第三章 学園編

八十話 受付は何時?

 <ソラ歴一〇〇九年 九の月初日>


 朝も早くから、大きな門の前に立っている。

 今日は、多少の雲があるものの晴れ渡る空……。


 王立スレイニアス学園の試験初日だというのに、誰もおりませんが……。

 せめて、職員や受付の人などがいてもおかしくないのに、見渡す限りそれらしき人がいない。


 そう、時間を間違ってしまったのだ。


 一次試験の受付は、朝の七時からだとネイブ領にあった資料に書いてあった。

 

 先ほど、お散歩中の老夫婦さんに聞いてみたところ「あら、学園の試験を受けに来た子なの? 少し急ぎ過ぎたようだね。この辺りが試験で賑わうのは、だいたい十時頃よ?」だって。


 王都なので、他にも通りかかった数人に聞いてみたが、同じような回答だった。

 この近所に住んでいる自称学園に詳しい人の話によると、数年前より朝の混雑を避けるため、受付開始時間を十時に変更したらしい。


 ただいま、午前六時半……無情にも、学園の建物にある時計が教えてくれている。

 一応、門は締まっているが、試験の案内板のようなものはある……時間なんて書いていないじゃないか!

 周知の事実って? ここに知らない者がおりますよ……と愚痴っていても仕方がない。


 ある程度のことが起こってもカバーできる三十分前行動をとってみたものの、三時間前行動となってしまったよ。


 思わず目を覆って空を仰いだ……。

 

 ひとまず、傍の石段みたいなところに座ってどうやって時間をつぶすか考えよう。

 


 …………ん?


 同い年くらいの子かな?

 微妙に男か女か分からない中性的な感じの子が、門の前に来て……おっ! さっきのお散歩老夫婦に話しかけたようだ。


 ……しばらく右手で目を覆い、空を仰いでいらっしゃる。


 大丈夫、俺もさっきなったから。

 

 思いがけず、自分の残像を目撃してしまったが、ここは目をそらしてあげた方が親切ってもんだ……っと、目が合ってしまった。

 そのまま、こっちへ走ってくる。


「あのー、学園の試験を受ける人?」


 早く来ちゃった子が、困り顔で質問してきた。


「え、ええ、まあ。あなたも……?」


 この、には、当然、時間を間違ったことも含ませて頂いております。


「あ、うん。ただ、受付はまだみたい……」


 ……伝わらなかったようだ。


「えっと、受付は十時からだそうですよ?」


「じゅ、十時ぃぃ?」


「はい、お互い、少しばかり早く着いてしまいましたね」


「早くって、まだ三時間以上あるんじゃ……」


「まあまあ、遅れたわけじゃないからいいじゃないですか」


「そりゃあ、遅れてはいないけど……はぁ」


 ガックリうなだれている……この子も地方の子かな?


「僕も、受付時間を知らなくてこんな時間に着いてしまったんですよ。やることもないし、どうしようかと思っていたら、お仲間の登場ってわけです」


「な……あんたと一緒にしないで! は、乗り合い客車の都合でこの時間しか来られなかったの!」


 ウチ……女の子か?

 短めの明るい茶色の髪で、動きやすそうなズボンだったから、男かと思ったよ。


「そんなつもりはなかったんだけど、気を悪くしたんなら謝るよ、ごめんなさい」


 早めに謝って、さっさと終わらせないといつまでも絡まれそうだ。


「ま、いいわ。それで、ここで何をしているの?」


「何も……状況は君と同じだと思うけど?」


「はっ、ウチは同じじゃない。早めに来て試験の予習のつもりよ! 室内に入れないのは予想外だったけど、ここでも勉強ができるから邪魔しないで!」


 なんと横暴な……俺がいつ邪魔を?

 そっちが寄ってきたと言いたいところだが、この手のタイプは刺激したらますます面倒くさくなる系だと……。

 

 よし、反対側の石段へ移動しよう。


「それは、悪かったね。じゃ、僕は向こうの方へ行くよ。勉強頑張ってね」


「ちょ、ちょっと! なんで移動するのよ! まるで、ウチが追い出したみたいになってるじゃん!」


 ああーめんどい!

 なんだよ、おとなしく譲ったのに……。


 ふぅ、イラついたら負けだ。

 落ち着こう……。


「ああ、じゃあここで静かにしているよ……」


「……なに? なんか文句あんの?」


 まだ、絡んでくるか。

 相当、我がままに育てられたんだな、この子は。


「……」


「なんか、言いなさいよ! 黙ってちゃ分からないじゃん」


「……」


「男ならはっきり言ったらどうなのっ!」


「じゃ、許可をもらったんで、言おうか。静かにしているって、僕は言ったよね? 君は、勉強をするから邪魔するなって言ったよね? 向こうへ行く僕を引き止めたのは君だよね? そもそも、君がこっちへ来たんじゃないの? 一体何がしたいんだよ……。勉強がしたいんなら君こそ黙ってやりな! と、こんな事を思っているが……?」


「……」


 あらら、黙ってしまって……げ、涙目に!

 やってしまったか……。


「ごめん、ごめん。男ならって言うもんだから、ちょっと男らしく強めに言ってしまったよ……ハハ……ハ」


「……」


 泣きそうなのは止まったようだが、睨むように無言で見られている。

 

 打たれ弱いんかいっ!

 うわー、面倒くさい系確定やん。


 こんな時は……。


「えーと、僕はイロハ。王国南部の小さな村から来た田舎者です。どうぞ、よろしく」


 ちょっとおどけて見せた。


「プッ……なによそれ、自分で田舎者って。ウチは、テリアーナ。隣町から来たけど、王都の人に舐められないように……って思って変なこと言っちゃった。さっきは、ごめん」


 この子、こうは言っているが、なんか理不尽なツンの要素を持っているような気がしないでもない。

 あまりお近づきにはなりたくないものだ。


「まあ、試験を受ける者同士、お互い頑張りましょ?」


「うん。あんた、ぼやっとしてそうで、言う時は言うのね。ウチの先生みたい」


 先生?

 家庭教師のことかな。


「さ、勉強するんでしょ? 僕に構わずどうぞ」


「そ、そうだったわ。じゃ、ウチはここで勉強するけど、イ……あんたはどうするの?」


 ふーん、異性を名前で呼ぶのは躊躇するんだ……。


「ああ、イロハでいいよ。僕は、ここで静かにしとくから、気にしないで」


「じゃあ、ウチもテリアって呼んで。親しい人はそう呼ぶわ。えっと、分からないところがあったら……イロハに聞いていい?」


 テリアーナを略してね。


「もちろん、僕でわかることならね。よろしく、テリア」


「……ありがと」


 なんだよ、その間は……。

 

 そう言ってテリアは、試験の問題集みたいなものをやっている。

 なんだか、大人しく勉強をしているところを見れば可愛いもんだが……。


 さり気なく解いている問題集を見てみたら……足し算引き算をやっている。

 一桁から五桁の計算だが、三桁以上は下二桁がゼロという不思議な計算問題だ。

 実質、三桁の計算やん。


 恐らく、ソラスの計算用に簡略化されたものなんだろう、最低単位が百ソラスだからね。 

 以前、トリファがやっていた問題に似ている気がする。


「その計算問題は、過去のやつなの?」


「……」


 無視……とかじゃないよね?

 だとしたらすごい集中力だ、まるで聞こえていないみたい。


 ちょうど、区切りがつきそうなので、ここで黙るのもなんだし、もう一度だけ聞いてみようか。


 ……今だ!


「テリア、それは過去問題なの?」 


「……え? 過去問題集をやっていないの? イロハは」


 おー、タイミングばっちりだ。

 

「うーん、随分前のやつを少しだけやったかな。王都から遠すぎて、情報が少ないんだよ……」


「あー、それ先生が言ってた。王都に近い者ほど合格しやすいって」


「ハハハ、そっか。そりゃ、困ったね」


「……なんか、困ってそうに見えないけど。そんなに余裕あんの?」


「いや、そんなことはないけど、似たような問題だったらなんとかなる、かなーって」


「ふーん。たまに、少し勉強しただけで、合格しちゃう人もいるって先生が言ってた」


 さっきから、ちょいちょい先生とやらが出てくるなあ。


「そんなんじゃないよ。これでも、一生懸命勉強したんだよ?」


 生まれるよりずっと前にね……。


「でも、もうすぐ試験だというのに、まったく勉強していないじゃん!」


「あー、僕はギリギリまでは勉強しない主義なの。今やっても、そんなに変わんないと思ってる」


「そんなこと言ったら、ウチが馬鹿みたいじゃん!」


 うわー、また始まったよ……。


「あくまでも、僕がそういう主義だって。他の人のことは知らんよ。ほら、勉強するんでしょ? どうぞ、どうぞ」


「うーん。まあ、分かった。次は……思考問題かぁ、ウチこれ苦手」


「思考問題って、どんなのがあるの? 僕が見た過去問題には、無かったんだよね」


「例えば……狩猟に出かけたら、三匹のウサブタがいました。一匹は子供、二匹は親だった。あなたはどうしますか? こんなの、答えられないよね……」


 ふむ、全部を狩るか、子供だけ逃がすか……確かに悩ましい。

 資源と考えると、また子供を産んでもらうために、両親を逃がす……なんて答えもありそうだ。


「僕は、全部を狩るかな。狩猟に来たんだから、目的を果たしたい」


「ウチは、片方の親だけ狩る……かな? 子供が可哀想だから」


 こりゃまた、斜め上の答えが出たな。

 中途半端な優しさがにじみ出ている。


 なるほどね。

 この思考問題は、答え次第で何かの適性を見たり、考え方を把握するためのもので、いわゆる心理テストに近いのかも。


「優しいんだな、テリアは。僕は、たぶん目的を変えないと思う。もし、同じパーティだったら揉めていたかもね」


「ああ、そういう事ね。思考問題ってやっぱり苦手だな、ウチは」


 嫌いじゃないな、俺は。

 人それぞれの考え方が分かるし、大まかな性格も見えるし……なるほど、性格判断も含まれていそうだ。

 

「苦手って言っても、正解は無いわけだし、素直に答えたらいいと思うけどな」


「でも、ウチがなんでそう答えたのか? って聞かれたら、答えにくいのよ。先生と試験対策をやっていた時に、何度も言葉に詰まった」


 子供には難しい質問かもな。

 大人でも、一体どれくらいの人間が、自分の言動や行動の根拠を答えられるだろうか?


「こんなもんは、気楽に答えて、なんとなくそう思った……でいいさ。横から口出してごめん。さあ、勉強続けて」


「あ、ああ、うん……」



 

 しばらく、大人しく勉強をしているテリアを、ぼーっと見守りながら過ごしていると……。


「君たち、この学園の試験を受けに来たのか?」


 また、新たなる被害者の声が……。

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