第108話 二人と竜は帰ることにした

 レフラからウルバンへ戻る道中、ノクスとナーナは数組の冒険者や商人とすれ違った。山のほうから歩いてきたノクスたちはちょうど良い情報源となってしまい、若い二人組は話しかけやすいこともあって度々声をかけられた。冒険者組合からの要請で向かっている者はもちろん、組合から朝一で情報を聞いて商売をしに行く者もおり、以前の賑わいが垣間見えた。

 中には十六年間誰も達成できなかった依頼を難なく遂行した冒険者について探っている記者もいたが、


「竜を討伐したのはあのアストラだって本当か?」

「そうらしいですね。鉱山再開のことで町中大騒ぎなので、詳しい話は聞いていませんが」

「そうか、じゃあアストラはまだレフラにいるかもしれん! 行くぞ!」

「お気を付けて」


 まさか今話している小綺麗な二人組が当事者だとは誰も思わない。ちょうどその頃、レフラ支部長がアストラの外見やナーナが同行していたことが広まらないようにと根回しを図っている最中だった。住人たちも町を救った恩人が望まないのならと快く了承して口を閉ざしたため、結局記者は大した情報が得られないのだが、ノクスたちには関係のないことだ。




 レフラの結界が切れる辺りまで歩いたところで二人は森の中に入り、道路から目視できない位置で休憩する。


「そろそろいいだろ」


 ここまでずっとノクスの肩に堂々と乗っていた竜を地面に下ろし、姿を隠す魔術と結界破りの障壁を解除する。大人しく縮こまっていた銀色のトカゲはぶるぶると身震いした後、身体を解すように背伸びをした。


「仕草が猫に似ていますよね」

「ナーナもそう思う?」


 野生では一匹で行動するが懐いた相手には執着し、首を掻かれるのが好き。そして相手に頭をぶつける仕草はどうやら親愛の証らしい。この数日で鉱物竜についてわかったのはそんなところだ。

 ノクスに付いていく気満々の竜はたき火や食事の用意を興味深そうに金色の瞳で見た後、香ばしい香りが漂い始めた肉の串をスンスンと嗅いだ。


「鉱物竜って、餌はどうするのでしょう」


 鉱山が復旧したらたまに買い付けにくるとしても、さすがにしょっちゅう銀を与えるわけにはいかない。


「アイビーが血以外のものを食べるみたいに、竜も意外と雑食なんじゃないかって思ってるけど」


 試しに串から肉を外して皿に載せてやると、ノクスが串の残りをかじったのを見てからそろりと口をつけた。食感と熱さに驚いたように一度首を引っ込めた後ゆっくりと首を伸ばし、今度は勢い良くはぐはぐと食べ始める。食べ終わるとノクスの脛にゴンと頭をぶつけにきた。


「すっかり懐かれてしまいましたね」

「どうしようか。サースロッソに連れて帰るわけにもいかないよなあ……」


 討伐されたはずの銀鉱山の竜がサースロッソで目撃されたとなれば、大騒ぎになることは間違いない。


「ノクス様が飼う分には問題は起きないかと思います。屋敷の敷地内から出ないように言いつければいいのではないでしょうか」


 ノクスが言えば竜は従うだろう。最終手段ではあるが、魔王の力で命令することもできる。


「それじゃ、屋敷の人たちが怖がるだろ」


 サースロッソ家の使用人たちは何事にも動じないようによく訓練されているが、それは飽くまでも対人での話だ。強力な魔物が公爵家の内部を闊歩するなどという前例のない状況に慣れさせるのは可哀想だとノクスは首を振った。


「では、術具研ならどうです?」

「屋敷よりはいいかな。アイギアに聞いてみよう」


 そして念話を繋げると、


『……吸血鬼、妙な連絡手段と来て、今度は鉱物竜っすか』


 ノクスのおかげで進み始めた研究に加え、念話を術具で再現する方法も目下研究中だというげっそりした声のアイギアは、もはや驚く気力もないようだった。


『まあ、アイビーちゃんの前例があるんで、ノクス様のことは信用します……。生きてる竜を間近で見られることなんかないんで、安全さえ確保できれば攻撃術具塔辺りが喜んで見にくるでしょうし……』

「じゃあ、近いうちに連れて帰るよ」

『……目撃されないようにと、結界に引っかからないようにだけ、お願いします』

「わかった、ありがとう」


 『アイビーちゃん』呼びを律儀に守っているアイギアの許可が得られたところで念話を終わり、竜に話しかける。


「アンタが俺たちを乗せてサースロッソまで飛べれば楽なのにな」


 ここからウルバン、シシーと逆の道順で帰ることになる。また景色を見ながら旅をするのは悪くないが、万が一バレることを考えてひやひやしながら進む必要があるのは少し億劫だった。ノクスの不用意な発言に、ナーナがハッと気付いた。


「ノクス様、このパターンは」

「え?」


 時既に遅し、竜はグルル! と元気に返事をすると、またぐにゃりと空間ごとねじ曲がって元の大きさに戻り、背中の一部が翼の形状に変化した。本竜が自身のサイズをわかっていないせいで、周辺の樹の太い枝がめきめきと音を立てて折れた。


「本当に飛べるんだ……?」

「考えてみれば、銀山まで歩いてきたわけがないですよね」

「……確かに」


 役に立てる時が来たと言わんばかりに上機嫌で喉を鳴らした巨体を前に、ノクスはこの竜の前で迂闊なことは言わないようにしようと誓った。

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