は、特にそうなってしまう傾向にある。


「う……そう言われると……確かに」


「でしょ? だから、ここは寛大なところを見せると、逆に評価が上がるってことです。さ、どうぞ、平民共に言ってやりましょう、モルキノが許すって。あと、子供の方に、危ないから気を付けるんだぞ? を笑顔で言ったら、満点です」


 ゲイン効果って言うビジネスにも使える、人の心理を突く必殺技があるんだよ。

 日本風に言えばギャップ萌えに近いかな?

 

 まあ、今回は作られた感じではあるが。


「わ、分かった。えー、そこの女」


「は、はい!」


「今回のことは、モルキノが許そう!」


「あ、ありがとうございます!」


「えー、あと……そこの子供、あ、危ないから気を付けるんだぞ、ニッ」


 さあ、さっき仕込んだ観衆の皆さん、今こそ声をあげて拍手ー!

 

 ……という合図を出した。


 ワー!


 ヒューヒュー!


 パチパチパチ!


 数秒遅れではあったが、上手いこと波及していき盛り上がったような空気が出来上がったので、良しとするか。

 

 モルキノさんも、満足そうな顔になっているが……最後の引きつった笑顔でニッはないだろう、子供が泣きそうである。

 

 くだんの母子は、早々に頭を下げながら去っていった。


「モルキノさん、お見事でしたよ」


「そうか、そうか。ハッハッハ―」


 ご機嫌なチョロキノである。


「…………チッ」


 不機嫌な付き人である。


「そうでした、学園の受付なんですが、後から来た関係者さんが、十時からで間違いないと言っていましたよ。少し早めに受付ができるように手配するとも言っていました」


「そうか、分かった。わざわざ伝えに来てくれたことは、感謝しよう。名前を聞いておこうか、名は何という?」


 わざわざではなく、走るついでなんだけどね。


「僕は、イロハです。お互い学園に合格したら、その時は、改めてよろしくお願いします。では、また戻りますので、この辺で」


「ああ、そうだな……」

 

 さて、戻るとするか。



 軽く街を見流しながらのランニング、王都へ来るとたくさんの人に出会うな。


 まもなく、学園の正門前だ。


 ん?

 テリアは……いない、どこに行ったんだ?

 もう、受付が始まったとか? いやそれは無いな、門が閉まっているし、人もいない。


 ま、ストレッチでもしとくか。



 しばらくしたら、テリアが走ってきた。


「どこに行っていたんだ?」


「あ、いや、あのー、ちょっとね……」

 

「はぁ? なんだよ、ちょっとって?」


「…………もう、小の方よ!」


 小の方? ああ、便所か。


「そりゃ、悪かった。ところで、まだ誰も来ない?」


「来ないね。持ってきた問題集も全部終わっちゃった」


「あらら……」


「イロハは、どうするの?」


 ふと、学園の時計を見ると……まもなく九時半になろうとしている。


「ここまで待ったんだ。もう、来るだろうさ」


「そうね、結局早く着いたのは、ウチとイロハと、あの偉そうな子たちくらいだったね」


「あ! そう言えばさ、あのモルキノって坊っちゃんな、オンダーグ家らしいぞ?」


「えー! 本当に上流の子じゃん。だ、大丈夫だよね……? あれ? なんで、そんな事知ってんのよ!」


「走っていたら、たまたま揉めているところに出くわしてな……結果、どっちも助けた感じで落ち着いた。恩は売ったから悪い印象はないと思うけど」


「なんか、よく分かんないけど、大丈夫ってことね?」


 必死だな、そんなに気にすることか?


「うーん、あの付き人っぽい奴が、少し不機嫌だったくらいか?」


「イロハ、あんた少しは気をつけなさいよ。この学園は、偉い人の子供もたくさん来るところだから」


 領主の息子か孫かだろ?

 そんなに身分差があるもんなのか?

 

 うーん、イマイチ感覚が分からん……俺がおかしいのかも知れん。


「でも、学園って、偉い偉くない関係なく平等って……」


「そうね、そう書いてあった。でもね、そんなわけないじゃん! あんた、一生学園の中で生活するつもり? いつかは卒業するし、家族も外に住んでいるんでしょ?」


「そ、そうだけど……」


「普通に考えて、上等民には気をつけない! 何されるか分かったもんじゃないわ。いくら平等って言っても、子供同士の話しで親には関係ない。イロハは、もう少し……」


「わ、分かったよ! もう、分かったから、気をつけるよ。僕も、どちらかと言うと目立ちたくないからね」


「そう? じゃ、せめてウチは巻き込まないでよねっ!」


 んー、テリアなりに心配してくれているのかな?


「はいはい、この話は終わり。それで、テリアは、お偉いさんの子供じゃないってことは、今の話で分かったけど、隣町ってどこから来たの?」


「どうせ、平民ですよっ! ウチは、メルクリュース領の王都の隣にあるカークスっていう町からよ。イロハは、南部の村ってどこ?」


 カークスね。

 

 王都のあるメルクリュース領は、王都を含めて八つの区画に分かれている。


 カークスは、確か東側の町だったはず。 

 カーンと王都しか行ったことないから、どんな所かは知らないけど。 


「聞いたことはないと思うけど、ゴサイ村ってところ。ネイブ領北部の森の中の開拓村だね。たぶん、客車で行くと王都から一番遠いかもしれない」


「ネイブ領って、マジスンガルドのところだよね? よくここまで来られたものね。半月くらいかかるんじゃないの? 王都まで」


「うん。二十日ほどかかったね。それは遠い、遠い旅だった……」


「……じゃ、頑張って合格しなきゃね!」


「まーね。お! 門のところに誰か来たぞ?」


「えっ? どこ……?」


「いや、だからそっちじゃないって、正門前だよ! どこ向いてんだよ!」


 コイツ、話を聞かないタイプか、極度の方向音痴だな。


「あー! あれ、受付だよね? カントリーさん、ちゃんと言ってくれたんだねっ!」


 カントリーて、そりゃ国やないかい!


「……クラウトリーさん、ね。さあ、受け付けに行こうか、テリア」


「うん!」



 受付の前に到着。

 恐らく、一番乗りだ!


 受付には、シュッとした女性が立っている。

 ラミィさんを彷彿させる雰囲気を持っている感じだなあ。

 

「おはようございます。学園の試験の受付は、ここですよね?」


「はい、おはようございます。受付は、あと数人が来るので少し待っていてちょうだい。あなたは、クラウトリーさんの言っていた、早く着いた子かな?」


「はい、近年の情報を知らなかったもので……」


「ウチも、早く着きました! 客車の都合で、仕方なく……」


 嘘こけっ!

 てめーも、七時って言ってたやろがい!


「それは、申し訳無かったわね。遠方の地域には、なかなか情報が行き渡らなくて……」


 後ろの方から、二人の職員らしき人がやってきている。

 テリアが、正門前にずっといたはずなのに、どうやって中へ入ったんだろう……裏口があるか、宿舎なのか。


「それじゃ、受付を始めるわね。では、君からこちらへ」


「はい、お願いします」


「性別、名前、出身地、両親または保護者となる者の名前をここへ記入して下さい。試験に合格したとしても、後日、偽りが発覚した場合、退学になるので注意してね」


 受付って、本当に受け付けるだけだ。

 合格するのは、ごくわずかという事らしいので、このような形でやらないと時間が足りないのかもしれん。


「はい、書き終わりました」


「じゃ、この紙を中の人に渡して番号札をもらってね」


 門を入ると、すぐに二人の男性職員が立っていたので、紙と交換で番号札をもらう。


 もちろん、一番だ。

 この札は、今日の筆記試験の時に必要とするものらしいので、今日一日大切に持っておくようにとのこと。


 案内の人に、試験を受ける部屋へ促され、俺とテリアが番号順に縦に並んで着席。

 まだまだ、試験まで時間もあることだし、早速、後ろ向きになった。


「僕が一番で、テリアが二番だな。一体、何人が試験を受けに来るんだろうね?」


「えーっとね、確か、千人くらい? だったかな」


「そんなに来るんだ。まだ十時にもなっていないし、しばらくは誰も来ないかもね」


「ほら、前を向きなさいよ! 行儀が悪い、ウチまで同類って思われたら困るじゃん」


 なんだ?

 ピリピリしているな、気持ちはわからないでもないが……。


「はい、はーい。真面目なこった」


 意外なことに、十分もしないうちに、続々と同い年の子たちが入ってきた。

 あっという間に、この部屋は埋まってしまったので、恐らく次の部屋へ案内しているんだろう。

 

 この分じゃ、間もなく試験が始まりそうだな。

 


 答えやすい問題が出てくれればありがたいんだけど……。

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