九話 王国史
「ふぅ、疲れた~」
午前中の剣の稽古が終わり、昼食をとって急いで自室に戻ったところだ。
やっと本が読めるぞ~!
昨日はいろいろとありすぎて、疲れたのかすぐ寝てしまった。
ふと思ったんだけど、自分の状態って何なんだろうか……と。
とてもじゃないが五歳の少年の思考ではないし、日本で学んだことも忘れているわけではない。
まるで、知識や経験を持ったまま若返った……まさに、頭脳は大人ってパターンか?
心なしか、話に熱がこもってくると、ついクセでなんでなんでと聞いてしまうし、内容の根拠を求めてしまう……こんな子供って可愛くないよな。
それと、こちらの世界で経験した五年間のうち、部分的に忘れている……いや、抜け落ちているところがあるみたいだ、記憶障害によるものなのか?
周りが子ども扱いするからなのか、子供の身体に寄ってるからなのか、自分の内面が徐々に子供っぽくなっている気もする……あれ? もともとこんな性格だったっけ?
深く考えてもどうにもならないので、今のところはそのようなものと思っておくしかないか。
◇◇
さて、気を取り直して……まずは『メルキル・メルクリュースの冒険譚』から行くか!
どれどれ……。
二時間くらいかけて読み終えた。
初代国王のメルキル・メルクリュース王が、どんな冒険をして、誰と出会って、どうやって稼いで、最終的にはこうやって初代国王になりましたとさ……というタイトル通りの内容だった。
どうやって稼いでってところが、さすが商人の多い国として有名なだけあるな、と。
内容は王道の冒険譚になっているけど、少し気になることがいくつかあった。
まず、初代国王のコアの特性は水に関連する特性のようで、作中に浮力を操るスキルだとか、水中で呼吸できるスキルなどが紹介されていた。
他にも、水中の魔物との闘いを語られていたりして、水龍爆撃や水龍召喚……など強そうなスキル名が出てきたりと、どこまでが脚色でどこまでが事実なのかよくわからない感じだった。
結局、どこかの海底を探索中に、船の財宝やら海底洞窟で得たお宝などを元手に商売して、最終的には建国したぞー! 凄いだろ? と、終始武勇伝が綴られていた。
しかし、最後は、共に冒険した友との再会を熱望しながらも、再び会うこともなくその生涯を終えた……という悲しい締めくくりとなっている。
相当レアなスキルを持っていたようで、ことさら自慢げに語られていた。
ただ、『ダブル』だとか、『混成持ち』とかよくわからない用語もちょいちょい出てきたし、この王様、明らかに十個くらいのスキルを持っていることになるぞ。
確か、スキルは六個までだったよね、盛りすぎだって、王様。
まだ五歳だし、分からない用語とかは後々知る日も来るでしょう……ということで、次にまいりましょうかね。
さて、お次は『ソラ大陸王国史』だ。
どーれどれ……。
こちらも二時間くらいかけて読み終えた。
最初の冒険譚より文章が固くて読みづらかった……。
この本は、主にメルキル王国中心とした大陸各地の変遷ってとこかな。
現在、この大陸に存在する国は小国を除いて八か国ほどあり、小競り合いはあれど安定していると言える状況だそうだ。
他国のことは、国名もあまり把握してない上に各地名が出てきたのでサラッとなぞる程度にしておいて、自国の変遷に注目してみた。
ソラ大陸自体は、残っている歴史で千年程度となっていて、メルキル王国が建国されたのはソラ歴五百年頃となっている。
ちなみに俺がこの世界に誕生したのはちょうどソラ暦千年だ。
興味を引いたのは、この国が元は三国からなる国だったということと、それ以前は各領土がそれぞれの小さな国だったという話だ。
しかも、恐らく今俺がいるネイブ領は、お隣のマジスンガルドの領土だったみたい……どうりで近いなと思った。
微妙に過去からの確執なんかを考えてしまうよ。
だいたい陸続きの隣国とは仲が悪いイメージだし、関係悪化の起点は領土問題ってどこかで聞いたことあるなあ。
まあ、今は戦争なんか起こっていないからいいんだけどね。
旧国名とか、侵略戦争とか出てきていたんで、頭の中が物騒な方向に傾いてしまったけど、なんとなく母国の歴史を垣間見た気がする。
学生の頃は、歴史が苦手で苦労した覚えがある。
人の名前とか、地名、戦名、革命、年号なんかは語呂合わせ……苦い思い出だな。
自分に関係のない時代の他人がしたことに興味が持てなかったんだなと、今更ながら思ってしまう。
でも、こうやって興味を持って自ら知ろうとすれば不思議なくらいすんなりと頭に入ってくる……歴史に強い人はこんな感じなんだろうね。
革命といえば、『貨幣革命』という面白い項目を見つけた。
まだ各国が戦争をやってた時代に、当時のエルダーダム帝国が、金貨、銀貨を大量に集めて武器防具の加工に大量消費してしまい、貨幣が枯渇し始め、これが徐々に他国へと波及していくことになった。
もちろん、貨幣は自国発行が基本であるため、始めのうちは特に問題は起こらなかったのだが、金の主要産出国であるエルダーダムが輸出はおろか、国内供給もままならず、それを受けて銀の主要産出国エナスが輸出を絞り始めた。
この事態に、各国は自国の貨幣発行を制限し、一部では対抗措置として金銀を武器防具に当てるという下策を取る国もあったという。
また、各国の上流階級に位置するものは、時勢を見て自領の貨幣をため込み、流出を制限する者が増えてきたため、各地で貨幣不足による流通のパニックを引き起こす。
貨幣が足りないため、給金の現物支給や遅配による騒動、物々交換トラブル、詐欺、略奪……などが横行していくことになる。
輸入に頼っていた小国から、徐々に国力が低下し、中には戦争どころではない状態の国もあったという。
各国が対策に頭を悩ませていたころ、当時はただの冒険者組合だった現在の冒険者協会が、商業組合、職人組合と協力し、大陸中心地にモア中立国を建国、中立を宣言した。
貨幣不足による大打撃を受けた商人と職人、膨大な人員を抱えながら、報酬トラブルや犯罪対応が相次ぐ冒険者からの不満を受けた事が発端らしい。
モア中立国は、建国と同時に物流と貨幣の問題を解決するため、俺の知るキャッシュレス決済のような仕組みを開発し発表した。
各国にまたがって組織されている旧冒険者組合と商業組合、職人組合がキャッシュフローと商的流通をほぼ掌握し、各国のトップへと利用を促す作戦が実施されたとある。
運搬と機構は冒険者が、初期運用費や各国への働きかけは商人が、技術開発は職人が……皆が協力したことにより徐々に浸透していく。
これにより、貨幣に変わり冒険者ソラスオーダーシステムの利用が普及していった。
ちなみに、冒険者ソラスオーダーシステムとは、いわゆるデビットカードの仕組みと似ていて、例外はあるが、自分の預金残高を超える買い物はできない。
元々、旧冒険者組合は、所属冒険者に限りこのシステムを導入していたため、スムーズに導入へこぎ着けたとなっている。
今では、現冒険者協会で資金を管理している銀行のようなものとなっており、十分元が取れているのではないかな? と勘ぐってみる。
報酬の受け取りについて、現金または預金を選択でき、後日現金化も可能。
各国のレート計算も自動で行ってもらえるため、国をまたいだ支部での受け取りもできる。
とはいえ、大陸共通通貨がソラスとなっているため、レートによる差が出にくい環境という副次効果もあるらしい。
現在、様々な場面の取引に利用されており、一部を除いて現金を持たずに買い物ができるという便利な世界となっているようだ。
ただの冒険者組合が、建国し冒険者協会を設立、銀行のような役割まで担うとは、相当やり手の方がいらっしゃるようだ。
今でも中立を宣言している為、大きな混乱はない……が、世界中の金の情報が、一国に握られているような現状って正直怖いな。
と、そう思っていたんだけど……モア中立国は特殊な国のようで、十名の議長制となっており、主要国からの推薦や冒険者協会員などが議長となり国家を運営しているらしい。
少なくない他国の干渉に、物資の援助、各国にある冒険者協会支部など、国家的に他国と敵対するメリットがない……とあとがきに書いてあった。
協会と中立国の関係性など疑問は多々あるけど、大きな革命ではあるなと思う。
大人な意見だけど、冒険者協会がいくら商業組合や職人組合と組んだところで建国なんかできないと思ってしまう。
本書には書かれて無いようだが、建国には少なからず複数の国が暗躍ないし干渉しているのではないか? と勘ぐってしまうなあ。
黒い部分が見え隠れする歴史の本ではあったけど、単純にこの貨幣革命はすごく興味深かったなあ。
俺は、そこまで経済に詳しいわけじゃないけど、日本というか、地球で学んだこととは違った方向性を持った解決策だなと思ってしまった。
輸出、輸入が影響するインフレやデフレ、貨幣価値を変える改鋳とかで対応するような真似はせず、数十年かけて数世紀先に進んだ……のかは分からないけど、その手法は、王政国家が多く国が少ないこの世界ならではの環境だからなのかもしれないな。
もちろん、誤差はあれど、この世界規模で同じような価値の金銀貨幣を使っているからできる事ではあるのだろうけど……やっぱり、どう考えても裏に黒い者が見え隠れしてならない。
ん……まてよ、たった八か国しかないって、小国があると言っても、いくらなんでも少なすぎやしないか?
もしも、この世界が地球と同じような環境だとしたら、ソラ大陸以外にも大陸が存在するのかもしれない。
まだ勉強もしてないわけだし、楽しみは広がりそうだけど、移動の観点から世間はそう広くなさそうだなあ。
いい勉強にもなったし、また新しい本でも借りようかな。
そうだ! 今日は、ネイブ領内地図を返却しなきゃ。
急いで、すぐ隣の開拓団の執務室へレッツゴー!
よし、到着っと。
さてと、ラミィさんはいるかな?
思えば、この世界で自覚した後、家族以外で最初に出会った人がラミィさんだもんな。
ドアに向かいノックする。
「コンコン」
……。
「コンコンコン」
…………。
あれ? お留守なのだろうか。
……こう言っては何だが、誰もいないと思える時のドアノブって、すごくガチャガチャしてみたくなる。
ああ、でももし開いてしまったら……中に誰か居たら……それがラミィさんだったら……いかん、いかん、これは危険な好奇心だ。
うーん、出直すかな、そう思って踵を返そうとした時……。
「なにか御用?」
っ!! ビックリした~! 後ろを見たらラミィさんが笑顔で話しかけてきた。
真後ろだよ? どうやって音もなしに近づいたの?
「ラ、ラミィさん、ビックリさせないでくださいよ……もう」
「帰ってきたら、ドアの前に誰かいるのが見えて、まさか誰もいない執務室のドアを勝手に開けようとはしないよね? ……と思って見ていたわ」
「ま、まさか……そ、そんな人いるんですか? 僕はそんなことしませんし、思いませんよぉ」
相変わらず、キレッキレに鋭い。
「そうだね。そーっと近づいたら、イロハ君だったから声かけたのよ」
「そうだったんですね。あ! お借りした地図を返却に来ました」
こんな時は要件をさっさと済ませて退散じゃい。
ラミィさんってどこまで分かって言っているんだろう、足音もしないし。
「あら、いい子ね、ちゃんと返却にきて。他に何か用はある?」
「いえいえ、これから夕飯なんで帰ります。地図を貸していただきありがとうございます」
そう言って、足早に家へ向かうのだった。
「いつも、レジーと遊んでくれてありがとうね」
後ろから、ラミィさんの声が聞こえたんで、軽く礼をして家路につく……お隣ですけど。
それから家族三人で夕飯をいただき、今日得た知識を『イロハノート』にメモメモ作業中……五歳の体は夜が早いぜ、眠い。
いやー、しかしラミィさんには見透かされている気がするな。
父さんも、ラミィさんを苦手としている所あるし、まさに親子や……そう思いながら夢の中へ。
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