第26話 魔術師は冒険者組合の本部長と出会った
屋敷を出た日にナーナを探すために使った魔力探知の魔術は、本来は人間ではなく魔物を探すために使うものだ。
同じ種類の魔物は同じ魔力の形をしているので、一匹見つければ、二匹目からは簡単に居場所を探せる。とても便利だ。
というのがノクスの言い分なのだが、ジェニーはそれを聞いた時、大笑いした。
「その魔術はね、魔術学院の研究生が発案したものの、『目視できるくらいまで近寄らないと使えない』って一蹴されたお蔵入り魔術だよ。まさか使い道を見出せる魔術師が現れるとは」
「じゃあなんで教えてくれたの?」
「存在すら知らないより、知っていて使えないほうが自分の身の丈が分かるだろう?」
ノクスはそんなことを思い出しながら、死蔵魔術を使って黙々と指定の魔物だけを屠る機械と化していた。
二時間ほど農耕地帯を走り回り、良い汗をかいたところで首都本部に帰還する。
魔物討伐の報告窓口は、正面の受付カウンターではなく、建物の裏手にあった。
服や武器の素材になる魔物は現物を提出しなければならないので、広い空き地のようになっている。受付の数は少ないが表ほどは混んでおらず、しかも休憩で職員の数も少ないことが分かっている昼間は、入れ替わり立ち替わりに顔やら体やらに傷がある屈強な冒険者が出入りする程度だ。
そんな中に手ぶらでふらりと現れた細身で小柄なノクスは、逆に目立つ。
「これの報告に来た」
ノクスは依頼書と冒険者証をカウンターに乗せ、
「ありがとうございます。証明できる部位を提出してくださ――」
受付の女性が言い終わるよりも早く、広場にドサドサと魔物の死骸を積み重ねて、女性の顔を引き攣らせた。
「……部位のみでいいのですが……」
依頼を完了したことを証明するには、角や足、耳など、討伐した証に魔物の部位を持ち帰らねばならない。
「このほうが確実だろ?」
その決まりは、冒険者のほとんどが魔術収納を持っていないこと、持っていても容量が少なく、魔物を持ち帰れないことから作られたものだ。つまり持ち帰れるならまるごと持ち帰ったほうが、いちいち切り取る手間がない。組合側の確認と処分の手間は増えるが。
「本当に丸ごと持って帰ってくるのか……。しかも全て一撃と来た」
いつの間にか、厚手の革手袋をしたガタイのいい男性が、積み上がった魔物の死骸を調べていた。
「誰?」
「ええと、ほ」
「グロウ。ここの職員だ」
受付の女性が「本部長」と言うのをわざと遮り、冒険者組合セントアコール本部長グロウは、簡潔に名乗った。
「ふーん……。偉い人か」
一番偉いかどうかまでは見抜けなかったが、それなりの地位の人間だろうということだけ勘付いて、ノクスは頷いた。確認してもらえるなら誰でもいい。
「三十体あると思う」
「依頼受注したのは二時間くらい前だっただろう? よくもまあこんなに狩れるもんだ。群れでもいたのか?」
「そんなとこかな」
死蔵魔術の魔力探知を使いながら、これまた使い手がいない身体強化魔術で走り回っていたと説明するのが面倒で、ノクスは適当に頷いた。
「ガラクシア支部から報告を受けた時にはドルクが幻覚でも見せられたんじゃないかと思ったが、これなら大量発生したドットスパイダーを竜巻で殲滅したって話も、まんざら嘘じゃなさそうだ」
「信じてもらえて良かった。報酬の手続きを早くしてくれ」
ナーナはまだ寝ているだろうか。何か美味しい菓子でも買って帰ろうと、ノクスはもはや依頼と全く関係ないことを考えていた。
「それは滞りなく。しかし、赤五つには『石無し』が受けるようなみみっちい依頼は物足りないんじゃないか?」
『石無し』とは、危険を冒さず旅もせず、一ヶ所に居座り細々と雑用をこなしてその日暮らしをするだけの最底辺冒険者を揶揄した言い方だった。
「別に。今は他にやることがあるから、更新しにきただけだし」
「……お前、石付きの特典を知らんのか」
「特典?」
ノクスは首を傾げた。
「石一つにつき更新期限が三ヶ月、四つ以上は一年延びるって、説明されなかったか?」
「……知らない……」
そもそも、石は一つ付くだけでも十分に優秀で、精力的に活動している者ばかりだ。
しかしいくらやる気のある冒険者でも、怪我や病気、その他様々な事情で一ヶ月仕事ができないことだってある。不可抗力で今までの功績が抹消されてしまったら、そのまま引退してしまうかもしれない。有能な人材を逃がさないための施策だった。
「まあ、四つ以上持ってる奴なんて滅多にいないからな……」
担当した職員自身が特典を知らない可能性もあった。
「じゃあ俺は、二年くらいは何もしなくていいのか。良いことを聞いた」
それならもう少しペースアップしてサースロッソに向かえると、冒険者証を引き取り踵を返すノクス。
「待て待て! 言わなきゃ良かった」
「面倒な依頼は引き受けない。言っただろ、他にやることがあるんだ」
またガラクシア支部と同じパターンかと、先手を打った。すると、
「女だろう? 今までずっとソロだったアストラに、旅慣れない同行者がいるって情報がある」
グロウは下世話な顔でニヤニヤと笑った。
「……だったら何だ」
ナーナを人質に取ったり危険にさらしたりするなら今この場で殺す、と、ノクスはグロウに明確な殺意を向けた。
「わかった、わかった。赤五つと敵対するつもりなんざねえし、弱みになりそうな噂は潰しておく。安心して旅を続けてくれ」
グロウは慌てて両手を挙げ、降参のポーズを取った。
「代わりと言っちゃ何だが、月一で構わないから、できればもう少し骨のある依頼を受けてくれると助かる」
「……間違いないな?」
「ああ。任せろ」
しっかりと頷いたグロウを見て、スッとノクスから殺気が消えた。
振り向きもせずに立ち去る後ろ姿を眺めながら、グロウはゆっくりと息を吐き、革手袋を外した。
そして、
「……何だあれ、本当に人間か? 竜種の間違いじゃないか?」
手のひらにかいた尋常ではない量の汗を腿で拭き、カウンターの裏で泡を吹いて倒れている哀れな受付係を覗き込んだ。
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